牧場の風(3)
「えー、勿体ない」
「何がもったいないのよ」
「だって、面白いじゃん」
愛美は、呆れながら笑った。
「全然面白くないわよ。ああいうの、やる方はサプライズのつもりかもしれないけど、全然そういう関係でもないのに、いきなりみんなの前で告白してくるって、卑怯じゃない?」
「何が?」
「だって、断りずらいでしょ。そういう、オーディエンスを味方につけて押し切ろうって言う魂胆が見え見え」
「でもマナ、全然平気で断るでしょ、嫌だったら」
「平気じゃないわよ! あんな、恥ずかしい」
「へぇ、意外」
「瑞希、私を何だと思ってるの」
愛美が言うと、瑞希はいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
はぁ、と愛美は、この話題はこれでおしまいというように、大きなため息をついた。
瑞希もそれを了解して、串を一本皿から摘まみ上げ、横からがぶりと、引きちぎる様に肉と野菜を食らった。
「今日さ、マトリョーシカみたいって言われたんだけど、どう思う?」
愛美が突然そんな事を言い出したので、瑞希は思わず咽て笑った。
けほけほとせき込んだ後、瑞希は好奇心に目を見開いて愛美に言った。
「何それ! 超面白いじゃん。マトリョーシカ、確かにね、解る気がする」
愛美は瑞希にそう言われて、唇を結んだ。
あれ、と瑞希は、いつもの愛美と反応が違うのにすぐに気が付いた。笑い飛ばせる話題の一つ、という事ではないらしい。瑞希は、串を持っていない右手の人差し指で右耳をぐいぐい広げるようにほじり、どう言ったものかと眉を狭めた。
「何、誰に言われたの?」
瑞希の問いに、愛美は一旦間を置き、それから応えた。
「幸谷君」
「幸谷? あぁ、前に電話番号教えた男の子?」
「うん」
「うんって……、何、マナ落ち込んでんの?」
瑞希にそう問われて、愛美ははっと顔を上げた。
「え、落ち込んでる? 私?」
愛美の驚いた反応に瑞希の方が驚いてしまった。
「え!? いや、そう見えたんだけど、違うの?」
「落ち込んでる意味が解らないよ」
「うん。いや、私の方がわからないよ。ムカついてるとかじゃなくて?」
「あぁ……」
愛美は少し考え、それから応えた。
「なんだろう」
なんだろうって何よと、瑞希は串の残りを嚙み抜いて、首を傾げながら咀嚼した。
キャンプファイヤーの賑わいの中心では、告白が上手くいったのか、どっと黄色い声が上がった。女子の声は、ほとんど悲鳴のようだ。
「アンタもたまにそういう、素で可愛いトコあるわよねぇ」
次の串を手に持って、瑞希が言った。
「可愛くないし」
「でも、気にしてるんでしょ?」
「何を?」
「マトリューシカみたいって言われたこと」
「いや、そんな大袈裟な話じゃないよ。別に、ちょっと、どうなのかなぁと思って」
瑞希は新しい串にかぶりつき、それから言った。
「まぁ、誉め言葉じゃないでしょ。どちらかというと、悪口」
「うーん……」
「幸谷って何、そういう悪口言う奴なの? マナに、面と向かって? それはそれですごいけど、でもちょっと調子乗ってんね」
勝手に瑞希はそんな風にして話を進めた。
「そういうんじゃないよ、全然」
「でも、言われたんでしょ?」
「それはそうなんだけど、そうじゃなくて、どういう意味だと思う?」
「はぁ? 何それ。だから、マトリョーシカみたいって意味でしょ」
瑞希はそう言って、愛美の様子を覗った。
愛美は、少し拗ねた様に口を閉じ、皿の串焼きを取った。
「そんなの、今更、悪口くらい言われ慣れてるでしょ」
瑞希は、肉を串から外して頬張る愛美に言った。
「――まぁ、面と向かって言う奴はいないかもしれないけどさ、もっと全然エグいの、マナ持ってるじゃん」
瑞希はそう言うと、愛美ににやっと笑いかけた。
愛美は、噛んでいた肉をいったん頬にどかして、くぐもった声で反論した。
「持ってるとかやめてよ! 好きで呼ばれてるわけじゃないんだから」
「でも、気にしてないでしょ?」
「気にしてないわけじゃないけど、まぁ、そんな、相手にはしてないわよね」
「私はそこが不思議」
「気にしてないことが?」
「違うわよ。気にしてることが!」
「あぁ……」
そう言われてみれば、確かにそうかもしれないと、愛美は思った。
どうして自分は、胸やけのようなもやついた気分になっているのだろうか。悪口だの、陰口だの、私は言われて気にするような性質でもないのに。
「別に、気にしてないけどさぁ」
愛美はそう応えて、串に残った肉と野菜を食べた。
「マナさ、もしかしてその、幸谷って子のこと、結構気に入ってんの?」
「……なんで?」
「だって、気にするって、そういうことじゃん。別に同じこと、他の奴に言われてもなんてことないでしょ?」
「だから気にしてないって」
「だったらこういう話になってないの。いいじゃん、そういうの。珍しいんじゃない?」
愛美は、くすぐられた時のような笑みを浮かべながら「何が」と聞き返した。
「そうやってマナがくよくよするの」
そう言われると愛美は、少し腹が立つような気持ちと、くすぐったさと、そして嬉しいような感覚の混ざり合った、不思議な気分になった。心臓の底のあたりがむず痒くて、そわそわする。
愛美が顔を上げた時、ちょうど正孝は、煌煌と燃えるキャンプファイヤーの近くにいて、砂利の地面のそこかしこに落ちている串を拾って歩いている所だった。
移動教室の二日目、正孝たちの行動班の午前中の活動は、牧場学習だった。
なだらかな斜面の草原に、馬が十頭ほど、放し飼いにされている。その放牧地帯を歩きながら、若い女性の厩務員が班に付き添い、牧場の事や馬の生活についてなどを正孝たち高校生に話した。
馬はどの馬も立派な体躯をしていて、茶に黒、白と、毛色も様々である。皆、もとは競馬を走っていた競走馬で、引退してここに来たのだという。引退馬の殆どは殺処分されてしまう中、馬主に恵まれた馬だけが、こういった牧場で、余生を過ごせるのだという。
そういう話を聞くと、正孝はもうそれだけで、泣きそうになってしまうのだった。
そうして牧場を回っていると、栗毛色の馬が二頭、近くにやって来た。
「おぉ……」
その二頭の馬は、特別走ってきたわけでも無かったが、その体のエネルギーのようなものに圧倒されて、岳斗は思わず声を上げた。
「この子はバロン、こっちの子はスティンガー。撫でて大丈夫よ、この子達、甘えん坊だから」
厩務員がそう言うと、まずは岳斗が、バロンの鼻の上を撫でた。
岳斗は「おぉ、すげぇ」と言って、だんだんと、撫で方を大胆にしていく。
そうしていると、もう片方の馬、スティンガーは嫉妬したのか、鼻先を、近くにいた拓に押し付けた。拓は笑いながら、最初はこわごわと、しかしすぐに恐怖を忘れて、スティンガーの首を撫でた。
「おぉ、すげぇ、めっちゃ筋肉。望も触ってみろよ」
拓はスティンガーを撫でながら、望に言った。
「え、ちょっと怖いんだけど――」
そう言いながら、望も、スティンガーの首筋を撫でた。
自然と拓と望は、ほとんど互いの肩が触れるような距離になる。それを見て岳斗はにやにやとした笑みを浮かべるので、正孝は、岳斗と二人の間に何気なく陣取った。
「なんだよ幸谷」
と、岳斗はにやついたまま、からかうような声で、突然視界に現れた正孝に抗議した。正孝は唇を結び、咎めるような視線を岳斗にぶつける。しかし岳斗は、正孝のその反応をも楽しんでいるようで、からかいの笑みは消えない。




