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WSS/1-異界冒険譚  作者: たかしモドキ
第9話「人は学を持たずして心身の繁栄はならん」
79/80

-【9-6】-人をはしゃぎ散らす大型犬みたいに言うな

夕暮れの燃えるような天井を背景にするビッショウいちの巨塔、

その(ふもと)にある大集会場を発信源に、満遍のなく校舎群に広がる強い言葉、

内政管理官達を率いるイズオの渾身の怒声が響きわる。


『この場でこの者達を見せしめにする!!』


まるで死刑囚の様な扱いを受ける数十名の生徒教員は、

手枷に繋がれ、煉瓦造りの地面に両膝を付けて一列に並ばされている。


その背後には、人数分の紋術師が控えており、

ウィフフにより【奴隷の輪】の行使を逃れていた筈の彼らは、

すでに【服従の紋術】の支配下にある事を物語っていた。


イズオの宣言により、いち早く現場の状況を確認しに動いたポポエ達諜報隊は、

血の気の引いた青白い顔で目を虚ろにした一行を見て、

迅速に対応を求められる状況だと判断し、速やかにリュンク達の待機する

教員棟の一室に戻り、飛び込む様に部屋のドアを開いた。


息を切らしながら、現在の状況を口早に伝えたポポエは、

汗で額に張り付いた前髪を、掻き分けながらリュンクの目を見つめる。


「急がないと!みんな殺されちゃうですよ!!」


「本当に‥殺すつもりなのかな‥」


「あれは脅しではないです!

 生徒に対する反抗の抑止力としても、

 私達への牽制の意味でも、

 見せしめの虐殺は有効です!!

 様子見の時間稼ぎはできませんです!!!

 どうするですか!リュンクさん!?」


いつの間にかリーダー扱いされている事に、

責任転換じみた不快さを感じつつも、

リュンクはある程度落ち着き対応について思案した。


本来なら、指導者であるオーケンの支持を待つ必要があるが、

地方同盟とコンタクトを取りに出掛けた彼を追う行為は、正解とは言えない。


しかし、何の対策も無いままガムシャラに飛び出たとして

被害を受ける人間を無闇に増やす事にしかならない。


冷静に考えるなら、オーケンがこの状況に対応するのを期待し

地方同盟軍を引き連れて現れるのを、この部屋で待つ。


これが正しい対応に思える。


だがそれは同時に大広場で見せしめにされる

彼らを見捨てると言っている様なものだ。


「う‥‥んっ‥‥っとね‥‥」


リュンクは答えが出ていても、

口からそれを吐く事がどうしてもできない。


脳裏に【翡翠の髪飾り】がチラつく。


あの時と同じ。


アーテリスの家族である少女と、おじいさんに対し、

彼女の死を口に出せなかった情けのない記憶。


これは責任感による圧力だ。


自分の発言から生じる、受容し難い物事を拒絶する働き。


平たく言えば、自分の判断に自信がなく

それが正しいかわからない以上、

その責任を負う事に恐怖を抱いている。


「‥‥僕は‥‥こう言う時は‥‥えっと‥‥」


リュンクは、言葉を濁らせながらオトロと篤丸を見つめた。


「‥‥‥っ」


オトロは不安そうな、その視線から逃げる様に目を伏せ、眉間にしわを寄せた。

彼が考えている事も、リュンクとそう変わらない様だ。


篤丸は、視線こそ外さないが、その視線は覚悟めいた決意を感じさせ

「どんな答えでも従い続く」と述べていた。



「もういい!!私達で何とかするわよ!!!」



と、声を張り上げたのは赤髪三つ編みの少女、

その横にはメガネと、気弱そうな少年も見える。


「学舎の裏まで移動して全員で一斉に攻撃を仕掛けるのよ!!

 実習様の紋術媒体があるでしょ?

 あれで皆が知る中で一番強い紋術をぶつけるの!!

 きっとうまくいくわ!!」


「そうだ何もしないよりはマシだ!!」


「僕もっ‥がんばるよ」


彼女らの威勢の良い言葉に「そうだそうだ」と、

少年兵や、学生達の中で賛同の声が上がる。


リュンクは「この状況は不味い」と思う。


以前、オーケンも言っていた。


一度、制御を失った多勢の意思とその傾向は、

正すのが非常に困難だと。


このまま暴走して突撃でも仕掛けられれば、

考えうる最悪の状況を作りかねない。


「ダメだ!!そんな事させられないよ!!

 君達は紋術の恐ろしさがわかっているの!?

 相手はあのアマテオ帝国の紋術師だよ!

 付け焼き刃の攻撃で対処できるとは思えないよ!」


「何も言えずにまごついてた奴が偉そうに言わないでよ!!

 あんた達には分からないでしょうけどね!!

 あそこに居るのは私達の友達なの!!

 見捨てる事なんて出来ないわ!!!」


「だとしても!!

 デタラメに突っ込んで行って何になるんだよ!!

 一緒に殺されちゃうだけだろ!!」


「役立たずの部外者は引っ込んでてよ!!

 これはビッショウの問題なの!!

 何が少数精鋭の先遣隊よ!!何にも助けてくれないじゃない!!」


「そうだ!!」「偉そうに言うな!!」「何しに来たんだお前等!!」


声を上げるタイミングを待っていたのか、

少女の威勢に呼応する様に、学生達が次々と野次を飛ばし始める。


「くっ‥‥ちょっと!

 落ち着いて!!」


部屋中の学生達が一斉に声を上げ始めてしまい、

完全に場の流れが逆風としてリュンクにぶつかった。


リュンクは押し迫る学生達の圧力に対し

「多勢の人間が持つ同一の意思は、これ程手に負えないものなのか」

と、持て余す状況に四苦八苦し、もう冷静でいられない。



その時、バコーンッ!!と、壁を殴る大きな音が響いた。



「大概にせぇよぉ!!この表六玉連中(ひょうろくだまれんちゅう)がぁッ!!

 そっから一寸でも出て来よったらぶち殺すぞ!!」



全身が震え上がる様な怒声に、リュンクも首を縮めておののき、

ゆっくりと後ろを見つめる。


そこに居たのは鬼の様な形相で、長巻を構える篤丸が居た。


兄弟分のオトロも篤丸の行動に驚いたのか、

口をあんぐりと開けたまま動かない。


「おう!!女ぁ!!役立たず言うのはワシ等に言うたんか!!」


「なっ‥何よ!!その通りでしょ!!」


まるで赤鬼の様に真っ赤で恐ろしい顔をして三つ編みの女子に迫る篤丸、

近くで見ていたオトロは、それを止める様な動きをしたが

篤丸が一瞬顔を向け、手でそれを制すと大人しく引き下がった。


「よう言うたのう!!

 前出てけぇ!!ワシと打ち合うか!?

 紋術でも何でもええわ!!

 ワシに打ってみぃ!!

 役に立つんか見てやるわ!!」


「っ!!バカにしないでよ!!

 やってやるわよ!!」


「おう!!やれや!!

 そん変わりワシも容赦せんぞ!!

 得物ば、かまえたら

 そん腕叩き落としてやるけぇのう!!

 そんくらいの覚悟せぇよ!!!」


「う‥腕を‥そ‥‥んなの‥‥脅しでしょ?

 きかないもん!!そんな脅しなんか!!」


篤丸の挑発に、負けん気で返そうとした三つ編みだが、

具体的な負傷をチラつかせた篤丸の言葉にたじろいでいる。


「そうじゃ!!

 脅しじゃ!!」


しかし、俊敏に返された篤丸の言葉を受けて

「あっ‥‥あ‥え?」と、わかりやすく動揺した後、

三つ編は、カァ〜っと顔を耳まで真っ赤にした。


「は‥はぁ!?

 あんた私達をバカにしてんの!!?」


「馬鹿はオメェじゃ!!」


「っ!!」


戦場(いくさば)立ったら脅しもねぇ!!

 腕も足も飛ばされる!!

 目ん玉も抉られる!!

 脇腹刺されて、腹引き裂かれて

 臓物出たまんま死ぬまで何時間も捨て置かれるんじゃ!!

 しょんべん漏らしてもクソ漏らしても

 誰も助けてくれんのぞ!!

 それわかって言うんとんか!!!」


「っ‥‥そんな事‥‥ならない‥

 先にやっつけるんだから!!」


「ほんなら逆はどうなんじゃ!?

 言うてみぃ!!」


「‥逆?

 逆って何よ?」


「火やら稲妻やらで相手殺すんじゃろうが!!

 手足飛ばして!達磨(だるま)にして!!

 父母の名前ば叫びながら命乞いする敵兵を!!!

 糞尿漏らして、のたうつ人間を!!

 殺せるんか言うとるんじゃ!!!!」


「そ‥それは‥‥」


三つ編みは、篤丸の口から聞かされた戦場の片鱗と対峙し、

ようやく自分が扇動しようとした行為についての考えが及んだのか、

自分の後ろで行く末を見守る学生達へ助けを求める視線を向け薄く笑う。


「できる‥よね?」


先ほどまで、少女の扇動により意気揚々と、

強気な態度で決起していたはずの学生達だが、

三つ編みの縋るような確認に対し、

しかしいい返事は返ってこないのだった。


「僕たちはできるよ」


助け船のようで、突き放す言葉をリュンクが吐く。


その言葉が含む血生臭い事実に畏怖を持った学生達が彼に傾注する。


「篤丸が言ったような事を僕たちはできるし、今までもしてきた。

 それはいつだって死物狂いだったけど、

 血飛沫を浴びて命を奪う手応えはリアルだ。

 それを背負うには、しっかりとした覚悟と意思が必要なんだよ。

 じゃなきゃ、心が壊れちゃうから」


「‥‥‥‥」


先ほどまで、存在の意味を問われていたリュンクの言葉を、

(さえぎ)り、突き放し、軽視するものは居ない。


「だから君たちを行かせるわけにはいかないんだ。

 君たちを加害者にも被害者にもさせる訳にはいかない。

 その為に僕等が居るんだから」


その言葉の中で、リュンクは既に覚悟を決めていた。


「篤丸、ありがとう。

 彼らを止めてくれて」


「‥‥役したんなら‥よかったわ」


「オトロも、我慢してくれてありがとう」


「アツの顔見れば、やりたい事がわかったからね。

 それよりも兄貴、腹は決まったんだろ?

 どうするんだい?」


オトロの質問に、深く息を吸ったリュンク。


薄い胸板が大きく膨らみ、

分厚い生地の制服がギチギチと鳴った。


「ここまで偉そうに大見得きったんだからさ

 やる事やらなくちゃね」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「なんだ‥‥少ないじゃないか」


ビッショウ中央の大広間にて、

堂々と真正面から現れたリュンク達に対し、

やや装飾の強い木製の椅子で寛いでいたイズオが、

壁のように直立する内政管理官の後ろで鼻を撫でつつそう言った。



リュンクの決断の後、簡潔で簡単な打ち合わせが行われた。


まず、リュンク、篤丸、オトロの三人がイズオの前に出頭し、

インベルとポポエがオーケンを追い地方同盟に応援を求める。

学生達は、以前、教員棟で待機する。


決定した行動はたったこれだけ。


策略などあったものじゃない。


リュンク達が時間を稼ぎながら、

地方同盟の助けを待つというだけの事、

いざという時、一人でも犠牲者が少なく済む様にと

それだけを目的として立案された苦肉の行動だ。


無論、効果的とは言いづらい。


この場合、唯一、形成を逆転させられる

地方同盟の到着だが、これが絶望的なのだ。


元の作戦では、地方同盟はビッショウ内で巻き起こる

大規模な学生の暴動に乗じて、大正門から内部に侵入する手筈で、

それはそこを除いては、地方同盟の軍勢を内部に招き入れる事が不可能だからだ。


その性質は、アマテオ側とて当然理解していて

大正門側には、多くの見張りと兵が割り当てられており

先遣隊には、作戦前に大正門を解放する役目もあったのだ。


だが無論、それを解決する暇は無く、

今でも大正門は内側から堅く錠を掛けられており

それを守護する兵隊も万全、地方同盟が全力で攻め込んでも

物理的に堅牢な巨大な鉄の門を破壊するのは困難を極める。


そもそも、そんな悠長な戦いを行える程、地方同盟に蓄えはない。


もしくは、リュンクやオーケン達が侵入した通路を利用する手もあるが、

そこは人一人がギリギリ通れる程度のものなので、

そこから軍勢を招き入れる事は現実的ではない。


結論、どれだけ時間を稼いだところで救援が現れる希望は薄く、

よしんば、現れたとしても、

それはリュンク達が冷たくなってからの話だ。


補足として言えば、この場合、二人は特異な為、

正確に言えば冷たくなるのはオトロ一人だけだが。



「うっ‥‥寒気がするぜ」


「大丈夫か兄弟?」


「いや‥‥やっぱ体調悪いからさ

 俺っち帰っていいかな?」


「‥‥いいね

 僕も付いて行っていい?」


「ああ。もちろんだよ兄貴。

 一緒に女子の待つ花園へ帰ろうぜ。

 ポポエちゃんも良いけどさ、

 あの強気な三つ編みちゃん結構タイプなんだよなぁ」


「オトロは、女の子なら誰でも良いんでしょ?」


「良いや。見た目が女の子なら男でもいけるぜ?」


「‥‥嘘だろ‥‥オトロ」


「へへへ‥‥どうだろうねぇ」


「‥‥むつごいうのう」



「何をうだうだ喋っているのかね?

 状況を正しく(とら)えたまえよ」


いつもの調子でごちゃつく三人に対して、

イズオは長い鼻を機敏に動かして(たしな)めた。


「君達は間抜けか?

 どうして武装しているのだ?

 この状況の意味がわからないのかね?」


当然の様に武器を持って現れた三人を見たイズオは、

眼窩(がんか)を縁取る黒い(くま)をこすり呆れた声を上げ睨む。


「まぁ‥‥良い。

 先ずは、武装解除してもらおうか?」


そう言うや否や、内政管理官達が、

アマテオ兵を率いて現れリュンク達の武装を剥ぎ取り奪い、

同時に彼らを囲み、自由を奪う。


「うぉおおっ!?なんだこの武器!!

 お‥‥重い!!!」


リュンクが素直に手渡した竜剣を受け取った管理官の一人は、

見た目よりも遥かに重い剣を抱え、足をプルプルとさせて踏ん張ると、

慌てて数名のアマテオ兵がそれの補助をした。


「‥‥‥‥。

 それで、私は問うたのだが?

 どうして現れたのが君達三人だけなのかね?

 私は、賊共全員を招集したのだよ?」


やや疲れ気味のイズオは、

焦らす様に疑問符の多い言葉で質問を繰り出す。


「あんたがどデカイ声で脅すもんだから完全にお手上げさ。

 全員ズボンびしょびしょにして腰抜かしちまったよ。

 それにほら、俺達に見覚えあるだろ?

 戦闘員はこれで全員なんだよ」


オトロは、ワザと憎らしい言葉遣いで咄嗟のアドリブを補完する。


正直な所、何の計画性もなくここにやって来たリュンク達は、

自分たちの素性を誤魔化す設定じみた嘘の内容を

じっくりとすり合わせしておらず、こう言う場面で口の回るオトロはありがたい。


共通認識としてあるのは、自分達がビッショウの学徒であるという振る舞いを解かない事で、

アマテオ帝国に地方同盟の存在がバレているか否かわからない以上、

あくまでも学生から生じた反乱分子であると思わさなければならない。


「そうか‥‥そこの二人は実習棟に立て篭もった時の‥‥

 だがね。戦闘員の有無などどうでもいいのだよ。

 ここいらで状況を整理すべきなのだ。

 反乱分子は根絶やしにしておく必要がある」


リュンクは、イズオの振る舞いを観察してどうにか

1秒でも時間稼ぎができないものかと思案した。


そしてとある傾向に気付く。


それはイズオが持つ、ウィフフとは異なる「校長気質」だった。


イズオは、過労でやつれた顔をしているが、

何やら無駄に言葉数が多く、

この状況に対し高揚している様にも見える。


どうやら優位な状況で好き勝手にできる状況を楽しんでいる様だ。


普段はあまり話を聞いて貰えない状況に居るのかもしれない、

そういえば、リュンクはこの男を以前見た事がある。


それはまだケトアトに着いたばかりの時で、

その時は、小間使いにしか見えず、小柄な修道女に足蹴にされていた。


なるほど、どうりでこの状況に愉悦を感じるわけだ。


こう言う奴は、気持ちよく喋れる状況を作ってやれば

延々と自慢話をするに違いない。


リュンクが咄嗟に捻出した子供らしからぬ洞察は、 

普段からオーケンの、言動挙動を見ていた影響で、

人の性質を見据える技術が知らぬ間に向上していた様だ。


「そんなこと言ってさ!!

 行動を起こすまで僕たちの事気づきもしなかったんでしょ!!」


と、リュンクは、自慢待ちの中年に、わかりやすい餌を投げる。


「全く。やはり学生ではその程度かね?

 君達の動きなどハナから分かっていたよ。

 学生達の中に反乱分子が居る事など把握済みだ。

 そこの馬鹿者が情に流され、この様な事をしでかす事もな」


「馬鹿?‥ぁ‥校長‥」


イズオが「馬鹿者」と呼び捨て、睨んだ先には、

部下と共にアマテオ兵に取り囲まれるウィフフが見える。


この状況になる前に、一悶着あったのか

ウィフフの額には、乾いた血液が付着しており服も激しく乱れている。


おそらく、名簿の者達を逃がそうとし、

そこを内政管理官達に押さえられ、アマテオ兵に拘束されたのだろう。


しかし、あちら側の状況はさておき

リュンクの仕掛けた餌に大喜びで食い付いたイズオは、

そこから嬉しげに、この状況を暴くまでの経緯を

まるで武勇伝かの様に語り始めた。


一方、イズオの一時的なコントロールに成功したリュンクは、

悔しそうな顔で表情を固定し、定期的に「何だと!」「くそ〜」と、

相槌がわりの適当な言葉を吐きつつ、その内容から様々な情報を抜き取っていた。


そして、イズオの連ねる自慢話の数々が、

どれも学生やビッショウに関するものばかりで胸をなで下ろす。


どうやら、地方同盟の動向までは把握されていない様だ。


分断監視塔の攻略から、一週間足らずだが

もしも、アンガフから人知れず逃げ果せたアマテオ兵が居たのなら

すでに地方同盟の存在が知られていてもおかしくは無かったのだ。


しかし、同時に奇妙な疑問が浮かぶ。


イズオがダラダラと話す内容からは、

まるで長い間ビッショウで過ごし、

学生の状況をみてきたような言い回しがある。


しかし、実際にはイズオ達、内政管理官がビッショウを訪れたのは数日前だ。


それにしては、状況の把握が過ぎている様に思える。


「そこで、私はすかさずこう言ったのだよ

 『時は満ちた。十分に実った果実の収穫だ!』とね。

 そう‥‥私は、君たちを泳がしていたのだよ。

 やろうと思えばいつでも君達を検挙できたにも関わらずだ」


「何だと!」


「ふん。

 怪訝に思うかね?

 カラクリがあるのだよ」


「くそ〜」


「そう!今こそ種明かしの時だ!!

 もう下手な工作はいらなくなった。

 芝居は良い。出てきたまえ」


「なにぃ〜!‥‥ん?本当になに?」


イズオは唐突に、思わせぶりな言葉で

ありきたりな演出をかもし出すと

ババーン!なジェスチャーでとある人物を召喚する。


それは、全身を覆い隠す小柄な男。


他でもないセンセイだ。


「テンション上がってるとこ悪いけどさ、

 やめてよこういうの。

 普通に恥ずかしんだけど」


センセイは、どうやらイズオのスパイだった様だ。


唐突に現れ、ウィフフの下に着いたのも

その務めを全うする為なら納得ができる。


それにしても。


その身なりからして最初から怪しい人物だった事もあり

さほど驚愕する事も無い事実で、リュンクは驚くべきか迷ってしまった。


「そんな!!センセイ!!

 私を騙していたのであるか!?」


ところがウィフフはそうでは無かったらしく、

周りの部下達ですら、「まぁそんなとこだろうな」的な雰囲気を出していたが

一人、驚嘆の声を上げて悔しそうに地面を殴った。


「アンタさ。

 頭悪すぎ。

 普通さ、こんな怪しい身なりの人間が、

 突然現れたら何かしら感づくだろ?」


と、悔しそうに力むウィフフを見下す様に

センセイは、その姿を嘲笑する。


「センセイ!!では!!

 あの話も嘘であるか!!

 私が君を信用したのは、その覆面の中にあるのが

 情の深く心優しい根性だと信じたからである!」


「黙れよ無能が。

 学生すらまともに守れない奴になにができるんだよ?」


 「‥‥ぐっ‥うむ」


センセイが吐き捨てた冷たい正論は、

ウィフフの心の急所に直撃した様で、

膝から崩れ落ちた巨漢は、返す言葉が出ない。


リュンクは「何気に、この二人が会話している所を初めて見たな」と思った。


苦しい状況のウィフフだが、歯を食いしばっているだけでは居られない。


「イズオ殿!!どうか話を聞いて欲しいのである!!

 貴殿のいう通り、この状況を作り出した責任は私にあるのである!

 その裁きはこの身で全て受けて見せる!

 なので、その広い裁量で子供達だけでも見逃して欲しいのだ!!

 どうか!!どうかこの通りである!!」


ウィフフは、その場で大の字で倒れ、両手足をビーンっと天空に向けた。


その格好は、未界人であるリュンクからしてみれば

おもちゃ屋で駄駄を捏ねる子供のポースにしか見えないが、

ウィフフの部下達が口を押さえ「そんな事やめてください!」というのを見れば、

どうやら知るところの【土下座】に相当する姿勢の様だ。


となれば、気になるのはイズオの反応で、

この大男が行なった一世一代の土下座にどう答えるのか。


「ウィフフ将軍。

 アマテオ帝国を舐めるな」


ピリリとした刺激のある言葉が

イズオの口から弾かれる。


「お前の命などいらん。

 その屈強な肉体、強い目的意識、部下からの強い支持。

 お前の軍人としての実力は本物だ。

 アマテオにとっては、ここにいる者共の命よりも遥かに有用なのだよ

 そして、何よりもお前が本心でプディウム公を裏切るとは思えない」


「‥‥う‥‥裏切るなど‥それは‥‥」


「その中途半端な物の考え方が問題なのだよ。

 完全に裏切る方が、まだ対応としてはやりやすい。

 なので、その中途半端な物の考え方を矯正する機会を与えよう」


「‥‥機会?」 


その時、リュンクの目に映るイズオの顔は、

嫌らしい背徳に穢れて見え、許し難い嫌悪感を抱く。


「ウィフフ将軍。

 ここに居る反逆者達の始末は君の手で行いたまえ。

 そしてプディウム公への忠義と、

 アマテオへの忠誠を証明してたまえ」


「なっ!なんと申したか!!」


「再び言う必要はない

 速やかに行いたまえ」


冷酷なイズオの支持に、ウィフフが顔を引きつらせ手を震わせた。


場に居る誰もが知っている。

この男に、そんな事できるはずが無い。


「ひでぇ事考えるもんだぜ‥あのトンガリ鼻。

 根っからのクソ野郎だな」


「おう‥‥わしも(こら)えんぞ‥」


「確かに最低だ‥‥でも」


その冷酷な命令にオトロと篤丸は拳を握りしめたが、

リュンクは、イズオの言うことに合理性を感じていた。


ウィフフは、生粋の軍人と呼ぶには心優しすぎる。


だからこそ、この非道を達成した暁には、

冷酷なアマテオ軍人『怪力のウィフフ』として矯正されるのだ。


「ぐぐ‥っ‥できない‥‥私には‥そんな事‥‥くっ!!」


おもむろに立ち上がるウィフフ、

その目は燃える様な決意が伺える。


「うぉおおおお!!!」


そして次の瞬間、ウィフフは自分の服を胸元から引き千切り

分厚い胸板と、渓谷の様な腹筋を露出させると、

鋭い短剣をその手に持ち、自分の心臓めがけて突き立てた。


「うがっ!!」


しかし、その切先はその身を貫く前に止められてしまう。


「何をするのだ!!お前達!!」


「馬鹿なことはよしてください!!!ウィフフ様!!」

「あなただけは死なすわけにはいかない!!!」

「お願いです!!やめてください!!」


その剛腕による自害を引き止めたのは、

ウィフフの部下達だ。


やがて、ウィフフの動きを封じる部下たちとは別に、

その(かたわら)から、ズラズラと武装した部下達が前に進んだ。


「な‥何をしているお前達!!

 その武器はなんだ!!」


「校長‥‥いや‥ウィフフ様

 手を汚すの覚悟はできています!

 我々に処刑を命じてください!!」


ウィフフ直属の部下達は、彼の強い葛藤を知る。


その胸に秘めた熱い本懐を知る。


これは、そんな彼らがウィフフのためにできる唯一の手助けだった。


「そんな事はできないのである!!

 お前達とて言っていたでは無いか!!!

 生徒達、子供等と接する日々で人を殺す以外の生き方を知ったと!!

 そう言っていたでは無いかっ!!」


ウィフフの部下達は、皆、特別な才覚がなく

生きあぐねていた所を、ウィフフに拾われた。


肉体を酷使して戦い抜くアマテオ軍人としてしか生きる術を持たず、

ウィフフに習い、ひたすらに肉体を鍛え生き残ってきた者達だ。


ビッショウでの任務も、ウィフフに付き従い始めた軍務の一環であったが、

かつてウィフフがした説教の様に、生徒に教えられる事は多かった。


それは、人に何かを教え、それが育っていく心地良い達成感。


ビッショウで教員として過ごすうちに、

彼等の中にも、ウィフフに類似した感情が芽生えた。


しかし、だからこそ彼等は武器を持ったのだ。


「私たちは貴方がその志を捨てる所など見たく無いのです!!」


「お前達‥‥ようやく学習がなんたるかを理解したのであるか‥‥

 しかし‥よりにもよって‥こんな形で‥」


その一部始終を、イズオと内政管理官は黙って見つめた。


同じく、それを傍観しているリュンクは、

その沈黙が持つ反吐がでる様な本質に憤りが収まらない。



無理矢理ではなく、自分たちの意思で行為を行わせる。



ウィフフや、その部下達が進んで慮り、

やがて導いた方法で見せしめを実行させる事で、

彼等の心を矯正し、制御する腹積もりなのだ。


「なんて性根が曲がった連中なんだ‥」


リュンクは、思わず声を漏らす。


イズオの率いる内政管理官達は、元は刑務所務めの刑務官だと聞く。


ならば、こう言った人の心理を逆手に取った計略も頷ける。


「やめるのである!!!

 その武器を振れば!!

 彼等の未来も、お前達の未来もそこで閉ざされるのであるぞ!!」


部下達は、遂にウィフフの制止を振り切り

列を成してうなだれる人質達に迫ろうとしていた。


このまま見ている訳にはいかない。


リュンクは、タイミングを計らって武器を取り戻す算段をしていたが、

このままでは、人質が殺害される瞬間くらいしかスキを見いだせそうも無い。


「くそ‥このままじゃ‥‥ぁっ!!」


何かに気づくリュンク。


「よし‥‥」


そして、篤丸とオトロにハンドサインを送り

行動に移す意思を伝える。


「‥‥っよし」


「‥‥任せい」


二人の反応を確認してから、

リュンクは大量の空気を吸い込んで叫んだ。


「ぶちかませぇ!!!」


その掛け声の直後、学者の死角から

赤毛で三つ編みの少女が飛び出し

同時に、赤い煌めきが一瞬瞬いた。


「いっけぇえええ!!!」


赤毛三つ編みは【火の紋術】=【噴火】を行使した。


細長い火炎が短く放射され、リュンク達を囲む

内政管理官とアマテオ兵に降りかかる。


「なんだっ!!」

「紋術師がいるぞ!!」


その隙に合わせ、リュンクは竜剣を抱える管理官達に、

白銀の破片を用いた時間遅延により繰り出す

強烈なタックルをお見舞いする。


「死んだら自業自得だからね!

 どっせい!!」


「ぎゃっ!!」


遅延世界で行われるタックルの威力は、

以前、北アンガフにて逃亡兵を吹き飛ばした時にお墨付きで、

また、バカに重い竜剣を抱えていたものだから、

不安定な姿勢の彼等は、リュンクの体に接触した直後、

学舎の壁にぶち当たるまで吹き飛んでいった。


「今だ!いけぇ!!」


更に響くのは、メガネの学生の声。


教員棟で控えていたはずの生徒達を引き連れたメガネが、

三つ編みの少女と同じく、杖型の紋術媒体をその手に

紋術を行使し始める。


「早く武器を取り戻すんだ!!」

「僕も負けないぞー!!」



メガネの学生は【風の紋術】=【風切】を行使した。

弱気な学生は【電の紋術】=【雷光】を行使した。


突風により地面に転がる小石が降り注ぎ、

瞬く電光がバチンと弾ける。


行使された紋術は練度が低く、大した威力にはならなかったが

戦闘慣れした篤丸とオトロが武器を取り返すには十分なきっかけになる。


「気ぃ抜きすぎじゃボケなす!!」


篤丸は、背後で慌てているアマテオ兵の腕元に組みつき全体重をかけて引き倒すと

絡み付けたままの腕をくるりと回し、器用な体術で関節をへし折ると

オトロの獲物であるショートソードを取り返し、そのままオトロへと放り投げる。


「うあっぶねぇ!!」


と、言いつつも綺麗に放物線を描いて寄こされた自分の獲物を、

慣れた手さばきで手中に収めたオトロは、すでに抜剣して振りかぶるアマテオ兵に向き

その白刃が振り下ろされるタイミングを見切ると、

剣のガードでパリィングして剣戟を受け流し、一瞬、隙だらけになったボディに強い蹴りを一撃、

そのまま倒れ込んだアマテオ兵に俊敏な追い討ちを仕掛け命を刈り取り、

脇に残るアマテオ製のロングソードを奪い取る


「篤丸!!これ使え!!」


「おう!!」


同じ要領で篤丸にロングソードを投げたオトロ、

篤丸はしっかりとそれを握りしめ、二人は背中合わせに陣取り周囲全体と対峙した。


リュンクは、横目でそれを見ながら

オトロの判断に賞賛を送った。


普通に考えれば、篤丸の長巻を取り返すのが筋のように見えるが、

これだけ密集した敵陣の中で、長い武器は取り回しが困難、

故に、篤丸にロングソードを当てがったのだ。


「あ!兄貴!!後ろだッ!!」


「ッ!?」


悠長に二人の動きを観察していたリュンクの背後に、

アマテオ兵の鋭い突きが迫る。


「かわせぇ!!其処元ぉッ!!」


死角から繰り出された不意を突く攻撃は、

もうとても回避できものじゃない。


リュンクの柔肌に、その切っ先が届く。


そしてブワァっと展開される遅延領域。


「いいや!!好都合だねッ!!」


リュンクは、時間遅延を活用して、

不意打ちを仕掛けたアマテオ兵の攻撃を交わすと、

発動した時間遅延を最大限に活用し、

自分の剣の有効範囲に居る敵兵に、次々と剣を叩き込んでいく。


アマテオ兵特有の木製防具に向けて

容赦無く叩き込まれた竜剣による剣戟は、

そのまま防具をスタンプし人体を大きく陥没させた。


異常な重量を持つ竜剣による圧倒的な物理攻撃の前では、

それが胸であれ、背中であれ、その内部にある骨格は無事では済まない。


更に、リュンクは、乱戦の中に身を投じた事で、

時間遅延の新たな活用法を閃く。


それは、マッチポンプ式時間遅延だ。


平たく言えば、無関係に振り抜かれた攻撃に向かって

自分から当たりに行く事で、時間遅延を強制的に引き延ばすテクニック。


自作自演で拵えた危機的状況に、時間遅延は有効に働き

リュンクは、周りから見れば瞬く間に周囲の敵を無力化した。


そして、時間遅延が解ける頃には、

周囲にまともに立っていられる兵はおらず、

何事もなかった様に佇むリュンクのみが場に残った。


「あにっ‥‥え?‥‥うわうわ!!!

 マジかよ!!こりゃすげぇ!!!」


「相変わらず出鱈目じゃのう!!」


現実時間サイドから見たリュンクの動きは、

目で追えぬ程に俊敏で、人間離れしたものに違いなく、

それを眼前で披露された篤丸とオトロは、

まだ周囲に残る敵に対して警戒を保ったまま

常軌を逸した光景に興奮した。


だが、状況はまだ好転していない。


一刻も早く人質達の元に向かわなければと、

リュンクの視線は、向こう側に固定された。


「二人とも!!ここは任せるよ!!

 僕は先に行く!!」


周囲には、まだ内政管理官とアマテオ兵が残っているが、

先ほど行われた時間遅延によるリュンクの無双を前に、

その規格外の戦闘力に対応をこまねいている。


リュンクは二人の実力ならば、

この場を任せても無理にはならないと判断したのだ。


「任せろ其処元!!」

「頼んだぜ兄貴!!」


二人の熱のある応を受け、ガッツポースを決めたリュンクは、

時間遅延を応用したダッシュで、人質の元へ向かおうとするが、

その導線をセンセイが塞ぐ。


「どけよ!!」


「君の強さは十分わかった。

 けどね。

 この状況は、それだけでどうにかなるものじゃ無い。

 正直、君とは戦いたくないんだよね」


「うるさい!!スパイ野郎!!!

 また気分悪くなって吐いても

 今度は見逃してやらないからな!!」


「はぁ‥‥黙れよ」


センセイは、厚手のポンチョから獲物を抜き出し、

その両手に携えると特に構える事もなく、自然体で立ちはだかった。


リュンクのこめかみに、一筋の汗が伝う。


それは、以前の戦闘を思い出し焦ったからだ。


前回の戦闘でセンセイは、結果的にリュンクに敗北したが、

時間遅延が展開した遅延領域の中で、攻撃に対応する様な動きを見せたのだ。


それは、リュンクの絶対優位を覆す明確な脅威だ。


だがしかし、それはセンセイにとっても同じ事で、

リュンクの持つ得意な能力に勘付いているセンセイは、

なかなか攻撃を仕掛けてこない。


状況的には互角。


でも不利なのは、やはりリュンクの方で、

こうやって悠長に睨み合っている間も、

刻一刻とタイムリミットが迫っている。


視界の向こうで、ウィフフの部下が名簿の学生達に迫っているのが見える。


その動きは辿々(たどたど)しく、遠目から見ても躊躇(ちゅうちょ)しているのが分かるが、

ウィフフの本懐を尊重する彼らが、その手を汚す覚悟を決めるのに

あまり時間が掛かるとは思えない。


リュンクは、再び鋭い眼光でセンセイを睨む。


この場にいる人間の中で、この先生が一番質が悪い。


ウィフフや、学生達の熱意を知りながら、

イズオのスパイとしてその感情を利用し裏切り

今もこうして邪魔をしてくる。


「お前みたいな奴‥‥絶対許せない」


「それは正義感かな?

 僕の一番嫌いな感情だよ。

 虫唾が走る」


「正義感?‥‥違うよ

 お前は知らないだろうけどね

 僕は、それの反対だ。

 反吐が出る程の悪者なんだ」


「へぇ‥‥そうやって罪悪感を希釈して生きてるんだ

 見掛けによらず賢いんだね君は。

 でもさ、正義っていう大義名分が無いとさ

 成立しなくない?この状況はさ」


「成立するよ。

 僕の原動力は別にある」


「ふ〜ん。

 面白いね?君。

 それじゃさ君の言う原動力とやらは

 一体なんなの?」


「見たいなら‥見せてやるよ。

 僕自身でも手に余る薄汚い悪意を」


「そうか‥‥そう言う事なら僕にも考えがある。

 とびっきりの賭けだ。

 君に届くといいなぁ‥‥」


リュンクは、いつもと同じ

背負う様に竜剣を背負い渾身の力を込める。


そして左手には白銀破片(サルホーガレジジュー)


自分のタイミングで行う短期の時間遅延と、

オートで発動する長期の時間遅延。


二種類の時間遅延によるニ奏のアドバンテージを駆使すれば

必ず目の前に居るイケ好かないペテン師を蹂躙できる。


胸で煮え滾る怨嗟を部分的に肯定したリュンクの感情は、

ドス黒い差し色で濁り、加虐的な衝動に快楽得た。


「‥‥なるほど‥‥汚過ぎてとても覗く気になれないね」


その言葉尻を受け止める刹那、

自分の心臓に白銀の破片を突き立てたリュンクは、

炸裂する爆竹の様に弾けて飛んだ。


「ッ!!」


時間遅延が発動して間も無く、

リュンクは「してやられた!」と思った。


遅延世界で猛進するリュンクの双眸には、

(ほとばし)る雷電と、(はじ)ける業火が映る。


リュンクは知らず知らずの内に、

やたらと人の胸中を探るセンセイの言葉に乗せられ

まんまと罠にハマった様だ。


センセイは、リュンクの眼前でしゃがみ込み

その頭上を二種の紋術が通過する。


あらかじめ自分の背後に紋術師を控えさせておいたセンセイは、

リュンクが胸に白銀の破片をぶつけるのをきっかけに

紋術師達に紋術発動の合図を送り攻撃を促したのだ。


リュンクは堪らず竜剣で紋術を受け止め、

堅牢な刀身は電気と炎を防いだが、

その余波は確実に所有者の体に害を成す。


先程、学生達が放ったものと同種の紋術だが、その威力は全く次元が違う。


全身を駆け巡り身体を捻じ曲げる電気と、

体表面を滑りながら皮膚を剥ぎ取る火炎。


紋印の恩恵で、タフになっているリュンクの体であっても

属性に通じる現象においては受け流す術がなく、

全身に襲いかかる気が狂いそうな激痛の中、時間遅延は解かれた。


「ぐあぁあ!!!くっそ!!‥あっ!!!」


眼前に迫る(うね)り煌めく、ふた振りの刀身。


それを扱う者の鋭い視線が突き刺さる。


リュンクの意識を完全に欺いたセンセイの不意打ちだ。


しかし、それは良い。


ここで時間遅延を誘発できるのは好都合だからだ。


「え!?うわっ!!」


しかし、時間遅延は発動せず

センセイの攻撃は空を切る。


「‥‥‥。」


ギラついたセンセイの視線。


おかしい。


今の速度、タイミングなら確実に攻撃を当てられたはずだ、

それなのにセンセイの攻撃は、リュンクの顔面を()れた。


もしかすると、時間遅延の発動を回避したのだろうか。


だとすれば、センセイは時間遅延の発動条件を理解している事になるが、

もし、本当にそうなら面と向かって対峙しても勝ち目がないと気付くはずだ。


リュンクは、センセイの行動に何やら意味深なものを感じた。


「‥なんで‥今‥っあぐ!?」


狼狽えるリュンクの背後にするりと回ったセンセイは、

その身が紋術の余韻で無防備なのを良い事に、

膝裏を蹴り飛ばし、その場に捩じ伏せると、

素早く紋術師に呼びかけた。


「おい!早くこいつに【奴隷の輪】をかけろ」


「なっ!!なにっ!!!」


その言葉をきっかけに脳裏でオーケンとの会話が蘇る。


以前、【服従の紋術】=【奴隷の輪】について、

オーケンから聞かされた時に、彼は補足として重要な事を言っていた。


『お前も【奴隷の輪】には警戒しておけ、

 承諾しない限り無効な紋術だが、

 長耳に聞いた話では【奴隷の輪】は【紋印持ち】であっても抗えない

 もしも、お前が【奴隷の輪】を行使されれば、相手にとって最強の駒になってしまう』


リュンクの背筋にゾゾゾと、寒気が走る。


もしも先生が狙っていたのがこれならば、

先程の攻撃を外した意味も理解できる。


センセイの指示で、小走りで近寄ってきた紋術師が膝を折り

リュンクの額に指を這わし【奴隷の輪】を行使し始めた。


「馬鹿を言うな!!僕は絶対に承諾なんかしない!!

 【奴隷の輪】をかけようとしても無駄だ!!」


「それはどうだろうね」


「何!?」


「あれを見なよ」


センセイの指差す先で、負傷した篤丸とオトロが羽交い締めにされ、

加勢に現れた学生達もすでに取り押さえられている。


「ご‥ごめんなさい!!‥殺さないでぇ!!」

「嫌だ!!離してくれ!!」

「ひぃいいい!!」


その衣類の焦げや、ダメージの系統から察するに、

どうやらリュンクと同じく紋術師からの攻撃を受けた様だ。


当初、警戒した最悪の状況がそこにあった。


続けてセンセイは、彼らに刃を向けて言う。


「その口で『望む』と言え。

 そうしないとこの二人を殺すぞ」


「っくッ!!!

 クソ野郎がぁあああ!!!」


胸中で、怨嗟がグツグツと沸騰(ふっとう)している、

だがリュンクはそれを必死に抑え込んだ。


もしもここで強引な行動に出れば、あの二人や学生達にそれが跳ね返るからだ。


百歩譲って篤丸は良い。


リュンクと同じ紋印持ちの篤丸なら、

一見、死に至る負傷を負ってもいずれ回復する。


だがオトロや、学生達は駄目だ。


リュンクや篤丸とは異なり、彼等は普通の異界人、

もしも重篤な負傷を追えば簡単に死んでしまう。


リュンクの中で様々な葛藤が渦巻く。


しかしやがて、彼の中にある原動力「失う恐怖」が、彼の行動を決めた。



「‥‥わかった。

 僕に奴隷の輪をかけろよ」


「それで良い。

 それなら『望む』と言え」


「‥‥望むよ」


その言葉の直後、リュンクの額に指を這わす紋術師の手が朱色に輝き、

小さな額には赤色の幾何学模様が描かれてしまった。


「‥‥よし。こいつに待機する様に命じろ」


「わかりました。

 『奴隷よ。その場で待機しろ』」


アマテオ帝国紋術師は【服従の紋術】=【命令】を行使した。


リュンクに【奴隷の輪】が、行使されている事を確認したセンセイは、

その拘束を解き、紋術師にその動向を拘束させ無力化させる。


「‥‥‥‥」


リュンクは、何やら怪訝な表情で辺りを見渡し棒立ちだ。


「そいつ等をこっちに寄越せ。

 いざという時に人質に使えるからね。

 殺さずに拘束しておこうか」


「はい。【奴隷の輪】は行使しますか?」


「いや。【服従の紋術】を行使できる紋術師にも限りがある。

 こいつらには必要ないよ」


「はい」


「それじゃぁ次は‥」



「あのさ‥‥これって、もう効いてる感じなの?」



「!?」

「!!?」

「!?!?」


何事もなかった様に喋り始めたリュンクに、場にいる全員が驚愕した。


「な‥何をしてるんだい。

 僕は待機させておけって言ったんだよ?

 勝手に喋らすなよ」


「い‥‥いえ!

 確かに待機を命じたはずです!!

 『奴隷よ!!喋べるな!!その場で待機しろ!!』」


アマテオ帝国紋術師は【服従の紋術】=【命令】を行使した。


その【命令】を行使されたリュンクは、

キョトンとした顔をして、しばらく動かなかったが

やがて気まずそうにモジモジし始める。


「‥‥いや‥普通に喋れるんだけど‥‥失敗してない?」


「な!!なんだこいつ!!【服従の紋術】が効かないぞ!?」


自分の制御下にあるはずのリュンクが、

自由に動いている事に納得がいかない紋術師は、

何度も何度も【命令】を行使する。


しかし、何度やってもリュンクが【服従の紋術】の制御下に置かれる事は無く

紋術の度重なる行使で披露した紋術師は、癇癪を起こして怒鳴った。


「どうやって首輪を外したのだ!!

 聞き分けのない奴め!!!

 素直に【命令】に従え!!!」


「うるさい!!人をはしゃぎ散らす大型犬みたいに言うな!!」


と、そう叫んだ瞬間、

リュンクの額にデコピンされた様な衝撃が走り

パラパラと、額の文様が地面に落ちた。


「じ‥自力で【奴隷の輪】を解いただと!!?

 なんだこいつ!こんな事ありえないぞ!!!」


「うるさい!!勿体ぶって失敗したのはお前だろう!!

 恥ずかしいんだよお前ッ!!!」


ついに共感性羞恥を乗り越えたリュンクは、

容赦無く竜剣で紋術師をぶん殴って伸すと、姿勢を戦闘体制に戻す。


「あ‥ありえないよお前‥‥いったいどれだけチート使う気だ?

 お前‥‥何なんだよ‥」


センセイは、自分の策略を不明瞭な方法で覆したリュンクに慄き後ずさり、

そのマスクの下では、さぞかし間抜けな顔が捏ねられてる事だろう。


リュンクは、よく分からないが状況が好転している気配を感じ、

再び竜剣をその手に、センセイに向き直るのだった。

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