-【9-4】-若干負けフラグ立ってない?
学園都市ビッショウの中心に位置する一際高い学舎には、
在校生を一堂に集める為に用意された大集会場がある。
その学舎の屋上からは、学園都市全体が一望できるテラスがあった。
「大したものだよ。
これ程の建造物を学徒に提供できる程の
潤沢な資産があるというのは……。
ヘテルダ王国の民は、さぞかし優雅な暮らしをしていたのだろうな。
そうは思わんか?ウィフフ将軍」
トンガリ鼻で、ノッポな男は、
フワリと小綺麗なコロンの香りを漂わせ
クマの酷くやつれた顔をしてそう言った。
彼はイズオ・サンサール。
アマテオ帝国の内政管理官である。
~以下説明~【アマテオ帝国内政管理部】
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膨大な人間が所属するアマテオ帝国では、
日々あらゆる政策が同時進行しており、
昨今では、帝都ウルジュノンで議論され可決されるのは、
政よりも、軍事行動などに関わるものが多い。
ところが、長距離交信技術の無い異界において
方々へ進軍中の軍隊での政策進行をコントロールする事は難しく、
現在でもその領域を広げている進軍の最先端にまで、
政策の遂行姿勢を行き届かせる為には、
その場を指揮する責任者への報告の督促や催促だけでは不十分、
政策の進行自体を専門に制御、管理する存在が必要であった。
その役割を担うのが内政管理部という内部機関である。
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~以上説明終わり~
このイズオは、ヘテルダ王国内で行われている政策、
つまりは、東キンビニー要塞計画の進行を促す為、
テコを入れに派遣された内政管理官である。
その両胸には、花弁を模した飾りが揺れているが、
これは刑務所の刑務官が身に着ける、業種を象徴するバッチであり
イズオという人物が、ただの内政管理官ではない事を意味する暗喩でもあった。
巨漢、怪力のウィフフは、イズオ三人分程に厚みのあるボディを畳み
イズオの前で謙るように片膝を付いている。
「確かに、この地は恵まれた土地であるが…
その暮らしは慎ましく、決して贅に浸るものではないのである。
特に子供の勉学に関しては、まだまだ発展途上であり…」
「それを慮った結果がこの状況かね?」
「‥‥‥そうである。
だが!我ら大人が巻き起こした戦争で
子供らの未来が曇るは間違っているのである!!
私達にはそれを正す責任が」
「それは、帝国の打ち出した政策を滞らせる理由にはならんよ。
君の言う主張は、最もだが……それは君がただの大人ならばの話だ。
ウィフフ将軍。大人である前に、軍人で在りたまえよ。
そのように体たらく晒す為にプディウム公は君を推薦したのかね?」
「………それは…違うであるが…
し…しかし!学生に【奴隷の輪】を行使すると言うのは許せないのである!!
あれは捕虜か、ぺサトス人奴隷……罪人に行使するものであろう!
それを子供等に行使するなど!!」
「言葉を慎め、ウィフフ将軍。
誰が好き好んで戦に携わらない子供に【奴隷の輪】を行使するものか。
私からの再三の督促を無視し続け、そうせざるを得ない状況を作ったのは君だ。
要塞計画を指示したマータリン卿は、容赦などしない人間だ。
卿が最初打ち出した案を聞きたいかね?
彼は、学生にウニウラの紋術実験を被験させろと言ったのだよ?
あそこで何が行われているか君も知っているはずだ。
幼気な学生達が、人の形を損い地面を這り回る姿が見たいのかね?」
「そんな……馬鹿な事を……
マータリン・クリンヒルは鬼畜の外道か!!」
「……私も人の親だ。
可愛い娘が同じ目に合うと思えば、気が狂いそうになる。
だからこそ、君は考えを変えるべきだ。
もしも、君が的確に計画を進めていればこうはならなかった筈だ」
「………うむ」
「理解したのなら異論は無いだろう。
生徒を集めたまえ。
ああそうだ。
あのセンセイとかいう用心棒にも言っておきたまえ
今度は下手な工作も無用だと」
イズオが坦々と構築する正論の壁を前に、
打ち出す言葉の無くなったウィフフは、
激情に体を震わせたが、やがて立ち上がり
部下を連れてテラスを後にした。
「穢さぬ為に、穢れたまえよ」
険しく厳しい表情のまま、
イズオは空に向かい、ぽつりと呟いたが、
それは他者に向けられたものか、
自己に向けられたものか、定かではなかった。
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イズオがビッショウに登場してから間も無くして
学園内の改革が始まった。
そこには、今まで見てきた様な穏やかな雰囲気は無い。
まず最初に行われたのは、イズオの連れてきた内政管理官と、
紋術師による【奴隷の輪】の行使だった。
大集会場に集められた学生達は一列に並べられ、
順番に【奴隷の輪】を行使されていく。
紋術師達は、怯え狼狽する学生達の額に指を這わし
ゆっくりと円を描きなながら「奴隷となることを望むか?」と問い
学生にそれを了承する言葉を無理矢理に吐かせると
その額に、赤い幾何学模様が刻印された。
また、【奴隷の輪】の行使を恐れ、学舎内に隠れたり、
逃亡を試みた学生も多く居たが、その尽くは、
捕らえられ、行使の対象となった。
また、その学生達を捉えたのは、皆、ウィフフの部下であったという。
「いやぁあ!!離して!!離してよぉ!!
奴隷になんかなりたく無い!!
校長!!どうして!!信じてたのにぃ!!」
捉えられた学生の中に、あの時、ウィフフに助けられた女学生が居た。
女学生だけでは無い。
ウィフフを校長と慕い、心を許していた学生達は、
彼に訴えかけ、口々に助けを求めた。
だが、イズオの連れてきた内政管理官達は、
皆、胸に花弁をあしらう元刑務官ばかりで、
集団で訴えを起こす学生達を男女問わずぶちのめしていく。
その光景を前に、鬼の様な形相を捏ねるウィフフだが、
食いしばった口から言葉を吐くことはなく、
見て見ぬ振りをする様にくるりと背を向け、
同様に体を強張らせる部下達を連れてその場から姿を消した。
その一部始終を、隠れて見ていたリュンク達は、
皆、一様に煮え返る怒りに身を震わせていた。
「なんて胸糞悪い光景なんだろうな……
今すぐにでも奴らをぶっ殺してやりてぇよ」
「分かるぞ兄弟。
奴らに名乗りはいらん。
背面から斬り殺してやるわ」
オトロと篤丸は、目をギラギラとさせ
今にも得物をその手に、走って行ってしまいそうだ。
「わかっていると思うけど、今は駄目だよ。
今は…我慢だ」
そう、なだめる様に二人をたしなめたリュンクだが、
二人と同等か、それ以上にその胸中は穏やかでは無い。
それは、単に学生達が不条理と暴力に晒されているという部分よりも、
ウィフフが築いていた「美しい形」が、無思慮に壊されていく光景への
例えようの無い嫌悪感と憤りによるものだった。
リュンクも、元は学生だ。
だからこそ、ここの学生達が胸に宿していた
勉学に努める姿勢に敬意を抱いた。
よく分からない内から「そうであるから」「そういうものだから」と、
何の必要性があるのか分からない勉強に、1日の大半を奪われた挙句
その優劣を人しての不可を品定めする指標とされ、
ひたすらに課され、ひたすらにこなす。
リュンクにとってそれが勉学に対する印象であり、
好き嫌いはあっても、そこに熱量など介在せず、
「不」にならぬ様「可」を求める只の作業。
しかし、ウィフフが教鞭をとった授業は、
全く異次元のものだった。
「不」も「可」も存在せず、
そこにあったのは「意義」と「意味」だ。
あそこまで学生達が熱烈になれるのは、
ウィフフが子供らに求めた勉学の性質が、
優劣を付ける基準として覚え、解くものではなく、
意義と意味を追求し学び、知るものだったからだ。
未来へと続く明らかな意義を説き、意味を理解させる。
自分が何の為に学び、どうやって生かすのか
それを知る事で、ただの作業に意味が生まれる。
意味が明確な行為には、手応えが伴い
また、習得を自覚しやすい。
そうやって自分達が意義と意味がある行為に勤しんでいると知れば
同じ様にひたすらに課せられる勉学でも、その捉え方は大きく異なる。
口で言うのは簡単な事だが、
本当にそれを未熟な学生等に宿らせ、
自らそれに努めさせるのは困難を極める。
生半可な熱量では実現できない領域にある
勉学という言葉が本来持つ「美しい形」だ。
だが、ウィフフは、
このビッショウの校長は、
それをやってのけた。
しかも、この地を征服した敵国の軍人という
ハンディキャップがあるにも関わらずにだ。
リュンクは思う。
あの人は本気なんだと。
「………さぁ、そろそろだ。
配置につこう」
リュンクの言葉を受け、
思い出した様に振り向いた二人は、
力強くうなづいて見せ、
三人はその場で互いを鼓舞する意味の命交を行うと
それぞれの役割が待つ場所へと向かった。
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「怪力のウィフフを懐柔して仲間にする」
オーケンがその口から吐いた、そのとんでもない目的に対し、
リュンクは、すぐに篤丸、オトロ、インベル、ポポエを招集し
共にその内容を聞く運びとなった。
全員の到着を待ってから、
オーケンは数日ぶりに天井裏から降り
その巨体を地につけ皆の前に現れたが
少年兵用に用意された寝床は天井が低く、
かなり居心地が悪そうだ。
窮屈そうに首を左右に振った後、
オーケンはウィフフ懐柔計画を話し始めた。
「最初に言う。
この計画の成功条件は……。
俺とウィフフが二人だけで会談できる場が整う事だ」
オーケン曰く、元刑務官イズオが取り計らう改革で、
ウィフフが葛藤を抱き苦しむ事は目に見えている。
ウィフフが、本当に学生と勉学を愛する善人である事は、
この場に居る全員も知る所で異論は出ない。
しかし、どう振る舞っていてもアマテオ帝国の軍人である事に変わりはなく
アマテオ本国から派遣された内政管理官の指示には逆らう事はできない。
それは、学生達の身に【奴隷の輪】を行使する以上の
危険が降りかかる状況を回避する意味もあるだろう。
つまる所、ウィフフが自身の手腕でどうこう出来る範疇を超えている案件な訳だ。
「そんな時に、その状況を打破できるかも知れない
俺達外部の人間が現れれば、それを頭ごなしに拒絶したりはしない。
それが反乱軍の先遣隊だとしてもだ。
ウィフフ・ギリンという男は、そういう人間だと、ここ数日の報告で判断できた」
もしも、ここ数日の体験無くして
この計画を聞いたのならば「馬鹿な事を言うな」と、
否定の言葉が出ていた事だろう。
しかし、ここにいる全員は、同様の見解を持ってそれを肯定した。
あの男ならありえると。
オーケンは、更に続けて言う。
「イズオがウィフフへ話を通したのが今日なら、
実際に行動に起こすまで、少なくとも1日は掛かるはずだ。
それまでにある程度の仕込みを行う。」
その仕込みとは、ビッショウ内に居る教員に対し協力を仰ぐもので、
平たく言えば、ウィフフを特定の場所へ連れて行く様に仕向ける事だ。
その役には、すでに教員に混じり行動する事で、
ある程度の協力関係を築いているインベルが任せられる。
「この二日で、教員達の考えの傾向は掴めています。
皆さんウィフフに対して友好な感情を持っていますよ。
この度の提案にも乗ってくれると思います。
ただ、教員外の大人達。
つまり、アマテオ征服の折に学園都市に潜伏した
大人達の中には、好戦的な意見も多いので、
これを期にそちらにもコンタクトを取るべきでしょう」
「さすがワワロ氏の倅だ。頼りになる。
よろしく頼むよ」
次にオーケンは「ウィフフの動向に目を向けさせない様にする仕組みが必要だ」と、
オトロと篤丸を見つめた。
数日見ただけで勘づくほどのウィフフの人間性を、
アマテオの内政管理官が知らない訳はなく
恐らくはウィフフが勝手な行動を起こさないかと
その動向には目が光っているはず。
それに対処する仕組みとしてオトロと篤丸には、
諜報員の少年兵と協力して、小さな暴動を起こし
イズオやその部下である内政管理官達の気を惹き
ウィフフのマークを外す役割が当てられた。
オトロも篤丸も、その要求に意欲的な返事を返し
やる気にメラメラと燃えているが、オーケンはじっとそれを見つめると
「篤丸。わかっていると思うが、長耳の言った事を忘れるなよ?
アレは絶対に禁止だからな」
と、念を押して紋印使用の制止を促す。
「おう!!勿論じゃ!!
あがな奴ら普通にしときゃコテンパンじゃ!!」
「アツよ……アレってなんだ?」
「兄弟にも秘密のアレじゃ」
「いけずだなぁ……」
リュンクは、時代劇以外で「いけず」と言う言葉が使われたのを初めて聞いた。
次に、リュンクとポポエにも役割が与えられる。
「ある意味、一番重要な役割だ。
ポポエは、今までの策が全て万端に進んでいるか確認する役目を、
リュンクには、場が完成した事を俺に知らせる役を頼みたい」
「はいです!オーケン様!
諜報隊員としてビッショウ内の地理は頭に入っていますです!
その役目、私が適任です!」
鼻息を荒くしてガニ股でピョンピョン跳ねるポポエを横目に、
腑に落ちない顔を捏ねるリュンク。
「……知らせるだけの役…なんか僕…
あんまし役に立ってなくない?」
ただ、報告に行くだけの役割と聞けば
あまり意義を強く感じられないリュンクは、
「期待されていないのか?」と、少し不満に思った。
「いや…そんな事はないぞ。
計画というのはな、こうやって順序立てて聞けば簡単に聞こえるが、
実際に現場でそれを掴むのは難しいものだ。
……だが、それよりも気になるのは……。
俺の予想が正しけばな、リュンク。
お前以外にそこの配置は務まらない
やってくれるか?」
「僕だけ!?
なんかよくわかんないけど!!
いいね!!任せてよ!!!」
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「‥‥‥‥なんて言ってみたけど
ここで突っ立っているのが、僕にしかできない事か?」
リュンクは、自分が待機を命じられた場所で
オーケンの立案した計画を思い出し
空想に耽りつつ悪態じみた独り言を吐いていた。
「二人とも上手いことやってるかなぁ…」
一人、ポツンと通路の壁に身を隠すリュンクは、
計画の進行状況が知れずソワソワとして落ち着かないのか、
腰に帯剣した竜剣の飾りをガリガリと爪で引っ掻いている。
一緒に配属されたポポエは、状況の把握に走り回っているし
どう考えてもこの役割が重要だとは思えない。
しかし、持ち場を離れてまで行動を起こす程、
今回の計画に関して役立てる発想のないリュンクは、
黙々と通路の向こう側の様子を伺う。
すると、やがて数名の教員と肩を並べるウィフフが姿を現した。
「校長こちらです」
「うむ‥‥しかし、この様な場所に何の用事か?」
「詳しい事はわかりませんが‥‥
内政管理官からの指示ですので‥」
「っ‥‥そうであるか‥‥
私は、生徒達に‥‥いや‥‥何でもないのである」
ウィフフは、見るからに消沈しており、
歯切れの悪い言葉からはガッツを感じられず
あの熱烈な教鞭を振るっていた巨漢と、
今ここに居る大男が同一人物とは思えない。
通路の中腹あたりにある扉から、
ウィフフが部屋の中に入った事を認めると
リュンクは、通路から顔を覗かせ
彼を誘導してきた教員とアイサインを交わす。
教員がウィフフと共に中に入るのを確認してから、
リュンクは扉の前まで速やかに移動すると
帽子のツバを左右に振り、通路の両方に気を配り、
オーケンの控えている自分達の寝床までの最短距離を脳内でなぞった。
「あとは‥ポポエか‥」
ウィフフが部屋に入った事で計画の半分は成功、
後は内政管理官を惹きつける騒動の具合を確認したポポエが、
報告に現れるのを待ち、リュンクがオーケンの元まで全速力で向かい、
彼を護衛しながらここまで戻れば計画は完遂する。
ただし、ウィフフとオーケンの会談がうまく纏まればの話だが。
「‥‥‥っ?」
落ち着きなく、左右に気を配っていたリュンクの動きが不意にとまる。
「‥‥なるほどな‥‥
オーケンが僕をここに配置したのは、これが理由か」
通路の片側を睨みつけたリュンク。
その視線の先には、全身を覆い隠す不審な男の姿、
他の誰でもないセンセイだ。
「‥‥‥‥リベンジマッチだ」
リュンクは、帽子のツバからギラつく眼光を覗かせつつ
ゆっくりとセンセイの方へ歩みを進めていく。
一方、通路の向こう側のセンセイも、
リュンクの存在に気が付いており、
体を覆うポンチョの中でゴソゴソと両腕を動かすと
刀身が薄く、長さの異なる剣を両手で抜剣してから
ズンズンとこちらへ向かってくる。
お互いの獲物の有効範囲が重なる手前で、
リュンクとセンセイは立ち止まり、
鋭い視線をぶつけ合わせた。
「どうやってここを見つけ出したの?」
リュンクの疑問。
内政管理官達の動向と同じく、
センセイへの動きにも警戒する様に、
諜報隊の面々にマークさせていたのだ。
それにも関わらず、センセイは監視の目を掻い潜り
計画を知らなければ辿り着けないこの場所へ
いとも簡単に辿り着いて見せた。
どう考えてもおかしな話だ。
「君だけ、暇そうに動いて居なかったからね」
「‥どういう意味?」
「さてね。それよりさ。
大人しくしとけって言ったのにさ、
この騒動はなんのつもり?」
「どうにかしようとしてるんだよ。
このどうしようも無く腹ただしい状況を」
「何をするつもりか知らないけどさ
ウィフフをどうにかした所で、問題は解決しないよ」
「それを決めるのはお前じゃない。
ウィフフだ」
「はぁ〜っ。
まぁ何でも良いや。
そこをどけよ。
この前僕にボロクソに負けた事、忘れてないよね?」
「覚えてるさ。
でも、今回は事情が違う。
今度は、命をかける。
そっちも覚悟を決めなよ」
「ははは。
別に良いけどさ。
命をかけるとか、覚悟を決めるとか‥‥
若干負けフラグ立ってない?」
「‥‥負けフラ‥‥?
どういう意味だよ」
「別に。ただの軽口だよ」
その言葉を皮切りに、センセイは驚異的な速度で
一気にリュンクとの距離を詰め、まるで別の生き物の様に
まばゆく光を反射する白刃を畝らせながら叩きつけた。
闘技場で振るわれた木剣ではなく、
本物の刃物がリュンクに迫る。
故に、それはリュンクのアドバンテージとなった。
その刃が、リュンクの皮膚を斬りつける寸前、
ブワァと広がる遅延領域。
視界でゆっくりと動くセンセイの獲物は、
光の反射で軌道を描きながら、上から下からリュンクへと迫っている。
リュンクは、竜剣を抜剣しそれを弾き飛ばすと、
目の前の人間を殺害する事を認め、強く覚悟を決め、
せめて一撃で仕留めようと、センセイの首元を狙うと
渾身の横振りを繰り出そうとする。
しかし。
「なっ‥‥なんだこいつ!!」
リュンクの訝しむ声、
遅延世界で奇妙な事が起っている。
時間遅延の効果で、こちらを視認できないはずのセンセイが、
竜剣の軌道を読み、予め頭を低くして交わす動きを取ったのだ。
「こいつ!!時間遅延に対応するのか!?」
と、リュンクが驚愕する中、
危機が去った事で時間遅延が解かれ
追撃を警戒したリュンクは、後ろに大きく飛ぶ。
そこでリュンクは思い出す。
センセイの強さや、勘の鋭さは紋術による恩恵の可能性が高い。
もしもその紋術が、時間遅延に適応し
遅延世界に介入できるものだとすれば、
リュンクの勝率は著しく下がる。
リュンクの手札には、まだいくつかカードが残っているが
切れるカードはもうあとは一枚「死にづらい体」くらいしかない。
しかし、保身を捨てがむしゃらに切り込んで勝てる相手とも思えない。
「‥‥‥」
焦りと驚きで慎重になっているリュンクに対し、
センセイは、視線を下に落としたまま
その場に立ち尽くしている。
何やら不気味だ。
「!!」
次の瞬間、ググッと姿勢を低くしたセンセイは、
素早い動きで倒れる様に勢いよく前に出ると。
そのまま本当に倒れこんだ。
「‥‥!?」
「っく‥‥くそが‥‥」
センセイは、どうにかこうにか片膝を立てて立ち上がろうと試みたが、
その足はガタガタと痙攣しフラフラと安定しない。
「うっ‥‥うぶっ‥‥おげぇええッ」
やがてセンセイは、酷く苦しそうな声をあげると
ビチャビチャと吐瀉物を撒き散らしその場にうずくまってしまう。
「だ‥大丈夫?」
敵対しているリュンクですら思わず体調を心配するほど
突然すぎるセンセイの体調不良。
先ほどまで万全で絶好調に見えていたセンセイは、
どういう理由か急激に強壮を損ない動けなくなってしまった。
「‥なんて‥‥動き‥なんだよ‥‥お前さっ‥
一体‥どんな身体‥‥目が‥‥おかしい‥‥ろ」
と、力なくそう言うと、センセイは気を失いその場で崩れ落ちた。
それを確認したリュンクは、
しばらく何が起こったかわからず
ボーッと吐瀉物に沈むセンセイを見つめていたが
腑に落ちない顔で「これは勝ち?」と呟き、
ゆっくりと竜剣を鞘に収めた。
「すごいです!!リュンクさん!!」
「イィっ!?びっくりした!!」
突然、後ろから発生した賞賛の言葉。
その正体はポポエだ。
どうやらポポエは、リュンクとセンセイが鉢合わせたタイミングで
ここに到着したらしく、二人が一触即発な状況にあるのを見て
事の顛末を見届けるために隠れて居たらしい。
「まさかあのセンセイに攻撃させないばかりか!
一撃も攻撃せず戦わずに打ち倒すなんて!!
凄すぎです!!あの時は実力を隠していたんですね!
格好良いです!!!」
興奮してピョンピョン跳ねてそう言うポポエに「まぁね」と、
誤魔化す様な言葉で返したリュンク。
「あまり騒ぐとウィフフに感づかれるよ。
とりあえずセンセイを縛り上げて動けなくしておこう」
「はい。
でもそれは私がやるです。
リュンクさんは行ってください」
「行く?‥‥あっ!!
そうか!!忘れてた!!」
「篤丸さん達の陽動は成功です!
上手く校舎に立て籠もって時間を稼いでいますが
いつもまで持つかは分からないですよ!!
だから急ぐです!!」
「わかった!!ありがとうポポエ!!」
その言葉を捨て台詞にしたリュンクは、
時間遅延を活用した全速力でオーケンの元まで向かうのだった。




