-【9-3】- 正直にやったって馬鹿を見ることの方が多いからね
「うわぁ‥これは凄いな」
翌日、リュンクとポポエは二人して
学園都市ビッショウの戦術訓練区画へやってきていた。
ヘテルダ王国正規軍に属する為の兵士育成、
それを目的とした訓練施設は、戦術的な知識の浅いリュンクでも、
学術と同等か、それ以上に力を入れていた事が伺えた。
ヘテルダ王国正規軍では、
戦場に立つ兵士が持つ戦闘力において
純粋な強さの能力値を重要視していない。
全の一部、軍を構成する要素に過ぎない個の兵士が、
どれほど強いかなど大した要素ではないからだ。
全の強さを指し示す位と、個の強さを指し示す位とでは、
そもそもの単位が異なる。
ならば、ヘテルダ王国兵として在るために求められる重要な能力とは何か。
それは適応力と、団結力である。
あらゆる地形、気候に適応する能力と、
あらゆる状況、状態で団結する能力。
様々な因子によって何億、何兆と分岐する
戦場のシチュエーションにおいて
常に平均的な能力値をキープし、
軍隊という一つの生物として戦場で機能するのが
ヘテルダ王国兵にとって最たる目的であり、最も重要な要素。
それを兵士育成の根本に掲げたヘテルダ王国軍は、
ビッショウ内に実戦を想定させる修練場を建設した。
泥濘みの酷く蔓状の草木が密集する沼地や、
高低差の酷い山岳地帯、死角の多い人工建築の町、
不安定な船を浮かべた水槽など。
様々なシチュエーションを模倣した修練場は、
端整な学舎を建造するよりも遥かにコストがかかり
その規模とバリエーションを見るだけでも
どれほど兵士の育成に力を入れていたかが伺えた。
またビッショウの戦術修練では、
強さに対する理想を一番最初に捨てさせる。
英雄になる事を夢見る少年たちが、
一番最初に学ぶのは、現実を見つめる視野、
英雄を諦め、絶対的な凡兵になれる者だけが
ヘテルダ王国の王国正規軍の兵士になる事ができたのである。
「なんて絶望的な光景なんだろう」
と、リュンクは、広大な領域を占める修練場を遠目で見つめ
胸から出た乾く様な感情に対し、素直にそう呟く。
それもそうだ。
これ程までに兵士の育成に力を入れていたヘテルダ王国は、
既にアマテオ帝国に敗北しており、
此処で修練を積んで兵士となった者達は、
皆、故も何処かも知れず戦場で息絶えたか、
もしくは軍の解体と共にその役割を奪われたのだ。
「リュンクさん、こっちです!
ここから中に入れるですよ!」
ポポエの誘導に従い向かうのは、戦術訓練区画の端に建造された
ドーム場の闘技場で、他の施設に比べればその規模は小さいが
異界で見た建造物の中ではかなり大きく、
リュンクの得た知識の引き出しに有るもので例えるなら
小学校の体育館4つ分程だろう。
闘技場の中からは、熱の入った声が無数に反響して聞こえ
建造物自体がグラグラと揺れている様な錯覚を得る
これは、強い意志を持つ人間から生じる炎の様な気合いだ。
現在この闘技場は、アマテオ帝国の訓練場として使われている。
学生の中で、要塞の建造や、勉学に嫌気が指したもの達を集め
アマテオ帝国の新兵として使えるように鍛えているのだそうだ。
「校長曰く、人には得手不得手があるのです。
物作りや、勉学を要する仕事は人を選びますから
合わない人は必ずいるのです。
校長は、そういう人達の受け口として
将来、アマテオ帝国兵となる道を与えているのです」
リュンクは「このガニ股、自然に【校長】って言いやがったな」と
昨日の自分を棚に上げ、心の中でポポエの事を詰った。
闘技場の中へ入ると、1番に眼前に入るのは丸い盆場の訓練場で、
盆の上では学生達が、熱烈に修練に励んでいる。
その様子に目を奪われ、しばらく光景を凝視していたリュンクは、
茹だる熱気に当てられつつ、ヘテルダ王国が負けた理由をやんわりと理解する。
丸盆の上で繰り広げられてるのは、
修練と呼ぶにはあまりに計画性のない乱戦、
側から見ればただの喧嘩だった。
あらゆる状況下に対応し
全として在る兵士を育成する事を、
軍隊の生存戦略として選んだヘテルダ王国に対し
アマテオ帝国軍は全く逆の性質を持っていた。
産まれや、性別、人種を問わず
力さえあればどこまででも優遇される実力主義で、
人が個として持つ欲望や、欲求を煽る体制は、
軍隊としての形式張った定義を持たず、
その戦闘力に求められる資質に限りはない。
強い個が、個として集まっているだけの有象無象。
彼らを統率するのは、優遇への渇望のみ。
故に。
糞溜めに産み落とされた娼婦の捨て子だろうが、
寵愛により花を愛でる様に育てられた貴族の子だろうが、
そのステータスによる優越の差は一切無く
ただ生き残り、殺し続ける事が出来る方が羨まれ讃えられる。
出題に対し優秀な功績を出し、
仲間と上手く同調する事で、
兵士として優秀とされるヘテルダ王国兵と。
生へに対する答えのない自問自答を自らにか問い続け、
同軍の兵士達をも蹴落し食い物にしながら
獣の様に生き残ってきたアマテオ帝国兵。
適応と団結を重きに置いて修練を積んだ兵士と、
適応できなければ死に、孤独に生き残ってきた兵士。
さて、勝つのはどちらだろうか。
様々な因子によって何億、何兆と分岐する
戦場のシチュエーションにおいて
その勝敗を空想するのは無意味に等しい。
しかし、古来より生物が歩んだ進化の道は、
より貪欲に生存を欲する者だけが歩んだ獣道である。
ならば、最後に返り血を浴びるのは、
より貪欲に生きようとした者だろう。
「分断監視塔に残っていたのが、
ケサブロみたいな奴等でよかった‥」
リュンクは、オーケンの言っていた通り
分断監視塔攻略作戦は、最上のタイミングで行われたのだと知る。
もしも、あの丸盆で行われている様な、
イかれた修練を経て兵士となった、
本物のアマテオ兵士が相手だったのなら
リュンク達は、今ここに居ないだろう。
「大丈夫です?」
闘技場の端で目を細めるリュンクの横顔を見たポポエは、
その狼狽を感じ取ったのか
衣服の端を引張り心配そうにそう言った。
「ああ。うん
大丈夫だよ。
ただ、色々思い出してね」
グッと下唇を噛み
難しい顔をしたポポエは、
声を出さずパクパクと口を開け、
何か言葉を選んでいる様子だ。
「‥‥分断監視塔の件、
私もそれとなく聞いているですよ
大変な作戦だったと‥」
「‥‥‥‥」
リュンクは、ビッショウの制服の上から
胸元にあるネックレスを無意識に掴み、
先端にある鋭利な破片を強く握りしめた。
「あっ‥あっ!あっ!
あの!‥っそうです!
そういえば!さっきはありがとうです!!」
自分の発言で、リュンクが顔を険しく変えたのを見て
焦ったポポエは、強引に話題を変えようと試みる。
「ん‥さっき?」
「ほら!オーケン様の指示の説明の時です!」
「ああ‥あれね」
ポポエが言っているのは、1時間ほど前に行われた
今後の行動についての話し合いの事だ。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
リュンクがオーケンから受けた指示は三つ。
ウィフフについて情報収拾し
彼自身の人間性を見極める事と、
ここに配属になるはずのイズオという刑務官の状況を掴む事。
センセイと言われる謎の人物について調べ、
その正体か、その目的に迫る情報を掴む事。
ビッショウ内にある紋術媒体製造に関わる施設の場所や、
現在の状況などを掴む事。
以上の三つだ。
これに対し、話の運びとして
まず人員を割り当てる事となったのだが、
ポポエの提案で、施設の調査には、
諜報隊の面々が割り当てられた。
ポポエ曰く諜報隊は既に、
紋術媒体の製造施設の居場所を抑えており、
調査もある程度進んでいるという。
それならば文句は無いと、
リュンク達は残る指示を受け持つ事となったが、
いち早くオトロが胸を叩き会話の指揮を掴み取る。
「僕は小柄で、しかも身軽だ。
だから密偵にはうってつけだと思う。
となれば、ウィフフの調査を受け持つよ」
ウィフフを調査するに当たり、
諜報隊は学生から有益な情報を受けていた。
ウィフフが普段在席している校長室には、
一際大きく頑丈な金庫が存在する。
かつてそれは、重要な試験用に用いる
答案用紙の原紙を保管する為に使われていたが、
普段使いするには、解錠に手間がかかる為、
今は中を空にされた後放置されている。
有益な情報とは、
つまりその金庫に纏わるもので、
その昔、不良な生徒達が校長室の下の階にある
実習準備室の屋根裏から、密かに屋根をぶち抜き
どうにかこうにか壁を跨いだ金庫の裏側にまで
道を開通した事があると言うのだ。
表からは堅牢な金庫も、
壁に面する裏側はさほど頑丈では無く
そこから答案を盗み見る算段だった様だ。
しかし、普通に考えて破壊痕を隠せる筈もなく
それを解決できなかった当時の不良達は、
泣く泣くカンニング計画を断念したらしい。
それを聞いたリュンクは、
「多分その不良達はアンガフ出身だろうな」と思った。
なんとも間抜けな話だが、
今回に限って言えば大した偉業。
要するに、その不良達が掘り進んだ金庫裏まで移動し、
金庫の中に侵入、そこでウィフフの動向を探るといった具合だ。
その前情報もあって、身軽で隠密に長け、
オトロがそこを受け持つと申し出た訳だ。
リュンクは年齢の割に身長が高く、
篤丸は筋肉質でガタイが良い。
確かに3人の中で一番小柄なのはオトロだ。
「そうだね。
僕もオトロが適任だと思う」
「そうじゃの。
ほんなら任せるぞ兄弟」
オトロは、了承を受けてにこやかに頷いたが、
一瞬、いやらしい笑みを浮かべたのをリュンクは見逃さなかった。
「ああそうだ!
通路は狭くて暗らそうだ‥‥
それに一人じゃ何かと不便だし‥‥
誰か作業を手伝ってくれる人が欲しいなぁ‥‥
そう‥‥小柄で華奢なポポエちゃんとかねぇえ!!!」
「ひっ!!」
オトロは、眼球にターゲット印に変え
ギラついた視線で獲物を捕らえ、
ニヤニヤしながら目を見開いている。
悍ましい程の異性への執着だ。
ポポエは、短い悲鳴を上げてから
トタトタとリュンクの後ろへ隠れた。
「にひひひひ!!
良いだろう?ねぇ?
これも作戦成功の大事な事なんだからさぁ!!」
「‥‥むつごいのう」
篤丸は意味も知らぬ方言を吐いたが、
恐らくリュンクが胸に抱いた感情と同義だろう。
「ひぃっ!絶対やです!!
私はセンセイの寝床に同行するんですよ!
リュンクさん!!一緒に来てくださいです!!」
ポポエはガニ股をカニカニさせて震え上がり、
半べそをかきながら必死に服を引っ張るので、
リュンクはひどく哀れな気持ちになり、
篤丸に場を任せて逃げる様にポポエと闘技場へ向かった。
「兄貴ぃ!!待ってくれよ!!
約束するよ!!触るだけで揉みはしないからさ!!
頼むよ兄貴ぃい!!汗臭さいアツと金庫なんか入れねぇよ!!」
背後からオトロの悲鳴じみた懇願が聞こえたが
リュンクは振り返らずに寝床を後にした。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「ポポエ。
なんかごめんね
オトロの奴、良い奴なんだけどさ
ちょっとここと、ここが良くないんだ」
リュンクは、頭と胸を順番に指差し
オトロの非礼を詫びる。
「それどっちも悪かったら
もう救いようが無いですよ‥」
「‥‥ごめん」
「‥否定はしないんですね」
リュンクとポポエは丸盆から離れ、
闘技場を一望できる場所まで移動しながら
オトロの狂気的なスケベ質を貶しあっていた。
「あっ!見て下さい!
あそこで座っているのがセンセイです」
ポポエは急に立ち止まり
指鉄砲の様なジェスチャーで場所を差す。
その先は、アマテオ兵の候補生達が、
乱戦を繰り広げる丸盆の中心。
木材で組まれた矢倉じみた場所で、
片膝を立てて座る厚着の男が見える。
「あれがセンセイ‥」
どうやら眼下で巻き起こる乱戦を監視している様だ。
もしくは、鑑賞しているのかも知れない。
顔を覆い隠すフードのせいで、
その表情は伺えず、何の目的があってそこに居るのか、
様子だけでは伺い知れないが、態度から見て退屈そうだ。
「リュンクさん!
これはチャンスです!」
「チャンス?」
「そうです!
この闘技場を抜けた先には学生寮があって
そこにセンセイの部屋があるのです!!
いつもタイミングが悪くて行けなかったのですが
センセイも、その取り巻きも今は丸盆の上です!
今なら行けると思うです!!」
「なるほど‥‥部屋に行けば
何か正体に関わる情報が得られるかも」
「そうです!
もうすぐ鐘がなる時間ですから
訓練を終えて指導が入るはずですよ!
寮に帰ってきた学生達に紛れる事もできますし
うってつけのタイミングです!!」
ポポエは、急かすように両腕を畳んでワキワキさせた。
「それなら急いだ方がいいね!
よし!案内してよ!」
「はい!」
タイミングを見計らったリュク達は、
コソコソと、しかし大急ぎで闘技場を裏口から抜けて
一目散に学生寮を目指した。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「ここです!
ここがセンセイの私室ですよ!」
ポポエは、以前からセンセイをマークすることが多く
予めセンセイの部屋を知っていた様で、
迷いのない足運びで寮内を駆けてはとある扉の前で飛び跳ねた。
ボォオオオン‥‥ォオオオン‥‥
授業の終わりを告げる鐘がビッショウに響き
リュンクとポポエは互いに見つめあう。
「じきに学生達が寮に帰ってきます!
私はここで見張っているので、
リュンクさんは中を確認して下さいです!」
「え‥でも鍵とかは?」
「学生寮に鍵はありませんです!
急いで!」
リュンクは、鍵のない場所を自分の寝床にする
センセイの神経を疑いながらも扉を開いて中に入った。
センセイ。
突如として学園都市ビッショウに現れ
ウィフフに取り入り、アマテオに協力する怪しい人物。
いったいどんな奴なのだろうか。
「‥‥質素な部屋だなぁ」
学生寮という事もあり中は六畳程、
簡単な作りの机と椅子。
ケトアトやアンガフでも見かけた
異界ではありふれたベットと寝具。
机には丁寧に畳まれた衣服や、
あまり見かけない道具が整頓して並べてある。
「‥センセイは几帳面な性格みたいだな」
キョロキョロと部屋を見渡し
何か目新しいものは無いかと
室内を物色していると早速とある物が目に入る。
「なんだこの箱?」
椅子の上に艶やかな黒い箱が在り
箱は、樹脂の様な素材で作られており縁は金具で補強され
表面にはまるで機械で加工された様な緻密な紋様が刻印されている。
見るからに怪しい箱だ。
リュンクは、何かしらの罠を警戒し
それを手に取ろうか迷ったが
ここでまごついても意味がないと箱に手を伸ばした。
「あっ」
椅子の背もたれで死角になっていて気づかなかったが
箱の横には腕輪の様なアクセサリーが置いてあり
手を伸ばした拍子にリュンクはそれを下に落としてしまった。
「やっべ‥壊れてないといいけど」
リュンクは、素早くそれを拾い上げ
元の場所へと戻そうとしたが腕輪を見つめて固まってしまう。
「え‥‥これ‥どういう事?」
腕輪には、黒い板の様な物が付いてあり
そこには既視感のあるものが映っている。
黒い板には【Resistance factor - minus It's been found】と表示されている。
「え‥‥これって英語?」
頭の中でギュルギュルと思考が回る。
この世界の文字は、角ばった線の羅列で構成されている
それは、リュンクの見たどの文字とも似つかず
もちろんアルファベットとも違う。
しかし、今見えたのは確実に英文だった。
「センセイは‥‥もしかして‥」
「リュンクさん!!」
「うあ!!ビックリした!」
「学生の足音が聞こえます!
引き上げましょう!」
「えっ?もう!?
全然時間ないじゃないか!」
「すみません!
いつもはもう少し指導に時間がかかるのですが
読みが外れたです!」
「仕方がない!
一旦出直そう!!」
ポポエに急かされたリュンクは、
例の箱を確認しないまま先生の私室から
大急ぎで飛び出し、雪崩れ込んでくる学生達に紛れ学生寮を後にする。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
恐る恐る闘技場へ戻り様子を伺うと、
居残りで練習する学生がかなり多く残っており
中には雑談をする学生や、熱く戦術について語らう者も見える。
この騒ついた状況なら、怪しまれずに通過できるだろう。
「ふぅ〜紋腺が捻れる思いでしたよぉ〜」
「へへ!めちゃドキドキだったね!
おっと!安心する前に、センセイの様子を見ておこうか」
「そうですね‥‥うん
まだ丸盆の上にいるみたいですよ」
「‥‥本当だ。
よし!バレていないね!」
「その様ですね!
でも少し保険をかけておきましょうか」
ポポエは、辺りをキョロキョロと見渡して
知り合いを見つけると「先に戻っていてください」と言ってから
タタタと、学生の雑談に混じった。
「‥‥なるほど、直ぐに逃げずに
ああやって場に馴染んで怪しまれない様にしている訳か‥上手いな」
リュンクは諜報隊の隠密テクニックに感心し
「僕もそれとなくやっておくか」と、
あたかも知り合いかの様に、周りの学生に会釈しながら闘技場を後にする。
「待ちなよ」
その言葉に、心の臓が激しく伸縮した。
やばい。
リュンクの胸では「直ぐにこの場から離れろ」と
レッドランプがチカチカと点滅している。
しかし、声を無視して駆け出す訳にはいかない。
なぜなら、その声は明らかに
リュンクに向けられたものじゃなかったからだ。
「人の部屋で何してたんだい?
そういうのってさ
マナー違反だと思わない?」
丸盆の真下。
友人と談笑していたはずのポポエを、
センセイとその取り巻きが囲み込んでいる。
どういう理由か、ポポエはセンセイに感づかれてしまった様だ。
「あっ‥‥あの‥人違いです!
私‥知らないです」
「白を切るなよ。
前から僕の事を嗅ぎ回っていたよね
まるでコソ泥みたいにさ」
「‥し‥知らないです」
センセイは、フードと布切れで覆った顔面を、
ポポエの横顔に擦り付ける勢いで迫り、
その威圧にポポエは泣き出してしまいそうだ。
「‥‥僕はね、嘘をつくのは別にダメだとは思わないよ。
正直にやったって馬鹿を見ることの方が多いからね。
でもさ。まともな嘘もつかずにさ。
知らない知らないって‥そうやって押し切れると思ってるの?
そういうのさ、馬鹿にされているとしか思えないんだよね‥僕はさ」
瞬間。
瞬く間に木剣を手に取ったセンセイは、
顔を赤くして俯くポポエに向けてそれを振り上げる。
「‥え‥」
「僕は馬鹿にされるのが嫌いでね」
センセイの言葉の後、
今度は瞬く速度で叩き付けられる木剣に
ポポエは頭を抱え、その場に蹲ったが
木剣は正確にその脳天を捉えていた。
鈍い音が闘技場に響く。
「クッソ!!!いってぇな!!」
木剣が直撃したのは、頭ではなく背中、
攻撃を受けたのは、ポポエではなくリュンクだ。
リュンクは、センセイが木剣を持ったタイミングで
全力疾走でポポエの元まで駆け出し、
その脳天に木剣が直撃する前に、その間に体をねじ込んだのだ。
「おや‥その子から君の事を聞こうと思っていたのに
自分から来るなんてさ‥間抜けかな君?」
「見捨てたら‥‥夢見が悪いだろ!!」
「まぁ‥それはそうだろうね
というかさ、君、よく僕の攻撃でピンピンしてるね?」
「が‥頑丈なんだよ!文句あるか!!」
突如として始まってしまったセンセイとの対話に、
気が動転しているリュンクは、上手い言葉の返しができない。
もとよりリュンクは、喧嘩以上に口喧嘩は弱っちぃタイプで、
この世界に来てから多少頭が回る様になっているものの
こうも急に展開が回っては、言葉が出てこない。
「文句なんかないさ。
‥それどころか善人ぶらないその態度には好感を持つよ。
でもここじゃ、強さが全てなんだよね。
立場上さ、僕の攻撃をこうもあっさり受けられちゃ
示しっていうのかな?そういう‥説得力みたいなものが欠けちゃうわけさ」
「せ‥説得力?」
リュンクは、センセイの言動から
思った以上に掴み所のない性質を感じ
この場を凌ぐ方法を思いつかない。
「そう。つまり、君は僕の攻撃で伸される必要があるわけだね」
「や‥やり合うってか!!」
「そうだよ。
みんな、手を出すなよ?」
センセイの言葉に素直に従う取り巻き連中は、
ゆっくりと後ずさりして、リュンクとセンセイから離れ、
ポポエは、友人に肩を抱かれ同じ様に場から離れて行った。
カランコロンと、リュンクの足元へ木剣が転がる。
「使いなよ。
一方的に伸すよりもフェアな方が
説得力という意味では効果的だからね」
「‥‥木剣‥‥」
リュンクは、竜剣以外の獲物で戦った事がなく、
竜剣は今、寝床の壁に立てかけていて手元にはない。
正確には一度ショートソードを振るった記憶があるが、
あの無様な剣劇は、戦ったと言うのには不十分。
しかし、この状況はリュンクにとっても好都合だ。
面と向かってセンセイをぶちのめす事が出来れば
この状況を覆す事ができるし、センセイの無力化も叶う。
こうなってしまえば無理に遠回しな解決を選ばなくても
直接、戦闘不能にできれば良いはずだ。
竜剣がなくても、時間遅延があれば勝機は十分ある。
「‥‥よし!!
どこからでもかかってうごぉあっ!!?」
知覚する間も無く繰り出されたセンセイの一撃が、
リュンクの脇腹を抉る。
肋骨が軋み、歪に陥没する。
「あれ?
これは効くんだね?」
リュンクは、脇腹の激痛に耐えながら目を丸くする。
時間遅延が発動しない。
どう言う理屈か、自動で身を守るはずの時間遅延が発動せず
センセイの攻撃を全てフリーパスで受け入れている。
これは予想外だが、思い当たる節が二つ程浮かぶ。
一つは、ズヒーに振りかけられた粉塵の影響。
もしも、あの時、時間遅延を封じた効果が持続しているのなら
それはもう絶望的な事実だ。
もう一つは、攻撃の質の問題だ。
要するに、センセイの放つ木剣には致死性がなく
リュンクの体に死を与えるには足りていないと言う事。
こちらも想定外の事態で非常に困る事だが前者よりもマシだ。
「くそ!!おらッ!!」
リュンクは出鱈目に木剣を振り回して牽制を試みるが、
異常な敏捷でそれを交わしたセンセイは、
鋭い突きを何度も繰り出し、その度にリュンクは大きく仰け反り
ビッショウの学生服もはだけ、靴も片方脱げた。
「弱い。
まるで年端もいかない子供を相手にしているみたいだよ。
こう‥なんと言うか、罪悪感あるよね。
ここまで弱いとさ」
「う‥うるさい!!ちょっと本調子じゃないんだよ僕は!!」
糞ったれ突貫騎士の軽口を連想させるセンセイの煽りに
わかりやすく激情したリュンクだが、それを引き金に
妙案を思いつき次で実行に移そうと隙を伺う。
「でも、その頑丈さは良いね
兵士としてタフなボディは宝だよ?
‥‥とは言えサンドバッグなら足りてるんだよね」
「ッ!!」
再び、センセイの攻撃が浴びせられる。
それを予知したリュンクは、
今度こそ時間遅延を使い反撃に転じさせようと考える。
だが、この度の攻撃でも時間遅延は発動しそうに無い。
「一か八か!!頼むぞ!サルホーガ!!」
そう叫んだリュンクは、首にぶら下がる白銀の破片を握りしめてから
自分の心臓に向けて思いっきり叩きつけた。
「ッ!!!」
ブワァっとした感覚が、背後から包み込むように広がる。
これはまさしく時間遅延だ。
リュンクは「しめた!」と、直ぐにセンセイの木剣を交わして
直ぐに攻撃に転じようとするが、白銀の破片で行う自傷では
時間遅延の効力が薄いようで2秒ほどで時間遅延は解けてしまった。
たった2秒。
自分のタイミングで時間遅延が発動できるのは良いが、
センセイの攻撃を交わしながらでは1秒では足りない。
時間遅延を有効な攻撃に使うのなら最低でも3秒は欲しい。
「っく‥‥おぇ‥‥っ!?」
「?」
しかし何やらセンセイの様子がおかしい。
「お前‥‥今‥何した‥」
「え?」
センセイは、頭をフラつかせて酷く具合が悪そうだ。
リュンクは、しばらく様子を見ていたが、
「はっ!隙だらけじゃないか!!」と気付き、フラつく先生に向けて木剣を振り下ろした。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「おっ?帰ったか其処元よ」
「兄貴ぃ!!よくもポポエちゃんを奪っていったなぁ!!
俺こういうの根に持つかんなぁ!!」
自分達の任務を終えた篤丸とオトロは、
寝床でリュンク達を待っていた様だ。
オトロは、朝の件に苦情があるようで
口をへの字にしてプンプンと怒っている。
「ん?‥‥‥其処元?」
「どうした兄貴?」
寝床に戻ってきたリュンクは返事を返さずに顔を伏せ、
ポポエはその肩に寄り添っている格好だ。
やがて、リュンクが「へへへ」と顔を上げると
その顔はパンパンに腫れ上がっており、
まるで焼きたての食パンの様な有様だ。
「‥なんじゃ其処元!!
えらい男前になったのう!!」
「‥‥‥へへ‥へへへ‥あいつマジで強かったよ」
あの後、なんとか隙を突こうと
あれやこれやと知恵を絞ったリュンクだが、
2秒間の時間遅延では、やがて無理が出てきてしまい
数分後には、立てなくなる程にボッコボコのボロ雑巾にされてしまったのだ。
センセイは、リュンクを伸した後。
「これに懲りてさ。
お友達にも下手な事しない様に言っておいてよ」
と告げ、取り巻きを引き連れ学生寮に戻っていった。
「まさか兄貴が‥こんな
クソボロダサウンコ垂れになるなんて
よほど強いんだなセンセイは」
「うるさいよ!!」
オトロはやはり朝の件を根に持っている様で
だいぶ棘のある言い方でリュンクの有様を貶した。
「私は‥‥格好良かったです!!
リュンクさん、かばってくれて‥
本当に格好良かったんですよ!!」
ポポエは目に涙を浮かべ、頬を赤めては
心からの謝意をリュンクに告げる。
それを見たオトロは、
見た事のないほど悔しそうな顔をした。
「ポポエちゃん‥‥くぅ!!
ずるいぞ!!兄貴!!」
「マジかよお前、この状況でよくそれ言えたな!!」
アンガフで篤丸が除名された時ですら
オトロは、ここまで悔しそうな顔をしていなかったと思う。
リュンクは「オトロの色欲、衰えず」と言う
本気でバカみたいなダジャレが浮かび
殴られすぎたせいだと自分に言い聞かせた。
「しかし其処元。
センセイとやらは、よく見逃してくれたの?
殺しまではせんじゃろうが、
ウィフフに突き出すくらいはやりそうなもんじゃが」
その問いに、ポポエが自分の考えを述べる。
「きっと泳がしているんですよ。
センセイは確実に私達みたいな
反アマテオ勢力に気が付いています・
下手に個人を摘み上げるよりも
動向を探って一気に処理するつもりなのかもです!」
「なるほどのう‥」
「そう言えば、篤丸とオトロの方は?
何か進展はあったの?」
「それがな‥‥少々厄介な事になってなってるぜ兄貴」
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
篤丸とオトロが口を揃えて言うには、
やはりウィフフ自身は、疑いようも無い善人で、
悪意のカケラも裏の顔も無いと言う。
しかし、ウィフフを監視している最中、
とある人物がウィフフの元に現れた。
アマテオ帝国、内政管理官イズオ・サンサール。
もと刑務官の男で、表向きはキンビニー征服の
最高責任者ミステ・プディウム3世の部下だが
その実、内政管理官イズオは、アマテオ帝国の貴族筆頭マータリン卿の手駒だった。
マータリン卿は、ビッショウの要塞化が滞っている事を不満に思い
ウィフフの任を解き、イズオを統治者にして学生に過酷な労働を強いようとしている。
「‥で、厄介なのはその方法で
何か【奴隷の輪】とか言うのををかけるつもりだってさ‥」
リュンクは、狭い屋根裏から頭を出すオーケンに
オトロ達から聞いた状況の報告を行っていた。
「学生に奴隷の輪をかけるだって?
あいつら本当に碌なこと考えないな」
「ねぇオーケン。
その【奴隷の輪】ってなに?」
「【奴隷の輪】は、紋示3の【服従の紋術】だ。
この紋術の影響下に置かれると、人の行動を制限したり強制したりできる様になる」
「え‥洗脳するって事!?」
「いや。ある意味洗脳よりもタチが悪い。
強制できるのは体だけで、心は本人のままだ。
つまり強制から生じる苦痛や苦悩は本人に降りかかる。
子供にそんな状態で重労働なんかさせたら
精神がぶっ壊れるのは目に見えているぞ」
「酷い!!許せないね!!」
「しかし‥ただの内政管理官が下すには、度が過ぎている
恐らくクリンヒルのクソ野郎、直接の指示だろう」
クリンヒル。
マータリン・クリンヒル卿。
様々な人の口から幾度か聞いた名前だ。
「誰なのそいつ」
「マータリン・クリンヒルは‥アマテオ帝国の貴族筆頭だ
アマテオ内では、宰相のアイーロン・ゲルサウスに次ぐ権力者さ。
ただ、両者は二つに分断された派閥の代表。
その仲は最悪だろうな‥‥いや、待てよ。
キンビニー地方の統治者はプディウム3世‥‥
その地にアイーロンが来て、何やら企てているとすれば‥‥
‥もしかするとイズオの登場、これは好機かもしれんぞ」
「ごめん。
僕、オーケンが何いっているのか全然わかんない」
「よしよし。
それじゃお前にもわかる様に伝えてやろう」
オーケンは、天井裏から頭だけ出した間抜けな状況で、
ニヤリとニヒルに笑うが、どうにも決まっていない。
「突拍子も無い事を言うぞ。
良いか?」
「何さ」
「作戦は一時中止して、
オレ達はこれからウィフフを懐柔して仲間にするぞ!!!」
「‥‥‥‥はぁっ!?」
宣言した通り、突拍子もないオーケンの発案に
リュンクは、痛む体を庇わず大きなリアクションで声を張り上げた。
余りにも予想外なオーケンの発案を聞いては、
リュンクは目眩を覚え、頭を抱えるのだった。




