-【9-2】-ウヘヘヘヘ!ピンク色だぁっ
教室内では自由時間に気を緩ませた生徒達の喧騒で溢れていた。
だがリュンクの耳は、傍に現れた少女に強く傾注させ、
そのざわめきを遮断しているかの様に振る舞う。
一方、小柄な少女は、奇怪なセリフの後は、
一切ものを言わず、上目遣いでこちらを見つめている。
その時、リュンクは「はっ」と気付き、
今回の作戦会議で地方同盟の作戦部員から
半笑いで伝えられた【合言葉】を思い出す。
『ハキホーリの足は臭いらしい』
馬鹿みたいな話だが、これはビッショウに潜伏している
地方同盟の諜報員とコンタクトを取るための合言葉。
リュンクは、脳内に書き込まれている
凹に対して凸に当たる言葉を、思い出し
噛まない様に慎重に言葉に変える。
「専用の靴箱があるくらいだからね」
その言葉を聞いた丸顔の少女は、
パァと表情に火を灯し、もう一歩こちらに近付いてくる。
「お待たせです。
私、ポポエよろしくです」
ポポエは人懐っこい振る舞いで、
頭をフラフラとゆっくりと微笑んで見せ、
低い背も相まって年下感に溢れた娘だった。
しかし相手は長寿の異界人、
その実、何歳かは知れたものではない。
「よろしく。
僕はリュンク」
挨拶と同時に、上から下までポポエを見てみると、
なるほど、アテテロの言う通り、確かにガニ股だ。
「他の皆さんはどこです?」
「ああ、みんなここに居るよ」
リュンクは、あまり大きな動作にならない様、
気を配りながら篤丸とオトロの存在をポポエに知らせると、
二人対しても友好的な表情を見せる。
教員に紛れていたインベルだけは、
既に教室を離れていたので紹介できなかったが、
あっちはあっちで別の諜報員とコンタクトを取っている事だろう。
「さて、これから学生が、実習棟へ向かうのに紛れて
後ろからついてきて欲しいです!」
その言葉に頷いたリュンクが、オトロにアイサインを送ると
オトロは篤丸の頭を引っ叩き、共にポポエの後へ続き
ゾロゾロ歩く学生に混じり教室を後にした。
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実習棟で向かう学生の群れから離れたリュンク達は、
ポポエの小さな後頭部に続いて黒く角ばった建造物を
あちらこちらと練り歩き、階段を降りたりを繰り返していた。
ふとリュンクは、この黒く角ばった校舎を見ては、
分断監視塔の攻略前、アーテリスの紋術で登った
大岩山の一角から見た景色を思い出し
あの時見えた黒い建造物がビッショウだったと理解した。
キンビニー地方では、一番新しい街だという学園都市ビッショウの校舎は、
手作り感溢れる歪な建造物が主流のケトアトやアンガフと大きく異なり、
定型的な建築資材で構築された、建造物は異界の近代技術を強く感じさせるもので、
凹凸のないフラットな壁や、鉄や木材を定在適所で使い分けた階段や廊下は、
実用性と芸術性を念頭において設計された事を彷彿とさせた。
この街のシンボルカラーである黒色は、校舎のいたる所に採用され
視野に入る画面に統一感を持たせる事で「生活感」と隔離し、
ここが特別な空間であり、学習施設であると認識操作する効果がある。
更に、各階、各棟へアクセスする為の廊下や階段には、
曲がりくねった面白い意匠や、複雑な装飾など
ただ場所を移動するだけの空間にも「遊び」が見て取れる。
ここで学生生活を送り、育った子供達は、
全時代の因子で構成された現キンビニー地方に、
今までに無い刺激を拡散する事だろう。
もしも、その影響力まで視野に入れていたのなら、
この学校を開校したヘテルダ王家は、
未来を見据えられる、中々に先見性のある人達だったに違いない。
しかし、ヘテルダ王は、アマテオ帝国の侵略戦争にて崩御している
存命ならば、どれほど有益な人物だったことか。
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しばらく歩いた一行は、校舎棟を出て
様々な施設に繋がる煉瓦造りの広大なロビーを進んでいた。
「ねぇねぇポポエちゃんの髪型可愛いね?
自分で切ってるの?」
「い‥今は移動中なので秘密です!」
「それじゃ後で時間作ってお喋りしてくれるんだ?
やったね!その時君の事詳しく教えてね!」
「やです!‥ずっ‥‥ずっと秘密です!!」
移動中、オトロにしつこく口説かれて
恥ずかしそうに赤面して嫌がっていたポポエだが
「こうして話してた方が怪しまれないよ」と、
オトロがニヤニヤと笑いながら言うものだがら
致し方なく構っている次第だ。
リュンクは「こう言う奴が大人になってセクハラで訴えられるんだろうな」と思った。
ふと、篤丸を見ると、どこで拾って来たのか
拳大の果物をムシャムシャと齧っている。
リュンクは「こう言う奴が将来、食い逃げで捕まるんだろうな」と思った。
しかし、不意に「自分も何か小ボケをかますか」と思ったリュンクは、
自ら社会の窓を開け放ち、わざわざシャツをつまみ出しては
歩く度に股間をピロピロと揺らす筋金入りの解放を披露して見せる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
だが、いつまで経っても誰にも気付かれなかったので
酷く寂しく、虚しく、そして恥ずかしくなり
人知れずそっと社会の窓を閉じた‥‥。
リュンクは「僕は一体何の為に生まれて来たんだ」とシリアスを過剰に抱いた。
そうやって偽装工作?をしながらロビーを進み
やがて人目につかなさそうな中庭の死角に辿り着くと
ポポエは、急に中腰で歩き始め、その小さな体を、
生い茂る樹木の隙間に押し込めて見えなくなる。
「?」
リュンク達は、お互いに顔を見合って様子を伺っていたが
ポポエは木々の中からスポンッと顔を出し両脇をワキワキさせてこちらを見た。
あれはどうやら「急いで」のジェスチャーらしい。
それに気づいたリュンク達は渋々、木々を掻き分けて後に続く。
「みんなお待たせです。
地方同盟の精鋭達を連れて来たですよ」
ポポエの言葉を受け、中庭の死角、生い茂る樹木の中で
息を潜め隠れていた数名の男女が一斉にこちらを見つめた。
「こいつらが地方同盟の精鋭か?
とてもそうには見えないが‥‥」
そう言うのは七三分けに特徴的なメガネを掛けた背の高い男、
他にも、三つ編みの生意気そうな少女や、
気弱そうな少年など、そこに居るのは学生然とした風貌の少年少女達だ。
恐らく、ポポエ達 諜報隊が学園内で得た協力者達だろう。
彼らは自己紹介の度に、名前やキャラ付けの濃い台詞回しをしていたが
正直、気になっている事が多すぎてリュンクの頭には入ってこなかった。
ポポエ以外は、メガネや三つ編み、気弱と覚えておえば十分だろう。
「ねぇポポエ。そろそろ質問しても良いかな?」
ポポエの頭頂部にくっついた木の葉っぱを
摘みあげながらリュンクがそう聞くと
ポポエは、「あっ」と恥ずかしそうに顔を赤らめ、
小さな声で「なんでも聞いて下さいです」と言った。
うん、可愛いね。
「ずっと気になってたんだけどさ、
どうして征服されたはずの、この街で
悠長に授業なんかしてるの?
学生達も何の問題もなさそうに見えるし」
それは、ビッショウに潜入して直ぐに抱いた疑問であった。
潜入前のイメージでは、大きな鞭を振り回すアマテオ兵と、
それを恐れながら大きな物資を運ばさせられている
可哀想な学生達を想像していたものだが、
いざ、潜入してみれば、悠々と学校生活を満喫する学生達に、
何の違和感も無くカリキュラムを熟す教員達が居た。
振るわれているのは鞭は鞭でも教鞭で、
運んでいるの重い物資では無く、実習道具。
それらは、どれをとっても凶悪な帝国が征服しているとは思えない光景だ。
「それについては、後で案内を兼ねて説明するですよ。
実際に見てもらった方が‥なんと言うか説得力があると思うのです」
と、歯の間に引っかかるニラの様な、捨て置けない事情に
待ったをかけたポポエは、リュンク達にビッショウの内情を喋り始める。
~以下説明~【東キンビニー要塞計画】
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現在アマテオ帝国は、この学園都市ビッショウを要塞にしようと
大掛かりな改築を行なっているのです。
ビッショウは、大河川ミゴーンで隔てられた
西キンビニーと東キンビニーでは、玄関口と言えます。
更に学園特有のアクセスの良さから、司令塔としての機能も十分で、
立地的にアンガフやケトアトで作られた資材を管理するのにも適し、
学園内の設備を使い、紋術媒体の武具や兵器の製造も行え、
兵士の鍛錬場や、駐屯地としても優秀です。
そこに分断監視塔で採取した運用サンプルを用いて
アマテオ帝国が考案したのが東キンビニー要塞計画です。
言ってみれば分断監視塔の完成形ですね。
学園都市ビッショウを要塞に変える事で、
キンビニー地方の征服状態を維持すると同時に、
他国へ進軍する要の一つにする様です。
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~以上説明終わり~
「そして、その計画を任され、統括を任されているのが
ウィフフ・ギリンという男です」
ウィフフ‥‥確か、出会って間なしの頃に
デウムがそんな名前を言っていた気がする。
「ウィフフは、キンビニー地方征服の
最高責任者ミステ・プディウム3世の右腕で、
異名は怪力のウィフフさ」
メガネは、レンズを光らせながら
ポポエの情報に補足を付け足した。
それに反応を返したのはオトロ。
「ウィフフ‥怪力のウィフフか
兄貴。俺っちもそいつの名前は聞いた事があるぜ
前に戦士団の連中に聞いたんだ
なんでも、精錬された鉧の塊を持ち上げて投げたんだとよ」
オトロの言う鉧とは、精錬所で作られている特別な金属母材で、
釜の中でドロドロに溶かした砂鉄や鉄屑、木炭が混ざり合った鉄塊、
その重量はとても人が持ち上げられるものではない。
それを掴んで投げたとなると、怪力の二つ名もうなづける。
「ミアキス戦士長が言うには、力の差を見せ付けられた挙句、
降伏を解かれてビビり散らした当時のアンガフはそれに従ったらしいぜ」
オトロは、少し複雑そうな顔をして
投げ捨てる様にそう言った。
「ビッショウに残留しているウィフフの部下たちは、
彼に習ってか、男も女も皆、屈強な体の戦士ばかりです。
私、見ているだけで足がガタガタ震えちゃうです」
そう言いブルリと震えるポポエを見たリュンクは、
「そのガニ股でガタガタ震えれば、さぞかし蟹的な動きになるのだろう」と思ってしまい
目を瞑りつつ上を見上げ、必死に吹き出すのを我慢した。
「でもね、厄介なのはウィフフやその部下だけじゃないのよ?」
三つ編みの少女は、意味深な言葉で注目を誘い
一人を除く皆はそれに注目した。
除外された一名は、草木に生えた花をむしり取り
その根本に吸い付き蜜を味わおうとしたが「こりゃぁ甘もう無いのう」とすぐに捨てた。
「‥‥あれは、ひと月ほど前の事よ。
そいつはふらっとこのビッショウに現れたの」
~以下説明~【センセイ】
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そいつはウィフフが【センセイ】と呼んでいる戦士で、
ビッショウに現れて直ぐにウィフフとその部下にちょっかいをかけたの。
背も小さいし、見るからにひ弱そうな印象だったわ。
でも違った。
自分を取り囲むウィフフの部下達を、
弄ぶ様に振り切ってからウィフフの部下の中で
一番強そうな男に勝負を挑んで見せたの。
そしてセンセイは、一切攻撃を受けることなく
屈強な男をコテンパンに打ちのめした。
正直‥‥格好良かったわ。
それからセンセイは、その実力を買われて
ウィフフの側近に任命され、
今じゃナンバー2の影響力を持ってるわ。
始めらからウィフフに取り入る為に
このビッショウに現れたとしか考えられないわね。
他にも、奇妙な話があるの。
学生の幾人には、手の早い不良な奴らがいてね
ある日、センセイを背後から影討ちしようと仕掛けた事があるの。
でも、センセイは背中に目がある様に、華麗に交わしたのよ。
しかも、闇討ちに失敗して学園内に逃げて至る所に隠れた
不良達を、ものの数分のうちに見つけ出してウィフフに引き渡したの。
正直‥‥ドキドキしたわ。
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~以上説明終わり~
三つ編みの少女は、鼻をフンフンと荒げて
センセイの勇姿を語り終えた。
「私、思います!
もしかすると厄介なのはウィフフよりもセンセイの方かも!」
そうビシッと、胸を叩いて発せられたポポエの主張は、
学生らしく威勢の良いものだったが、
全員から「声が大きい」と注意を受けて彼女は、しゅんと落ち込んだ。
「センセイか‥‥兄貴、どう思う?」
オトロから意見を求められたリュンクは、
腕を組んで思案を巡らす。
実を言うとウィフフの話も、センセイの話も
地方同盟の作戦部員から聞いていた事だった。
何を隠そう、リュンク達、先遣隊の任務は『とある弊害』と題された
その【怪力のウィフフ】と【センセイ】を調査し
あらゆる手段を使って無力化する事が目的だったからだ。
「そうだね‥オトロは、そう言う‥
【相手の気配を探る】みたいな紋術に心当たりはない?」
「気配を探る‥‥確か【繋目の紋術】に、
体に触れている生き物の視界を共有できるって言うのがあるね。
あとは【見聞の紋術】に、小動物とかの記憶を覗いたりするのもあるよ。
兄貴の考える通り、センセイの強さは紋術によるものだろうね」
「オトロもそう思う?
ウィフフの部下をコテンパンにしたのも紋術なら
体が小さい云々は関係ないだろうし。
でもさ、紋術ってそんなに何種類も会得できるの?」
「いや‥無理だと思うな。
人の適合原級素は2種類くらいで
紋術師でも普通は1種類だけ習得して、もう一つは補助的に扱う位のものさ
センセイの強さの全てが紋術だとするのは現実的じゃないよ」
ある程度情報が揃っているウィフフと違い、
そのセンセイとやらは、その登場からして不自然な面が多い。
無力化するにあたり、面と向かって交戦するにしても
秘密を掴んで大人しくさせるにしても、詳しく調べておく必要がありそうだ。
ボォオオオン‥‥ォオオオン‥‥
その時、再び学園内に大きな鐘の音が響いた。
「そろそろ実習が始まるです!
リュンクさんがさっき訪ねた疑問に答えるには
実習の様子を一緒に見て欲しいです!」
「実習の様子か‥‥どうするオトロ?」
リュンクの気持ち的には、
もう少し安全なこの場所でくっちゃべって居たい所だ。
正直、不安でビビっている。
オーケンが側にいない状況が
こんなにも不安だとは思っていなかった。
程度で表すのならば、
今すぐにケトアトまで逃げ帰り、
ポルシィの豊満なバストに収まって
頬ずりの一つでも決めたい状態だ。
「そうだなぁ‥怪しまれる前に学生達の中に紛れておきたいし
これ以上有力な情報が出そうもない。
顔合わせも済んだし行くしかないんじゃない?」
「うん‥‥僕もそう思ってたよ!!」
リュンクは、堂々と嘘をついた。
了承を得たポポエは、軽い足取りで木々の間から飛び出してから
再び両脇をワキワキさせてこちらを見た。
リュンクとオトロは、それに続き木々の生い茂る死角を後にする。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥あの、君は行かなくて良いの?」
気弱な少年が、アホ面で鼻クソをほじる篤丸を見て
気まづそうな声で尋ねると、篤丸はジーッとその目を見てから
思い出した様にリュンク達の後に続いた。
「本当に大丈夫なんだろうなアイツら」
メガネは不安そうにそう呟き、
三つ編みは首を左右に振った。
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中庭から煉瓦造りのロビーを抜けて、
金属音がうち響く方向へ歩みを進めた一行、
やがてその視界には聳え立つ鋼鉄の巨城が映る。
ビッショウを改築して建造されている
東キンビニー要塞の一部と見て間違い無い。
ロビーを埋め尽くす様に置かれた鉄製の建築資材は、
動線を著しく混線させて迷路の様に道を塞いでおり
ポポエは、その間をスルスルと抜け軽やかなステップで奥へ進んでいく。
その道中は子供ですら身をよじり
体を薄くしなければ通れず、
やはり先遣隊として少年兵を選んだのは正解だ。
やがてポポエは、はしこいステップを止め、
外壁の隙間を差しながら「ここから入るです」と言う。
隙間を覗き込むと、鉄製の外壁を固定する
堅牢な金属骨格が入り組んでおり、
すぐその奥には、学舎の黒い壁が見えた。
なるほど、元々有るビッショウの学舎を、
鉄の皮で覆う方法で要塞へとアップグレードさせる魂胆の様だ。
よく見れば、ここに有る鉄製の資材は、
ケトアトの資材街で見た物と酷似しており
恐らく、異界各地で似た様な要領で軍事施設を建造しているのだろう。
「この鉄骨格を使って上へよじ登りますよ。
ここからまっすぐ登れば、
学者の窓から見えない位置で上まで行けるです」
そう言って慣れた動きで骨格を登り始めたポポエ、
リュンクも後へ続こうと鉄製の部品に手を掛けたが、
オトロがその手を掴む。
「兄貴。
俺っちが先に行くよ。
兄貴は、俺らの中じゃ群を抜いて強い。
俺とアツが兄貴を挟んでおけば
もしもの時、兄貴だけは無事で対応できるだろう?」
確かに、もしも見つかって上や下から攻撃されでもすれば、
危ないのは先頭か殿、真ん中の人は安全な場合が多い。
「そっか。
それじゃあお言葉に甘えようかな」
しかし、ふと、リュンクは思う。
上に登るだけなら
ポポエが先頭を行く必要は無く
非戦闘員であるポポエも真ん中にした方が良いのでは?
「ねぇオトロ。
それならポポエも真ん中にしてあげようよ
その方がいざという時良いんじゃない?」
「それじゃ意味ないだろ」
「え?」
「さぁ行こうぜ兄貴!
アツも遅れんなよ!」
オトロは、今まで見た事のないくらいのガッツで
「ウヘヘヘヘ!ピンク色だぁっ」と言いながら俊敏に鉄骨格を登り始め、
その様子は、獲物を捕らえた蜘蛛の様でリュンクは少し怖気を覚えた。
その時、ポンっと、篤丸がリュンクの肩を叩く。
「其処元。よう分かるぞ。
わしも時々、アイツの色欲にゾッとする事があるからのう」
「し‥色欲?
どう言う事?」
「‥‥ウブじゃのう」
篤丸は、薄い目をしてそう呟いた後、
今度は急かすようにリュンクの背中を押す。
「んん?」
リュンクは、よく状況のわからないまま
鉄骨を登り始めるのだった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
しばらく、上に登るとポポエは、
学舎の壁に開口された通気孔の前で止まり
そこから中に入るように指示し、
様子を伺いながらその中へ頭を突っ込むと
排気口の下側はくり貫かれており
眼下には手作りの縄梯子が見えた。
なるほど。
やけにポポエが手慣れた見えたのは、
幾度もここから学舎への侵入を試みて
確立された安全ルートだったからだ。
年下に見える程、あどけなく見えるポポエも、
れっきとした地方同盟の諜報隊なのだ。
縄梯子から侵入した場所は、
学舎の屋根裏で、床部は通気の為か
パンチング加工で無数の穴が空いており
そこから下の階の様子が見て取れた。
ポポエは、屋根裏に張り巡らされた梁部分へ
器用に飛び移りながら移動し、とある一点で立ち止まった。
「見てくださいです!」
ポポエに習って移動したリュンク達は、
示されたその場所から下の階を見つめた。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
要塞へと加工されるビッショウの学舎、
その一角には、作業に当てられているビッショウの学生や教員達が見える。
彼らは男女問わず、作業着に身を包み
大きな図面を見ながらテキパキと作業を進めていた。
頭上から見ているので、見間違いだと思うのだが
彼等は、やや能動的に動いている様にも見える。
すると、そこへガタイの良い屈強な男が現れる、
恐らく話に聞いた、ウィフフ直属の部下だ。
ウィフフの部下は、威圧するかの如く
そのムキムキのボディをゆっくりと揺らして歩き
作業をしている学生達を監視していたが、
ピタっと、立ち止まったかと思えば急に小走りになり、
とある男子生徒に向かい大きな声を上げた。
「おい!!貴様ぁッ!!何をやっている!!
何度言ったら理解するんだ!!」
「す‥すみません!!!」
男子生徒は、ピンと背筋を伸ばし部下の叱りを受け止めた。
何を喋っているのか、内容は聞き取れないが
男子生徒は何度も頭を下げては、何やら言い訳をしてる様だ。
「酷い!ああやって、
いちゃもんをつけていじめてるんだな!」
リュンクは、その光景に対して率直な意見を述べたが
ポポエは、何やら苦い顔をして返答を返さない。
やがて、そこへ新たな人物が現れる。
ウィフフの部下が痩せて見えるほど
異常な体格をした大男だ。
身に纏う使い込まれた作業着には、
油が染み込み、前面は木片で汚れている。
その大男は、怒るウィフフの部下と生徒の間を
割る様に大きな手を差し込み制止を促す。
「あ!!校長!!」
校長‥‥と言う事は、あの巨大な男は、
元は学園都市ビッショウを納めていた校長先生な訳か。
校長まで作業に繰り出させるとは、
何とも人使いの荒い事だ。
リュンクは「それにしても校長、デタラメに大きいなぁ」と思った。
校長は、生徒とウィフフの部下の間に入り
両者の話を聞いており、どうするのかと見ていると
何と校長は、ウィフフの部下以上の大きな怒声を張り上げた。
「馬鹿者!!責任感が強いのは良い!!だが!!
きちんと休憩時間は休憩しろと言ったであろう!!
午後の授業に影響が出たら困るのである!!!」
「すいません校長!!!」
「君の頑張りは見ているのである!!
だが無理をして怪我をしては意味が無いであろう!!」
さらに、ウィフフの部下に向かって言う。
「お前も声を貼り上げるだけなら誰にでも出来るのである!!
きちんと生徒の目線になって注意し信頼してもらう事が大事であろう!!
お前がものを教えると同時に、お前も生徒から教わると知るのだ!!」
「はい!!校長!!」
その光景を見たリュンクは、
状況が掴めず「んんん??」と、頭を抱えた。
とりあえず状況を整理したい。
生徒が校長のことを「校長」と呼ぶのは分かるが、
ウィフフの部下が「校長」と呼ぶのは解せない。
パニック状態なのはオトロも同じで、
しきりに鼻をかいては「新手のコントか?」と呟いた。
それを見たポポエが、ポツリと言う。
「ビックリですけど。
あれです。
あの人がウィフフです」
「‥‥‥え?」
「‥‥‥は?」
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
さらにポポエに連れられて、異なる棟へ移動してから
今度は、教室の屋上に身を潜める一行。
その教室の教卓前では、
ピッチピチの教員服に身を包んだ巨漢が見える。
「いいであるか!物作りは仕事の基礎である!!
関わる物の特性を知り、それを熟知することで
様々な物同士を掛け合わせて一つのものが出来上がるのだ!
これは、物作りだけでない!!
『物』を『者』と置き換える事もできる!!
様々な労働の根本にある考え方であろう!!!」
「「「「「はい!!」」」」
「お前達は将来労働に勤しむであろう!
しかし!忘れてはならない!!
労働に主導権を握られるのでは無い!
お前達が労働を手中に収めるのだ!!
辛く身心を苦しめる労働に窘められてはダメである!!
逆に嗜んでやる心意気でぶちのめすのだ!!」
「「「「「はい!!校長!!」」」」
熱烈な声色で教鞭を振うウィフフがそこに居た。
更に、その講義を受ける生徒たちは物凄いガッツを持っており、
心なしか生徒達の表情は、劇画漫画の登場人物を彷彿とさせ、
熱心に勉学に勤しむ生徒達の勇姿を見たリュンクは、
惰性で授業を受けていた体たらくな自分と比較し敬意を覚えた。
「校長!!大変です!!すぐに来てください!!!」
突然、教室の扉が勢い良く開け放たれたかと思えば、
煮え返る様な、ウィフフの熱い授業に横槍を刺す声が響く。
「ウッズ教員!!!何事か!!」
すごい剣幕で登場した教員に対し
それ以上の恐ろしい剣幕で問いかけるウィフフは、
教員から何かしらの説明を受け、フンフンと頭を揺らすと
怪獣の様な表情で全速力でどこかへ走り去った。
事の顛末を知る為、リュンク達も後を追った。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
たどり着いた場所は、外壁工事中の校舎の一角。
息切らして立ち尽くすウィフフの先には、
学舎の壁をぶち抜き建造している鉄のフレームが見え、
建造中という事もあり、そのフレームは屋外に露出していた。
そのフレームの先端に、小さく丸まった人影が在る。
「近づかないで!!
私は何をやってもダメな落ちこぼれなのよ!
もうほっといてよ!!」
そこに居たのは、泣き言を喚き散らす女子生徒だった。
「やめるのである!!
そんなとこで落っこちたら大変であろう!
さあ!怪我しない内に、こちらへ来るのである!」
「やめてよ!
校長だって‥‥どうせ私達の事!
便利な道具としか見てないんでしょ!!
どうせ敵なんだもの!!優しくしないでよ!!」
この一大事に対し、多くの生徒達が彼女を囲う様に集まり
各々思う言葉を吐いている。
何がどうなってこうなったか、
それとなく想像できるシュチュエーションではあるが、
傷心した生徒が危険な状況でウィフフはどう動くのか、
生徒達はそこにも注目している様に見えた。
「便利な道具!?それは違うのである!!」
力の入ったウィフフの口上に、
その場にいる全員が傾注する。
「確かに私はアマテオの人間で、
このビッショウは私が統治しているのである!!」
「やっぱり!!」
「でも、それは君達学生には関係ないのである!」
「‥え?関係ない?」
「そうである!!
君達はこの先の異界を支える掛け替えのない人材であろう!
人は学を持たずして繁栄はならんのである!
君達は一人一人が私の‥‥いや。
この異界という学園の大事な生徒である!!」
ザワッと、生徒達の中で波の様な反応が生じる。
ウィフフの激情が生徒達にも伝染している様だった。
「さぁ!もう降りてくるのである!
君は疲れているのだろう。
私の部屋でお茶でも飲みながら
この先のことをゆっくり話すのである!
君が前に好きだと言っていた
ニシビアの紅茶を振る舞う用意をしよう!!」
「校長‥‥あの時の事覚えててくれたの?」
いったいどの時の話なのか知る術はないが
女生徒と、巨漢がお紅茶について語らう光景は、
想像が難しい描写ではある。
「勿論である!
あの時嬉しそうに語ってくれた
故郷の話をまた聞かせて欲しいのである」
「‥うぅ‥校長っ‥」
ウィフフの言葉に心を打たれた女子生徒は、
思い留まったのか、ゆっくりと体制を直しながら
フレームの先から降りようとしていた。
「きゃあっ!!」
しかし、慣れない体制で足が痺れたのか
足場を踏み外した女生徒はフレームから落下してしまう。
「危ないのであるッ!!!
うぉおおおおおおッ!!!」
女子生徒の落下を俊敏に察知したウィフフは、
巨漢らしからぬ素早さで少女の真下に向けて身を投げ、
共に地面へ落下してしまう。
「「「「校長ぉお!!!」」」」
一部始終を見ていた生徒と教員達は、
高所からダイブしたウィフフの身を案じ
一斉に声を上げながら現場に駆け出す。
しかし‥‥
「さぁ、もう捕まえたのである。
もっと大人を頼るのだ。
そうすればこうやって誰かが受け止めてくれるであろう」
そこには、女子生徒を脇に抱え
下部に建造された骨格にぶら下がるウィフフが見えた。
しかし、この状況を知らず遠目から見れば、
雲梯するゴリラが少女を誘拐している光景にしか見えないはずだ。
「こ‥校長!!!御免なさい!!私が間違っていたわ!!」
「「「うぉおおおおおおおお!!!」」」
見事、場を収めたウィフフの
勇気ある行動に対し、生徒達は拍手喝采。
ビッショウ中に響き渡る勢いの校長コールが鳴り止まない。
「ヒューゥ!!!校長ぉ!!かっこいいっ!!」
と、リュンクも一緒になって校長コールに参加していると
「感化されてどうするんです!!」とポポエに叱られてしまった。
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「という事があったんだよ」
「‥‥‥いや‥‥なんでそうなるんだ?」
学舎棟の端、学園都市ビッショウを囲う巨壁から
一番近い校舎の天井裏、その狭い空間には、
大きな体をギュウギュウに詰めたオーケンが居た。
「何だってそんな事になってるんだ!?
あぁ!!くそ!!狭めぇ!!」
オーケンは、寝返りすらうてない場所で、
悪態をついて、のたうつ。
リュンクはオーケンの状況を見て
「もしもウンチしたくなったらどうするつもりなんだろう」と不安を抱いた。
「諜報隊からある程度聞いてはいたが‥‥
まさかマジにそんな事になっているとは」
薄暗く視認性の悪い屋根裏から
ジョリジョリとオーケンがあご髭を擦る音が聞こえる。
「ポポエが言うには、ここを統治した時から
ウィフフは学生達には優しくて
アマテオ帝国から命じられた要塞化計画よりも、
勉強を優先する様にしてたらしいよ」
ウィフフの大活躍の後、
リュンク達は、ポポエから改めて
ビッショウ内部で起こっている異常な状況の説明を受けた。
怪力のウィフフは、巨漢であるが暴漢ではなく。
ビッショウの要塞化を手伝わせてはいるが、
決して無理な体制で労働を強制する事はせず
それどころか、自ら教鞭を振るい
習業の問題点や、カリキュラムの修正などにも協力的で、
生徒からも教師からも慕われた結果、
『校長』と呼ばれるに至ったとの事。
その全容を聞いたオーケンは、頭抱えた。
それもそうだ。
現状況ではビッショウの解放は難しい。
なぜなら目に見えて困っている人が見当たらない以上、
そこに助け船を出す事は出来ない。
助けを求めていない人を助ける事は出来ないからだ。
「どうするのオーケン?
とりあえずポポエや他の諜報員は、
ウィフフやその部下の動向を調べているみたいだけど」
「うーむ‥‥そうだな。
とりあえずもう少し情報を得たい。
例のセンセイの事や、ここへ配属になる予定の
イズオとか言う元刑務官の事も気になるしな」
しばらく悩んだ後、オーケンは次の指示を出し
それを聞き取ったリュンクは、食堂で拝借した
質素な食事を渡してから屋根裏を後にした。
屋根裏から戻ると、あらかじめ諜報隊が用意していた寝床で
オトロとインベルが軽装に着替えて武具の手入れを行なっていた。
「オーケンさんなんて言ってた?」
「うん‥流石のオーケンも頭を抱えてたよ。
それと次の指示を聞いてきた‥‥あれ?
篤丸はどこに行ったの?」
「ん?アツのやつは、オーケンさんからお使いを頼まれて
どっかに行ったけど‥‥お、ほら。帰ってきたぞ」
話をしていれば何とやら、
篤丸は、またどこかで食い物を盗んできたのか
口に焼き菓子を加えてそそくさと寝床に戻ってきた。
「篤丸、どこに行ってたの?」
「おう‥オーケン殿から奇妙な使いを頼まれての
下の階にある三つ目の便所の蓋を空けといてくれとな」
「‥‥便所の蓋?オーケンさんがそう言ったのか?
どういうつもりだろう‥‥何かのサインか?」
その時、リュンクだけはピピンと閃き、
行為の真相に迫る為、恐る恐る篤丸に尋ねる。
「ねぇ‥篤丸。
その便所の天井にさ‥‥開きそうな蓋とか無かった?」
「おう!よう知っとるの其処元。
確かに、人の顔ぐらいの小さな蓋があったのう!」
「‥‥マジかよ‥‥嘘だろオーケン」
「どうした兄貴?‥‥ん?
何だ?もう寝るのか?」
リュンクは、学園都市ビッショウに広がるであろう
『怪奇!!天井から現れる大男の尻!!』を空想し
げんなりとした気持ちでビッショウに潜伏して最初の日を終えた。




