-【9-1】- 名付けて!!学園戦争大作戦だ!!!
清潔感のある白色の漆喰は、
室内を程よい緊張感で包み、そこに居る者達は自ずと
集中力が研ぎ澄まされる思いだった。
それを証明する様に、室内に並ぶ小さな頭達は、
一様に正面を向き、前方に居る黒紋の白衣を着た大人に傾注している。
大人の立つ室内正面には、絨毯の様に分厚く
大きな生地が天井から垂らされていて
そこには、非常に細かい刺繍で絵や文字が描かれており、
神聖なエフェクトを纏う異様な姿をした11体の怪異と、
その下には数えられる程度の人間の描写が確認できる。
そのタッチは、宗教画などで多く見られる平面的な構図で、
古代遺跡に彫刻されたフリーズと同じ技法で描かれている事から、
現代の意匠では無く、古代に生きた何者かが
後世に文化を伝える為に制作した骨董品のようだ。
「この図のうち、上半分は人の産まれる前の時代を表しており、
つまりは神話前の不明瞭な世界を意味する。
ここの部分に注目だ。金色の刺繍が多くあしらわれた中間の図柄は、
11体の異界神族を表しており、不明瞭な世界から紋印を会得している様子が伺える」
黒紋白衣の男は、これでもかと言うほど長い指示棒で
天井付近から、図を説明し始め、
支持の度に室内を見渡すように視線を向けた。
「次の構図で、呼吸の神、血脈の神、意識の神の三柱が交わりながら
人族を生み出しているが、この下側に列をなす30名の人間が、
聖都シルバウラを築く、文化の起源にして我々オグニス人の始祖だ」
それは、伝説と史実が交わり境界を失う程に太古の物語。
「この始祖の30人は、各々の主義により6つの派閥に分かれ
【聖地主義】を唱える者たちが、聖都シルバ‥‥」
ボォオオオン‥‥ォオオオン‥‥
その時、黒紋白衣の大人の言葉を遮る様に
重厚で深い音色の鐘が、何処と知れず響き渡り
それをきっかけに、張り詰めていた僅かな緊張感が解け
やや砕けた雰囲気に変貌すると、黒紋白衣の大人は口早に
「次回の講義までに【建国の6主義】を予習しておく様に」と告げ、
垂れ幕から別れて垂れる紐を引っ張り、神話が描かれた垂れ幕を天井へ巻き上げた。
天井には、他に沢山の巻物が設置されており
講義によってそれ等を使い分けているのだろう。
「この世界の教室には黒板は無いんだね‥‥」
リュンクは、やや窮屈な制服の首元を緩めながら
誰に当てるでも無く小さな声でそう言った。
教室内の生徒が、雑談をし始めたタイミングで
室内を見渡し、各々別の席に座る知人の顔を探す。
すぐ近くでよだれを垂らし眠りこける篤丸と、
こちらの視線に気づき手を振るオトロ。
教卓の近くでは、黒紋白衣の大人を手伝うインベルを見つけた
彼は、大人と同じく黒紋白衣に身を包み教材の片付けを手伝っている。
「‥‥まさか異世界の学校で、授業を受ける羽目になるとはね」
リュンクは、面倒臭そうにそう呟いたが、
独り言をわざわざ口に出している辺り、
状況に酔い、実はまんざらでも無いのがバレバレだ。
さて、どうしてこんな事になっているのか
話は、1日前に遡る‥‥。
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オミガジモンとの邂逅を終えたリュンク達は、
ミアキスとの約束どおり地方同盟のアジトで合流した。
ミアキスと再会した時、薄暗いアジトで佇む彼女の顔は、
心なしか顔色が悪く、狼狽している様にも見え、
オーケンは、その姿を見て何かを察したのか、
彼女の肩をやや強く叩き「その感覚は戦士として真っ当だよ」と告げた。
どうやら彼女は、アジトの奥に隠された
サルホーガの遺体を確認した後だった様だ。
怨嗟に狂ったリュンクにより、惨たらしく切り刻まれたその遺体は、
人の目に触れない様に、アジトの奥へ持ち運べている時点で、
「状態が悪い」と言う表現では、誤解がある程度に人の形を損なっていた。
大陸最強と名高い武力集団の頂点6角の一人が、
無残に死に絶えた事実は、戦場で生きる者にとって
今まで生き抜いてきた経験や自身の定義を震撼させる
受け入れがたく恐ろしい光景だった事だろう。
オーケンとミアキスが、いくつか言葉を交わした後、
地方同盟の面々に向けて、彼女とオトロの紹介が簡単に済まされた。
オトロは、サルホーガの遺体を見ていないのか、平常運転で、
持ち前の剽軽さから地方同盟の少年兵達と打ち解けており、
成年の戦士団とも上手く仲を深めたのか好意的な野次が飛んでいる。
オトロの持つ根っからの弟分気質が、
彼らの性分に合致したのかも知れない。
ただ、ハキホーリだけは、余り面白くなさそうにそれを見ていた。
二人の自己紹介が終わって直ぐに、
オーケンは、翌日に迫った学園都市ビッショウへの潜入作戦の説明に入る。
~以下説明~【学園都市ビッショウ】
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学園都市ビッショウは、キンビニー地方では、最も新しい街で、
アンガフで採掘、精錬された鋼材の輸出売買や、
ケトアトで制作、製作される金物細工の交易により
財政が潤沢となった事で、ヘテルダ王国によって開校された。
鋼材資源によって成長したキンビニー地方だが、
そこへ暮らす人々は、自ずとそれに関係する職業に就く割合が多く
それは、就業への選択肢の少なさが原因となっているのは明らかだった。
これを憂いたヘテルダ王家は、キンビニー地方、
ひいてはその周辺国家の子供等に、環境に偏らない可能性をと
学園都市計画を進め、それが実現したのが学園都市ビッショウである。
学園都市ビッショウでは、一般教養はもちろん
専門技術の履修や、紋術学の指南など、幅広い教育体制をとっており
無論、鋼材知識の専修においては他の追随を許さない。
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~以上説明終わり~
オーケンは、分断監視塔攻略会議の時にも見た
白塗りの壁に向かい、木炭で豪快な文字を書いては、
大きな声で説明に入る。
「この学園都市ビッショウ攻略には、大きく2つの意味があるぞ!」
そう言うオーケンは、ボロボロと木炭の破片を床に落としながら
壁に書かれた文字に大きな丸を書き、バンッと叩いて傾注を誘う。
「まず1つは、兎にも角にも兵力の拡大だ。
ビッショウには、今も何百という人が取り残されている。
その中には、ヘテルダ王国の正規兵へとなるべく
ビッショウ内の修練場で基礎的な戦闘訓練を行った者も多い。
王国の正規兵ともなると、その修練は単純な白兵戦教習に留まらず
紋術での戦闘訓練にも力を入れていると聞く。
現在地方同盟に枯渇している紋術の知識に明るい人材の会得も期待できるだろう」
学園と名がついても、そこは都市だ。
学生だけではなく、彼らに学術を授ける大人達も多く在籍しており、
アマテオ帝国の侵略時に、うまく逃げ果せ身を隠している者も必ずいる。
もしくは、オーケンの言う王国兵としての修練を経た学生ならば
並みの戦士や、見習い紋術師以上の戦力として扱えるかも知れない。
オーケンは、説明を続ける。
「そしてもう1つは、ビッショウの学舎内にある実習用の機材、資材の入手だ。
専門技術を履修する為、ビッショウには多くの設備が存在している。
恐らく、現在はアマテオ帝国の戦争資材を製造するのに使われているだろうが
その場合は逆に好都合、分捕っちまおう。
特に、紋術回路の埋め込まれた紋術媒体の製造に成功すれば、戦況は大きく変わるぞ」
学生がいるならば、その学業を習得させる設備があるのは必然、
学園を都市にする程の規模ならば、相当な量の学習設備がある事だろう。
もしも、オーケンの言う通り、武具に紋術回路を埋め込んだ「紋術媒体」が製造できれば、
地方同盟の戦士達は、皆、紋術を行使できる紋術戦士として様変わりし、
勝率、生存率共に大きく向上することは想像に容易い。
アマテオ侵略の折に、キンビニー地方は多くの紋術師を失っており
地方同盟に在籍している紋術師は、今は皆無。
後に起こるであろうアマテオ帝国軍本隊との
真っ向勝負を視野に入れるのなら、擬似的な紋術師を量産できる
「紋術媒体製造」の技術だけは必ず入手したい。
むしろ、それが勝利の必須条件の一つとも言っても過言では無いはずだ。
「そして!!今回の作戦名はッ!!!」
オーケンは、勿体ぶって「どぅるるるるる」と、
口でドラムロールを演出しているが、
「る」の発音の度に唾がまき散っているのでとても汚い。
「名付けて!!学園戦争大作戦だ!!!」
~以下説明~【学園戦争大作戦】
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既にビッショウには、地方同盟の諜報隊が潜入している。
これは分断監視塔攻略以前からの計画で、
ケトアト港からの鋼材運搬用の定期回送船に、
数名の少年兵を密かに乗り込ませ
学生に紛れてビッショウの内情を調査させていた。
諜報隊は、ビッショウに滞在してから一週間以上経っており
既に、潜入の成功と、大まかな内情の報告を受けている。
これは、回送船に便箋を隠す事で行われ、
その内容を元に、今回の戦争が立案された次第だ。
諜報隊は、ビッショウ内で暗躍し
学生達の中で協力を望める者達とコンタクトを取っており、
日夜、その規模を拡大させながら、作戦決行の準備を進めている。
今回の作戦は、諜報隊の手引きで先遣隊をビッショウ内に潜入させ、
「とある弊害」をクリアしたうえで、ビッショウ内部で反乱を企て
そのゴタゴタに乗じて地方同盟本体が外側から乗り込み
奇襲を仕掛ける事でビッショウを制圧する。
学生主体による学校制圧の作戦。
名付けて学生戦争大作戦である。
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~以上説明終わり~
かくして、その作戦の先遣隊として抜擢されたのが、
現在ビッショウの教室で学生気分を味わっているリュンク達だ。
当初、立案された作戦では、もっと大勢の少年兵が
いくつかの部隊に分かれて潜入するはずだったが、
サルホーガとの戦闘で地方同盟の少年兵の多くは負傷、
もしくは精神的な衰弱でリタイアを余儀なくされており
「先遣隊が潜入する目的」も相待って、少数精鋭という形に変更された。
「次の授業まで、10分くらいかな
それまでに合流できると良いんだけど‥‥」
「次は実習かぁ〜私、校長の班が良いなぁ」
「やべ!忘れてた!俺の実習服、寮に干したままだった!」
「とっとと取りに行きなよ!着いて行ってあげるから」
「ヒュ〜さすがぁ!行こうぜ!!」
「‥‥‥‥」
ざわつく教室の雰囲気に違和感を感じながらも、
そこへ見慣れていたはずの光景を照らしあわせ
やや懐かしい様な、面倒臭い様な気分を感じつつ、
リュンクは、アンガフからビッショウへ続く坑道へ進む前のことを回想する。
~以下回想~【ビッショウへ向かう日の事】
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作戦当日、リュンクはオーケンとポルシィの作ったご飯を食べた。
数日ぶりに顔を合わせたポルシィに対して、
アンガフで体験した事や、新しい友達の事、
そして自分で決めた、これからの事を告げた。
リュンクの決意を、ポルシィは無言のまま
しかし、しっかりと何度も頷いて聞いてくれた。
「それがあなた自身が決めた事なのなら、
私は否定したりしないわ。
本当は、オーケンの言う通りここに残って欲しいけど
リュンクには、リュンクの生き方があるもの。
それでも、やっぱり怖くなって全部投げ出したくなったら
恥ずかしがらずにここへ帰ってきてね」
そう言って、優しく抱きしめてくれたポルシィは、
温かくて、柔らかくて、良い匂いがした。
リュンクは、この感覚、この匂いに何度も救われ、
これからも、自分を救う気がしていた。
この記憶は、自分には居場所があることを思い出させ
傷ついた心を帰路へ導く道しるべになる。
そして、家を出る時に、自分を見るポルシィの表情を忘れない。
分断監視塔の攻略作戦の当日に見た表情と同じ、
憂う様な悲しむ様な彼女の表情は、
「必ずここへ帰ってこなくちゃ」そう決意させ
リュンクの胸に熱い責任感を宿らせるのだ。
これは、余談だが、リュンクは、
ポルシィへ決心を伝える際に、オーケンとの間で「秘密」にしていた
彼がアンガフでリュンクから目を離していた事実をうっかり話してしまった。
その際にポルシィはゆっくりとオーケンを見て、
しばらく二人は見つめあっていたが、
見る見るうちにオーケンの顔が青くなり
彼はちびりそうな勢いで謝っていた。
ズヒーと面と向かった時ですら
オーケンはあんな顔はしなかった。
リュンクからは、ポルシィの顔は見えなかったが
よほど恐ろしい顔をしていたのだろう。
それから、デウムとアテテロとも会った。
デウムは酷くやつれた顔をしていて、
分断監視塔での一件からまだ立ち直れていない様子で、
アテテロとケンテッカに付き添われながら現れた。
「リュンク、僕、こんなでさ
一緒に行けなくてごめんな」
「デウム。僕こそごめん。
色々怖い思いをさせたと思う」
その謝罪に、首を横に振ったデウムは、
かすれた目でリュンクを見つめた。
「君も、もう立ち直ったんだね
アテテロも‥凄いな。
僕はまだ、とても前を向ける勇気がないよ」
辛そうなデウムの背中を、
灰色のジョラピオ衣を着たアテテロが優しく撫で
ケンテッカは、見てられないと言った顔で空を見上げた。
「デウム。僕達にはゼオやアーテリスがついてる。
僕とアテテロと同じ様に、いつかきっと、
彼等が、君を傷つけている罪悪感から助けてくれるよ。
ゆっくり、焦らなくて良いさ」
「ありがとうリュンク。
僕も必ず合流してみせる‥‥また肩を並べて戦える様に
ああ、そうだ、僕はこれを君に渡したくて来たんだ」
デウムがそう言うと、ケンテッカは脇に抱えていた木箱から
ヒモのついたアクセサリを取り出しリュンクに手渡した。
「デウムから言われて俺が拵えた。
どうか受け取ってくれ」
手渡されたのは、鋭利な形状をした何かの一部に
しっかりとした金細工で紐が固定されたネックレスだった。
「これは?」
「あの時、リュンクが砕いたサルホーガの鎧の一部だよ
それを爺ちゃんに頼んでネックレスにしてもらったんだ」
そう言われて、まじまじと見つめれば、
表面が艶やかに光を反射しする白銀は、
確かにあの白銀の鎧を彷彿とさせる。
「やはり一切の加工を受け付けなかったからなぁ
アクセサリと言うには少々物騒だが、
ここぞという時の攻撃手段に使えると考えてくれ
‥‥それと坊主、孫の命を救ってくれてありがとうな」
ケンテッカは、逞しい腕を奇妙な格好で組み目を瞑る。
おそらく、この世界で言う謝礼のお辞儀なのだろう。
「これは、嫌な記憶を思い出させるだろうけど、
だからこそ、君に持っていて欲しい。
あの時、あの場所で起こった悲劇を、
君と一緒に連れて行って欲しいんだ」
デウムの決心じみた要求に、
リュンクはそれを身につける形で受け入れた。
一部始終を見ていたアテテロは、
「私達はもう話し終わってるもんね」と、健気に笑い
あの時と同じ様に、優しくハグをしてくれた。
「ビッショウの諜報隊に友達が居るの、
丸顔のポポエって名前で、ガニ股ってあだ名だから
見ればすぐわかると思うわ。彼女によろしくね」
見たこともない友人を悪戯に嘲笑したアテテロに、
リュンクは思わず吹き出してしまい、デウムもつられて笑った。
そうやって、ケトアトで出会った人々に見送られ、
アンガフの坑道へ入ったリュンク達は、
作戦通り、諜報員たちの手引きによりビッショウに潜入したのだった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
~以上回想終わり~
感慨深く、どっしりと心の底に土台として据わる記憶の数々、
この世界で不安定に彷徨っていた虚ろな少年はもう居ない。
今、ここに居るのは様々な経験を経て、
心身ともに強くなり戦士として、自覚してここに在る
胸に熱いガッツを灯した自分自身だ。
リュンクは、また少し大人になった。
「ハキホーリの足は臭いらしいです」
回想に耽るリュンクの傍らで、
思わず「幻聴か?」と思う様な唐突なセリフが繰り出された。
その正体を探ろうと怪訝な顔で、首を回すと。
強い目的を持って
こちらを見つめる何者かが居た。
それは、丸顔で小柄で‥‥
そしてガニ股の少女だった。




