-【8-6】-こけしのポジションを模索し上の空
大岩山の割れ目を吹き抜ける風が静まり
緊迫感のある沈黙が少しの間漂った。
「‥オ‥‥オーケン殿‥‥今何と申した?」
分断監視塔を超えるか否か、その境目の辺りで
オーケンから告げられた内容にアンガフの戦士長ミアキスは、
目の四方を剥き出しにして驚嘆した。
「ここで俺たちは‥‥白銀騎士隊の突貫騎士
サルホーガ・イデラケウスを殺害したと言ったんだ」
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暮れそびれを一望できるレストランでの告白から翌日、
アンガフでの主な目的を十分に果たした二人はケトアトへの帰路についていた。
昨日に続き、早朝からジョラピオ医院にやってきていた
アテテロに挨拶を交わしてから、南アンガフから分断監視塔へ続く
大岩山の谷間へと進むオーケンとリュンク。
その後続には、他に3人の姿があった。
「なぁ、兄貴。
地方同盟の戦士達はみんな兄貴みたいに強いのかい?
俺っち何だか緊張しちゃうよ」
「そうじゃのう。
其処元のような豪傑ばかりじゃと張り合いがあってよいの」
「へぇ〜。リュンクはそんなに強いの?
私もその勇姿を見てみたいものだ。
オーケン殿の育てた大剣操縦者も
さぞかし敏腕なんだろうね」
篤丸の他に、道中を共にするのは、
お調子者のオトロとアンガフ戦士長ミアキス。
彼、彼女らはアンガフ町長トフォンの代理であり、
明日から実行に移る学園都市ビッショウへの潜入作戦の
最終的な打ち合わせに参加する為にケトアトへと同行していた。
「しかし、昨日の今日で元気そうでよかったよ。
なぁ、篤丸?でも、少し寂しいなぁ
私はてっきり落ち込んでいる篤丸が見れると思ったのに」
「むむ。これは手厳しいのう
しかし、こうなったもんは仕方がない
今は、誠心誠意込めてオーケン殿のお役に立てるよう
精進する気持ちじゃ」
「ははは!相変わらずサッパリしてるねぇ
あんたのそういう所は、私は本当に好きだよ。
真っ直ぐで気持ちがいい」
「好いとんなら除隊せんで欲しかったのう」
ミアキスは「それとこれは別さ」と、サラリと笑う。
昨日の夕方に除隊を命じた本人と、
命じられた本人とは思えない爽やかな会話だ。
ただオトロだけは、口を尖らせて腑に落ちない様子。
「全く軽いんだよなぁ二人共
俺なんか結構ナイーブになってたのにさ
なぁ、兄貴もオーケンさんもそう思わない?」
不意に話しかけられたオーケンとリュンクは、
互いに顔を見合わせた。
「オトロは繊細なんだな。
悪いが俺も余り深く考えない質でな
喧嘩しても背中バンバンやってすぐ仲直りってなもんよ
なぁ?リュンク」
「あ〜、そんなのあったね。
でも、僕はオトロの気持ちわかるよ?
今朝、二人が顔を合わせた時さ
正直、少しドキドキしたもん」
「かぁ〜やっぱ兄貴は違うね
俺達みたいに繊細な心を持つ奴は苦労するぜ〜」
オトロは、わかりやすく演技じみた消沈を見せているが、
軽口の反面、彼が真面目に心を痛めていた事は事実だろう。
それに「深く考えない質」と豪語したオーケンだが、
誰よりもいち早く思慮をめぐらし、篤丸とミアキスの関係を取り持つよう
篤丸に入れ知恵していた事をリュンクは知っていた。
『篤丸。明日の朝、ミアキスと会ったら
一番に元気な挨拶をかますんだ。
それが地方同盟としての最初の任務だ』
と、宿として借りたトフォン町長の家にて
就寝前にオーケンが篤丸に告げていたのだ。
地方同盟の一員として、改めて礼儀を通し、
そしてそこからは、いつも通りにすればいい。
オーケンの助言通りに豪快な挨拶をかっ飛ばした篤丸に
ミアキスは口元を綻ばせ、それを受け入れるように挨拶を返した。
オーケンはリュンクに言った。
「大抵のいざこざは、事が起こって次に交わす言葉でこじれてしまうんだ
そこだけ気合いで乗り切れば、あとは純粋な人間性の問題になる
あの二人ならきっと大丈夫さ」
リュンクは昔、友達と喧嘩して、なんだか気まずくなり
しばらく口をきけなかった事を思い出しては、
変わらず軽口を交わす二人を見て、少し嬉しくなった。
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大岩山のクレバスに入り、やや暗い道を進むと
その奥に高々とそびえる分断監視塔が見えてくる。
無意識にその屋上を見ると
リュンクの胸は、微量の痛みを伴い燻った。
胸の中に秘められた魂の破片が、
その器が失われた場所に反応している様だった。
リュンクは、アテテロが毎朝ここを一人で通り
アンガフへと向かっているのを思い出し
彼女の気丈で強い意志に敬意を抱いた。
そして一昨日の事を思い出す。
ケトアトからアンガフへ向かう道中、
分断監視塔に差し掛かった時、
胸がざわつくリュンクは思わずオーケンに聞いた。
「ねぇオーケン‥‥皆のお葬式って‥しないの?」
分断監視塔を攻略し、忙しく動き回る地方同盟に
仲間を弔う時間がない事くらい、リュンクにもわかっていたが
胸中で蠢く感情に、折り合いのつく前だった事もあり
思わず聞いてしまったのだ。
オーケンは、その無思慮とも思える質問に、
優しい顔で返答を返した。
「地方同盟の結成時に約束したんだ」
「約束?」
「そうだ。アマテオへの抵抗の中で、誰かが命を落としても
それが戦士なら見送らず、弔わないってな」
「‥‥そんな、どうして?」
「連れて行く為だ。
最後に俺たちが行き着く勝利まで
生きて辿り着いた者も、死して辿り着いた者も
等しく平等に在る為に、死んだとしても共に歩みを進めてもらう」
凡兵、秀兵、卑怯者、英雄、指導者。
勇敢な死、犬死、事故死、自害、老衰、病死。
その人、その原因、一切を問わず
全てが終わるその日まで最後まで歩みを共にする為に。
それは、勝利の成就が途方も無い可能性の先にある地方同盟が、
その決意を鎮火させない為に交わした命の盟約。
本来、葬儀とは、死から生じる覆しようの無い喪失感を
どうにかして飲み込む為に、納得できるだけの形式を詰め込み
出来るだけ遠回りして理解を得る行為。
地方同盟は、それすら抵抗のエネルギーにしようとしているのだ。
リュンクは、それを聞いた時、
上手くその本質が理解できず
その盟約に対して否定的な思いを抱いたが、
胸中に宿る自己嫌悪の正体に気付いた今なら
深い納得を持って、それに賛同する気持ちだ。
『失った物は形を変えてここにある』
リュンクは、オーケンがアテテロに告げたと言う
言葉の真意が、そこに集約している気がした。
「ミアキス。少しいいか?」
分断監視塔の場内、ケトアトまではまだ距離があるところで、
オーケンは、急にミアキスを名指しで呼び止めた。
「ん?改まってどうされた?」
「図らずとも人払いがしてある今、
この場で伝えておきたい事がある」
「‥‥なるほど、確かにそういう事ならば頃合いか‥聞きましょう」
オーケンは、真剣な表情で振り向いてミアキスに面と向かうと、
分断監視塔の頂上を指差した。
「先日の攻略作戦により、
俺たちは分断監視塔の制圧に成功した。
その作戦は概ね予定通りで、当初の作戦は速やかに完了した」
「‥‥聞いている通りですね」
「しかし、その攻略の中で本来、
犠牲になるはずの無い命を奪ったイレギュラーがあったんだ」
オーケンとミアキスのやり取りを傍観するリュンクとオトロは、
あまりに突然始まった緊迫感のある対話にゴクリと生唾を飲み込んだ。
篤丸だけは下履きを弄り、こけしのポジションを模索し上の空だ。
「安全策を取っていたにも関わらず‥
少年兵が多く死傷した事は、それに起因するのですか?
して、それはいかなるイレギュラーか?」
「先の攻略作戦を狂わせたのは、
宰相アイーロン・ゲルサウスの直下
白銀騎士隊の突貫騎士、サルホーガ・イデラケウスだ」
大岩山の割れ目を吹き抜ける風が静まり
緊迫感のある沈黙が少しの間漂った。
「そしてサルホーガは、ここで殺害した」
オーケンから告げられた内容にアンガフの戦士長ミアキスは、
目の四方を剥き出しにして驚嘆した。
「‥オ‥‥オーケン殿‥‥今何と申した?」
「ここで俺たちは‥‥白銀騎士隊の突貫騎士
サルホーガ・イデラケウスを殺害したと言ったんだ」
ザッ‥と、無意識なのかミアキスは、一歩後ろに下がった。
物の流れで、その事実を聞いたオトロは、
ミアキス以上に動揺しているのか、
リュンクが横で肩を持たなければ尻餅をついていた所だ。
「‥‥アンガフ決起隊内部で、
貴殿らが白銀騎士隊の所属騎士を打ち倒した噂があったが‥
まさか、それがあのサルホーガ卿だとは‥いや‥しかし
申し訳ないが‥‥それはとても信じられない‥」
「そうだろうな。
俺自身、奴の亡骸を見るまでは確信を持てなかった」
「あるのですか?‥サルホーガ卿の亡骸が?」
「ああ‥‥状態は‥少し悪いが
ただ。この話は地方同盟内でも限られた戦士しか知らない
そして、アンガフの戦士達にも同様に箝口を強いたい」
「それは‥‥わかりますが‥‥
一度だけ聞きます。
もしこれが、士気を高める為の策略なら
我らには通用ませんよ?そこまで安直には振る舞えない」
「疑わせるような事を言って申し訳ないが。
全て事実だ。話は通してある。
地方同盟のアジトに隠してある奴の遺体と、
装備していた白銀の鎧を見て裏付けを取ると良い」
いつものコメディな様子を除かせない
オーケンの迫真の言葉の数々に
ミアキスは狼狽する子供の様に
顔を青ざめさせ乾いた声で言う。
「あっ‥あはは‥‥困ったな‥
これは、少々予想外というか‥‥
余りにも現実離れしていて‥
どう反応を返すのが戦士長として正解なのか‥わかんないや」
肩を抱いて竦んだ姿勢の彼女は、年相応で
今は戦士長と言う荷物を置いている様に見えた。
その様子には流石の篤丸も驚き、
オトロと目を合わせては、意味深なジェスチャーを繰り返している。
「それで‥‥オーケン殿。
そのサルホーガ卿を打ち倒したのは貴殿か?」
その言葉に、動揺するのはリュンクだ。
他の誰でも無い。
そのサルホーガを殺害したのはリュンクなのだから。
一体オーケンは、その問いに対してどう答えるつもりなのだろうか、
正直に「こいつが塔の床ごと白銀の鎧をぶっ壊して惨殺した」と言うのか
はたまた「そうだ、俺が殺した」と納得させるのか。
どちらにせよ、リュンクには見届けることしかできない。
しばらくの思案した後、オーケンは口を開く。
「それは言えない。
君の洞察力を試させてもらう事にするよ」
ミアキスは、オーケンから命じられた試験的な回答に対し、
「うーっ!」と髪をくしゃくしゃと搔きむしってから
大きくため息をついた。
「全く。なかなかに意地の悪い男だ。
もう丁寧な喋り方はやめた。
同志オーケン。
これが地方同盟のやり方と言うなら
謹んでそれを受け入れよう。
先ずは、事実の確認を済ませてからだが‥
もしも、この地にサルホーガ卿を打ち倒せる程の戦士が居るのなら
それは英雄称号に値する逸材。
アマテオ帝国を退ける大きな希望に期待せざるを得ないな」
肩書きを背負い直したのか
ようやくいつもの調子に戻ったミアキスは、
オーケンに対して悪態の含まれる言葉を吐きながら服を正し。
「言いたいことはそれだけだな?
ではさっさとケトアトに案内してくれ」
と、口早にまくし立てた。
オーケンは「仰せのままに」と、
丁寧な仕草とコミカルな動きでミアキスをエスコートし
彼女は、その後ろにズケズケと続いた。
置いてけぼりをくらった3人は、
しばし、どうしたものかと
お互いの顔を見あっていたが
「迷子になったらお仕置きしちゃうよ!!」
と言う、ミアキスの怒声に条件反射で駆け出すのだった。
先日より、キャラクターの立ち振る舞い等の補助の為【0-1】から、
だいたい1話1枚の割合で挿絵を追加していっています。
まだ【2-8】までですが今後も、隙あらば追加していく予定です。
余り上手でなく、雑な仕上がりなのですが補完として機能すれば幸いです。




