-【8-5】-破壊の神ゲゲブアーロ
「そこでオーケン達、地方同盟に成り行きで拾われて‥
そこからは、オーケンも知っている話だよ」
リュンクは、ウンコ女神の要望を軽はずみに受け入れた事によって
元居た未界(地球)から、この地に至り
女神の巫女である犬ヌメルから「悪神」の存在と、その討伐の役目を知り
北方にあると言うキマセ離島へ向かう為、
キンビニー地方最北の港町ササンへ向かう途中で
流れ流れてオーケン達の元にきた事を伝えた。
思えば、当初この話をして一晩の援助を受けようとしていたが、
えらく長い時間をかけてしまったものだ。
オーケンは始終、額に手を当て難しいを顔していた。
そして話が終わると同時か、少し遅れてから
低い声で「う〜む」と声を漏らす。
「大見得切った手前、格好がつかないんだが
はぐらかしても仕方がないんで正直に言うとだな、
想像していた内容とあまりにかけ離れていて
どうしたものかと困惑しているよ」
まぁそうだろう。
そんな事は顔を見ればわかる。
さっきまで、安心感に溢れていた、
あの大男とこいつは同一人物なのか?
なんだこの頼りのない、ただのマッチョは‥
無駄に蓄えられたプロテインは飾りか?
と、リュンクは、いつもより一回り小さく見えるオーケンを
辛辣な言葉で詰りつつも落胆していた。
「‥‥とりあえず。
この話を続ける前にお前に聞いておきたい事がある。
リュンク‥まだ他にも黙っている事があるんじゃないか?」
不意に心に響いた確信を突こうとするオーケンの言葉に、
その場は、僅かに緊張感を取り戻し
やがて胸中を弄るような焦りや不安として作用した。
「い‥意図的に隠している事は‥‥
特にないと思っているけど‥
なにか気になる事があるの?」
「あー‥いや。何も脅そうってんじゃないんだが
‥そうか‥あまり自覚がないのか?
まぁ‥お前さんの様子を見ていれば分からんでもないな」
「?」
「‥‥なぁ、その女神から何か預かっていないか?
‥‥例えば、特別な力を」
特別な力。
なるほど、オーケンが予想していた告白とは、
つまりそれに関係するものだったわけだ。
それを理解したリュンクは、包み隠さず言う。
「紋印のことを言っているんだね?」
リュンクの返答に、オーケンの下瞼がピクリと動く。
「ああ。その通りだよリュンク。
お前は紋印を持っているんだな?」
「うん。女神が特別な力だって言ってくれた」
「そうか。では、その剣は?」
「竜剣は、この世界に来た時、
女神の巫女フロエが、この先必要になるんだって
渡してくれたものだよ」
「そうか‥‥やっぱりお前は【紋印持ち】なんだな」
紋印持ち。
そういえば、渓谷下の河川でゲェスポッドも同じ言い回しをしていたが、
簡潔に、紋印を所有している人間の事をそう呼ぶのだろう。
それから、オーケンは紋印について細かな質問を繰り出した。
継承した紋印の名称、
紋印の能力、
体の異変。
しかし、リュンクはそれに上手な答えを当てはめる事ができない。
名称はおろか、紋印がリュンクに与える恩恵はどれも曖昧な現象ばかりで
例えば、時間遅延や一時的な怪力、身体能力の上昇などは説明できても
あの悍ましい怨嗟や、それから繰り出される謎の紋術などは、うまく言い表せない。
リュンク自身、答えがあるものなら聞いてみたいものだ。
紋印だけじゃない。
女神の事や、巫女のフロエの事、
武器として手にする竜剣の事すら多く語られず
知識と呼べるものが殆どなかったからだ。
まごついた様子のリュンクを見たオーケンは、
難しい顔であご髭を撫でては、鼻の奥を鳴らして唸る。
疑われているのかな。
それも仕方がないと納得をしつつも
他の誰でもない、オーケンから疑いの目を向けられる事に
この上ない不安を感じてしまう。
この人だけには、失望されたり敵意を持たれたくない。
それは心から思うリュンクの切望だ。
「‥最後に‥‥」
オーケンの言葉を待っていたリュンクの胸がドキンと跳ねる。
一体どんな言葉をかけられるのか気が気じゃない。
「お前の‥お前さんの本当の年齢は幾つだ?」
‥‥年齢?
一体そんな事を聞いてどうすると言うのだろうか?
真意こそ分かりはしないが、
これ以上、疑念を抱かれない為にも
リュンクは素早く答えた。
「じゅっ!‥‥11歳だよ!」
それを聞いたオーケンは、目をひん剥いて
話を始めてから一際驚いた顔をして
深く濃く溜め息をつき肩を落とす。
リュンクは「信じて貰えなかったのかな」と、
オーケンの態度から胸にネガティブな気持ちが溢れ
気を抜くと悲しくて泣いてしまいそうだ。
そんなリュンクの手を、大きな手で包んだオーケンは、
大事そうに撫で、少しだけ強く握ってから
今まで見せた事のない憂いのある表情で言う。
「神々はなんと酷な事をするのだろうな。
ほんの小さな子供じゃないか。
まさかそんなにも幼いだなんて思いもしなかったよ。
本当に大変な思いをしたな。よくここまで頑張った。
偉いぞリュンク」
オーケンの表情、言葉、態度で
胸に詰まった不安が根こそぎ取り払われ
今にも涙がこぼれ落ちそうになるリュンクだが
「おう!!給仕よ!!ここじゃ!!
焼き魚の代わりと!米をくれんか!!
大盛りで頼むぞ!!」
と、篤丸が大声で叫ぶので全て台無しになった。
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リュンクは、しばらく米をかき込む篤丸を
恨めしそうに睨んでいたが
オーケンに全て話してしまった事で、肩の荷が下り
なんだかとても気持ちがスッキリしていた。
そして今まで、聞くに聞けなかった
様々な質問が溢れてくる。
その中で特に気になる質問を摘んで投げるリュンク。
「ねぇオーケン。
僕をこの世界に連れてきた女神が言っていた
【悪神】ってやつに心当たりはある?」
「ん‥悪神か‥神々の話だな。
俺は見ての通りの男なものでな、
神話や伝説にそこまで詳しくない。
子供の頃にお伽話として聞いたくらいのものさ」
それを聞いても、リュンクはがっかりしたりしなかった。
リュンクだって自分の国の神話なんて、そんなに知らない。
なんか太陽の神様が岩に隠れただの、
頭の多い蛇を殺して退治しただの、
やんわりとしか覚えておらず、登場人物‥いや
登場神仏の名前すら一人として言えない。
それは異界の人間においても同じ事だろう。
神様たちの事情など、普通の人が知っている類の話じゃない。
だが、オーケンは神妙な顔で言葉を続ける。
「そんな粗野な俺でも、頭に悪のつく神ならば
どいつを指しているのかはハッキリと分かるぞ。
その神の名はゲゲブアーロ。
破壊の神ゲゲブアーロだ」
「ゲゲブアーロ‥」
リュンクは、その名前に聞き覚えがある。
そうだ。
前にポルシィがオーケンに焚き付けていた
あの勿体無いお化け枠のやつだ。
ケンテッカの鍛冶場で竜材の事を聞いた時にも
話に登場したが、どうして気が付かなかったのだろうか
代名詞に「破壊」が付く時点で察するべきだった。
「この異界の殆どが、まだ海で満たされてた時代に
存在したとされる神だ」
「殆どが海?この世界は海ばっかりだったの?」
「そうだ。だが、今は違う。
件のゲゲブアーロがそれに関係しているが‥‥
なぜだか分かるか?」
「‥‥うーん。わかんないや」
思い出せば、リュンクの居た地球も殆どが海らしいが
社会の授業でも、理科の授業でも海が増える話は出ても
減る話なんて聞いたことがない。
小学五年生までに得た知識を総動員させても
海が干上がる理由など想像もつかなかった。
「なら、海を風呂だと考えようか?
自分が入っている状態で浴槽が満タンだとするなら
そこから立ち上がったならば、浴槽の水はどうなるかな?」
「自分が入っている状態で満タンだったら‥
出たら水位が下が‥‥」
思案しながら喋っている途中で、
話の本質に気づいたリュンクは
眉をひそめてオーケンを見た。
全身が粟立ち、ブルっと身が震える。
「気づいたようだな。
かつて世界の9割は海だったが
ゲゲブアーロが海を出た事によって
海域は7割にまで減少し、今俺たちが居るような大陸が露出したんだ」
ありえないスケールだ。
1個体で海域の2割を占めるほどの巨体、
想像するだけで恐ろしい怪物‥いや神だ。
まさか‥そんなプランクトンとクジラほどに、
体格差のあるマッチを、自分に望んでいるのなら
あのウンコ女神も犬臭巫女も気が狂っている。
リュンクは、途方も無く勝ち目の薄い敵対者に絶望するあまり
女神マティテと巫女フロエに暴言を吐きたい気持ちになった。
いや、心ではすでに吐いていた。
「竜族を使役し、破壊と混沌をもたらす悪神ゲゲブアーロ。
伝説の中にある話だが、キンビニー地方より遥か東南に位置する
四方国家クァトロが4つの大陸に分断されているのは
ゲゲブアーロの放った紋術が原因だとされている」
大陸を分断するほどの紋術があると言うのか、
予想でしかないが水爆や原爆などの核兵器を含めた
どの近代兵器を持ってしても大陸を分断する事など不可能なはずだ。
それをやってのけるゲゲブアーロとは
さぞ恐ろしい存在だったに違いない。
まさに絵に描いたような悪の権化だ。
「でも‥今はもういないんでしょ?」
「経緯や詳細は知らないが
最高神、呼吸の神アブニアールと9柱の神々が100年間戦い続けたが殺しきれず
黎明の神と夜陰の神が紋印の力によって封じたらしい」
「‥死んでは‥いないって事?」
「俺が聞く限りはな。
どちらにせよ神話の中にある話だからな?
この手の話は子供の頃には、時に胸を踊らせ、
時に身を震わせたもので今でも好きなジャンルの物語だが
現実だとするにはちょっとなぁ‥‥
異界には【神関省】っていう神族とやりとりする為の役人がいるんだが
俺は、そいつらが神族の威厳を高めて自分たちの有用性を誇示する為に
広めた誇張表現だと思っている‥‥大人になるって悲しい事だな」
「ん〜?つまり嘘っぱちって事?」
「概ねそういう事だ。
実際にそんな巨大な生物が居るとは考えづらい
竜族だって大きくても5〜6mほどだ
そいつらの親玉だとしてもそこまで大きくはないさ」
未界人のリュンクにとっては境界線を引くのが難しい部分だが、
この異界がどれだけファンタジックな世界でも
語られる神話の全てが真実とは限らず
オーケンの言う通り、人の利権が絡むとするならば
神話の誇張も大いにあり得る。
「そっか‥できるならそうであって欲しいな
いっそネズミくらいのサイズでも良いくらいだよ‥ははッ!
‥でもさ、生き物って言い方はないんじゃない?
神様なんだからさ」
「‥ん?どう言う意味だ?」
「いや、まるで神様が普通の生き物みたいに言うからさ
ほら、そんな巨大な生物が〜って」
「神族は神族だぞ?俺たち人族や、獣族と同じ生物の分類だよ」
「え‥あぁ‥そう言う括りなの?
もっとこう‥神聖で崇高な存在なのかと思ってた」
「お前さん、難しい言葉を知っているんだな。
そうだな‥実際、最近の子供ら、デウムやアテテロ世代では、
神族の事を、神話の中にある幻のようなの存在なのだと
そう思っている連中も居るかもしれないな」
リュンクにとっては、神様とはそう言う扱いで正しい。
しかし、よくよく考えればオーケンの言う事も頷ける。
未界。リュンクのいた世界において神と言うのは
人知を超えた領域に位置し、様々な様式で人に道理を示す
肉体を持たない概念的な生き物であり
だからこそ人生という暗路に薄く輝く指標足り得る。
目に見えず、喋らず、姿形がないからこそ信じられるとも言える。
しかし、この異界の神は違う。
目に見え、喋り、姿を持つ。
そうなれば、神という存在自体の印象が異なるのも当然だ。
「神族はその辺りでウロウロしている連中じゃない。
基本的に不干渉な奴らで、直接話したりできるのは
クァトロ南方、大空洞にある異界管理局の‥神関省とか賢者衆だとか‥
まぁなんだ‥そういうお堅い奴らだけさ
今も、この異界の何処かで‥世界の為に‥こう‥なんかやってんじゃないか?」
オーケンの語り口から察するに、
これ以上はこの話題をほじくって欲しくないのだろう。
どうやらここからは、神話や伝説の領分ではなく、
もっと小難しい行政に関する内容だとするならば、
どう考えてもオーケンがそういう政に関心があるとは思えない。
しかし、地方同盟を率いる指導者がそんな事で良いのか?と、
リュンクはジトっとした目でオーケンを見た。
それに気づいたオーケンは、目をバシャバシャと泳がせてから
拳大のフルーツをムシャっと口に頬張り
「うまいんだな〜これが」と、はぐらかす。
「ん〜うまいうまい。
それで‥少し話を戻すんだが、お前さんをこの世界に連れてきたという女神‥
マティテとか言ったかな?そいつの巫女が言う通り神話の中の悪神に
アマテオ帝国が関わっていると言うならば‥それはかなりまずい話だ‥」
この世界に来て間なしに、フロエが語った内容から
悪神はアマテオ帝国によって封印されているような状態だと思っていたが
実際には、アマテオ帝国の領土内に封印されているだけで
帝国が悪神を押さえ込んでいるわけでは無いのかもしれない。
それどころか、それの真逆だとしたならば‥‥。
大昔に封印された悪神が、時を経て蘇ろうとしている。
しかし改めて、信用しできる大人の口から聞かされると、
その一件の最前線に居るはずのリュンクですら
なんとも馬鹿げた話に思えた。
まるで子供が思いついたチャチな物語のようだ。
実際、まずい話と言う割に
オーケンもあまり緊迫した様子は見られない。
「やっぱり‥‥僕は騙されているのかな?」
「‥神族の思惑というのは‥人の理解が及ばない場合が多い。
完全に全部嘘っぱちだとは言い切れないさ。
だが、この世界には分かりやすい抑止力があってな‥
アマテオ帝国といえど
それがある以上、そんな大それた事を起こせるとも思えない」
「抑止力‥法律とか‥警察みたいな‥そういうの?」
「【断罪録】という言葉を何処かで耳にした記憶は?」
「断罪録?」
そういえば‥断罪録がどうだとか言っているのを
デウムがサルホーガとの交渉で引き合いに出していた気がする。
それとオーケンが語った崖崩しの特攻戦の話の中にも出てきた様な‥
それを思い出したリュンクはこくりと頷いた。
「断罪録というのはな、この異界で神族の庇護下にある人類共通の決まりごとだ
人が人として生きる為、そのバランスを損なわない様に決められた
様々な禁則事項を総称した概念の様なものだな」
断罪録と聞いた時、リュンクは六法全書の様な、そういう本を想像したが、
概念と言われるとイメージがボヤけてしまう。
「概念って事は‥存在しないって事?
じゃあそんな事決めててもさ、悪さする人はするでしょ?
なんか効果が薄そうだなぁ」
オーケンは、再び、先ほどの例え話をした時に見た得意げな顔をした。
「概念の様に、目に見えないし、姿もないのに強い影響力を持つものがあるだろう?
お前さんも見に持って知っているものだよ」
「‥‥あ、紋術と紋印か」
「ははは!そういう反応を見ると
リュンクが未界人だっていうのも頷けるな!」
ガハハと白い歯を見せて笑ったオーケンは、
再びムシャムシャとバカにでかい苺の様な果物にかぶつく。
ふと、リュンクは、会話に参加してこない篤丸を見てみると、
ホカホカに炊かれた異界原産のイカヌ米を口いっぱいに頬張り
咀嚼しながら目を見開いてこちらを見ている。
何見てんだ?異界の米はそんなに美味いか?どエロ武士。
「み‥‥未界人が‥米を!?」
「オーケン!もうそのくだりはいらないよ!!!」
調子付いてしつこいボケをかますオーケン制止したリュンク。
オーケンは「ツレない奴め」と、悪ガキがする様に口を尖らせ
ゴクゴクと酒を飲み干しては、給仕に代わりを頼んで話を再開する。
「さて、断罪録の話だったな。
断罪録の効能は紋術によるものだが‥‥
一般的な紋術師が行使する紋術と違って
その本質は、罪罰の神が持つ紋印の固有能力だそうだ」
「ふんふん‥‥よくわかんないね!」
「なに、恥じる事はないぞリュンク。
俺も右に同じくと言った所だよ
バレてるかもしれないが、これらの話は、
受け売りをそのまま話してるだけだからな」
「だと思ってたよ。
それじゃあ断罪録っていうのは、
紋印の力で破れないようにしてあるって事でいいの?」
「いや。
そうじゃない。
破れないんじゃなくて、破るとえらい目に合わされる」
「えらい目?」
「そうだ。詳しく喋り始めるとキリがないが
断罪録違反の執行は、その違反の程度によって変わる。
通常の違反ならば、【大力僧】と呼ばれる奴らが召喚され
尋問やら刑罰やらが執行されるんだが‥‥こいつらが厄介でな
執念深く、執拗で、高紋示の紋術まで扱いやがる。
1度目をつけられると振り切るのは非常に難しい」
今の話を聞いていると、まるでその大力僧に
目を付けられた事がある様な言い回しだ。
「だが、断罪録の本命は別にある。
もしも、断罪録において重度の違反を犯した場合。
恐ろしい奴らに狙われる事になる」
「恐ろしい奴ら‥‥凄腕の殺し屋とか?」
「ある意味正解だが‥‥それは人じゃない。
罪罰の神に仕え、断罪録を守護する
3体からなる【断罪の化身】が、違反者を直々に裁きに現れる」
「ああ。悪いことするとそいつらが来るから
気をつけろって、そういう話ね」
そう言う伝説なら未界にも多くあり、
そのいくつかはリュンクも知っている。
ナマハゲとかブギーマンとかそう言う奴らと同類で、
恐ろしい姿をした怪物が来るぞって話だ。
リュンクは、この期に及んでそんな子供騙しが聞くもんかと
怖がらせようとするオーケンの鼻を明かしてやろうと考えていたが
彼の顔は、至って真面目で、心なしか昼間見たあのプレッシャーをも感じさせた。
「この世界には、最強と謳われた人種、民族がいた。
戦勇示民と言われる部族だ。
前に話した白銀竜アルポワンサーの話を覚えているか?
そのアルポワンサーを狩り殺した者達こそ
【逆境の英雄】が率いた英雄軍と戦勇示民達だ」
「ああ‥前に聞いた数百人で竜を倒したって言う英雄達だね?」
「そうだ。戦勇示民は、特殊な紋術を使う事で
一時的に白銀の鎧に匹敵する戦闘能力を引き出せたんだ。
彼らは、農業や牧畜ではなく狩猟のみで生き抜いてきた
生粋の戦士達で、誇り高く、義に厚い連中だった」
心なしか、オーケンの声はくぐもり、辛そうに見える。
その理由も分からないが、
今ここで謎の戦闘民族の話をし始めた理由はもっと分からない。
例の断罪録や【断罪の化身】に関係するのだろうか?
「断罪の化身とはな、たった3体で
当時600人ほど居た戦勇示民の戦士達と真っ向から戦い
皆殺しにした奴らだ」
「み‥皆殺し!?」
特別な紋術で白銀の鎧と同格の戦闘力を引き出せると言う事は、
その実力はサルホーガ並みと言える。
あのサルホーガ600人分を、たった3体で皆殺しにする奴ら。
サルホーガとやりあったリュンクを持ってしても
それは未曾有の強さだ。
脳裏に浮かぶのは100億円という言葉。
所謂、単位がでかすぎて計り知れないものの代表格だろう。
それが伝説ではなく、現実に起きた史実だとすれば
件の断罪録は、異界人類に等しく有効なルールとして
正常に機能する事だろう。
抑止力とは、まさにこういうものだ。
「少々話がぶれたが‥‥
つまりは、その断罪録と、その守護者がいる以上
この世界の均衡はある程度は保たれているわけだ。
もしも、アマテオ帝国が悪神の復活を目論んでいるのなら
大力僧も断罪の化身も黙っている訳が無いだろう?」
「うん‥そうだね
僕もそう思うけど‥」
「それに、確かアマテオ帝国の領土のあるアケマ地方には、
最高神アブニアールの大神殿がある。
アブニアールとゲゲブアーロは神話きっての対立者だ。
自分の天敵が現れる兆しを見逃すものかな?」
オーケンに助言を求めた事で、
リュンクの脳内には、急速に様々な情報が加筆された。
手持ちのカードがドバッと増えると共に、
真相に行き着くための材料も充実したが、
それらを繋ぎ合わせ答えに歩みを進める
その一歩を獲得するのは非常に困難だ。
それに、どうもオーケンの話を聞いていると、
悪神の討伐に関する前向きな情報よりも、
それ自体を否定する後ろ向きな情報の方が目立つ。
自分の立っている基礎地盤をこうも揺らされては、
そこにしがみつき、この世界での立場を築いていた
リュンクの意思は不安定に揺れる。
「やっぱり‥‥全部嘘っぱちなのかな?
それじゃ僕は何の為にこの世界にやってきたんだろう」
「うーむ。そればかりは全く分からないな。
しかし、断罪録に関して、ひとつ不可解な事がある。
この度のアマテオ帝国の侵略行為は、
どう考えても断罪録を犯している。
それにも関わらず、神関省も戦争省も、
断罪の化身すら沈黙しているんだ
やや強引だが、その辺りの不明瞭な異変がある以上
悪神に纏わるいざこざも無きにしも非ずだろう」
突如現れリュンクを異界に招いた女神。
その女神の目的を伝えた巫女。
悪神の復活。
託された紋印。
アマテオ帝国の侵略戦争。
断罪録と行政の機能停滞。
このキーワードを並べた時
フロエが言っていた言葉が蘇る。
『異界各地で様々な思惑が動いている様に思える』
まさにその通りだ。
リュンクが巻き込まれてしまったいざこざは、
どうにも一筋縄では理解できそうも無い。
「そういえば、篤丸は?
篤丸も未界人だと言っていたが
どんな経緯で異界に?」
食事を終え、爪楊枝を甘噛みしながら
二人の話をボーッと聞いていた篤丸は、
オーケンの質問に対して少し考えてから喋り始める。
「そうじゃのう‥
わしは武芸を磨く為に与えられた
神仏の思し召しじゃと思っとるぞ!」
しばし、場にしけた沈黙が漂った。
「こりゃまた愚直で好感の持てる回答だな。
リュンク、覚えとけ
これくらい真っ直ぐの方が世の中を上手く渡れるぞ」
「そうだね‥それはそうだと思うよ」
無関心かつ、理解力の浅い篤丸を補助する為に
篤丸の事情を簡潔に伝えるリュンク。
「つまり、篤丸とリュンクは、
お互い違う時代の未界からやって来たってか?
何だそりゃ。
こんなややこしい奴見た事ないぞ?」
それに関してはリュンクも同意見だ。
ただでさえややこしいこの状況に、
タイムスリッパーが入り込む余地はないはずだ。
「普通に考えれば、篤丸をこの世界に招いたアエウオとか言う女と
リュンクをこの世界に招いた女神は関係しているんだろうが‥
原則、神族の側近になれる神官と巫女は一人づつだ
リュンクと出会ったフロエがマティテの巫女を名乗る以上
アエウオは巫女じゃない‥‥とすると‥‥」
リュンクは、オーケンの回答を待つ。
しばらく、あごから煙が出るくらい髭を擦るオーケン。
それから幾許か、呆けたようにレストランの天井を眺め
ようやく口を開いた。
「‥‥‥俺の手に負える領分じゃないな。
然るべき奴らに任せるか‥」
情報量が多い割に、それを関連づける糸口が見えない
リュンクを取り巻くあれこれ。
流石のオーケンも、手に余る様だ。
しかし、次に繋がる着地点はしっかり提案してくれた。
「然るべき奴らって?」
「コクラクの爺さんが居るだろ?
あの爺さんな、俺達に協力しているが
爺さん自体は地方同盟の構成員じゃなくて
別の所に属している」
「へー。そうなんだ」
「興味なさそうだなお前‥‥とにかく、
その爺さんが所属している連中の中に
紋印やら紋術に詳しい奴が居るんだよ」
「おお!それじゃ、その人たちに会えば色々わかるって事だね!
一体なんて言う名前の人達なの?」
リュンクの言葉を受け、キョロキョロと周囲を見渡すオーケン。
「ちょっと人前じゃ口にできない面倒な連中でな‥‥
複雑というか‥ややこしいあれなんだよ」
「複雑って‥アマテオ帝国の人間とか言うんじゃ」
「バカ言え。流石にそれはないさ」
そりゃそうかと、軽はずみな自分を反省するリュンク。
オーケンは明日、篤丸を含めてその人達に会いに行こうと提案した。
それからは、今までの話と打って変わり
未界の話や、篤丸のいた時代の奇妙な習慣など
くだらない雑談で盛り上がる3人であった。




