-【8-3】-こいつの命は俺が背負う
「ちょっ!!待ってよ!篤丸!!!」
「早う来ぇよ!!其処元!!!」
リュンクは、異様な走り方をする篤丸の背後を見ながら
再び南アンガフ街を全速力で走っていた。
ミアキスの話を聞いた篤丸が駆け出したのを見て
リュンクも反射的にそれを追いかけたのだ。
「行ってどうすんだい!!」
「早う行かな!!
わしを待っとるんじゃ!!」
篤丸はそう言うが、
一体誰が待っていると言うのだろうか?
生き残りのアマテオ兵のケサブロ?
いや‥彼が篤丸を待っているとは考えづらい。
「見ろ!!人だかりじゃ!!」
「すごい人じゃないか!!」
ドダウ爺さんの道具屋がある北側の大通り、
昨日来た時も、そこそこの人だかりができていたが
そこに集まっている人の数は、それの比じゃない。
その殆どが、野次馬だと思うと
リュンクは少し気分が悪くなった。
「えぇい!!
のけ!!!のかんか己ら!!!」
篤丸は、人混みの隙間に体を押し込み
グイグイと前を目指すが、
押し返されて前に進めていない。
「埒が明かないな‥」
一歩引いたところでそれを見ていたリュンクは、
左右に帽子のツバを揺らし、建造物に盛られた土塊を見つけ
それを足場に猫の様に屋根の上に飛び乗ると人ごみの中心に視線を向けた。
そこには馬乗りの態勢で
一心不乱にケサブロを殴るオトロの姿があった。
すぐ近くには武装したアンガフの戦士も数名見えるが、
それを止める様子は無く、腕を組んで黙認している。
「これが‥見せしめか‥」
ぐったりとして動かなくなったケサブロと、
それを無心で殴り続けるオトロ。
そしてそれを包囲して野次を飛ばすアンガフ市民達。
「‥‥‥」
分かる。
気持ちはとても分かるし、
こうなる事は仕方がない事だ。
理屈や道理は、彼らの方にある。
でも‥‥‥
「胸糞が悪いよ」
リュンクだってアンガフ市民だったら
あの集団に混じって野次を飛ばしていた事だろう。
だが彼らにだって解るはずだ。
あそこで殺されそうになっている男も、
誰かの幸福の元に産まれ、
あどけない少年として思い出を紡ぎ、
喜び、悲しみ、悩みながら生きて大人になり
そして今ここに居る。
もし、自分の友人や家族、子供が
同じ状況に追いやられているのなら
それは耐え難い光景のはずだ。
リュンクは知っている。
アンガフの人々は、
敵兵であるアマテオ兵の遺体に敬意を払える
真っ当な人間性を持った人々だ。
故郷を汚した敵に温情を抱けるのなら
どうかその男の死を望み
胸の内に押し込めた悪意を引きずり出す様な事はしないでほしい。
そして、何より。
死という現象を受容するのなら
それを多勢でうやむやにする様な卑怯な事はしないでほしい。
命を奪うのなら。
明確な意思の元、その温かい血潮を浴びる覚悟を持つべきだ。
『やめてくれ』
『殺さないでくれ」』
『頼む』
ふと、大勢の中に一つ方向性の違う声が聞こえる。
声の元を見れば、地面に組み伏せられる格好の老人が見えた。
「ドダウ爺さん‥‥」
土と、泥で顔を汚した老人が、
必死にもがきながらケサブロの命乞いをしている。
リュンクはもう限界だった。
力強く屋根を蹴り上げ、
大衆を飛び越えその中心へ飛び込む。
「なんだ!?」
砂埃を巻き上げながら着地したリュンクに、
思わず武器を手に取る戦士団だがオトロがそれを制止する。
「はぁ‥はぁ‥兄貴‥‥生きててくれたか‥」
「オトロッ!!お前ぇッ!‥ど‥‥うして‥‥」
激昂気味だったリュンクの感情は、急激な消沈を見せる。
時間遅延に伴う感情の抑制に似ているが、
その原因はもっとわかりやすい。
オトロの、この顔を見れば誰だってこうなるだろう。
「兄貴ぃ‥‥アツは!?」
「オトロ‥‥どうして‥泣いてんだよ」
高所からは伺えなかった事だが、
端整な顔立ちで、常に澄ました表情をしている印象だったオトロは、
信じられない程不細工な顔で泣きじゃくりながら
弱々しい声で返事を返した。
「おいッ!!オトロ!!いい加減にしろ!!
お前がぶん殴って殺すって言うから待ってんだろうが!!」
戦士団の屈強な男が大きな声をあげた。
「うるせぇえ!!黙って見てろ!!
すぐぶっ殺してやるからよぉお!!!」
オトロはそう叫ぶと、再びケサブロの顔面を殴り始める。
そして、すがる様な目でリュンクを見た。
「ッ!!!」
リュンクの脳裏に篤丸の言葉が蘇る。
『早う行かな!!
わしを待っとるんじゃ!!』
篤丸を待っていたのはオトロだった。
オトロと老人は約束をした。
もしも、逃げたアマテオ兵が誰も傷つけなかったら
命だけは救う温情をかけると。
約束に準ずるのなら、事実、アマテオ兵は誰も傷つけていない。
篤丸以外は。
つまり、篤丸が健在であれば約束は果たされることになる。
その条件を満たす為に、オトロは野次馬のど真ん中で
戦士団の処刑を食い止め、時間稼ぎにケサブロを殴り続けていたのだ。
「うぉおおお!!!!篤丸ぅううッ!!!」
リュンクは、篤丸が人だかりに揉まれている方向へ駆け出し
全速力で人だかりに突進すると
すごい体勢で人間に絡まる篤丸の腕を強引に掴んでは、
全力で中心へと放り投げた。
「うおぁあああああああぁ!?」
とんでもない剛力で放り投げられた篤丸は宙を舞ったが、
持ち前の身体能力で体勢を整えて器用に受け身をとって着地する。
「おう!!兄弟!!待たせたのう!!
わしは無傷じゃ!どっこも怪我しとらんぞ!!
もちろんそこのアマテオ兵にもやられとらん!!」
「あっ‥アツよぉ‥お前ぇよく無事だったなぁ‥」
篤丸の元気そうな顔を見たオトロは、
ヘロヘロとその場に座り込み一層ひどい顔で泣きじゃくった。
「おう!!其処元もわしも、こんけぇじゃ死なんわ!」
その光景を見たリュンクは、
この胸糞悪いイベントが未遂で終わると思い肩の力を抜いたが
先ほどまで棒立ちしていた戦士団が動き出す。
「仲間の無事に感動するのも良いが
他所でやれ!!もう良い!!どけろ!!!
「まっ!!待ってくれ!!ハケロッ!!
もう良いんだ!!こいつは約束を守ったんだよ!!」
「はぁ?約束だぁ!!?そんなもん知るか!!
こいつはアマ公だ!!同情で見失うな!!頭冷やせ馬鹿野郎!!」
ハケロと呼ばれた戦士団の男は、
力強い拳でオトロを殴り倒す。
そこに篤丸が寄って激を飛ばした。
「おう!待たんか!!
わしも約束を聞いたぞ!!
ここでこのアマ兵を殺せば筋が通らん!!!」
「アツ!!オメェの堅物具合も大概にしとけ!!
周りを見ろ!!ここでこいつを助ける意味がわかるか!?
この中にはな!気の知れあうやつを
アマテオ兵だからとその手にかけた奴も居るんだぞ!!
それを怠ったのはドダウ爺さんだけだ!!!
こいつだけ生かす方が道理に反するんだよ!!!」
「ぐっ‥‥それは‥そうじゃが‥」
「オメェ等が間違っているわけじゃねぇ
でもここは引け!俺等はアンガフの民を守る戦士団だ!
民から信用を無くして俺達に意味なんかあるか!?」
「‥‥‥」
ハケロの正論に言葉を無くし立ち尽くす篤丸。
彼を超えて歩みを進める戦士団のハケロはリュンクの方にも視線を向けた。
「勇敢な地方同盟の少年兵。
君にも思う所があるのはわかっている。
胸糞悪いだろ?すまんな身内のゴタゴタに巻き込んで」
「いや‥でも‥‥僕は」
「良いんだ。これ以上誰にも背負わせない。
こいつの命は俺が背負う」
「‥貴方は‥わかっている人なんだね」
「ああ、だから頼む
君も引いてくれ」
何も言い返せない。
この人は、リュンクが思う以上に
死の受容に覚悟を持っている。
この人がケサブロを殺す通りは揃っていた。
「‥‥‥でも‥わしは‥わしは引かんぞ!!!!」
それでも納得できないアツは、喰い下がらない。
「アツぅッ!!!テメェ!!
ブッ飛ばされねぇとわかんねぇのか!!!」
「やかましぃ!!!わしは理解できんのじゃ!!!
本気で殺しとう無いやつをなんで殺さないかんのじゃ!!!
道理もなんもかんもクソ喰らえ!!
わしはこいつを殺しとうない!!!
約束じゃとか筋だとか!!もう知らん!!!
わしはこいつを守るぞ!!!」
そして、遂に背負う武器に手を掛ける篤丸。
リュンクにもわかる。
それだけはダメだと。
「もう‥っ‥いい‥‥殺してくれ」
「っ!?」
掠れたカセットテープでも流れたのかと紛う程の声量、
顔面をバンバンに腫らし、地面で縮こまるケサブロの言葉だ。
「‥爺さんっ‥‥生きてて‥よかったなぁっ‥
お前等もっ‥ごめんなぁ‥‥」
「おめぇ‥‥」
足元で力なく言葉を絞り出すケサブロを見た篤丸は、
歯を強く食いしばった。
「こんな‥‥俺ばっかのせいでっ‥揉められちゃ
かなわねぇよ‥‥これだから‥この町の人間は‥嫌なんだよ」
「やかましぃ!!諦めんとおめぇも意地張れッ!!
爺さんと仲ようしよったろうが!!!
またあれやりゃええんじゃ!!!」
「無理言うなよぉ‥ひぃ‥ひぃ‥‥」
「泣くな!!男じゃろうが!!!」
「母ちゃんにもっ‥言われたなぁっ」
「当たり前じゃ!!!
おめぇ死んだらもう言ってもらえんぞ!!
なんでもええ!!諦めんと気張れ!!!」
「‥っ母ちゃん‥母ちゃん‥うっ!うあっ!!
うぁあああああああ!!!!
母ちゃんのコンクが食いてぇよぉおおお!!!」
遂に情けなく泣き出してしまったケサブロを見て、
篤丸も顔を真っ赤にして目尻に涙を浮かべ始める
「アホぉお!!!死に際じゃなし!!
無念なら足掻けやぁあ!!!
おがッ!?」
同じ男として見るに耐えないのか
ハケロは、無言で篤丸を殴ぐり飛ばした。
相当な力で殴ったのか、篤丸は地に伏して動けない。
そして、リュンクはハケロの瞳にも涙を見た。
どうしてこんなにも如何しようも無い事が起きるのか、
この複雑な不条理は、覆せないものなのか
リュンクには、もうわからなかった。
だから、ハケロの振り上げた大きな戰斧を止める事も出来なかった。
「今度は‥アンガフに生まれろよ」
小さく呟いたハケロの言葉は誰の耳にも入らず、
その行き先を見失う。
そして、ケサブロの脳天に向けて一直線に振り下ろされる戦斧。
ドダンッ!!!
硬いものを叩き割る音が広場に響く。
「おいおい。勝手やってんな〜えぇ?」
思わず目を瞑ってしまったリュンクは、
馴染み深いその声に目を見開く。
そこには、大木で斧を受け止めたオーケンが居た。
「オーケンッ!!!」
「よぉ。お前等思ったより足速いなぁ?
追いつけなくて焦ったぞ?はははは!!!」
「オーケン殿!
どういうつもりか!!
この男を庇うのですか!?」
オーケンの言動に軽はずみな印象を受けたのか、
ハケロは今にもその胸ぐらを掴みそうな勢いだ。
「どういうつもりかっていうのは、
俺のセリフなんだが?」
「何を!?」
「お前さん。
昨日の会議で何が決まったか知らないのか?
トフォン町長の決定でアンガフ決起隊は、
地方同盟の傘下に入ったんだぞ?」
「それがどうされたか!!」
「そこの代表は誰だか知らないのか?
地方同盟の全権限を仕切る代表は、
このオーケン・アクテオールだ」
いつものオーケンからは想像できない圧倒的な威圧感に、
いつもそばで軽口を叩くリュンクですら生唾を吞み込む。
「‥‥‥だが‥こいつはアマテオ兵、我らの敵ぞ!!」
「そうだ。こいつはアマテオ兵の捕虜だ。
俺は捕虜を殺してもいいなんて言ってないぞ?」
「‥‥オーケン殿。
事の運びを理解した上で申し上げたい。
そのやり方では、アンガフの民は納得しない」
こう言うのを鶴の一声と言うのだろうが、
ハケロが篤丸にも言った、すでに手を下してしまった者たちに対する
それを強要した側の責任はうやむやにはできない。
「う〜ん。それがな‥‥数が合わないんだわ」
唐突に繰り出されたオーケンの言葉に、
ハケロは面食らった表情をした。
「‥‥は?なんと?」
「だからな。数が合わないんだよ」
オーケンはそう言いながら、
黙って事の顛末を見守るアンガフ市民達をぐるりと見渡す。
「オーケン殿!!何が言いたいのかはっきりして頂きたい!!」
「ん〜お前さん。アンガフに残留していたアマテオ兵の暫定数を知っているか?」
「‥いえ‥」
オーケンは、ズボンの後ろポケットから
くしゃくしゃの紙を取り出すと、
無精ヒゲを擦りながらそれを睨みつける。
「これは、分断監視塔に残されていた資料を元に
うちの参謀部の奴らが導き出したアンガフに残留しているアマテオ兵の数なんだが‥
ここからアンガフで一掃されたアマテオ兵の数を引くと‥‥どうなると思う?」
「それは‥‥っまさか」
「合わないんだよ。殺されたアマテオ兵の数が。
どう考えても半分くらいは、まだアンガフに残ってる」
一気にざわつき出す野次馬達。
オーケンの言うことが正しければ、
アマテオ兵を匿っていたのはドダウ爺さんだけではなく、
それどころか現在進行形でアマテオ兵を匿っている人間が大勢いる事になる。
面と向かうハケロも唖然とした表情を捏ねて、
オーケンの立ち振る舞いを凝視した。
「なぁ‥お前さん。
本気で全員が命令通りに人を殺すと思ってるのか?」
「‥‥‥‥」
「反乱のゴタゴタに乗じる機会とはいえ、
仲の知れた人間を敵兵だからと割り切って殺せるって?
なぁ‥そこまでアンガフの民を卑下にしなくてもいいんじゃないか?」
その場にいる全員がオーケンの言葉に集中している。
いつもはアンガフ民の日常で喧騒に満ちている大通りが
信じられないほどの静寂に包まれていた。
「アンガフの民よ。
名乗りが遅れて申し訳ない。
俺の名前はオーケン・アクテオール
この度あんた方を庇護する地方同盟の指導者だ。
分断監視塔の攻略では、その余波で大変な迷惑をかけた。
でも、もう大丈夫だ。
うちには大量にアマテオ兵の捕虜がいる。
正直、全員持て余すんで後々全員解放してやろうと思っているんだが
多少、その量が増えたところで変わりゃしない。
それに‥アマテオ兵の格好をしてなけら見分けなんか付かんしな
しれっと民に混ざってもわからんだろうよ」
その言葉で市民の中でざわつきが起こる。
「しかし‥それでは内部に敵を持つ事になるのでは?」
誰かの言葉。
声の主はわからないが、それをあえてつまみ上げず
オーケンはそのまま返事を返す。
「信用してるのさ。
アマテオ兵をじゃないぞ?
あんたらアンガフの民をだ。
自分の身を危険に晒してまで匿う程の奴らが
その程度の人間なわけないだろう?」
「中には脅されている人も居るかも!」
「その件については、対策がある。
一軒一軒、家ごとに安否の確認を実施する。
もし様子がおかしいならすぐに分かる
一応、そういうのに特化した人材に用意があるんだ」
「それでも!もしもがあったら!?」
「その時は、俺の目と、あんたらの目が狂っていたと言う事だな。
俺も自信を恨むから、あんたらも自分を恨みな‥‥
だが、もしそんな野郎が現れたのなら‥‥」
ゾッと、周囲の空間が歪に冷える。
まるで冬季の凩にでも煽られたような感覚、
それはオーケンが放つ強大なプレッシャーだ。
「この俺が直々に命を弄んでやろう。
人並み以上の地獄を経験したこの身、
その責めが生半可なものだと思うな」
この威圧は、間違いなく今も潜伏するアマテオ兵に向けられたものだろう。
人混みの中で、数名が身じろぎしているのが見えるが
オーケンは見過ごすつもりだ。
「何はともあれ、これからはよろしく頼むぞ!
優愛で屈強なアンガフの民達!!」
その大きな声を発信源に、最初はまばらに肯定的な声が上がった。
そしてじきにそれは飛び火する業火の様に全体に広がり、
いつしか場に、勝ち鬨を連想さえる力強い歓声が響き渡った。
歓声を浴びて気恥ずかしそうに苦笑いするオーケン。
一連の様子を身近で見ていたリュンクは、
ただ、一つ思うのは、ただ誇らしかった。
もうダメだと、どうしようもないと匙を投げた不条理を、
瞬く間にどうにかしてしまうオーケンがただ誇らしくて
リュンクはアンガフ民と一緒になって大きく吠えた。
リュンクはジョラピオ医院で感じた名前が無かった感情、
言い表せない勇気じみた感情の正体を知る。
それは、オーケンのような人間になりたいと言う強い憧れだった。




