-【8-1】-【いつか】が【もしも】に変わる前に
リュンクは、簡易的なベッドに寝そべりながら
灰色の衣装を身にまとう人々が
手際よく器具を弄り回すのをボンヤリと見つめていた。
手慣れた手つきで組みつけ
展開される道具の数々は
どれも見た事のない物ばかりだ。
鼻を刺激する薬品の匂いに触発された海馬から
経験則による不安心が滲み出て来ては、
リュンクは、これから何をされるのか分からず
キョロキョロと落ち着きが無い。
「少しヒヤっとするよ」
そう告げた灰色服の人は、水分を含んだ大きな紙を、
リュンクの体を覆い隠す様に被せ、紙の端を鉄製の器具に挟み込む。
「な‥何をするの?」
「ああ君、動いちゃ駄目だからね?
含素紙が破けたらやり直しになるから」
リュンクの質問を捨て置いた灰色服の人は、
簡潔な注意を促しはするものの
こちらに構っている暇は無いのか
仲間と共にテキパキと作業を続けた。
アンガフの渓谷から帰還したリュンク達は、
暫しの休息もないまま問答無用でジョラピオ医院に連れ込まれた。
予め二人を迎える準備があったのか、ジョラピオ医院の中には、
ジョラピオ隊と同じ意匠の衣装を来た医療員が控えており、
彼女等の手によって為すがままに半裸にひん剥かれた二人は、
各々、別の部屋に連れて行かれ今に至る次第だ。
リュンクと同じく、異界事情に疎い篤丸が、
別れ際に見せた不安そうな顔が印象に残り
一層、現状に対する不安感を高める材料となっている。
「ほら、いごいごしないの!
しばらくじっとしてなさい!!」
「‥‥ぁい」
居心地の悪さからか、しきりに体制を変えるリュンクに
喝を入れた灰色服の人は、リュンクを放置したまま
仲間を集めて三人で何やら喋り始める。
「私はもう一人の施行に向かうよ。
欠員は‥‥見習いの子で埋めて良い?」
「問題ないでしょう。
測量値の勉強にもなりますから」
「あの‥すいません。
含素紙に含有させた原積水は適量ですよね?」
「ええ。問題は無いと思うけど」
「どうかした?」
「いえ‥保有原級素の値がちょっと‥‥
初期値でここまで上がるのは珍しいですから」
「ふーん?本当ね‥含素紙が不良品なのかも。
まぁ、他の値が出るまで待ちましょう
取り敢えずここは任せたわ」
「わかりました。
青線が滲み次第、お呼びします」
「ええ、お願い。
全く‥ネアキスが大怪我だの致命傷だの
大騒ぎするから北から飛んできたのに
かすり傷一つないじゃない‥ねぇ?」
「はは‥まぁ、無事に越した事はないですから」
場を仕切る灰色服の人が、小言を呟きながら部屋を出て行くと
残った人達は、無駄口を叩かず黙々と作業に勤しんだ。
おそらく例の紋術媒体の一種と思わしき
未知の機材達は定期的にボンヤリと発光し、
薄暗い医療室を様々な色に彩っている。
その摩訶不思議な光景も相まって
リュンクの不安心はグングンとボルテージを上げる。
リュンクは「せめて説明してくれれば少しは不安を拭う事ができるのに」と思ったが
恐らく聞いたところで、心持ちは、今とそう変わらないだろう。
この状況に、その昔、虫歯で通院した時の事を思い出す。
病院という場所は、どこも独特な雰囲気があり
ファンシーなイラストや清涼感のある植物で
ある程度緩和させようとしているものの
それ自体がミスマッチな違和感を醸している間は否めない。
特に、先生がカルテを見ながら説明する部屋で、
人体模型の真横に可愛いぬいぐるみを置くのはやめてほしい。
真反対の属性を持つ、それらの間にある空間には、
言い表せない淀みが発生している事だろう。
その淀みこそ病院の嫌な雰囲気の正体に思えてならない。
「リュンク‥だいじょうぶ?」
「!!?」
空想の混沌に迷い込むリュンクの耳に、
聞き覚えのある可愛い声が流れ込んできた。
他の人と同じく灰色の衣装の人が目端に映る。
ほぼ身体全体を覆っている衣装のせいで
リュンクには、そこに居るのが誰なのか
しばらく思案する時間が必要だったが
頭を覆い隠すウィンプルの隙間から濃い茶色の髪が見え
それをきっかけに記憶から該当の人物を導くことができた。
「あっ!アテテロ!!」
「あ、動かないで」
大きく反応するリュンクを宥めるように、
額に手の平を乗せるアテテロ。
小さく柔らかい手の平は、ヒンヤリとして気持ちがいい。
「大変だったみたいだね
また無茶したんでしょ?」
そのまま、頭を撫でてくれるアテテロに、
リュンクは嬉しい気持ちがこみ上げたが
つい先日、分断監視塔で自分の傷を癒そうと
グシャグシャの顔で必死になる彼女の姿を思い出し
何とも居た堪れない気持ちになる。
アテテロの心中にも、似たような感情があるのか
その表情からは、心配と不安が色濃く伺えた。
「アテテロ。滲みが顕著になってきたよ。
勉強する気があるのなら、しっかり見なさい」
「あっはい!よろしくお願いします」
灰色服の人に呼ばれたアテテロは、
飛ぶようにリュンクの視界から消え、
フンフンと頭を揺らし一生懸命に話を聞いている。
どうやらジョラピオ医院の人に指南を受けているようだ。
分断監視塔での作戦から、数日。
アテテロとデウムとはまともに会話していない。
アテテロは、あの日の事を乗り越えられたのだろうか?
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意図のよく分からない身体検査を数回施された後、
リュンクが医療室を出ると病院で言うところの待合室には、
腕組みして棒立ちするオーケンが居た。
「よぉリュンク‥‥ど‥どうだった?」
「いや‥どうもこうもないよ!
なんか濡れた紙を貼り付けられたり!!
人生ゲームの車に乗せるやつみたいな棒で突かれたり!!!
首の後ろにやたらと冷たい鉄球を乗せられたり!!!!
なんのこっちゃわかんないよ!!
マジで僕何されたの!?変な儀式の生贄の気分だったよ!!」
「はぁ〜‥‥そんだけ喚けりゃ問題ないだろうよ。
お前な、あんまり人に心配させるんもんじゃないぞ?」
「それは‥‥ごめんだけど」
「居ないから良いものの
ポルシィの耳に入ったら大変だったぞ?
主に俺が」
ポルシィの名前を出されると弱い。
沢山良くしてくれる彼女には、
あまり心配をかけたくはないもので、
ここは素直に反省せざるを得ないリュンクだった。
「ん?オーケン今『主に俺が』って言わなかった?」
「ぁ‥んん‥‥いやいや!
主に俺‥おも‥えー‥あっ!そう!!
オモニオ・レーガ将軍の言葉を思い出せって話だ!!
知ってるか?古の聖シーバで名将と呼ばれた偉人だぞ!」
「誰だよ!その打って付けの名前の人間!!
そんな人本当に居るの!?」
「居るさ!居る居る!いっぱい居るぞ!
あ!ほら!さっきそこ歩いてた人もそうじゃないか?」
「そうじゃないか?じゃないよ!!
出鱈目なこと言わないでよ!」
「やかましい奴め!とにかくだ!!
この件はポルシィに黙っといてやるから
今後はよく考えて行動するように!」
「ぐぬぬ」
どうにも悔しい気持ちのリュンクは、
この大男に一泡ふかせる方法はないものかと考えを巡らせる。
そういえば、この筋肉大男は
タバコと酒を混ぜたようなアダルティなのをかっ喰らって
アンガフ町長と嬉しげに宴会を開いていたはず。
あの一大事に酒盛りしてた奴が、
よくもまぁ大きな口を叩けるものだ。
先ほど口を滑らせた台詞から察するに
差し詰め、ポルシィと何かしらの約束をし
それを忘れていた事を悟られたくないのだろう。
そしてピピンと閃く。
「そうだね‥
オーケンの言う通りだ」
「お?聞き分けが良くて結構!
これで一件落ちゃ‥」
「きちんとポルシィに謝るよ!!」
「ぁ‥え?」
話の流れが向きを外れ、危険な方向に
向かいつつある事を察したオーケンは顔色を変える。
「い‥いや‥それは良いんじゃないかなぁ?
その‥ほら‥無駄に心配させても‥‥なぁ?」
「オーケンが、アンガフの町長と楽しくお酒飲んでる時に
オーケンが、進めたから街の探索に行って
オーケンが、酔っ払ってる時に危険なことしてごめんなさい。
ってポルシィに言うね!!」
「あ、ちょば!!ばば!!ばかたれ!
リュンクお前!それは違うだろ!!」
「いいや!これで行くよ!!
こう言うのはさ!正直に言わないと!!」
「ぐぬぬ!!お前‥ポルシィを使うのは反則だろ!」
痛い腹をピンポイントに突かれたオーケンは、
出鱈目すら思い浮かばないのか歯を食いしばっている。
「へっ」
リュンクは、望んだ通りの吠え面にご満悦だ。
「あっ居た!リュンク!!」
二人の攻防とは無縁な、
無邪気で明るいアテテロがやってきた。
「さっきはごめんね?
話が途中だったのに。
あ、オーケン様も来てらしたんですねっ‥
どうしたんですか?顔の皺が全部中心に寄ってますよ?」
「今オーケンはね、特効の技を喰らって悶えてるんだ。
でも気にしなくて良いよ自業自得だから」
「?よく分からないけど‥お大事に」
「アテテロ‥何も知らなくて良い。
な‥なぁ‥リュンク、晩飯に良いとこ連れてってやるからさ‥
それで手打ちにしないか?な?良いだろう?」
「へへっ!いーよ!」
アテテロは悔しそうにうなだれるオーケンを見て
首を横に傾けるのだった
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「もう一人のアンガフの子も、もうすぐ終わるって
私もこの後はケトアトに帰るだけだから一緒に待ってても良い?」
「うん!良いよ」
「へへ!ありがと」
待合室の椅子に腰掛けるリュンクとアテテロ。
オーケンは、二人の横に立っていたが
「すぐ戻るから大人しくしとけよ」と言い残しジョラピオ医院を出て行った。
アテテロと二人きりになってから
何を話したものかとまごつき始めるリュンク。
話したい事は沢山あるのだが、
どう切り出せば良いのか分からないのだ。
「まだ‥きちんとお礼を言えてなかったわね」
「‥‥あ‥えっと」
「分断監視塔で、みんなの命を救ってくれてありがとう。
リュンクが居なかったら‥‥私達みんな死んでたと思う」
「そんな事‥‥無いよ。
アテテロは生かすって‥アイツ言ってたし」
「私だけ生きてても意味ないよ。
デウムや地方同盟のみんな、
ケトアトのお爺ちゃんやお婆ちゃん、
私以外みんな殺されちゃうんだったら、
それは死んだようなものだもん」
分断監視塔ではリュンクも似たような事を感じた。
サルホーガを今殺さなければ
オーケンやポルシィの命も危うい。
何かを失う事への並々ならぬ拒絶感。
それは、あの時のリュンクを突き動かし
胸の中に潜んでいた【怨嗟】を稼働させた
とても強い原動力だった気がした。
「あの時ね、私、とっても情けなかったね
リュンクと違って何にもできなかった」
「そ!そんな事ないよ!!
アーテリスが最後に言ってたじゃないか!
アテテロのした事は無駄じゃ‥‥って」
リュンクは自分から出た言葉に詰まってしまう、
咄嗟にアーテリスの名前を出してしまったからだ。
彼女の話題こそ、リュンクをまごつかせ
話を切り出すきっかけを掴めなかった要因であり
また、アテテロと最も話しあいたい事柄でもあった。
「うん‥でもね。
それでもやっぱり何にもできなかって思うの
もし、私がもう少し紋術を勉強していれば
もしかするとアーテリスは助かったんじゃないかって」
もし‥もしも。
その単純なひらがな3文字を、
人は人生の中で何百回も繰り返し考える。
もしも、あの時。
もしも、あれしていれば。
もしも、そうだったなら。
物事の因果関係を知れ
行動の選択を意識で選べる人間だからこそ
その可能性に想いを馳せてしまう。
それがどれだけ無意味な事と知っていても
自己嫌悪してしまう事をやめられない。
「僕も‥同じだよ。
あの恐ろしい力の事、僕はあの時あの瞬間まで
何にも知らなかったんだ。
作戦への参加だって行きずりだったしさ
なんども繰り返し思うんだ。
もしも、あの細い通路でアーテリスが攻撃されるのを防げていたらって
そしたら‥ゼオや他の少年兵達も‥」
「‥‥‥」
「あ‥ごめん」
「謝らないでよ。
リュンクが悪いんじゃない
だって‥どうしようも無かったから
もう、どうしようも‥ないから」
「‥うん」
どれだけ【もしも】を追及した所で
過去は変えられない。
俯く二人、嫌な沈黙。
そして意を決した様なアテテロの瞳。
彼女には、それが分かっていた。
「だからね!見て!」
急に立ち上がり、リュンクの眼前で両手を広げるアテテロ。
アテテロを包み込む灰色の衣装は、
まだ主人に馴染んでおらず、
幼さの残る彼女の身体にはやや不釣り合いだった。
「私ね。いつかはジョラピオに所属したいなって考えてたの!
この戦争が終わって、落ち着いてから勉強して
戦争省のジョラピオ医療機関に入る試験を受けようって!
でも止めた!」
「‥うん‥えっ?‥止めたの!?」
なんとなく話の流れを察していたリュンクは、
肩透かしを食い、思わず突っ込んでしまう。
「うん!!待つのを止めた!
【いつか】が【もしも】に変わる前にやらないと駄目だって思ったから!
だから、何かを待って動くんじゃなくて、すぐにでもやれる事から始めようって!!
地方同盟のジョラピオ隊に所属する衛生兵としてじゃなくて
ジョラピオ医院の見習いとして頑張る事にしたの!!」
「院内ででっかい声出すんじゃないよ!!」
その時、医療室のある奥の部屋から、
先ほど場を仕切っていた灰色服の女性が喝を飛ばす。
「ぁあっ‥‥ごめんさいっ‥」
感情がこもる余り疎通の声量コントロールを欠いていたのだろう
アテテロは、恥ずかしさの余り顔を真っ赤にして半べそを欠いている。
少し間をあけて再び院の奥から声が響く。
「‥‥でも心意気はバッチリだよぉ!!
しっかりこき使うから頑張んなぁッ!!」
その声にハッと顔を上げたアテテロは、
涙をグッと堪え、鼻水とズズッと拭い、立ち上がる。
「はぁいッ!!頑張りますッ!!」
「よしッ!!いい声だねぇ!!」
その時、また別の声で
「院長静かにしてください」と聞こえたのをリュンクとアテテロは聞き逃さず
お互いに数秒感見つめあった後、二人して腹と口を抑えて笑った。
笑いが収まってから、アテテロは続けて言う。
「でね‥まだあるんだ。
ジョラピオで医療の経験を積んでからね
私、水の紋術師を目指そうと思ってるの!」
「水の紋術師?」
リュンクは、ジョラピオというのは
医療関係を指す機関の名前だと思っていたので
アテテロが最終目標として挙げた紋術師という職業に疑問を抱く。
「そう!私は生まれつき水の原級素に適合してるんだけど
ジョラピオの医療で行使するのは主に【活力の紋術】なの、
残念ながら私には活力の原級素とは適合していないから
使えても紋示2程度、でも【水の紋術】なら紋示3まで行使できるかも知れない
紋示3の【水の紋術】には治療の補助を行える重要な紋術があるの!」
紋示という言葉は、前に話した時も使っていたが
多分、紋術の難易度を示す言葉で間違い無いようだ。
アテテロの話を要約すれば、
直接治療を行える紋術は使えないが
それを補助する紋術は努力で得られる
そういう事のようだ。
自分にあったやり方で目標にアプローチしようとする
アテテロの直向きな人間性に、
リュンクは、ただただ敬意と関心を抱く。
「アテテロはね、本当に凄いよ。
僕なんかさ‥自分の事ばっかりで恥ずかしいな。
人を殺してしまった罪悪感や、
あの恐ろしい力を怖がるばっかりでさ‥
アテテロみたいに前向きじゃ無い」
「それは違うよリュンク。
これは私の生き方だから。
君には、君だけに選べる生き方があるんだよ
おんなじじゃなくても、もしも正反対でも良いんだと思うの。
それでもね、違う生き方でも私たちは同じものに守られているわ」
「同じものに守られてる?」
「オーケン様が言っていたの
私たちは何も奪われていないって
失った物は形を変えてここにあるって」
「失ったもの‥ゼオや、少年兵のみんな?‥アーテリス?」
「そうだよ。
私たちはこれから先
死んでしまった人達と一緒に生きていくの
ゼオや‥アーテリスと一緒
みんな一緒だから‥ずっと一緒だから」
アテテロの目尻から涙が溢れ、
リュンクの視界が歪む。
リュンクは思う、彼女の言う通りだと。
日常の隙間、言葉からの連想、
生活の節々でゼオやアーテリスの面影があった。
確かにリュンクの心の中には、
色んな形に姿を変えたみんなが居る。
リュンクは、心の中に渦巻き自分を罰するものの正体がようやっと理解できた。
今ではそれが慈しむべき魂の破片だとしっかりと認められる。
「ありがとうアテテロ。
今ね‥僕、すごく救われたんだ
うまく言えないけどさ‥」
「うん。
私もね‥人の言葉を借りないと上手く言えないけどね
でも‥上手く言えないけど‥‥だから‥ハグしても良い?」
「うん」
二人は、お互いを慰め、もしくは認める様に
また、同じ物を背負い同じものと戦う仲間として
硬く抱擁を交わした。
それから、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった
お互いの顔を見たあと、また、二人して笑うのだった。




