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WSS/1-異界冒険譚  作者: たかしモドキ
第7話「実にエッチである」
61/80

-【7-8】-実にエッチである





川のせせらぎが(かたわら)で聞こえ、

ささやかなリラクゼーションとして

河原を進むリュンクの精神を癒している。


熱を帯びて汗ばんだ体も冷える様な清涼感だ。


思い出せば、リュンクが河原に来るのは、

今年の夏場にザリガニを採りに来て以来の事、

穏やかな水面は、それだけで気持を安らかにする。


リュンクは、ここいらで休憩をとる様だ。


篤丸を背負い、暫く川下を目指して歩いたリュンクだが、

アンガフ市街へと続きそうな、そういう予感のする風景とは、

まだ出会えておらず、道のりはまだまだ長そうに見える。


出来る事ならば、日が暮れる前にはアンガフへと戻りたい所だが、

それを望むのなら、もっとがむしゃらに進まなければ難しい。


ところが、リュンクの足取りは、思いの外重い。


文字通り二人分の体重がリュンクの体に負担をかけ

彼の足腰を疲弊させている‥‥のかと思えば、

ところがどっこいそういう訳では無く問題は他にある。


普通に考えれば、子供が子供をおぶったままで、

舗装されていない地面を歩き続けるのは現実的でなく、

スタミナ容量の少ない体では、体力の限界は目に見えている。


だがリュンクにそれは無い。


紋印とやらの影響で、パワーアップしている彼の体は、

この程度では根をあげたりせず、やろうと思えば

篤丸をおぶったまま全速力で走る事も十分可能だ。


それにも関わらず、どうして悠長に休憩など挟みながら

自然の癒しを得ているのかと言えば原因は環境にある。


河原の丸石は、非常に不安定であり、

人を背負った状態で走ろうものならば、すっ転ぶことは請け合い。

更には、自然界の常識がリュンクの居た未界とは異なる事で

安全な道を選ぶのが難しくなっている。


言い得て妙だが、自然界における不自然な部分。


その一つ一つは小さな異なりでも、

それら全てに影響を受ければ、

歩くことすら集中力を有する。


詰まる所、この休憩の意味合いは、

体力の休憩ではなく心の休憩だった。


そうだとしても、ケトアトまでの山道を

一人で三日と半日歩いた事に比べれば

まだ人間と一緒なだけ百倍マシである。


たとえそれが大荷物となっていてもだ。


「あっ‥」


ふと、リュンクの前を見たことの無い昆虫が横切る、

トンボの様な、バッタの様な格好をした虫だった。


そう言えば、ケトアトまでの山道は、正確には一人じゃなかった。


「カナブンのやつ、メスブンと仲良くやっているのかな‥」


などとリュンクが考えている時、

視界の端で、一瞬、何かしらが(まばゆ)く光った。


「ん‥何だろう‥」


まるで、巨大な鏡に光が反射した様な現象だったが、

河原をぐるりと見渡しても、それらしいものは無く、

やはりこれも周辺に漂う薄い霧の仕業なのだろうか。


「そう言えば、前にもこんな事あったな」


蘇る記憶、それは家族でキャンプに行った時の事だ。


夜中の帰り道、霧の立ち込める山中で車を走らせていた父親が、

ヘッドライトが濃霧に反射して目の前が見えないと、

舌打ちをしながらイラつきだし車内が嫌な雰囲気になった記憶だ。


あまり思い出したくは無い類の記憶だが、

その経験から察するに、霧には光を反射する性質がある様だ。


上空を見上げると、渓谷の間に太陽を見つけた。


もう、昼過ぎだろうか‥確かに、陽は高く

霧に反射させるには十分な光量だ。


しかし‥篤丸を見つけた時の気配に始まるこの違和感の数々を、

どれもこれも霧のせいにするには無理がある。


「さっきの光‥あれは見覚えがあるな‥‥そうだ‥あれは‥」


視界に一瞬映っただけの光だったが、

自然光とも、人工光とも違う、

あの独特な瞬く様な輝き方に該当するのは一つ。


アーテリスが紋術を使った時の体を巡る光、

サルホーガが槍を放つ時に見えた光、

橋の上でアマテオ兵が炎を放つ前に見せた光。


各々、色合いが異ってはいるが、

あれらは全て同じ性質を感じた。


その共通点は明らかだ。


つまり、異界人が紋術を行使する際に見られる現象。


その紋術に付随した原級素(アブニア)が消費された時、

副産物としてあの光が生成されるのだとすれば‥‥。


今、この河川敷で、何者かが紋術を行使している事になる。


「誰かいるの!?」


自分の中で組み上げられた現実味のある仮説を、

真に受けたリュンクは、存在するかも分からない

敵対者に対して堪らず応答を求めたが

河川敷には、水のせせらぎと昆虫や鳥類の鳴き声以外耳に入らない。


先程と何も変わらず穏やかなものだ。


強いて違う点を言うならば、

自然音からリラクゼーションを感じる余裕が無くなった事だろう。


篤丸を、川岸から十分離してから、

周りを警戒する為、リュンクは竜剣を構える。


心臓がドクンドクンと脈打ち、

未だ正体の見えない相手を求め集中力が増していく。


リュンクはゆっくりと、先ほど光を感じた地点へ歩みを進め‥



ブワァっとした感覚を得た。



「あっ‥あ!?」


全身を覆う時間遅延、

それは、リュンクの身を自動で防衛する危機感知センサー。


時間遅延が発動したとなれば、

有害範囲に足を踏み込んだと言う何よりの証拠。


間違いなく、この河川敷には隠れて紋術を行使する者がいる。


「えっ‥えっ‥‥あっ?」


慌しく帽子のツバをあちこちへと向るリュンク。


彼の顔に強い焦りが見えた。



その原因は、この度の時間遅延が、

今までのものとは大きく異なっていたからだ。


暗いトンネル内で、発動した状況とよく似ているが、

これはもっと奇妙でどうしようもない。



正面から、右を眺めて、上を見つつ

左を視認し、下を確認してから振り返る。


「え?‥何だこれ‥」


360度、視界を振り回し、隈なくどこを見渡しても

自分に迫る危機を見つけられないのだ。


何も起こらない、ただゆっくりと時間が過ぎている。


「‥‥どこ‥‥どこから来るんだ‥」


焦るリュンク。


時間遅延が発動してから既に一分近く経過している。


時間遅延を会得してから今まで、

こんなにも長い間、遅延が継続した事はない。


また、それは絶えずリュンクの喉元を狙う脅威が、

すぐそばで虎視眈眈と潜んでいる事と同義だ。


しかし、いつまで経っても何も起こらず、

自分を害そうとしている存在の意図が読めない。


「くっ‥‥くそ!!どうなってるんだ」


この状況を例えるならば。


目に見えない何者かが、

いつでも剣を振り降ろせる姿勢のまま、

身動き一つせずにじっと自分を監視している。


そう言う事になる。


恐怖や痛みに耐性ができつつあったリュンクだが、

この状況には耐えられない程のストレスを感じた。


永延と続く緊張感に締め付けられる彼の精神の疲弊は著しく

このままでは、時間遅延自体がリュンクに対しての有害に成りかねない。



ガッチャ。



遅延世界にゆっくりと響く、

複雑な構造をした何かが稼働する音。


この音は、耳に馴染む。


既知のもので表現するのならば、

洋室のドアノブを回した時の音に近似している。


その音が聞こえた後、時間遅延は瞬時に解除され、

例の大きな「気配」が、ぐるりと素早くリュンクの周囲を回った。


理解不能。


得られる情報から、一切の推測を組み立てられない。


リュンクは、どの経験則にも属さない現象の数々を前に、

危機的状況にも関わらず、何も考えられず、

ただ、呆然と音のした方向を凝視するばかりだ。


彼の視線が集中する眼前、

空間がまっすぐな線として裂け始め、

ゆっくりとその範囲を横に広げた。


それは比喩に難しい光景により、

小難しい言い回しを止め平たく言うならば。


空間がドア状に開いたのだ。



「さあ、お散歩に出かけましょうね」


「─── !?」



空間に出現したドア。


そこから現れたのは、

奇抜な頭髪をした小柄な少女であった。


緑色に寄った瑠璃色の頭髪。

異様に見開かれた真っ赤な瞳。

日に当たった事の無いかのような白い肌と

それを包む濃紺のワンピース状の衣装。


この少女を印象付ける特徴の数々は、

河川敷に不釣り合いで視界がうるさい。


少女は、空間のドアを開けてから

見開いた目でじーっと、リュンクの方を見ているが、

限界まで開かれた大きな瞳には感情がなく、

その不気味さはフロエとの邂逅を彷彿とさせたが

焦点はリュンクの顔から若干外れており一向に視線合わない。


その理由はすぐにわかった。


何故なら空間に開いたドアから出てきたのが

少女の頭でも足でもなく、その手に持った杖だったからだ。


どうやらこの少女は盲目の様だ。


見た目、容姿、もはやその存在そのものが奇妙な少女、

これまで感じた様々な事柄は、全てこの娘が発端なのだろうか?


リュンクが身構えたまま様子を伺っていると、

少女は、杖を左右に揺らしコンコンと地面を叩く。


すると、どういう訳か、杖の先端から陶器の床が広がり始め、

瞬く間に、ドア周辺の地面を覆い隠してしまった。


少女は、陶器の床を叩き、安全を確認すると

ゆっくりとそこに足をつけ、丁寧な所作でドアを閉める。


再び稼働音を響かせて扉の口が塞がった後、

ドアは実態を取り戻した様に色付き初め、

やがて、豪邸の一角を切り抜いた様な、

美しい装飾が施された壁となる


装飾された壁は、次々に姿を現しては、

そのうちに、大きな立方体状の部屋がその場に出現した。


否、「どうやら出現した」と言うのは表現として正しくない。


それは現れたのではなく、元々そこにあったのだ。


何かしらの紋術により隠蔽されていただけで、

リュンクがここに来る前から、部屋はここにあった様だ。


一切予想だにしていなかった出来事の数々に直面したリュンクは、

今にも白目を剥きそうな程のパニックに襲われていた。


泡を吹きそうな緊張からの、失禁寸前の急激な緩和。


そのエベレストとマリアナ海溝にも等しい

環境の高低差に当てられたリュンクは、

常識の隙間からわよわよと滲み出す例のアレを留められない。


「こんにちはッ!!僕はリュンク!!!こんにちはッ!!!」


こうして、得体の知れない相手に元気な挨拶を飛ばすのは何度目だろうか。


更に、気が動転して脳死状態のリュンクは、いやらしくニヤニヤしながら

無意味に自己紹介を、挨拶で挟んで見せた。


リュンクが急激に叩きつけた「こんにちはのサンドイッチ」を受けた少女は、

大きく体を震わせ、両手を前へ集め縮こまる。


実に可愛いポーズだ。


「ああ、驚いた。お客様がいらしたのね」


癖なのか、少女は目線をやや下に向け薄い唇で笑った。


「嫌な気持ちにさせたのなら御免なさい。

 私、見ての通り目を患っていますので、

 本当に気が付かなかったのです」


丁寧な言葉遣いから、少女の健やかな行儀が伺える。


更に、少女は姿勢を整えてから、

ワンピースの右下端を手ですくい上げ、

口元へ当てながら深くお辞儀をした。


「ご挨拶が遅れました。ようこそおいで下さいました。歓迎いたします」


見た事のない挨拶だが、

礼儀のある行為なのは間違いない。


しかし、礼儀がどうだか知ったこっちゃないが

そんなにワンピースを捲ると太ももが見えて実にエッチである。


もう少しだけでも良いから生地を持ち上げてくれれば、その先にあると言う

バミューダトライアングルの謎が解けそうな気がするのだが‥‥‥

と、リュンクがそんな事を考えている最中、

一瞬だけブワァっと時間遅延が発動し、すぐに解除される。


「ッ!?」


リュンクは、再び辺りを見渡すが、

先ほどと同じく自分を害するものを見つけられない。


ただし、あくまでも雰囲気での話だが、

何者かの「嫌らしい目で見るんじゃない」と言う、

脅しめいた意思を感じさせる時間遅延だった。



打って変わり、こちらは雰囲気では無く

キチンと確認した信じ難い事実なのだが‥‥。



先ほどリュンクが辺りを見渡した際に、

一瞬、篤丸を視界に入れたのだが

瀕死で気絶しているはずの彼が、

苦痛に耐えながら満身創痍の体を引きづり

目をひん剥いて少女のワンピースの中を覗いているのを目撃した。


篤丸は、口を開けたまま鼻の下を伸ばしていたが、

リュンクの視線に気付くと、一瞬「まずい」と言う顔をして、

わざとらしく歯を食いしばり、苦痛に顔を歪ませてから

ゆっくりと気絶していた時と同じ姿勢に戻って動かなくなった。



リュンクは、「おい、どエロ武士。其処元は見たぞ。あとで覚えとけよ」と思った。



「もしかして‥」

「はい!?」


まさか、いやらしい目で見ていた事に気付かれたのでは!?と、

何かを悟った様に始める少女に狼狽(うろた)えるリュンク。


「うふふ。気になりますよね?」


「え!?」


気になる気になる気になるが、

唐突にそう問われては、頷き辛いものがある。


「名前は、ミュニケと言います」


「え?‥‥あ‥あぁ。うん。よろしくミュニケ」


「‥‥‥‥」


沈黙するミュニケ。


何やら引っ掛かりの多い会話に違和感を否めないが、

そこは気にしても仕方がない様に思えた。


類い稀なるシュチュエーションで登場した

このミュニケという少女から違和感以外の要素を探す方が困難だろう。


「ほら、挨拶しなくちゃ失礼でしょう?」


「‥ん?あ‥うん。僕はリュンク」


「ほら。お客様も挨拶して下さったのだから、

 恥ずかしがらずにしよ?良い子だから‥ね?」


「ん?ん?んん?」


何やら独り言を喋り始めたミュニケにたじろぐリュンク、

合わない目線も相まって、少し怖い。


「もう!あまり我儘な事を言うと、

 もう耳の裏をサワサワしてあげないんだから‥良いの?」



何かおかしい。

リュンクは、嫌な雰囲気を感じた。


全身が粟立ち、背筋に冷たい緊張が走る。


リュンクの生存本能が、この嫌な感覚の正体を模索し、

似た様な経験をシミュレーション演算した結果、

彼の脳裏に蘇ったのは、あのサルホーガ・イデラケウスだった。


ようやく思い出した。


この吐瀉しそうな感覚はプレッシャーだ。



「改めてご挨拶させて頂きます。ミュニケと、ゲェスポッドです」



ミュニケの言葉の後、まばたき一瞬。


それはいきなり視界に現れた。


「うぁッ!!」


馬の骸骨を模した様な頭部に、

山吹色の巻角を生やし

濃い灰色の体毛で全身を覆う

身の丈三メートルを超える巨大な四足歩行の化物が

まるでミュニケを囲い守る様に鎮座している。


ゲェスポッド。


それがこの化物の名前なのだろう。


この河原に来た時から感じている気配の正体と、

リュンクに時間遅延を起こさせたのは、

このゲェスポッドで間違いなさそうだ。


リュンクは確信する。


この化物は、他の生物とは格が違う。

絶対に、戦いを挑んではならず、

敵対してはいけない存在だと。


ゲェスポッドは、感情のない瞳で見下す様にこちらを見ている。


その周囲には、キラキラと光る霧が漂い、

輪郭は、ややぼやけてはっきりと見えない。

もしかすると、今まで河川敷で見ていた霧の様なものは、

全てこの化物の一部、もしくは紋術の一環なのかも知れない。


何にせよ、河川敷を覆い尽くすほどの影響力を持つのなら、

その範囲内に居るリュンク達は既に詰んでいる。


「うん‥うん‥‥え?‥まぁ珍しい

 どうやら貴方様とお話がしたい様です。

 どうか、応えてあげくださいな」


どうやら、ミュニケとゲェスポッド間では、

会話が成立している様子で、彼女の言葉の後、

それを裏付ける様にゲェスポッドがその鼻先を近づけてくる。


それは、リュンクからしてみれば、

サルホーガが和やかに握手を求めているのと同じ事なので、

警戒して後ずさったが、この状況を覆すやり用も無いので、

やがて恐る恐るそれに応じた。


「う‥‥」


頭の中がジンジンとする。


リュンクは、再び頭の中に干渉される感覚を味わ得る、

これはフロエが行使した【画送】に近い感覚だ。


『お前は、紋印持ちか‥』


疎通の紋術とは異なる方法でリュンクに意思を伝えるゲェスポッド、

こんな回りくどい方法をとる理由は、想像に容易い。

この会話をミュニケに聞かれたく無いのだろう。


『その命を見逃してやる』


先ほどの質問に対し、リュンクが怯え何も答えないでいると、

ゲェスポッドはそんな提案をしてきた。


わずかに緊張が解ける。


これ以上ない有難い申し出を受け、

リュンクは大喜びで答えようとしたが、

それを遮る様に再び化物は喋り始める。


『と、提案しようと思っていたが‥‥これは‥まさに規格外だな。

 勘違いも甚だしい』


ドキッとするリュンク。


話の流れがマズい方向に流れている気がする、

サルホーガの時も似た様などんでん返しがあったからだ。


『言い直そう』


その言葉に固唾を飲んで傾注するリュンク。



『どうか』



『どうか命だけは見逃してくれないだろうか?』



デデーン!!!と、古臭い効果音を鳴らして

ズッコケてしまいそうになるリュンク。


よくこの状況でとんでもないボケをかますものだ。

明らかに自分よりも巨大で強大な相手に命乞いされる言われはない。


「マジで勘弁してよ!!そんなボケに乗っかれるほど僕は器がでかくないのさ!!

 最初のであってるよ!!何もしないから見逃してよ!!」


『見ての通り、この娘は全盲なのだ。

 俺が居なければまともに生きる事すらままならない身、

 即ち、この命を差し出す事も出来ないのだ。

 こんなわがままが通るとは思えないが‥‥頼む』


ゲェスポッドは、大きな頭を地に伏せ

服従する様な格好で重ねて言う。


『どうか‥慈悲を』


「うおおお!!どんだけ腰が低いんだよ!!

 お前自分の体見た事あるの!?

 僕なんか一撃でペシャンコだよ!!!」


このペシャンコと言う言葉、

イメージの中では、洋物アニメの様に

ペランペランとなって漂う様なニュアンスだが、

実際は、内容物を撒き散らして圧死する事になるだろう。


『本気で言っているのか?』


「当たり前だよ!!」

 

その時、口調が強くなったリュンクを見て、

ミュニケが申し訳なさそうに喋りかけてくる。


「あの‥ごめんなさい。

 この子が貴方様に何か失礼な事を言ったのでしょうか?」


「あ、いや。怒っているわけじゃないんだ。

 えっと‥なんと言うか。

 そう!楽しいお喋りについつい白熱しただけだよ!」


「そうですか。

 それなら良かったです。

 この子が私以外の人と話すのが珍しいもので。

 それにしても貴方様はいつお屋敷に来られたのですか?

 私は全然気がつきませんでした」


「‥‥お屋敷?」


お屋敷。


それは特定の家屋、特に豪邸などを指す形容詞だと

リュンクは理解していたが、別の意味合いがあるのだろうか?


そういえば、ミュニケは最初から歓迎するだの、ようこそだの

どこか、この河川敷が自分の住まいかのような言動が多かった。


百歩譲って、河川敷に住んでいるとしても

「お屋敷」と言う言葉の意図が掴めない。


『紋印持ちよ』


「な‥なに?」


『もし。見逃す旨、本心であるならば、

 俺たちへの干渉はお断り願いたい』


丁寧な言葉の裏に

「これ以上関わるな」と言う

強い拒絶を感じる。


『俺たちは世界の営みから外れた場所で生きている。

 今後いかなる迷惑も貴公に齎さないと約束しよう』


「それは‥願ったり叶ったりだけど」


リュンクは「望むところだ!!」と吐き捨てたい所だが、

何か、少し引っかかる部分がある事も否めない。


『どうか、この事は忘れ、他言無用にしてくれれば助かる』


昔、本で読んだ外国の諺で「好奇心は猫を殺す」と言うのがある。


伝説上に置いて九つの命を持ち死にづらいとされる猫でも、

好奇心を起因とする行為により、死んでしまう事があると言う意味で、

リュンクはそれを思い出していた。


本能に準ずるなら目の前の生物は、

敵対すれば必死な程の強者で、

命辛々に勝利をつかんだ、あのサルホーガに匹敵する相手。


本の少しの違和感で、関係を拗らせるのは正に諺のそれである。


「うん。僕はそれでも構わないよ

 そもそも偶然立ち寄っただけなんだ」


『感謝する』


そう言うや否や、ゲェスポッドは再び消え失せ。

直後ミュニケは、顔をあげ、フンフンと頭を揺らし始める。

何やら二人の間でやり取りが行われているのが伺える。


「ええ。うっかりしてたわ。それもそうでしたね」


何かを思い出し納得するミュニケ、

どうやらゲェスポッドが何やら提案した様だ。


「貴方様。飲み物も出さずに失礼しました。

 すぐに用意させますので少々お待ちくださいね。

 サルマさん?居ませんか?サルマさん?」


ミュニケは誰かの名を呼びながら川上に向けて歩き始める。

彼女が歩くと、その先に陶器の足場が伸びて彼女の歩く道を整えている。


あの陶器の床も、ゲェスポッドの仕業で間違いなさそうだ。


彼女が場から離れると、

やがて目の前にあった立方体の部屋は、

見る見る内に光る粉になり消え去り

霧と化して彼女の歩いていった方向に消えた。


飲み物を用意すると言った彼女が、

それをもってここに現れる事はもう無いだろう。


「そうか‥‥お屋敷って‥」


もしかするとミュニケの中では、ここは屋敷の中なのかもしれない。


その足が地に着く前に床が現れ、

戸や壁、部屋まで再現できる紋術。

彼女の言動からは、給仕なども再現されている様で

その他に屋敷として在るべき要素が全て用意できるとするならば、

目の見えない彼女が、そこが幻の屋敷だと気づく日はくるのだろうか。



「‥‥ミュニケとゲェスポッド、一体何だったんだ?」



リュンクは、伝説も神話も実在するこの世界における

その秘密の一端に触れた様な気がした。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


彼女らの後ろ姿を見送り、

竜剣を鞘に収め額の汗を拭ってから

リュンクは、ようやく落ち着けた。


「さて」


リュンクは篤丸の元へ歩き、その場で膝を折る。


その顔面を圧の乗った目で睨みつけたが

篤丸は白々しいほどの真顔でピクリとも動かない。


「おい。もうそう言うの良いから、とっとと起きな」


流石にそんな誤魔化しが通る訳もなく、

遂にリュンクは篤丸の顔を小突いて起こす。


「‥‥む‥‥やや!!なんと!!これはどうしたことか!すっかり気を失っていた!!」


もう、誤魔化せない所まで来たと悟ったのか

篤丸は見え透いた演技で「今目覚めたんだが?」感を演出している。


「うるせぇよハゲミソ」


「‥‥其処元よ。鉄橋での戦いはあっぱれだった」


「やかましいわ!」


「さてさて!みんな心配しとるわ!急いで戻らんか!?

 のう!其処元よ!!」


「篤丸が女の子のスカートを覗くなんてな〜

 みんなびっくりするだろうな」


「‥‥‥」


オカメの能面を彷彿とさせる

形容しがたい表情で押し黙る篤丸。


「‥‥‥」


「‥‥‥」


「‥‥‥で?‥何色だった?」


「‥‥‥それは‥ヒラヒラとした黒い召し物よ」


二人は、しばらく沈黙して見つめ合い、

互いを賞賛する様に右の拳をぶつけ合った。


全くこれで万事解決、男達に言葉は必要なかった。

設定資料にキャラクターを追加する予定です。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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