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WSS/1-異界冒険譚  作者: たかしモドキ
第7話「実にエッチである」
60/80

-【7-7】-僕の事、うんちか何かと思ってない?

【四方国家クァトロ】はキンビニー地方から遠く東南へ、

その名の通り、四つの大陸に分断された国家である。


この惑星の中央に位置し、古い時代から現代に至るまで

異界社会の中枢としての立場を保ち続けてきたクァトロには、

この星の秩序を管理、調整する機関の集合体である【異界管理局】が存在する。


【異界管理局】は、賢者や神官、巫女、僧侶などで構成され

その頭領である賢者長は、異界等級概念上では最も高い位とされる。


【異界管理局】は【四方国家クァトロ】の南方大陸に穿(うが)たれた大穴、

この星の核に最も近い【大空洞】の中に拠点を持ち、

5つの省と、その部署棟で構成された、その本拠地は【異界核神殿】と呼ばれた。


その省の一つである【紋術省】では、

この異界において生活基盤である紋術の管理を担っており

その職務の為、高度な技術力で世界中に張り巡らされた

原級素(アブニア)を測量する紋術装置によって異界大気中に含有する原級素を調べる事ができた。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


【紋術省】に所属する人間は、日夜、原級素(アブニア)の測定値と睨み合う日々を過ごしている。


「ん〜?これ何だったかな〜えっと‥」


紋術省の部署棟は、その機能故に特に大きく

内部には厳重な鋼板で補強された紋術回路が張り巡らされてる。


その紋術省部署棟内でも、特に混沌としている【原級素測定部】の中で、

巫女であるルンルンテは、ロール紙の一端を握りながら両方の眉を互い違いに歪めていた。


彼女が見つめるのは、原級素測量表と呼ばれる

異界全土の大気を視覚的に表したもので、

紋術省の機能を足らしめる重要な情報群である。


「う〜ん?‥‥これがね〜困っちゃっても

 何でもかんでも神官に聞いてちゃ叱られちゃうんだから理不尽よね〜」


ルンルンテは、ボサボサの髪の間に筆記用具を差し込んでは、

独り言をブツブツと言うと、机に散乱した分厚い書物をペラペラとめくり、

原級素測量表に記された記号の数々を紐解こうと試みている。


「あ〜これは、怪異の紋印と班見の紋印の残留原級素(アブニア)

 確か‥保有しているのは、最高神の神官様だったはず。

 ん〜?神殿神官が紋印を使うなんて珍しいこと‥‥

 それに原級素(アブニア)の濃度にも偏りがあるし、神殿から移動しているのかな?」


測量された情報から、その内容の意味する所をロジカルに解く彼女は、

最近、等級を昇格した新参巫女で、ぽややんとした性格とは裏腹に倫理的な思考を持っている。


「ん‥‥これは昼光の原級素(アブニア)ね‥

 この原級素の消費は珍しい‥‥昼光の紋印を保有するのは‥‥ん?」


情報群から不明瞭な情報を読み取ったルンルンテは、

頭ごなしに叱られるのも癪なので、部屋の天井を見つめながら

自分の知識でどうにか事無きを得られないものかと思案したが、

いくら情報を咀嚼しても味がしてこなかった。


「仕方がないなぁ‥あの人に頼ろ〜」


分かり易く不服そうにうな垂れてから巫女ルンルンテは、

連なる測量標の一部を刃物で切り取ると足早に部屋を後にした。


部屋を出た先は驚くほど広大なロビーとなり、

彼女が退室した部屋と同様の扉が五万と立ち並ぶ様は圧巻、

その全てが【紋術省】の【原級素測定部】なのだから驚きである。


ルンルンテ巫女は、ロビーにごった返す人波に対し

果敢に小さな体を潜り込ませては、

泳ぐ様に人を掻き分けながら大急ぎで目的の部屋へ入ると

運動不足を裏付ける様なヒィヒィと上がる息をして

ドアの隙間から恨めしそうにロビーを睨むと

「ちぃさいってのは罪とでも言うの!?」と憎まれ口を叩いた。


心音を常時と等しく戻したルンルンテが

部屋の奥へと歩みを進めると室内の中央で

機材と同化した様に測量標と睨み合う痩けた男が見えた。


「ボルボン神官、指南お願いします!」


「ん?‥‥ルンルンテ巫女か‥

 あいあい‥ちょいっとお待ち‥‥」


神官と呼ばれたボルボンと言う男は、

いつ洗濯されたかわからないデロデロの

神官服に身を包む不衛生な痩せぽっちだが、

見方によっては無精髭の似合うナイスミドルとも言えた。


「あのね‥ボルボン神官、単刀直入に言って臭いますよ?この部屋」


「ん〜単刀直入に言うね〜ルンルンテ巫女は」


「いえ。勘違しないでくださいね?臭うと言ったのは部屋の事で、

 ボルボン神官の事じゃありませんからね?」


「んん〜‥この部屋の臭いは、僕の体臭だよ。

 つまりこの部屋は拡張された僕自身って事だね〜

 はははは!!ルンルン辛辣ぅ〜!!」


そう高笑いした後で、ルンルンテの冷えた眼差しを受けた神官ボルボンは、

「体臭ってストレスで濃くなるらしいよ?」などと言い訳じみた事を言いながら

彼女の手渡す測量表を手に取ると、くすんだ眼鏡の様であった双眼を、

カットされたダイヤモンドの様に研ぎ澄ませ内容を確認し始める。


「最高神の神官様達が動いているのも気になりますけど〜

 ここの‥ほら!ここです!昼光の原級素が消費されているの‥珍しくないですか?」


「ん‥神官様の報告は聞いているから問題ないけど‥

 昼光の紋印か‥‥昼光の女神の保有する紋印だね‥

 あの連中がまた何かしてるかも‥‥諦めが悪いけど

 ‥なんとも気の毒な気もするね」


彼らの様に、日々、数値の羅列と対峙していると、

一般人から見ては、ただの文字でしかない情報体から

感慨を読み取り(おもんばか)る事は、しばしばある事だ。


一種の廃人である。


「昼光の紋印は、未知な部分も多いけど

 この程度の消費原級素(アブニア)なら、レギュラーなものだよ

 少し前にも、これと同等の反応があったしねぇ。

 気にしなくて良いんじゃないかな?」


「ですよねぇ〜私もそう思いました!」


「んん?それじゃなに?わざわざ僕のとこまで来て‥‥

 なんだい‥人恋しくでもなったのかな?

 人の体臭まで弄って〜可愛いとこあるじゃないルンルン」


「いえ。ボルボン神官は質問しに来ても怒らないので」


「あ‥そう」


「と言うのも、聞きたいのはそっちじゃなくて

 こっちの測量表なんです!」


ドライな対応と淡白な問答でセクハラを回避した巫女ルンルンテは、

手に持つもう一枚の測量表を差し出したが

それを手渡す瞬間、流れる様に自然な動作で神官ボルボンの足を踏んだ。


「いててっ!‥‥ねぇ‥‥ルンルンテ巫女はさぁ‥

 僕の事、うんちか何かと思ってない?」


「やだなぁ‥排泄物は踏みませんよ?私」


「酷い言い草だよこれは‥‥怒らないのと、怒れないのは違うんだけどなぁ‥‥

 んん‥まぁいいや‥‥さて‥何がルンルンを困らせてるのかなぁ〜どれどれ‥」


情けない悪態をついてから測量表を見つめた神官ボルボン、

情報の解読をし始めた事を見計らってから巫女ルンルンテは、

指差しながら質問をしていく。


「気になったのは、この【未知原級素1】の部分なんですけど‥」


「ああ〜それの事かぁ‥研修中に教わったと思うけどさぁ

 【未知原級素1】と【未知原級素2】は、気にしなくて良いんだよ」


巫女ルンルンテの質問に神官ボルボンは、

瞬時に測量表を読み解くのを止めた。


どうやら質問の根本からして、これ以上の読解は無意味だと考えた様だ。


「いえ、そうなんですけど〜気になっちゃって

 結局これ何なんですか?」


「まぁ‥深くは言えないんだけどさ

 【神関省】との約束があるから惰性で計測してるだけでね、

 【未知原級素1】を源泉とする紋印はもう存在しないんだよ。

 だからね、少しづつ減り続けていつか消えてしまう儚い原級素なのさ」


「う〜ん?いえ‥でもボルボン神官」


「ん!ん〜!ダメだよぉ〜これ以上は言えないからね!

 僕にも守秘義務とかあるんだからさ!」


「いえ‥その減り続ける原級素が増えてるんですよ」


「‥‥は?‥見間違いじゃなくて?‥‥」


そう言いながら表に目線を戻した神官ボルボンは、

険しい顔をしてから徐々に顔色を青ざめさせた。

先程までのおチャラけた余裕はもう見えず、

本来その役職が持つ厳格な印象を取り戻した様だった。


「これはあり得ない‥破壊の原級素が増えている」


「破壊の原級素?」


「計測地はどこだ?」


「あ‥えっと‥キンビニー地方です

 濃度傾向まで測量できないので正確な場所までは」


「キンビニー地方か‥‥5年前にアマテオ帝国が侵略した土地だな‥

 そう言えば‥昨今、キンビニーで不特定多数の原級素の消費を確認していた‥

 ウニウラで行われているアマテオの紋術研究の影響だと考えていたが‥」


「アマテオ帝国‥‥最高神の神殿のあるアケマ地方の統治国家ですね。

 武力国家として‥結構無茶な進軍をしているみたいですけど、

 よく【戦争省】が見過ごしていますね?

 ん?あれ?‥と言う事は、そのアマテオ帝国が、

 その破壊の原級素を生成する紋印を保有したと言う事になりませんか?」


「それは違う。破壊の原級素を生成する紋印は‥‥っ」


神官ボルボンは、失言を抑え込む様に口元に手を当て渋い表情を捏ねた。


「ボルボン神官?」


「これは‥‥未曾有の予兆だ‥

 ‥‥アマテオ帝国は禁忌の紋術に手を付けたのか‥‥

 もしくは‥破壊の神を蘇らせようとしてるのかもしれない」


「破壊の神?‥‥そんな事できるんですか?

 【神関省】や最高神様を出し抜いて‥トトジトト様だって居るのに‥」


「普通じゃあり得ない‥‥でも今は‥‥」


言葉を言い終わる前に、ガタッと席を立った神官ボルボンは、

測量標を懐に仕舞い込み、急いで扉の方へと歩み始める。


「ボルボン神官?どこに行くんです!?」


「ルンルンテ巫女、この事は内密にお願いする。

 いらぬ憶測など飛ばされては、大変な混乱を生む」


「それは承知してますが‥これから【神関省】に行かれるのですか?

 急な出向きは‥それこそ混乱を生むと思うのですが‥」


「いや‥これから僕は、【紋術省】の守護者

 意識の神オゲリア様を拝見しに行く」


「な!?何を言っているんですか!!

 【神関省】の許可もなく神族を拝見するなんて!

 離職では済まされせんよ!?下手をしたら【断罪録】に違反して‥」


「【神関省】は今それどころじゃない」


「どう言う事ですか?」


「現在【神関省】は最高神との営みを絶っている。

 【神関省】だけじゃ無い。【戦争省】もだ‥この意味がわかるか?」


「最高神とトトジトト様との営みが絶え二省が機能を失う意味‥‥

 え‥待ってください!!それじゃ【断罪録】は!?」


「そう言う事だ‥」


「嘘でしょ‥‥」


巫女ルンルンテの顔から汗が噴き出す。


ヨロヨロとその場で腰を抜かし、

とても若年の女性とは思えない顔で狼狽した彼女に、

神官ボルボンは、腰を落とし続ける。


「異界は、人類が歴史を得て以来の危機にあるのかもしれない。

 僕も、先程までは神族間の問題だと楽観視していたが‥

 君の持ってきた測量標で認識を改めた。

 【断罪録】が機能不全を起こした今、異界は無法地帯。

 もしその事実が異界全土に広まれば‥秩序は消失するだろう」


「いったい‥この異界で何が起こっているんですか?」


「わからない。ただ、確信めいて言える事は、

 件のアマテオ帝国が、深く関わっていると言う事だ。

 件の【未知原級素1】への干渉や【戦争省】を無視した進軍

 【断罪録】違反のオンパレード。こちらの事情をわかってやっているとしか思えない」


「でも‥いくら武力国家として名を馳せていても、神族が絡んでいる以上は、

 人がどうこうできる領分を逸脱していますよ‥」


「人の領分か‥‥アマテオ帝国のセースイ皇帝は齢千年を超える紋印持ちだ。

 もはや人間という言葉は役不足かもしれない」


神官ボルボンは、おもむろに立ち上がると、

汚れた神官服を脱ぎ捨て入り口付近に置かれた木箱から、

鮮やかな文様で彩られた仰々しい神官服を取り出し袖を通す。


「いいかい、ルンルンテ巫女。

 僕らは神族の下僕だ。

 でも人類は神族の奴隷じゃない。

 神族と共存するのならば、受動的に応じるだけでは駄目なんだ。

 そしてそれが出来るのは、神々と対話できる我々だけだとするならば

 やぶさかにはできないだろう?」


「神族と対話して‥それからどうするんですか?」


「‥‥最悪の場合‥【英雄省】からあれが発令されるかもしれない」


「そんな‥‥そんな事になったら異界は‥そうだ!

 こんな時に現れるのがオミガジモンでは!?」


「オミガジモンの英雄軍か‥そのような伝説に縋れる程、現実は甘くはない。

 未曾有の危機には、それにふさわしいカードを切るしかないんだよ。

 そうならない為に、僕は全力を尽くすつもりだ」


ただ現状を受け止めるだけで手一杯のルンルンテ巫女には、

そう言い残し、部屋をさった神官ボルボンの背中を、

ただ見つめる事しか出来なかった。


パリっとした神官服を纏い、肩で風を切る神官ボルボン。


その姿を見た同僚の神官達は、普段とかけ離れた彼の身なりに

足を止めたが、変わらず放たれている異臭によって

皆、安心した様に鼻をつまんだ。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「‥‥ん?」


リュンクは、全身が湿った時の不快な感覚で目を覚ました。


汚濁した水が放つ特有の匂いが鼻先にあるのを感じ、

反射的に、勢いよくその場に立ち上がろうとしたが

上手く踏ん張れずよろけて、再びその場に倒れてしまう。


地面を確認すると、足元は艶めいた丸石ばかりで、

ここで踏ん張っては不安定になるのも頷ける。


状況が読めない。


リュンクは、ボヤけた記憶を辿りながら

辺りを見渡すと、流れの速い河川の岸にいる事に気付く。


彼の周辺には、太い木材の破片や、まだ葉の生きた木々の枝が散乱し

上を見上げれば、霞むほど遠くに鉄橋の裏側が見えた。


「‥あそこから落ちたのか‥」


記憶の断片、炎の巻き上がるアマテオ兵との戦闘や、

竜剣の斬撃で吹き飛ぶ死体の腕の光景が蘇る。


どうやらあの戦闘の果てに、

南アンガフと北アンガフを隔てる崖に落っこちた様だ。


しかし、それにしては体に不調がない。


まるでさっきまで、ぬくぬくの布団と

柔らかいベッドで寝ていたかの様な爽快感。


全身が湿っていなければ、実に気持ちのいい目覚めだ。


自分の体が不死身に近い状態であるのは分かっているが、

それと落下時の負傷が無いのとは別問題のはず


「いや‥違うか」


もしかすると、負傷が無いのではなく

既にその負傷が治癒した後なのかもしれない。


そう思えば、全身の骨がグジャグジャになった

自分の体を想像してリュンクは気分が悪くなった。


「‥‥あ!!そうだ!!!」


なんのきっかけか、唐突に脳内のピースが埋まり

リュンクは、鉄橋から落ちるまでの経緯をはっきりと思い出す。


「篤丸は!?」


記憶の中で運命を共にした筈の同郷の友、篤丸を探さなければ。


しかし、記憶を取り戻したリュンクは、

篤丸が既に絶命している事を知っている。


それでも探さずには居られなかった。


本当に、絶対、100%死んでいるとは、まだ限らない。


リュンクは、そうやって現実逃避と希望的観測を繰り返しながら

流木や枯葉を掻き分けて篤丸を探した。


そうならざるを得ない程に、篤丸の存在は大きかった。


訳も分からず連れて来られた異世界で、

ようやく出会えた同じ境遇の人間だったのだ。


経緯や時代こそ違えど、

同じ世界からやってきた篤丸に

様々な期待を持つのは当然の事。


どれだけ存命の可能性が低くても

無慈悲に転がる遺体でも見ない限りは、簡単に諦められない。


リュンクは、河川の流れが速いことを考慮し、

下流へと流された可能性が高いと踏む。


日々、山の中を生息地としている

田舎ボーイの勘がここで生きた。


足を進める方向を決めてから下流方向へ進んでいると

河川のど真ん中に、一際太い木材が引っ掛かっているのが見え、

更にその木材の端に突き刺さったままの竜剣を発見する。


河川の真ん中という、注目を集めるスポットに佇む竜剣、

その色合いも、造形も周りの景観を著しく損ねている。


自分の所有物を見つけた嬉しさや、

少し前、その造形に助けられた事実よりも先に


リュンクは「どういうシュチュエーションで見てもクソダサいな」と思った。


よく見れば、その木材に引っかかる形で

様々な物がその場に留まっており、

その中に件のアマテオ兵の遺体らしき物を見つけた。


それを見た印象が不明瞭で曖昧なのは、

そこらに散らばるそれ等が殆ど人の形をしていなかったからだ。


例えば上半身の一部と思われる体の一部は、

冷水に晒され血の気のない白い色をして

いったいどこの部分なのかよくわからない。


高所から落ち、崖を転げ落ちた人体が、

どういう経緯でこうなるのか想像するのが難しいが

リュンクは、それを見ても慈悲の気持ちは湧かず

感慨の代わりとして気持ちの悪さだけを感じた。


そこを中心として、周りを見渡すと

同じ様な状態の人体が、所々、点在しており

見るものが違えば阿鼻叫喚の光景だが、

リュンクの感情は、それに対して如何なる反応も見せない。


これが、怒りによるものなのか、

感情の欠如によるものなのか真意は分からないが、

まるで心が鋼鉄の塊にでもなった様だ。


「ん!?」


リュンクは動体の気配を感じその方向に傾注する。


その気配の持ち主を見つける為に、

じっくりと河川全体を見渡したが

何処にもそれらしい姿は確認できない。


「なんだ‥今の‥」


異様な空気を感じる。


というのも、その気配自体が強い違和感なのだ。


気配というのは、言葉では言い表せるものだが

草木の揺れや、砂を踏みしめる音などあれば別として

その生体が放つオーラなどを指しては、気配など感じられるものではない。


それにも関わらず、その気配は強い存在感を持っており、

自分の身の丈を遥かに超える巨大な生物の様な、

例えるなら動物園のゾウや、キリンなどの大きな生き物の印象を受ける。


しかし、そんな大きな生き物が居るのならば、

気配やオーラなどとスピリチュアルな事を引き合いに出すまでもなく

視界に映らない訳が無い。


強引に結論を出すのなら、

河川の周囲にはキラキラと立ち込める薄い霧が漂っているので、

それの流動が目端に映り、大きな気配として感じたのかも知れない。


真相はどうにしろ、気になる事柄ではあるので

その気配の方向へ足を進めると、

リュンクはついにそれを発見してしまう。


岸に横たわる遺体、それは篤丸のものだった。


「っく‥‥」


感情の欠落を疑っていたリュンクだが、

これはさすがに堪えた。


篤丸の体は、アマテオ兵と同じく損傷が激しく

両足はあらぬ方向にへし曲がり、

左腕は完全に潰れ右腕も力なく垂れ下がっている。



かろうじて、顔が綺麗なままなので篤丸だと判断できたが

この状態ではもう存命を諦め、篤丸の死を認めざるを得ない。


「‥‥‥いや‥ちょっと待て、おかしいぞ」


リュンクは、その遺体の異変に気付く。


再び篤丸の顔を、まじまじと見つめ

生気の無いその顔面を見ては、眉を歪め訝しむ。


この篤丸の遺体はおかしい。


それもそうだ。


火傷により半分以上の皮膚を焼失させた

篤丸の顔が綺麗な訳は無い。


橋の上で焼き爛れ、歯ぐきを剥き出しにしていた筈だ。


そういえば、右手の先端も炭になって転がっていたのに、

今では垂れ下がるだけで、火傷はおろか、

ワイヤーに巻き込まれ時の欠損さえも見られない。


リュンクが膝をつき篤丸の口に耳を近づけると、

薄く浅い呼吸音が確かに聞こえた。


「あ‥ぁあっ‥‥篤丸よぉ!!!」


どういう理屈の何の作用なのか

篤丸もリュンクと同じく死に難い体なのか

はたまた、その他の奇跡が彼を救ったのか

真相はとにかく、これを希望と呼ばずに何と呼ぶ。


理由だとか原因だとかはどうでもいい。


篤丸はリュンクの異界ライフにて重要な存在になるのは確実だ、

まずは彼の命を繋ぎ止め、救う事が何よりも最優先。


「どっこいしょ!!少し我慢してよ篤丸!!

 すぐにアンガフに戻るから!!」


篤丸を岸から引き上げたリュンクは、

彼を背中に回し、後ろ手に掴んだ竜剣に乗せてから

おんぶの格好で背負う。


さて、上流と下流、向かうのはどちらか。


当たり前だが上流は山の上、下流は山の下、

ならば人の匂いがするのは山の下だろう。


「よし!行こう篤丸!!」


冷えた篤丸の体に、僅かに戻りつつたる体温を感じつつ

リュンクは、河川の流れに合わせて川下を目指して進んで行くのだった。

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