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WSS/1-異界冒険譚  作者: たかしモドキ
第7話「実にエッチである」
59/80

-【7-6】-死という現象の持つ特性

火炎は、今も尚、明確な意識の元、こちら目掛けて放出され続けている。


リュンクの中にある生物的本能が、目の前の烈火に強い危機感を示し

敗走する勢いで大袈裟なくらいの間合いをとったが

(うね)り上がり迫る火炎は、驚異的な飛距離で彼を足場の端まで追い詰めつつある。


鉄橋修理用の工具や資材が乱雑に散らばる足場の上、

足を取られないように気を配りながら

資材の裏側に飛び込むように隠れたリュンクは、

木製の資材越しに高温を感じながらも目敏(めざと)く、

その隙間に目をやり攻撃を仕掛ける者の正体を暴こうと試みる。


「うっ‥‥あ”ぅ‥あっづ!!!」


木材の隙間を睨みつけた瞬間、そこから火炎が吹き上げ

リュンクの眼球めがけて炎が走る。


片目を炙られたリュンクは、焦げ付く睫毛(まつげ)を引き剥がし

視力が失われていないか確認しながら

尚も収まる様子のない放火をどうしたものかと考える。


面と向かった戦闘ならばある程度の対処法を思いつくが、

こうもガムシャラに炎を撒き散らされてはやりようが無い。


このままでは火除けに使っているこの資材ごと燃やされてしまう。


時間が無いのなら、なりふり構わず

身体を張って見せるしか無い。


リュンクは、痛みを伴う覚悟を決め

燃え盛る木材の裏から飛び出そうと試みた時、

放出される火炎が大きくブレて放射線を描いた火炎は崖の下へと向かう。


「あ!!篤丸!!!」


その原因が分かる。


篤丸が火炎を放射している何者かに攻撃を仕掛けているのだ。


リュンクは篤丸の存命に安堵するも、

その容姿に大きく動揺した。


遠目で動く篤丸の右手は、明らかに元の長さよりも短く肘から焼き崩れており

炭化した手の先端と思わしき物体が崩れ落ちて転がっている。


更に、先程まで顔を合わせていた篤丸の顔面は、

半分以上の皮膚を焼失し、(めく)れ上がり歯茎が剥き出しになっている。


全身に至るその火傷は酷く、惨たらしい有様だ。


「ぉおおおおッ!!!!」


獣の咆哮で、渾身の力を引き出した篤丸は、

放火主を突き飛ばした後、その場に膝をついて息を荒げた。


呼吸の度に、ヒューヒューと雑音が混じっているの見ると、

その火傷は、気管にまで達しているのかも知れない。


「篤丸ッ!!!」


リュンクは、一刻も早く場に戻ろうと駆け出すも

周りの状況を見て足を止めた。


「お前たち‥‥」


橋に括り付けていたはずのアマテオ兵が自由になっている。


オトロと篤丸にぶちのめされたアマ兵達もフラフラとしながらも

死体と両足を損傷した者以外は、強い形相でリュンクに敵意を向けている。


あの中の誰かが火の紋術を行使したのだろうが、

火炎に巻かれる中、篤丸に突き飛ばされるのを一瞬見ただけのリュンクには

誰がその正体であるのか見当もつかない。


「やっかいな状況だ‥」


この状況においてリュンクが警戒しているのは、厳密に言えば紋術では無かった。


誰が紋術を使おうが、その正体自体に大した意味はない。


リュンクには、有害範囲に置いて自動で発動する時間遅延と、

生物離れした生命力を持つ体があり

恐らくは、火の紋術師を含めた全員を相手にしたとしても

勝利する条件は十分に揃っている。


槍で滅多刺しにされた挙句、脊椎や臓器を損傷したにも関わらず

再生したことを踏まえると、このような連中で命を落とす事はないだろう。


ここで問題なのは、篤丸だ。


女神から託された【紋印】とかいう

得体の知れない力を保有するリュンクとは異なり

篤丸は普通の未界人なのだ。


普通に考えて、あの大火傷では

助かるとは思えないが希望はある。


この世界には紋術による治療が発達していて、

それの恩恵を望みジョラピオなる医療機関にかかれば

なんとか落命は免れられるかもしれない。


アジトでの一件でリュンクに腕をへし折られたハキホーリが

数日後にも関わらず防具を追加するだけで戦闘に参加していた事を考えると

欠損した体の再生は無理でも、火傷による負傷ならばどうにかなるはずだ。


篤丸は、リュンクにとって、この世界で出会った同郷の友、

みすみす見殺しにするなんて事は絶対にできない。


「おい!!クソガキ!!武器を捨てろ!!

 状況わかってんのか!お前も殺されるぞ!!!」


怒声混じりの脅迫を吐いたアマテオ兵は、あのケサブロだ。


この状況でまごついているリュンクを見て、

交戦の意思を捨てていない事を察したのか

ケサブロは焦るような、怖れるような顔をしている。


確かに右手に竜剣を握っている以上、戦闘の意思は捨てていないが、

時間を遅延でき死にづらいだけのリュンクは、篤丸を守りながら戦う方法を持たない。


先ほどの火炎放射でよくわかった。


時間遅延が発動してから動いていたのでは、

自分の身は守れても他人の身は守れない。


無闇矢鱈に攻撃を仕掛けてしまえば、

今度こそ篤丸は丸焦げの消し炭にされてしまうだろう。


「っぐ‥っはぁ‥っきっついのう‥っ」


火傷による激痛に耐え、息荒く背を上下にする篤丸。


悠長にしていては、助かるもの助からない。


「仕方ないっ!!」


幾度かの実践を経たリュンクだが、中身は未だ小学五年生の子供のまま。


自分の判断で動かなければならない状況になれば弱く、

インスタントに頭ではなく、身体を動かす事に駆られ

竜剣を構えてアマテオ兵達のど真ん中に身を投じる。


リュンクは、狭い足場で自分を取り囲む兵達を警戒するように

次々に竜剣の切っ先を突きつけ身構えて様子を伺う。


火の紋術の行使を未然に防ぐ為には、時間遅延に頼らずに

そのきっかけを自分で見定める必要がある。


紋術の行使には何かしらのきっかけがあるはずだ。


どうやら紋術には、呪文の詠唱みたいな分かりやすい初動は無いようだが、

アーテリスやアテテロは、紋術を行使する際、

その行使先を指定するのに紋術媒体の杖や自分の手をかざすなどしていた。


ならば、見定め、警戒するのは手だ。


自分を取り囲む三人のアマテオ兵の両腕を意識し

見逃さぬようにクルクルとその場で警戒先を変えていると

見覚えのあるキラキラとした光が視界に映る。


既視感。


その光には見覚えがあり、その記憶を切り取った映像に

アーテリスの背中、アテテロの腕、サルホーガの体が次々と映り

途端、リュンクは竜剣の切っ先を喉元に向けて倒れ込んだ。


時間遅延の発動とともに、竜剣の柄をすくいあげたリュンクは、

俊敏な動きで足を弾いて、倒れこむ姿勢から全速力で駆け出し。



キラキラと輝く死体の左腕に竜剣の刀身を叩きつけた。



竜剣は、死体の左腕を根本から断ち飛ばし、

そのままドスンと大きな音を立てて深々と足場の床に突き刺さる。


時間遅延の解除と共に、死体が絶叫する。


竜剣の一撃で切断された左腕の根元を押さえながらのたうち回る死体。


正確には、死体ではなく長らく死体のフリをしていたアマテオ兵だ。


「アドヒ隊長ッ!!!」


アマテオ兵達は口々に叫びながら死体に駆け寄る所から、

あの紋術による不意打ちには計画性が伺える。


恐らくは唯一、攻撃型の紋術を扱える

このアドヒというアマテオ兵隊長を死体として扱い

伏兵とする事で状況を覆す算段だったのだろう。


「こいつ!どうして分かったんだ!?

 アドヒ隊長は身動き一つしていなかったのに!」


足場の木材に突き刺さる竜剣の刀身を強引に引き抜くリュンク、

メキメキと軋む音と共に、足場が不安定に揺れる。


状況を打開した方法を訝しむアマテオ兵を尻目に、

リュンクは強い怒りの感情に晒されていた。


「よりにもよって‥‥僕の目の前で、その方法を使うのか‥お前は‥」


リュンクの脳裏で、アーテリスの最期がフラッシュバックする。


あの時と同じ方法で紋術による不意打ちを仕掛けた事で、

彼女が命を代償に行使した、その気高い決意を侮辱されたような気分になり

その逆鱗に触れたのだ。


「同じ事するなら‥同じ目に合わせられる覚悟もできてるんだろうな」


竜剣を強く握りしめるリュンクは、

子供のものとは思えない凄まじい剣幕で

アマテオ兵隊長のアドヒに迫る。


「お前の両目をど突き潰してやる‥」


「ぎっ!!あ!!やめ‥くっ!!くるなぁあ!!」


「彼女は‥そんな情けのない事言わなかったぞ!!!」


アーテリスの面影が付与されているアドヒが無様な姿を晒す度に、

リュンクの気分は鱗を逆撫でにされた様に苛立つ。


竜剣を逆手に持ち、突き下ろす動作をしたリュンク、

その瞳は、再び光をなくしガラス玉の様に感情は無い。


「ひぃッ!!」


「おいッ!!!クソガキ!!やめろ!!!」


それを静止する声が上がる。


「!?」


声の方向を確認したリュンクに感情が戻り、

強い焦りを持った表情で声の主を見つめた。


「このガキを殺す!!これ以上隊長に攻撃するな!!」


声の主はケサブロだ。


ケサブロは、すでに気を失っている篤丸を羽交い締めにし、

その喉元にダガーを突きつけている。


「俺たちを見逃せ!!!

 俺たちは!!ただ家族の元に帰りたいだけなんだ!!!」


リュンクは、振り上げた竜剣をゆっくりと下ろして攻撃をやめた事を示したが、

その内側では、相手が反応するよりも先にその命を奪う算段が構築されつつあった。


乾いた風が胸中を抜ける。


時間遅延を利用すれば、あの程度の奴なら

身動きさせる間も無く即死させる事は容易い。


「其処元‥よせ」


「篤丸!?」


「ガキ!!動くなよ!?」


篤丸に意識が戻ったなら

アイサインでもなんでも良い

合図で隙を作れば殺れる。


「駄目じゃけぇ‥

 こいつを殺したら‥爺さんも殺すんじゃ」


「うるせぇガキ!!喋るな!!」


「つれぇのぉ‥‥けど、まだ‥誰も傷つけとらんけぇ‥約束じゃけぇな」


「あ‥っ」


篤丸の言葉で我に返るリュンク、

鼻腔の奥で、ポルシィの匂いがした。


またおぞましい衝動に突き動かされる所だった。


今のリュンクにとって弊害をもたらす人間を殺す事など容易いが、

それを繰り返していては、自分の歩く後ろには死体ばかりが転がる事になる。


それじゃいけない。


死という現象の持つ特性を見失ってはいけない。


ただ無力化して動けなくさせる手段として

死という現象を扱っては、それでは殺戮の化物だ。


「武器を捨てろよぉ!!」


振るえる様な声だ。


リュンクは穏やかな目を持って

再びケサブロを見つめた。


涙で目を潤ませ、鼻水を垂らし

顔面にひ弱な皺を寄せて今にも泣き出しそうな、

これ以上無い、哀れで情けのない顔だ。


あんなになるまで追い詰められた弱者に対して

どうして剣を振るえるだろう。


「わかったよ‥‥もう攻撃してこないなら

 僕ももう攻撃しない」


リュンクはそう言って帽子のツバで視線を遮りながら

床に竜剣を突き刺し両腕を上げた。


張り詰めていた場に、緩和した様な空気が流れる。


傷を負った隊長アドヒの浅い呼吸だけが聞こえ、

誰しもが何を言ったものかと思い悩む中、

複数の大きな声が聞こえる。


「兄貴っ!!大丈夫かぁ!!」


「オトロ!?‥っあ!まずい!!」


最悪のタイミング。


オトロが大勢のアンガフ決起隊員を引き連れ戻ってきたのだ。


「‥もうっ‥‥お終いだ」


それを知ったケサブロは、目を見開き

絶望の表情で篤丸を見つめる。


今にも「こいつだけでも道連れに‥」とでもいいそうな雰囲気だ。


「待って!ケサブロ!!大丈夫だ!!僕が説明するから!!」


「お前!?どうして俺の名前を知っているんだ!!

 まさか!!全部オレ達を騙す策略かよ!!!」


「なっ!違う!道具屋の爺さんから聞いたんだよ!!」


「爺さん!?そうだよ!!!オレが爺さんを殺したんだ!!

 気の合う爺さんだったのにぃッ!!

 くそぉおおお!!!ちっくしょぉおおおお!!!!」


「やめっ!!」


パニックに陥ったケサブロはついに、

手に持ったダガーを篤丸の喉に突き立て

その喉仏を切り裂いてしまった。


「篤丸ッ!!!!!!」


篤丸の喉笛から鮮血が吹き、滝の様に流れ出ては、

床に血溜まりを作り彼は絶命してしまう。


素早く竜剣を引き抜いたリュンクが、

それを阻止しようと敏捷な剣戟を繰り出すも

咄嗟に動いたリュンクを恐れたケサブロは、

篤丸の遺体を崖下に突き飛ばしながら剣戟を避け、

竜剣は空を切り作業用足場の柱にぶち当たる。


リュンクは、崖に放られた篤丸を

受け止めようと身を乗り出した挙句。


一緒になって崖下に落下してしまった。


更に、駄目押しと言わんばかりに

竜剣の重い一撃により作業用足場の留め具が外れ

不安定に傾いた事で、木製の柱が支えられる許容応力を超えたのか

パコーンという大きな音を立ててへし折れ

悲鳴を上げるアマテオ兵達をも巻き込みながら

二人と共に、北南アンガフを隔てる渓谷に落ちていった。

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