-【7-3】-やぁやぁ!見聞願い申す!
彼等のねぐらを飛び出して、見知らぬアンガフの道を左右に睨むと、
遠く、塀の上から見覚えのある布切れが、はためくのが見えた。
「あっちか!!」
リュンクは、見覚えのあるその布切れが、
アツの武器に巻かれているものだと確信してから、
走る方向を決めて思いっきり地面を蹴り上げた。
しかし、建物を交わす形で追いかけていては、
彼等を見失うかもしれない、土地勘のないリュンクは、
一度でも彼等を見失えば、出会うことは困難だ。
チラリと横目で脇に見える建造物を見ると、
壁側に立て掛けられた板やら箱やらを足場に、
屋根の上に飛び移れそうだ。
屋根の上を駆け抜けるなんて、時代劇に出てくる
忍者でもなければ出来っこないが
女神から託された紋印とやらの恩恵は著しく
リュンクは、自分の身体能力に自信が付いていた。
その自信に素直に従い、勢いよく木箱に飛び乗ったリュンクは、
大きく飛び上がり屋根の上に着地し、道を斜めにショートカットし
そのまま彼等の向かった先へ進んだ。
眼下に意識を向けながら、しばらく屋根を進むと、
細い路地から大通りに合流する地点で、大勢の人間が集まっており
そこで話を聞いているアツとオトロの姿が見えた。
二人に追いついたリュンクは、屋根伝いを止めて
騒ついた様子の大通りに飛び降りる。
「うぉ!?なんだぁ!?」
「其処元か!どこから来た?」
突然、屋根から飛び降りてきた人影に驚く二人を尻目に、
状況を確認したいリュンクは口早に言う。
「二人とも!手伝いに来たよ!今どんな状況?」
「お‥おお、今、現場にいた奴から話を聞いていたとこだ
でも大丈夫か?兄貴が動いて地方同盟で問題にならない?」
「そうじゃ。客人の其処元がアンガフで
いざこざに巻き込まれたとなると、いかん事にならんか?」
「大丈夫だよ。トフォン町長は、会議で地方同盟との
協力を約束していたからね。逆に、ここで知らん顔なんてしてたら
オーケンにぶっ飛ばされちゃうよ」
「なるほど、理屈はわかった。助力に感謝するぜ兄貴!」
「よし、ならば急いて向かうぞ。北東の方角じゃ」
そう言って、独特の走り方で駆け出すアツ、
それにつられる様に、リュンクとオトロも後に続く。
「北東?どこに向かうの?」
リュンクの質問に対しアツと違って
綺麗なフォームで走るオトロが説明を始める。
「まずは最短距離で、ドダウ爺さんの道具屋を経由して
北側のトロッコ乗り場へ向かうんだ!」
「とりあえず道具屋で話を聞くって事だね?」
「そう!最低でも装備と見た目くらいは聞いておきたい
あと怪我人の様子も気になるな!」
「わかった!!」
ふと、前方を見てガニ股の様な動きをした
アツの奇妙な走り方にリュンクは、笑ってしまいそうになる。
「ねぇ‥オトロ。アツの走り方さ。あれ何?」
「変だろ?会った時からあれなんだ。
あれで速いんだから余計意味分かんよな」
確かに。
確かに変だが速い。
そこで後ろに気を向けたアツが、眉間にしわを寄せる。
「遅い!!無駄口叩かず急かんか!!」
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「アンガフ決起隊のオトロだ!道を開けてくれ!」
南アンガフ市街の大通りを北に進み、
件の道具屋に着いた三人は、人だかりをいなして
その中心へ向かう。
そこには、右の太ももに応急処置を受ける老人と、
地方同盟でも見た、灰色の服を着た人々が見える。
この灰色の服装をしているのは、ジョラピオとか言う名前で
異界で医療に関係する人達だ。
「ドダウ爺さん!大丈夫か!?」
オトロが負傷した老人に対して心配そうに言う。
「おお‥オトロ坊主。覚悟はしてる。
しょっ引いてくれて構わない」
「何言ってんだドダウ爺さん
あんたを捕まえるわけないだろ?」
「アマ公を匿ってこのザマ。
俺は、お前達に顔向けできねぇよ」
「安心しろよ爺さん。
あんたにつべこべ言う奴が居たら
俺がぶっ飛ばしてやるさ」
気さくな言葉で老人を励ますオトロに、
タイミングを計りアツが言う。
「オトロよ。気持ちは分かるが
今は逃げた奴等を追おう」
「おう!誰か!!奴等の格好を見た奴はいないか?」
逃げたアマテオ兵を見た人間の話では、
道具屋から逃げ出したアマテオ兵は5名で、
アマテオ兵団の兵服を丈の長いローブで隠す格好で、
武器は短剣と、紋弓を確認したと言う。
さらに、5名の内1人は、隊長職を与えられた手練れとも。
「わかった!直ぐにアンガフ決起隊の戦士が来ると思うけど
みんなそれまで気を抜かずに警戒を続けてくれ!」
そう言い残し行こうとするオトロを老人ドダウが引き止める。
「のぉ‥オトロ。こんな事言えた立場じゃないが
あいつは‥ケサブロは悪い奴じゃないんだ
他の奴は知らんが、アイツだけはなんとかしてやれんか!?」
そのケサブロというのが、老人ドダウが匿っていた
アマテオ帝国の若者なのだろう。
真相が何にせよ老人の言葉で、周りのアンガフ町民が騒ぎ出し
その発言を非難した。
今にも殴りかかり掛かりそうな町民に萎縮しながらも、
老人ドダウは、オトロから視線を外さない。
「‥‥もし。逃げたアマ兵がこれ以上誰も傷つけず
ただ命惜しさに逃げるだけならそう言う温情もありえる」
「オトロ坊主!ありがてぇ!頼む!!」
「でもな。もしアンガフの人間に、生傷の一つでも付けたのなら。
全員始末する。それでも良いのなら期待せずに待っててよ」
沢山の要素を加味した上で出したオトロの答えに
老人ドダウは、苦い顔で数回うなづいて再び彼の目を見つめる。
「それでも良い‥頼む」
老人の答えを聞いて直ぐに走り出したオトロに続く形で、
三人は北アンガフへのトロッコ乗り場方面へ。
道具屋から少し離れてからアツは渋い顔で喋り出す。
「オトロ。決起隊の一員として、今のやり取りはいかん
あれでは示しが付かんわ」
「うん‥解ってる。すまんアツ」
「解ってやっとるんなら、ええんじゃ」
「リュンクの兄貴も情けない所見せたな
今から仲間になろうとしてるのが、
こんな腑抜けで悪い」
ただ一連の出来事を呆然と見ていたリュンクは、
オトロに対して、人間味の強い暖かな印象を持って
「良い奴だな〜」くらいにしか、状況を受け止めていなかったので
アツの厳しい言葉に、喧嘩にならないかオロオロとしていた所だ。
さて、どう答えたものか、できるならどちらに対しても
角が立たない言い回しをしたい所だが。
「て‥敵が内側に居るって大変だよなぁ〜‥‥ははッ!!」
だがダメだった。
確かにどちらに対しても角が立たない事に変わりないが
全く何も思い浮かばず脊髄反射で吐き出した言葉は、
あまりにも中身がなく「私は何も考えていません」と
言っている様なものだ。
「リュンクの兄貴‥‥深い言葉だな」
「え‥‥ん?」
何やら、思ったよりも手応えのある
オトロの反応に逆に困惑するリュンク。
さらに、アツまでも唸る様に頷いている。
「なるほど。確かに、オトロの中にある老人を敬う心は、
慈愛のある良き感情だが、時に行動を曇らせる敵となる
更に、それをアンガフ内にアマ兵が居るこの状況と、
これをきっかけにするアンガフ保守派の動きに掛けるとは
其処元、なかなか見解の深い事を言う。恐れ入ったぞ」
「ん‥‥‥まぁね」
いや。
深読みが過ぎるだろ。
アンガフ保守派とか知らねぇよマジで。
「ありがとよ!リュンクの兄貴!!
勉強になる言葉だった!」
「ひひへ‥へへッ!!」
いつもは、このへらついて誤魔化す様な態度に、
自分でも嫌になるリュンクだが今回ばかりは、この対応が正解だ。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
かくして、北アンガフ行きのトロッコ乗り場に行き着いた三人だが、
すでに現場は大騒ぎの状況だった。
「アンガフ決起隊だ!どうなっている!?」
大きな声で呼びかけるオトロに、慌てた様子の町民が傾注し、
口々に語りかけてくるが、皆が一斉に喋り始めるものだから
内容が聞き取れない。
「ちょっと!一斉に喋んなよ!」
「オトロ!あれじゃ!!あれを見てみぃ!」
「!!」
いつの間にか、柱によじ登っていたアツが声を張り上げながら
線路の向こうを指差している。
リュンクとオトロが、その方向を見つめると
線路の果てに滑走する一台のトロッコが見えた。
「あ!アレって!!アマテオ兵が乗ってるの!?」
「くそったれ!そうみたいだ!」
「それじゃ僕たちもトロッコに乗って追いかけようよ!!」
「無理だ!!ここまで離れてたんじゃ追い付けっこない!」
「じゃあさ!北のアンガフの人に連絡する方法は!?」
「無い!アマテオが占領してから、連絡系の紋術装置は、
全部破壊されてて、まだ復旧していないんだ!」
「オトロ!他に方法は思いつかんか?」
柱から飛び降りてきたアツは、キョロキョロと視線を回したが、
そこからは打つ手が思い浮かばなかったのか、オトロに方法を問う。
「そうだ‥‥アレを使えば‥もしかすると」
そう言うや否や、オトロはジェスチャーで二人を呼びつけて
トロッコ乗り場の脇道から山に入り、そこにある朽ちかけた
古い工場らしき施設に入って行く。
「ここは?」
「大昔、ケトアト港ができる前に使われていた鉱石運搬施設さ。
前にワイヤーを確保する為に、ここへ来た事があって
その時に聞いたんだ‥‥あ!あれだ!二人ともあれを見てくれ!」
オトロの示す方向を見ると、山をぶち抜く様に掘られた巨大な穴があり
その下には、地面を這う長く太いレールが敷かれていた。
「これもトロッコの線路なの?」
「ああ。しかも人間を乗せるタイプじゃなく。
どデカい鉱石や鋼材を運搬する輸送トロッコさ」
〜以下説明〜【鉱石陸送施設】
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
その昔、船舶運航に使用される紋術装置が発達していなかった頃、
キンビニー地方南の海流が問題でケトアトに港を作れなかった事から、
アンガフで採掘された鉱石を他地方へ輸出するには、
キンビニー地方北部の港町ササンからの海送しか手段が無く
ササンまで鉱石を陸送する過程で作られたのが、
今ここにある施設と大穴に敷かれたレールである。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
〜以上説明終わり〜
「‥‥ねぇオトロ。ところでさ、そのトロッコってどこにあるの?」
確かに、立派なレールがあるのは確認できるが、
どこを見渡してもトロッコなど見当たらない。
強いて言うなら、滑車のついた分厚く大きい板状の何かならあるが‥。
「オトロよ‥‥まさかこれに乗るんか?」
「想像の通りさ」
「!?嘘でしょ!!!こんな柵も手すりも無いのに!?
トロッコっていうか!ただの板じゃないか!!」
「一応、持ち手はあるよ」
そういってオトロが見つめた先を見ると、
板に生えた鉄製のコの字があるが、おそらくそれは、
運搬する際にロープを通して積載物を結んで固定する部品だ。
「オトロ‥‥これは大丈夫なの?」
「いや、兄貴。他にも色々問題があるよ。
古すぎて線路が無事か分からないとか
耐久性とか‥‥でも、このトロッコは、
重量のある鉱石を運搬する為のものだから
人命を意識していない分、向こうのトロッコに比べて
かなりのスピードが出るし、向こうは山を交わして線路を引いているけど
こっちは山をぶち抜いた直線のみでカーブも無く一気に北アンガフまで行ける」
「目的を考えれば‥‥利点は多いって事か」
「しかし‥自分で提案しといて何だけど
危なすぎる‥どうしようか‥‥なぁアツ‥‥アツ?」
オトロは話の終わりに、アツに問いかけたが、
彼の姿が見当たらない。
「おぉおおうい!!オトロ!!ここじゃ!!ここに回路があるぞ!!」
寂れた施設内に大きなアツの声がこだます。
彼は臆する様子もなく、トロッコ(?)を稼働させる紋術装置の
入力回路を探していた様だ。
「あいつほんとすげぇな。仕方がない。相棒が行くってんなら
俺も腹を括るか。兄貴はどうする?」
「‥‥この状況で尻尾巻いて帰れるなら
ここまで付いてきてないよ」
とは言ったものの、リュンクの顔は青く明らかにやせ我慢だ。
「おぉい!!早うせぇ!オトロ!!
わしじゃ動かせんの知っとるじゃろうが!
急かんと逃げられるぞ!!」
「はいはい!わかったよ!!
いくぞ!兄貴!」
「‥‥よし、行こうか!」
リュンクとアツは、各々持ち手を強く握り締められる地点に座り込んで待機し、
オトロが紋術装置の入力回路に手をかざすと、
ドガン!と、大きく振動したトロッコは、甲高い音を立てて
錆びついて固着した鉄を引き剥がしながら車輪が回転し前進し始める。
女幽霊の金切り声を連想させる車輪の軋む音は、速度が出るにつれ
段々と静かになってゆき、やがて鉄の摩擦音よりも
耳横で渦巻く風切り音の方が強くなり、トロッコのスピードが伺える。
体感でしか言えないが、高速道路で窓を開けて怒られた時の、
あの目も開けられないスピード感に酷似している事から
時速百キロに近い速度が出ていると推測するリュンク。
「こ‥‥怖ぇえ〜」
お気に入りの帽子が飛んでいかない様に、ツバを後ろに向けて
前を向くと、さっきまで真っ暗だった大穴の中には、所々光源があり
どうやらこのトロッコを稼働させる紋術回路に連動して
トロッコ付近の照明が点灯する仕組みの様だ。
リュンクが「貨物用のトンネルに照明がいるのかな?」などと
考えていた時、再びあの現象がリュンクを包む。
ブワァアっと背後から覆いかぶさる様なあの感覚。
間違いない。
これは時間遅延だ。
「!?」
リュンクは、時間遅延の発動条件に付いて
確信めいている仮説があった。
それはリュンクの身に危険が迫っている時、
発動する自動防衛機能だという仮説だ。
思い出せば、この世界に来て間なしの頃、
フロエの登場で感じた恐怖心に始まり
ハキホーリの抜剣や、奇襲の形で繰り出されたサルホーガの突撃
どれもリュンクが強く恐れた時や、
身の危険が迫った時に時間遅延が発動している。
もし、その仮説が正しければ。
今、リュンクの身には、何らかの危険が迫っているという事になる。
「どこ‥どこから来る!?」
ゆっくり過ぎる世界で目を凝らしても
その多くは暗闇が支配しているトンネル内では、
周りの状況が正確に視認できない。
「なんだ‥どれが‥ぅお!?」
トロッコの紋術回路に反応して、
脇の光源が輝いた瞬間、目の前に太い何か現れた。
リュンクが、ゆっくりと迫るそれを首を捻ってかわすと、
その直後、時間遅延が解かれ
ブンッ!と耳元を何かが掠める音と共に
再び凄まじいスピード感に晒される。
「なんだあれ!!‥‥!?」
再度よく目を凝らすと、トンネルの上部から
紐のような物が見えて、それを更に凝視して正体に行き着く。
「うわっ!!これ木の根だ!!」
どうやら山を貫通するトンネルを長らく放置した結果、
山を覆う何らかの樹木の根が穴に達し、
地面を求めて畝り散らかしている様だ。
リュンクは、予想の斜め上を行く危険な状況に
膀胱が緩みそうになるも、現状を冷静に判断する。
自分には時間遅延による自動防衛があり加えて死にづらい体だが、
オトロもアツも、ただの人間。
このままだと張り巡らされた木の根に文字通り命を絡みとられてしまう。
自分がなんとかしなければ。
致死を退ける容量の多い、この命の器を利用して、
能動的に体を張る事を躊躇ってはいけない。
恐らくそれは、命を冒涜する能力を与えられたリュンクが、
他人の命と対等に居られる条件だ。
リュンクは、自分の存在を肯定することに成功した。
「トロッコが通れないくらいの根が生えてたら‥お終いだけど!」
そう呟くと、コの字の持ち手に足を引っ掛け、
トロッコの上へ仁王立ちしたリュンクは、
背中から竜剣を抜剣し背負う様に構えた。
一方のオトロとアツは、ようやく木の根の存在に気付いたところで、
それに対応するリュンクの行動を見て、慌てふためく。
「其処元!!勇敢じゃがな!!獲物が折れるだけじゃけぇ!やめとけ!」
「そうだぞ!!少しづつスピードを落とすから伏せてな!兄き‥あ!!危ねぇ!!!」
オトロの言葉が終わらぬうちに、リュンクの目の前に再び太い根っこが迫る。
リュンクはそれに対して、姿勢を低くしてから、腰を捻る動作から
瞬く敏捷な剣戟を放ち、太い木の根をスパンと切り飛ばして見せた。
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
あまりにも現実離れしたその光景を見た二人は、
怪訝な顔のまま無言で互いの顔を見合い
同じ動きで再び、リュンクの方を向く。
リュンクは、尚も竜剣を高速で振り回し
迫り来る木の根を、次々に切り飛ばしており
時間遅延の存在を知らない彼らからしては、
その光景は剣聖に匹敵する業前と類稀な動体視力を持ち
必死であるこの状況を物ともしない屈強な剣士の武勇であった。
その後、大山を穿つトンネルを抜け切るまで
リュンクにとっては何十分にもなる根切り作業が続いた。
トンネルを抜け、生い茂る木々をメキメキと引きちぎりながら
しばし山中を進むと、崖上に差し掛かり
そこから崖下を見れば、移動用トロッコに乗った五人の男達が見えた。
「見てみろ!!あいつらだ!!」
アマテオ兵の乗るトロッコを視認してから
オトロは姿勢を低くして目を配ると、
言わんとする事を察した二人も板に張り付く様な体制を取る。
「高所の利を活用して石の一つでも投げてやりたい所だけど、
奴らは紋弓を持ってるし‥こうしてやりすごそう」
「そうじゃな。じきに気付かれるじゃろうが、
こうして蝘蜓の様にしとると矢にも射られんしな」
長らく放置されたこのトロッコは、所々ガタがきているので
回転により摩擦したり、軋んだりする度に鉄製部分が
甲高い音を立てているのでアツの言う通り
崖下のアマテオ兵に気付かれるのは時間の問題だ。
「あのさ!このまま進んで北アンガフに先回りして
その後どうするの?」
「このトロッコのレールは、北アンガフのトロッコ乗り場に直通しているのさ
先に北アンガフに着いたら、アツと兄貴は奴らを牽制してくれれば良い。
その間に俺が北の決起隊を引き連れてくる!なに、北の乗り場から
決起隊の詰所までは直ぐそこなんだ、数の力で一網打尽にしてやろう」
「了解じゃ。お‥奴ら気付きよったぞ」
その言葉の直後に、シュンシュンという俊敏な風切り音が
トロッコの走行する音に混じり始めた。
姿勢を低くしているので、崖下の様子は伺えないが、
音の質から、アマテオ兵が紋弓を使い
こちらに矢を放っているのだろう。
「は!奴ら本当に兵士かよ!高所で地に伏せる相手に
まっすぐ矢を撃ってら!」
「そうじゃな。この時、矢を射るなら
撃つというよりも降らせる様に射らねば!」
実戦での経験が伺える二人の言葉に、リュンクは感心したが、
トロッコに伏せる二人の手が僅かに震えているのを見て
「頭では分かっていても、やはり怖いものは怖いんだな」と思った。
言うまでもないがリュンク自身も相当怖い。
オシッコちびり待った無しの由々しき事態だ。
打つ術無しの三人だが、やはりスピードはこちらの方が勝っており
徐々に崖下のトロッコを引き離しつつある。
自分達の上空を通過する矢の角度でそれを悟ったオトロは、
頭を持ち上げて崖下の様子を確認した。
「よし!奴らを追い越した!」
「ふぅ!肝が冷えたわ」
一難去って胸をなで下ろす二人。
リュンクも、同様に肩の力を抜こうと
ふと前を向いた後、眼の先にある光景に
思わず悲鳴をあげた。
「ちょぁあああああッ!!!ああああ!!!
まえ!!ちょちょいちょい!!!前見てぇえ!!」
「げぇ!?」
「こりゃあ!わやじゃ!!」
リュンクの声で前方を確認した二人も顔を青くする。
経年劣化が原因なのか、落石が原因なのか
真相は不明だが、直進状のレールが酷く歪に畝っていて
どう考えてもトロッコが通過できるとは思えない。
オトロは減速する様に回路に入力している様だが
直線距離で速度の乗ったトロッコはとても止まれる速度ではない。
ガコンッ!!!と、激しい振動と凄まじい打音を響かせ
三人の乗るトロッコは脱線してしまった。
かなりの速度を得たまま吹き飛んだトロッコは、
崖上を這うレール側面の岩場に着地、
その際に車輪を欠損したトロッコは、最早ただの鉄板。
慣性のまま岩上を滑走する三人乗りの鉄板は、
運よく直進し側面の崖下にこそ落ちなかったものの、
滑り進む岩盤の果てにはアンガフを北南に隔てる深い渓谷。
崖の向こうは北アンガフ、崖の下は‥見ない方がいい。
岩盤との摩擦により段々と熱を帯びてくる鉄板にしがみ付く三人は、
各々必死の表情で体を強張らせた。
既にあれこれ考える余裕は無い。
もう崖は直ぐそこまで迫り
数分後には空中に放り出され
そのまま谷底へさようならだ。
リュンクが「このトロッコ、脇からシークレットウィングが生えてこないかな?」などと
恐怖で頭がどうにかなっていた時、オトロが何かを差しながら叫ぶ。
「あれだ!!アレに飛び移るぞ!!!」
その言葉に釣られ視線の方向を見ると
崖下に建設されたゴツい鉄柱から伸びる、
やや太めのワイヤーが目に入った。
どうやら崖向かいへ掛かけられた
トロッコ用の鉄橋を支えるワイヤーの様だ。
あんな物に飛び移れるか!とか、
そんな無謀な事できるか!!だとか、
目まぐるしい状況の中で否定的な感情が突起する。
だが、しのごの考えている暇はない。
「飛べぇ!!其処元ッ!!!」
「飛んでやるぅうう!!!!!」
三人は一斉に崖下のワイヤーへ身を投げた。
眼下に迫るワイヤーを前にして、
この速度で鉄で編まれた綱を素手で掴むのは
どう考えても無謀だと思い、咄嗟に竜剣を引き抜いたリュンクは、
持つ時に邪魔になる角の装飾部分にワイヤーを引っ掛ける事に成功し
そのまま滑る様にワイヤー伝っていく。
リュンクは、まさかアレほどまでに小馬鹿にしてきた
竜剣のダサい意匠に救われる日が来るとは思いもしなかった。
本当に人生何が起こるかわからない。
リュンクは後方に視線を向け、後続する二人を確認すると、
アツもオトロも同じ方法で、自分の武器をワイヤーに引っ掛けている。
文字通りの命綱である、そのワイヤーは、
トロッコ用の鉄橋を釣る為の部品なので
必然的にその果ては崖の向こう側へ通じている。
頭上でジジジジとワイヤーが擦れる音を聞いている間は
生きている気がしない、数秒が何分にも感じる。
時間遅延以上に体感時間を狂わす経験を経て
眼下にどっしりと広がる地面に涙が潤む。
これ程に地面を愛しく思った事はあるだろうか。
リュンクは、冒険映画などで、たまにこういうシーンを見るが
考えた奴はこれやった事あんのか!?と悪態をついた。
正に命辛々、九死に一生を得る想いで北アンガフの地を踏みしめた三人。
「ぐぅう!!痛たいのう!!」
と、歯を食いしばるアツを見れば、
左手に血が滴り指が数本欠損していた。
どうやらワイヤーと武器の間に巻き込まれた様だ。
リュンクは、ワイヤーを素手で掴む事を避けた
自分の本能に感謝しながらも
痛々しい生傷を負ったアツに気を配る。
「アツ!大丈夫!?」
「でえれぇ痛てぇが、死ぬわけじゃなし!」
訛りの強い言葉でそう吐き捨ててから、
武器を包む布を裂いて指の傷に巻き付けるアツ。
「か‥かっけぇ!!!」
リュンクは、アツの骨太な振る舞いに衝撃を受け
胸中に眠る男気神経がビリリとシビれた。
「アツ!悪いが治療している暇はないぞ!!!」
そう言い放ったオトロは、立ちはだかる用にレールを跨いだ。
鉄橋の向こうからはアマテオ兵が乗ったトロッコが迫る。
「予定変更だ!ここで食い止める!」
オトロは、右手でショートソードを抜剣し左手で小盾を携え
既に戦闘態勢だ。
トロッコに乗車したアマテオ兵達は紋弓にて矢を放ったが、
オトロは、冷静かつ慣れた手つきで矢の射線上に小盾を合わせ弾く。
目で追えない程の射撃も、方向が知れた少数の矢に限り
訓練を積み臆しない者ならば、その対応は十分可能だ。
ここで目を見張るべきなのは、
オトロが後ろに居る二人を庇う為に、
自分に無害な矢も後方へ漏らさず弾ききっている事。
本人には、伝わらなかった事だが
オトロが二人を矢から庇う形で動いたのは、
トンネル内で木の根を一網打尽にした
リュンクに対しての負けん気と敬意であった。
アマテオ兵の射撃は、間もなく止まる。
意味もなく遠距離から攻撃できるタイミングを捨てるとは考えづらく
攻撃の停止は、彼らの矢が底を尽きた事を物語っている。
アマテオ兵は、トロッコの中に身を潜めたが、
どうやらこのまま突っ込んで三人を振り切るつもりの様だ。
オトロは、すれ違いざまに攻撃を食らわせるつもりなのか、
覚悟を決めた様子で剣を構えたが、どう考えても一撃で
全員を仕留めるのは不可能、生き残ったアマテオ兵は、
このまま北アンガフの乗り場まで逃げ切ってしまう。
それを察したアツは、全力疾走で駅方面へ走ったが、
彼の足がどれだけ早くてもトロッコには敵わない。
二人より遅く現状を理解したリュンクは、
高速で迫るトロッコを前に咄嗟のひらめきを行動に移す。
「オトロ!!退いて!!」
「兄貴!?どうするつもりだ!?」
「こうするんだよぉッ!!!!」
ガンッ!!!
リュンクは、竜剣に対しての評価を改めており、
異界史上で伝説と謳われる白銀の鎧を破壊した事で、
今ではその堅牢さを強く信用していた。
その堅牢さを信じた結果。
リュンクがとった行動は、走行するトロッコの
車輪とレールの隙間に竜剣の刀身を挟み込むという
もはや自分の武器を顧みないものだった。
普通の武器ならば、ただ粉々に砕けるだけで
トロッコの進行を阻む事などできない無意味な行為だが。
安定した走行をしていた筈のトロッコは、
竜剣の刀身をジャンプ台に飛ぶ様に弾けた。
アマテオ兵は、まるで皿の上の料理をぶちまける様に吹き飛ぶ。
リュンクは、後方で地面に打ち付けられているアマテオ兵達を見た後、
恐る恐る竜剣の刀身を確認してみたが、尚も、その刀身には傷ひとつ無く
その異常すぎる堅牢さに流石に気味が悪くなった。
「マジかよ」
横でそれを見ていたオトロは、
顔を引きつらせてもっと気味悪がった。
流石にこれは、竜剣が気の毒である。
しかし、この好機に便乗しない訳もなく
三人は逃げ道を塞ぐ様に北アンガフを背に陣形を整えた。
直ぐに止めを刺しに行かなかったのは、
上手く受け身をとったアマテオ兵が
そのまま北アンガフへ敗走する事を警戒したからだ。
アマテオ兵は、ゆっくりと立ち上がり負傷も軽度だが、
一人、さっきの転倒で首の骨を折って死んでしまったのか
頭を異様な角度に曲げたまま血を吐いて微動だにしない。
「くそガキがぁあああ!!!なんて事しやがる!!
やって良い事と悪いこと分からねぇのか!!バカぁッ!!!」
「人でなし!!!」
「おたんこなす!!!!」
トロッコの転倒が余程怖かったのか
アマテオ兵達は、少々ズレた暴言でリュンクを罵った。
「しょうがないでしょ!!!止まんないお前らが悪いよ!!!」
「うるせぇ!!こっちは必死なんだよ!!」
「僕だって必死だったんだ!!」
「黙れよ!!なんだよ!そのクソだせぇ剣!!」
「なっ!なんだと!!本当のこと言うなよ!!傷つくだろ!!!」
その時、オトロがリュンクの前に手を出し、会話を制止する。
「よせ、リュンクの兄貴。あんま会話すると情が移る」
はっ!と気付かされるリュンク。
確かに、数度の会話を経て
最初の攻撃の時には感じなかった人間味を
アマテオ兵に対して抱いてしまった。
「まぁオトロ‥戦士たる者、打ち合いの前に分け合う物もあるじゃろ」
「アツ?お前‥まさか」
アツは、一人ポツポツと前へ出たかと思えば、
アマテオ兵達の前に仁王立ちし、獲物に巻かれた布を剥ぎとり始める。
「あ〜くそ。あいつはまたアレをやるつもりか‥」
と、オトロは酷く呆れた顔で言い放った。
「?」
リュンクは、これから何が起こるのか一切分からず
疑問符が口から出んばかりだ。
するとアツは、武器を覆っていた布を解き放ち
武器を鞘から抜き取りながら叫んだ。
「やぁやぁ!見聞願い申す!
我こそは、駿馬の競り合いにて、一悶、かの加藤衆が長、
加藤甚右衛門を無銘の打刀にて討ち取った、吉岡左近が一族、
吉岡家三男、吉岡篤丸宗貞なり!!一命の義によって立会い願う!!」
そして彼が両手に構えた武器をリュンクは見たことがある、
通常よりも柄が長いが、間違いない。
その武器は、紛れもなく日本刀だった。




