-【6-6】-紋術の残穢が見えた
残酷な表現があります。
注意してください。
〜以下回想『分断監視塔、屋上での死闘』〜
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「くたばれぇぇええええええええ!!!!」
潰れたように掠れた怒声を張り上げるリュンク。
サルホーガの両腕が開口する喉の奥で
ぬらぬらと血濡れた声帯が細かく振動するのが見える。
喉元を抑えられ、背面に仰け反る格好のリュンクは、
その体勢のまま腕の力いっぱいで剣戟を繰り出すも
サルホーガが先に告げた通り、密着した状態で放たれる腕力に依存した剣戟では、
たいした威力にはならない。
それを知るサルホーガは、交わす素振りも見せず
左肩を包む堅牢な白銀の鎧で簡単に竜剣を受け止める。
メシッ!と言う、弾性を孕んだ打音が跳ね
竜剣の刀身が白銀の曲面に僅かにめり込んだ。
「‥‥これは、戒めとして刻んでおくね。
コンマ数パーセントの可能性に辿り着けなかった私の怠惰が
君のようなゴミクズに陵辱の隙を与えてしまった。
これは、生涯私の恥部として晒し続けるね」
自己と、その自尊心の具現に等しい白銀の鎧。
その表面に刻まれた数多の薄い糸のような傷、
その中で一際深く付けられた影を落とすほどの傷跡を
渋い顔で認めたサルホーガは、それを自らへの戒の痕跡とした。
「ぎッ!!!ッッッッッッツ!!ツツツッ!!!」
「声帯が破けた様だね。これで君の耳障りな鳴き声を聞かなくてすむ」
サルホーガの腕がついに、リュンクの声帯を引き裂き
甲状軟骨が剥がれ落ちている。
リュンクの目端に枝状の血管が満ち
白目を真っ赤に塗り替え、遂には血涙が溢れた。
だがそれでも、サルホーガは、肩鎧に食い付いた刀身から
強張ったその体の出力を感じ、血涙の吹き出る双眼を覗き込む。
「それにしても、気味の悪い生命力だ。
傷口が神経にまで達していると言うのに‥まだ動けるとはね
でも、もう脅威を感じない」
サルホーガは、脅威だと判断した勢力の衰えに、
今まで数多に置き去りにした光景を重ねあわせていた。
人の持つ生命力が枯れ、暗く深い場所に沈んでいく時に感じる
失望や切なさに類した感情の銷沈。
ここまで冷却された生命の灯火が、再燃する事はない。
脅威は冷硬した。
ギッ‥‥
「‥‥‥?」
異音に気づくサルホーガ。
左頬を覆う兜の向こう側から
鎧を伝う僅かな振動がある。
間違いなく、肩に食い込む竜剣から生じたものだ。
兜の死角にあるその刀身を視認しようとしたサルホーガは、
首を向けると同時、フワッとした経験した事の無い質量の消失を認めた。
「!?」
体に満ちた原級素の流動が、一瞬滞ったと思えば
激流の様に一点へと集中し始める。
いや、集中では無い。
これは吸収だ。
サルホーガの脳内にてシナプス小胞から分泌される伝達物質が
その受容体との隙間でバチバチと反応し、
この感覚的な情報からアンサーを構築する。
フラッシュバックするのは、数分前の自らの発言。
『それとも、それが君の紋術媒体なのかな?へロウを殺したその剣の勢い。
あれは純粋な腕力では説明がつかないしね』
『そも、そが君の紋術媒体な?へロその剣のい。』
『そが君の紋術媒体なの剣のい』
『君の紋術媒体な』
『紋術媒体』
ゾワッ‥‥
「まさッ!!!!」
意識的な反応や言葉の発声より早く、
サルホーガの宿る体の本能が行動を決めた。
いち早く、俊敏にこの場から避難しなければ。
避難しなければ‥‥死ぬ。
軸足にたいして大きく力を込め
後方へと飛び‥‥。
「ッ!?お前!!」
だが、僅かに浮いた体が強引に元の場所へと引き寄せられる。
よく見れば、へし折れ垂れ下がっていたはずの
リュンクの左腕が、ガッチリとサルホーガの胸ぐらの鎧を掴んでいる。
「はな‥離せッ!!!」
その言葉とは裏腹に、子供の腕力では説明できない力で
より密着してくるリュンク。
サルホーガの兜、白銀の面甲から見える視界に
先ほどまで彼の両腕が差し込まれていた肉穴が接近する。
そして、生地が編まれる様に復元された声帯が水っぽく震え発する。
「アーテリスの為に無様に鳴けよサルホーガ」
それは、サルホーガにとって音でしかなかった。
疎通の紋術を介さず声帯から発せられた日本語は、
彼の耳には呪文めいたものに聞こえたはずだ。
だが、彼がその意味を思案する事は無い。
彼の体を襲った急激な変化が、その意識の全てを奪い去ったからだ。
左肩に接した竜剣の刀身が、サルホーガの纏う白銀の鎧に満ちた
原級素を尽く吸い上げると同時に、体を滾らせていた
竜の因子も同時に失われ、白銀の鎧を堅牢たらしめていた要素が枯渇していく。
サルホーガは、自分の体躯に対し
水が果て萎れていく樹木の幹の様な印象を得ている。
「ぐぉッ!!」
唐突に繰り出されたリュンクの強烈な蹴りを受けたサルホーガは、
密着状態を解かれ、後ずさりする様に後退した。
化け物じみているとはいえ、たかだか子供の蹴りに体勢を崩す様は、
側から見てもサルホーガの弱体化が確認できた。
「体が‥‥軽い?」
浮遊感。
異様な速度で質量が消失した鎧は、
サルホーガの体に浮いているかの様な錯覚を与えた。
「かっ‥‥返せ‥それは俺の誇りだ!!お前にッ!!」
パァンッ!!!
「ぎぃいぇえッ!!」
激しい弾音と、連なる様に漏れ出るサルホーガの劇声。
竜性を損ない、白銀の鎧のアドバンテージを失った
サルホーガを襲ったのは、瞬く様な敏捷で繰り出された竜剣による一撃だった。
放たれた竜剣の刀身は、サルホーガの左外側から直撃し、
左腕を切断し、肋の中頃に減り込んでいる。
「ようやくぶっ殺せる‥殺せる‥‥殺せるッ!!
僕はこれからお前を殺すぞ!!サルホーガぁあああッ!!!
ぃぃぃいいいいッ!!!ぉおおおおおおおおおお!!!!」
「げぇッ‥‥はぁ‥はぁ‥っぐっ!!き‥‥狂気ッ!!」
そして、サルホーガの胸部から強引に竜剣を引き抜いたリュンクは、
その刀身を上へ大きく掲げ、膝をつき苦痛に耐える白銀の突貫騎士を
黒く濁った瞳で冷ややかに睨みつける。
「賤しい獣が俺を!!見下すな!!貴様の様なクソカスに‥‥こんなところで‥‥こんなところでッ!!!!
俺は!!こんな場所で沈む訳にはいかない!!!!まだ母国に!アイーロン様に!!
この天命を捧げていない!!死ぬ訳にはいかない!!!
属性の獣でもなければ!!敵兵の英雄でもない!!貴様の様なゴミクズに!!
このサルホーガ・イデラケウスが!!」
サルホーガの放つ感情的な言葉が、リュンクに届いているかどうかは不明だが、
彼は、本能の赴くまま、何かに導かれるまま。
または、刻まれた教本を掘り起こす、それの実行に移っていた。
サルホーガから奪い取った竜の因子を呼び水に、
胸中から吹き出す怨嗟を竜剣の紋術回路にエンチャントさせる。
それを経て、具現したドス黒い霧状の背徳心が、
竜剣の切っ先に集まり球体を成していく。
未知の現象が絡み合い進行していく。
一体何が起こるのか、ここにいる誰もわからない。
しかし、唐突に体勢を崩し片膝をつくリュンク。
「が‥くそ!!‥気持ち悪い!!!!」
女神から与えられた力による恩恵が大きく作用しているとはいえ
首が切断する直前まで追いやられた体の消耗は著しい。
その体から更に何かを消費して
何かを繰り出そうというのだ。
体躯にガタがくるのも無理はない。
サルホーガは、その一瞬の隙を見逃さなかった。
失われた左腕と、内臓にまで至る胸部の負傷が放つ激痛を振り切り
体に僅かに残された竜の因子と体内の全 原級素を
両足に集結させ、彼は撤退を試みた。
白銀騎士隊6騎士の一角を冠するサルホーガにとって
この場から敗走する事が、どれほどの屈辱が知れない。
だが、それが自分の人格を根底から否定し破壊する行為だとしても
サルホーガには、生きてやり遂げなければならない使命がある。
白銀騎士隊隊長ヤンク・カルシャンと交わした持続的な使命と、
アマテオ帝国宰相アイーロンゲルサウスに託された勅令の使命。
その二つの強い使命感が、彼に無様に生きながらえる道を選ばせた。
生きていれば。
どの様な形でも生きていれば
まだ自分を自分たらしめる意志で持って矜恃を貫ける。
サルホーガは突貫騎士だ。
彼にとって突貫とは、暴力の名前ではない。
サルホーガにとっての突貫とは、自分の矜恃を持ち
あらゆる弊害を貫き破く意志の指標だ。
「必ず雪辱は果たす。その時は必ずその首を貫いてみせよう」
「!!!」
リュンクは、ようやくサルホーガの挙動に気づくが
既に彼は、両足を弾けさせた後だった。
ガシャーンという、板状の何かが数枚砕ける。
目に見えないその破片が屋上の床を構成する焼き材に散らばる。
異様な光景。
サルホーガが、空中で止まっている。
「こ‥‥これは!!!」
【不視の紋術】=【固空】
『アテテロは‥‥無駄で‥‥無い』
聞き覚えのある優しい声。
リュンクの目に、屋上に横たわる遺体の一つから
キラキラとした紋術の残穢が見えた。
「このッ!!!クソ雑魚どもがぁあああああああッ!!!!!」
いく層も展開された【固空】を突き破り損ね
弾かれたサルホーガが重力に従い地面に舞い戻ってくる。
『君‥タイミング‥‥みて‥‥それ‥‥ありが』
その言葉を慈しむ様に抱き
背徳の満ちる胸に沈めたリュンクは
両足で地面を踏みしめてから
サルホーガの着地に合わせ
切っ先の背徳を思いっきり叩きつけた。
「うぉおおおおおおおおおおおッ!!!!!!
死ねよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
リュンクは【破壊の紋術】=【咆哮】を行使した。
「ふざけるなぁあああ!!!俺には!!使命がぁあああ!!
使命があるんだぁああああああああああッ!!!!」
竜剣の紋術回路から解き放たれた黒い球体は、叩きつけられた方向に向かい
高速で射出された。
サルホーガは交わそうと身をよじるも胸元に着弾し
そのまま地面に叩きつけられる。
ガオンガオンと胸元で回転し、下方向に直進している球体は
白銀の鎧を粉砕し、辺りに撒き散らす。
サルホーガは、残留した竜の因子を胸元に総動員し
それを防ぎにかかった。
白銀の鎧と人生を共にしてきた彼にだからできる芸当だ。
だが、異常な進行力に対して先に屈したのは
白銀の鎧でもサルホーガでもなく屋上の床だった。
グラグラと塔を振動させながら大きく窪んだ床は、ついに堅牢限界を超え
瓦礫を吹き飛ばしながら崩壊しサルホーガは床を突き破ってから落下を続け
上層の床にぶち当たったが、更にすぐ上層の床を突き破り中層へと落下していった。
それを見下ろすリュンクは、ゆっくりと横たわるアーテリスの方を見る。
恐ろしげに傍観していたはずのアテテロが既に彼女に寄り添ってたが、
リュンクと視線を合わし、顔をぐしゃぐしゃにしながら
アーテリスが既に生き絶えた事を伝えた。
情緒が欠落し、感情の反応が遮断されていてなお、
どうしようも無い無念が心の底沈み、そのまどろみに混ざった。
リュンクは、屋上から中層を見下ろすと
混濁し光のない黒い瞳を、弾けそうなほど見開き
野獣の様に歯茎をむき出す。
その光景を見たデウムも、急いで穴の奥を見つめ
中層にて満身創痍の体でモゾモゾと動くサルホーガを知る。
だが、どう見ても既に虫の息。
まだアーテリスの方のほうが軽傷に思えるほどの負傷だ
助かる見込みがあるとは思えない。
「まだ‥‥生きてやがる‥」
どうやらリュンクの殺意は、それでは我慢がならないらしい。
デウムは、それを見て少し黙って考えてから言う。
「‥‥行けよ。リュンク。お前が止めを刺すんだ」
デウムは、ここでリュンクの殺意が鬱憤として留まる事は、
彼自身にとっても、自分たちにとっても有害な事だと判断したのだ。
「‥‥‥」
感情の読み取れない顔でデウムを見つめるリュンク
心情の一切が汲み取れない。
おそらく本人にも無理だろう。
「‥‥頼むよ」
デウムの言葉を受けたリュンクは、無表情に戻り
竜剣の切っ先を下へ向け、まるで躊躇のない足運びで中層へと落ちていった‥‥‥
ようやく屋上に静寂が訪れ、
誰も予想していなかった
彼らの戦いの終わりを告げていた。
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〜以上回想終わり『分断監視塔、屋上での死闘』〜
積層する樹脂偶像の誘う、有機溶剤の深淵より、我帰還せり。
(訳:積みプラをある程度完成させて、安心したので再開できました)
この様な駄作の為、定期的に見にきてくれていた貴方。
貴方のおかげで越えられた日もありました。
本当にありがとう。




