-【6-5】-胸を掻き毟る善意
耳では無く、体の表面を震わす大きな音を感じ
リュンクはゆっくりと瞳を開く。
しばし、呆然と頭を揺らした後、音の正体が大勢の人間の歓声である事に気付いた。
ブレる視界に映る覚えのある、立方体の土壁をした街並み。
どうやらケトアトへ戻ってきた様だ。
「よう。目が覚めたか?」
リュンクの目の前から聞き慣れた声する。
「‥オーケン」
いや揺れると思ったが、リュンクはオーケンの背中におぶられてい様だ。
巨体の背ごしに見える景色には、信じられないほどの人間でごった返していて
リュンクは、この街にこんなに人間が居るとは思っていなかった。
そして、オーケンを筆頭として、歓声を受ける同盟戦士の一団。
皆口々に賛美の言葉を発し、戦士団に群がってくる。
このままでは邪魔になると思いリュンクがオーケンの背中から飛び降りると、
彼は周りになだれ込んだ民衆達の波に揉まれ、すぐ見えなくなった。
街が震える様な、歓声の共鳴から逃れる様に
一人トボトボとその場から離れるリュンク。
この街の悲願の一つが達成できたのだ、
皆、お祭り騒ぎになるのは良くわかるが
リュンクは、とてもそう言う気分には慣れそうに無い。
遠目から、一人で歓喜の一団を眺めていると、
戦士団の家族達が、その無事を確かめ涙ながらに抱き合っている。
熱い接吻を交わす、若い男女。
男同士、固い抱擁を交わす者。
または、丁重に扱われた命なき帰還者の元に寄り
嗚咽を漏らし、力無く崩れ落ちる老婆。
駄駄を捏ねるように、大きな声で喚く厳つい男。
リュンクは、その光景を見て、心がひどく傷んだ。
自分を出迎えてくれる人間がいない寂しさと、
目の前で消えていった命達の儚さ。
喜ぶことも、悲しむこともできそうに無い、
リュンクには、どちらの感情も抱く権利がない様に思えたからだ。
サルホーガの言う通り、自分の様な存在は戦場に関わってはいけなかった。
今ここある、自分のこの命は。
あそこで栄光を浴びる者に対しても、
物言わぬ骸になり眠りにつく者に対しても
ただの侮辱でしかない。
あれ程、切り刻まれ、貫かれたのにも関わらず
傷も、痛みも無いこの体を見ては、そう思えてならない。
「こりゃあ、暫くは近づけないかな」
ふと、背後から聞こえた枯れた声に、
リュンクは上体を素早く捻り振り返る。
そこに居たのは、程よく肥えた初老の男性で、
顔の皺からよく微笑む優しい人物である事が伺えた。
「あはは、これは驚かせたかな?」
「‥いや。大丈夫‥」
「おや!酷い格好だが‥その血は君の物じゃないだろうね?」
リュンクの衣服に染み付く乾いた血液を見てひどく驚いた男は、
マジマジと全身を見回したが、生傷が無いことを知り少し複雑な表情を捏ねた。
「君は、同盟軍の少年兵だろう?
簡単な作戦だと聞いていたが、どうやら私が考えている簡単とは違ったみたいだ」
「そう‥だね。簡単な事なんて何にもなかったよ」
「そうか‥私にも娘がいてね。少年兵達の中で作戦に参加しているのだが
無事を祈るばかりだよ。直ぐにでも駆けつけたい所だが、ああも人が多いと探すのも一苦労だ」
「‥‥無事じゃなかったら‥ごめんなさい‥
僕はまだ参加しばかりだから、名前を聞いても誰かわからないけど
‥‥もしも無事じゃなかったら‥‥ごめんなさい」
リュンクの吐く、力の無い謝罪を見た男は、リュンクの肩を叩き言う。
「どこに君が謝る事があるのか。君は精一杯、我々の為に戦ってくれたのだろう?
よしんば娘に何かがあったとしても、君が原因じゃ無い。
戦場に立つ以上、何が起こっても本人も家族も覚悟の上だよ
君が落ち込む事はないさ」
「おじさん‥ありがとう。でも、それだけじゃ無いんだ」
心の中に巣食う、得体の知れない汚濁した衝動と、
それが巻き起こした狂気じみた行為。
心に重くのし掛かる、この酷く憂鬱な気分は、
誰かの死を退けられなかった事だけが原因じゃ無い。
「‥‥そうだ‥テナ!!こっちにおいで!!」
男は、大きな声で誰かを呼びつけた。
その視線の先に、はしこい少女が見え
テナと呼ばれたその少女がこちらへ近づいてくる。
「おじいちゃん!なぁーに!!」
「少年よ。この子を見たまえ」
リュンクは、老人の意図が分からず
言われるままに少女テナを見つめる。
「君よりも若く、弱い命だ。
ほんの少しの小さな脅威で、簡単に失われる儚い存在だよ」
「‥‥はい」
「今。この子がここで生きていられるのは、君達のお陰なんだ
君が奪った命や、君が守れなかったと嘆いている命も掛け替えのないものかも知れない
でも、それが無ければ、生きられなかった命がここにある。
他にもだ、あそこで歓喜している人々の殆どは、君達のお陰で救いの道を得たんだ。
今は無理でも、今後、この事を思い出す時、その事も一緒に思い出してほしい」
「‥‥‥‥」
歓喜する人々を見つめるリュンク。
平常時ならまだしも、今の心境においては
老人のあからさまな元気付けの言葉を鵜呑みにする事は出来ない。
でも、言葉よりもその気持ちに少し救われる。
ふと、その脇を突く少女テナ。
「やーん!ばっちい格好!」
「こら!テナ!」
「あ‥いいよ。確かにこれ以上無いくらい、汚い格好だしね」
不躾にリュンクの格好を見て嫌がるテナを叱る男に、
リュンクは大丈夫と、笑みを作り、少女に話しかける。
「あなたも帰ってくるのを待ってるの?」
「いや。僕は帰ってきた所だよ」
「そっか!じゃあ、おかあさんも帰ってきてるかな!!」
「そうだね。戦士団の女の人を何人か見かけたから、もう帰ってきてると思うよ」
「見て見てー!!これね!おかあさん昨日の夜、帰ってから一緒に続きしよって!
今度はテナがお花切って良いよって言ったの!」
少女テナは、手に持った紙細工を広げながら、自慢げにそう言う
無邪気なその様子を見れば、男の言う言葉が染みてきた。
確かに、この命を守れたのなら
全てに胸を痛める必要も無いのかも知れない。
「ねぇ!おじいちゃん!!おかあさんのとこに行こうよ!!」
「うーむ。まだ人が多いからなぁ」
「もうずっと待ったよ!お母さんに会いたいよ!」
「よしよし、わかったよ」
引かないテナの言葉に折れた男は、渋々と戦士団を取り巻く一団に向かおうとした。
「あの‥ありがとうございました」
リュンクは、その後ろ姿に一礼し、男は「しっかりな」と返した。
二人の後ろ姿を見送るリュンクは、
少し、心が軽くなった様な気持ちになった。
「ねぇおじいちゃん!おかあさんと会う前にこれつけて!」
「ああ、そうだね。テナはこれに夢中だなぁ」
「うん!お母さんがね!迎えに行く時につけて見せてって言ったの!」
「そうかい。そりゃ、これを髪につければ見栄えも良いし直ぐ見つけてくれるさ」
「ちゃんと結ってからつけてね!」
「はいはい‥それじゃつけるよ‥‥‥よし!」
「えへへ!どう?」
「よく似合っているよ。この翡翠の髪飾りはテナの為に作られた様なもんだな!」
翡翠の髪飾り。
それを見たリュンクの心臓の鼓動が異常に早くなる。
「‥‥はっ?‥‥‥」
決して窮地を連想させるショックな光景じゃない。
そのはずなのに、彼の心臓は収まる様子なく更に鼓動を早め、
寒気が背筋を伝い、嫌な脂汗が身体中から吹き出る。
今も眼に映っているにも関わらず
心がそれを肯定する事を拒んでいる。
「っ‥‥ぁ‥‥」
リュンクは、無意識に歩みを進め二人に近づいていた。
歩み、近づき。
少女の頭に、それを見つける。
濃紺の頭髪によく映える翡翠の髪飾り。
間違いない。
あれは、あの日、リュンクが選んで
アーテリスに手渡したアクセサリーだ。
よく見れば、この少女。
白い肌とマゼンタの瞳、面影はある。
「どうしたの?」
不意に近づいたリュンクに気づいた少女が、質問を投げかけてくる。
たった5文字のその質問に、あり得ないほどの重量を感じた。
何も言い返せない。
何も言えない。
言わなくてはダメだと解っているのに
全く言葉が出てこない。
「お兄ちゃんは、見送ってくれているんだよ。ほら、行こう」
「バイバーイ!!」
「‥ぁッ‥待って‥‥ま‥」
リュンクには、人混みに紛れ見えなくなる二人見送ることしかできなかった。
アーテリスは言っていた。
家族を守る為に人間に対して紋術を行使したのが、
彼女の戦争の始まりだと。
「家族と仲間を守る為に私ができる全ての事を全力でする」
想像もしなかった。
アーテリスに子供がいるだなんて思いもしなかった。
「そんなのって‥‥ないよ‥こんなの‥酷すぎる」
アーテリスが言っていた家族とは
彼女が守らなければいけなかった命とは彼女の事だ。
その光景と、唐突に突きつけられた事実に
リュンクは急激な吐き気に苛まれ、うずくまる。
言えなかった。
アーテリスがどんな目に遭って
どこで、どうなったか。
誰が守れなかったのか。
「ぅっ‥‥ぅうううう!!うぅぅっ!!!!」
駄目だったんだ。
絶対に失っては駄目な存在だったんだ。
目の前に在り、何もできずに
簡単に奪われてしまったあの命は
絶対に欠いてはならない命だった。
リュンクの中にある道徳が爪を剥き
その胸中を善意によってぐちゃぐちゃに掻き毟る。
「うぁああああああ!!!!」
無意識に叫び声をあげたのは、
そうして吐き出さないと
心を圧迫する自己嫌悪で破裂してしましそうだったからだ。
リュンクの心に宿った良心の呵責は、
子供の心では受け止められる代物ではない。
もう無理だ。
正義を尊ぶ善意で心が破壊されてしまいそうだ。
こんな思いをするのなら、
心も感情も無ければ良いのに。
そう思う刹那、あの時と同じ様なザワザワとした気配を感じた。
これは間違いなく怨嗟と背徳の気配だ。
ガンガンと視界が歪みノイズの様に時間遅延が巻き起こる。
もう、どうなるかわからないが
このまま心を破壊してしまえば、楽になるのだけは確かだ。
リュンクは、再び、人間性から何かが剥がれる感覚を体験する‥‥
-ドスン。
と、その時、小さな衝撃と共に
リュンクの背中を柔らかな感触と、甘い香りが包んだ。
嗅いだ事のある、安心する匂い。
それは、砕けた骨を紡ぎ
裂けた傷を癒す万能薬の様だ。
徐々に、視界からノイズが消え、次第にドス黒い気配も薄まっていく。
「‥な‥‥なに‥これ」
状況が飲み込めず、オロオロとするリュンクに、
その小さな体を、全身で抱きしめる柔らかい腕が絡む。
「しーっ。何も喋らないで」
耳元を暖かくする甘く優しい声。
リュンクには、声の主人が誰かがすぐに解った。
気恥ずかしく照れるだけだったそれが、今はとても心地良い。
「っ‥‥駄目だよ‥こんなの、僕は‥」
「駄目でもなんでも、やめたげない」
細い指で、血糊で固着した黒い髪を撫でる。
頬と頬を合わせ、温もりを伝える。
「僕は‥もう‥こんな事してもらえる人間じゃないんだっ‥」
この優しさが、素直に辛い。
怨嗟の衝動に従い、散々な背徳に手を染めた自分が、
命を侮辱し、踏みにじった自分が、
何もできす、無力だった自分が、
何も言えなかった卑怯な自分が、
生きて戻ってこれなかった
アーテリスやゼオ達を差し置いて
生きて戻って欲しかった人々に目を瞑って
こんなに優しくされて良いわけがない。
「自分が許せない?‥‥あなたは罰が欲しいのね‥」
そうだ。
罰だ。
この胸を掻き毟る善意を満足させるだけの罰があるのなら
一刻も早く、この心を裁いて欲しい。
「それなら‥‥日常に戻りなさい」
「‥日常?」
「体だけじゃなくて、心も日常に帰してあげて
そして、癒しと許しを受け入れなさい」
「それじゃ‥駄目なんだよ‥‥そんなの‥」
「罰って辛い事でしょ?」
「‥そうだと思う」
「あなたが、自分は許されない人間だって思うのなら
人に優しくされる権利もない人間だって思うのなら
きっと、癒しも許しも優しさも辛い事のはずよ」
「‥うんっ‥‥とっても辛いよ」
「なら。それが、あなたへの罰よ」
その言葉で、心が変質する。
まるで枯れかけ、諦められていた蕾が、
ゆっくりと花弁を剥がしながら開いていく様な感覚。
相変わらず、道徳はリュンクを責め続けているが、
ただ、闇雲に傷つけるだけだった、その行為に意味が与えられ、
耐え難く辛かった良心の呵責が表情を変えた。
「さぁ。こっちを向いて」
言われるままに、踵を返し振り向くリュンク。
そこには、最後に見たあの表情で
優しく微笑むポルシィが居た。
「お帰りなさい。よく頑張ったね、本当に無事でよかった」
「ポルシィ‥」
「辛かったね。何があったのか。私には何もわかってあげられないけど
それでも、もう良いの。
今は全部、嫌な気持ち全部、私に預けて良いから‥こっちにおいで」
「‥‥‥‥ポルシィ‥‥こんなの‥‥ッ!!」
その表情と言葉が生み出した
全てが許された様な錯覚の前に
言われるがまま、リュンクは感情の枷を外した。
それは、とても大きな泣き声だった。
人目を憚らず、全て投げ出して流す涙は、
ポルシィの胸の中で温められ、優しく心をほぐしていった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
オーケンは、賛美し讃える民衆の歓声を掻き分け、はぐれたリュンクを探した。
この戦いを導いた指導者として、罪悪感や葛藤を封じ込め
高らかに笑ってみせる必要があるのは理解していたが
この状況に当たられた、リュンクがどれ程の心労を抱えるのか
同じ様な経験のある身としては放っておけなかったのだ。
前に区間壁の上で豪語した、少年兵への自分の責任。
果たし損なったそれが作用したのかもしれない。
それ等以上に、あの少年を不安定な状態で放置する事が
どれほど危険なのか、計り知れない。
「ハキホーリ!ここの事は任せる!
俺は少し抜けるからな!!」
同様に、揉みくちゃにされるハキホーリは、
それを聞いて「そりゃねーぞ!」と悪態をついたが
すでにオーケンはそこには居なかった。
人混みを掻き分けるオーケンは、
特有の身長を有効に使い周りを見渡しはっと目を留め視線を落とす。
視線の先で、ポルシィに抱擁され泣きじゃくるリュンクが見えた。
「‥‥っく‥」
目元が熱くなる。
油断すると涙が溢れてしまいそうだ。
オーケンの視線に気づいたポルシィは、表情だけで感情を伝え
同じく表情で気持ちを表現しゆっくりと頷き返事を返す。
力無く彼女にもたれかかったリュンクを見ると、また眠ってしまった様だ。
ポルシィは、それを器用に背に回しておぶるとオーケンにジェスチャーを向ける。
彼女にリュンクを任せたオーケンは、強く目元を擦り、一団に振り返ったが
その表情は、何か覚悟めいた物を彷彿とさせた。
オーケンは、大勢の人間を掻き分けデウムとアテテロを探した。
しばらくして、半泣きのケンテッカに背を叩かれているデウムと
祖父と祖母に抱きしめられているアテテロを見つけ
特別な言葉で共に来る様に伝えると、二人は意味を悟り足早に後へ続いた。
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二人を連れ、同盟軍のアジトへ戻るオーケン。
アジト内には既に何にもの人間で溢れており
先頭の後にも関わらず、皆、分断監視塔から持ち帰った書物を手に持ち
忙しそうに練り歩いている。
会得した資料から、アマテオ帝国の内情と隠された思惑を引き出そうとしている様だ。
オーケンは、二人を普段は人を通さない奥の部屋へ招き入れ椅子に座らせ
まずは、冷えた飲み物を出し、出来るだけ優しい口調で分断監視塔の屋上で何が起こったのかを質問した。
言葉に詰まるアテテロの横で、意を決したデウムが口を開き始め
作戦通りアーテリスの紋術を行使しながら、屋上へ侵入し
敵兵を排除した事を伝えた。
「そして、いざ塔内へ入ろうかと言う時でした。あいつが現れたのは」
「白銀騎士隊のサルホーガか?」
「はい。最前列にはリュンクが、その真後ろにアーテリスが居ました。
僕は最後尾に居て‥中の様子は、暗くてよく見えませんでしたが‥
暗闇の中から突然、槍が放たれて‥‥アーテリスが目を負傷しました」
「なるほど。アーテリスが一番最初にやられた訳か‥
あの突貫騎士の不意打ち‥‥アーテリスと言えど対処できるものじゃない」
「はい‥本当に一瞬の事で、階段の上から見ていた僕ですら、それが槍の攻撃だと気づくのに時間がかかりました
‥‥思えば、あの時から変だったんです」
「変?サルホーガの攻撃か?」
「いえ。彼、リュンクの事です」
「‥‥どう変だったんだ?」
「はい。彼は、暗闇から放たれたはずのサルホーガの槍を顔面寸前で交わして‥
次の瞬間には、アーテリスを抱えて屋上に後退していました」
「交わした?あのサルホーガの刺突を交わしたのか?
それに、最後尾はデウムだったはず‥‥なのにお前よりも早く屋上へ出たのか?
それもアーテリスを抱えて?」
「はい。あの時は驚く隙も無くて、対応に追われていましたが
今考えるとおかしいです」
「ふむ‥それで、その後は?」
「はい。リュンクに続いて、屋上に後退した僕達ですが、その際にハギンが頭を貫かれ殺されました。
その後、リュンクと二人でアーテリスの介抱をしましたが‥とても処置できる負傷ではなかったので
アテテロに治療を任せて、僕達はサルホーガを迎え撃ちました」
「サルホーガは、わざわざ屋上に姿を現したのか?有利な場所を捨ててか?」
「はい。恐らく、手早く我々を処理しておきたい理由があったのでしょう。
何か、重要な任務の途中だとか‥‥そう言う目的めいた行動に感じました」
あれだけ凄惨な目に合いながらも、得たピースを繋げられる
デウムの思慮深さにオーケンは感心した。
「サルホーガが姿を現すまで、僕はブリウトン将軍がそこに居るのだと思い込んでいましたが
いざ、出てきたのが白銀騎士隊のサルホーガだったのでひどく驚きました。
皆、同様に硬直していたをよく覚えています」
「そうだろう。俺がお前達でも身動きを損なう自信がある」
オーケンのやんわりとした軽口に、
デウムはようやく少しはにかんだが、すぐに真面目な顔に戻る。
「サルホーガが現れて直ぐに、リュンクが攻撃されました。
こう‥‥恐らく、槍で口の中を貫かれたんだと思いますが
早すぎて見えませんでした」
「口の中か‥恐らく口内から頸椎を狙ったんだろうな。
奴らが、紋術師を最短で無力化する方法として使う手だ。
本当は後頭部を狙うんだが‥」
「そうみたいですね。本人がどこかのタイミングで説明していました。
その攻撃でリュンクは、死んでしまったと僕は思っていたんですが‥」
「‥‥頸椎を貫かれ、生きていたのか」
「はい。その後‥‥カテバと‥‥その‥‥ゼオが‥」
喋りにくそうに友の死を告げるデウムと、
口を押さえ涙をこぼすアテテロを見たオーケンは、心がひどく痛むのを感じた。
「‥すまん。辛い事を喋らせて本当に申し訳ない」
「いえ‥‥それからがもっと酷い」
デウムは、更に少年兵二人が足を切断され塔の下へ落とされた事、
紋術=虚空で形成された足場に敗走した少年兵達に対し
待っていたかのようにアーテリスにトドメを刺す事で崖の下へ落とした事を続けて語る。
「だが、あの直後は、アーテリスはまだ死んでいなかった。
落下した少年兵達の為に、新たに虚空を使って岩場への激突を防いだそうだ」
「そのようですね。あの状況下で、そんな芸当ができる紋術師は、殆どいないと思います」
更に、リシュモン教団の新たな法王にマータリンクリンヒルが
即位し経典をいくつか書き換えた事を伝えた後、口を噤む。
「言いづらいか?」
「いえ‥‥その後、僕が殺されそうになるんですが‥‥」
デウムは、承諾を求める様にアテテロの方を見て
アテテロがうなづくのを見て、喋り始める。
「そこからの話は、まるで伝説や神話の中に出てくるような突拍子もない事で」
「安心しろ。大体の予想はついているんだ。
絶対にバカにしたりしないから話してみてくれ」
その言葉に、少し安心した様子のデウムは
アテテロの手を強く握ったまま興奮した様子で喋り始める。
「僕が死を覚悟した瞬間、リュンクが大きな声で伏せろって言ったんです
その直後、聞いた事ない程の風切り音で彼の剣が飛んできました。
彼の剣は、サルホーガの側近騎士の一人にぶつかって‥‥多分、その騎士は即死したんだと思います」
「白銀騎士隊の鎧を着た遺体を屋上で確認している。確かに即死だった様だ。
一撃で鎖骨から背骨までを切断され、トドメに、地面とぶつかり首の骨と頭蓋骨が砕けていた」
「そしてサルホーガは、動揺した様子で残る側近に、
何か番号の命令を出していました」
「対応行動7番か?」
「そ!そうです!!心当たりがあるんですか!?」
「まぁ、その辺りは後で話す。まずは続きを教えてくれないか?」
「あ、すいません。それで‥えっと」
「私が、隠し持っていたアーテリスのショートソードを渡したんです。
でも、リュンクは、それをまともに扱えてませんでした」
アテテロは、嗚咽を混じらせつつもようやく口を開いた。
「そうです。剣戟は早かったのですが、
攻撃になる前にその手からスポンと離れて飛んでいきました
まるで、練習不足の子供が木剣の遠心力に耐えきれず、手を離してしまうような
そう言う未熟な失敗に見えましたが‥」
「‥‥なるほど、あの剣が特別なのは、そういう意味もあるのか‥
要は、ショートソードが重すぎたんだな」
「ショートソードが重い?だってリュンクはあのバカに重い剣を持てるんですよ?」
「リュンクにとっては、あっちの方が軽いんだろうよ。
それで?その後は?」
「あっはい。その後‥リュンクは、あの変な剣を取り戻そうと立ち回るんですが
サルホーガがそれを妨害していたんです。そこでリュンクは‥わざと自分の胸で槍の一撃を受け
その衝撃で武器の場所まで移動して見せました」
「‥‥なんだって?胸で受けるってどう言う事だ?」
「いえ‥文字通り、胸で攻撃を受け止めたんです」
「サルホーガが放つ槍の刺突を胸で?いや、死ぬだろ」
「ですが、彼はやってのけたんです。もちろん、胸の奥にまで槍の刀身が埋まって、
と言うか貫通していましたよ」
「ありえない‥あいつ、とんでもない奴だな」
「そうですね。でも、何か、あの時のリュンクは何かに操られているようにも見えました
だって、信じられます?僕らと同じくらい子供が、あの白銀騎士隊の突貫騎士と戦っていたんですよ?」
「‥‥そうだな」
「そこからはもうしばらくは、うまく話せません」
「どうしてだ?」
「見えませんでした」
「見えない?」
「サルホーガが、白銀の鎧の力を解放したんです。
もう目で追える速さじゃなかったです。
でも、リュンクは、それに対応している様子でした。
無論、彼の動きも正確に見えてなかったので、説明できませんが」
目で追えない、スピードでの戦いの果てに
サルホーガが、リュンクの首に腕を打ち込んだところで静止したとデウムは語った。
そしてそこから巻き起こった出来事に最も驚愕したと言う。
「あんなもの、見た事も聞いた事もありません‥」
言葉を止めて少し考えたデウムは、
生唾を吞み込んでから、その出来事を語り始めた‥‥。




