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WSS/1-異界冒険譚  作者: たかしモドキ
第6話「あなたに何も期待しない」
48/80

-【6-3】- 最後に強く抱きしめた。

非常に残酷な表現があります。

注意してください。

一際強い振動の後、天井の中心が膨れ上がり

何かがミシミシと建材を押しのけ圧迫しているのがよく見えた。


「!!」


次の瞬間、ドバァッ!と粉塵を撒き散らせ

轟音と共に天井を突き破り落下してくる。


付随してドバドバと崩落する上層の建造物の破片の隙間から

夜天を切り抜いた様な、真っ黒な球体が見え隠れしている。


黒色の球体は、キラキラと光る細かな粉末を撒き散らせながら

派手な打音で再び塔を揺らし、大きな物体を中層の床に叩きつけた。


球体は、床に着弾して尚も、衰え停止する様子は無い、

それどころかより強力に下方向へ進行している様に見える。


「おいおい、なんだこいつは」


一切理解ができない突然の状況に、オーケン達は激しい動揺を見せたが

臨戦態勢にも関わらず、その隙だらけの体に攻撃を仕掛ける者はいなかった。


なぜならば、その場に居る全員が例外なく

突如として現れた謎の球体に視線を向けていたからだ。


黒い球体はガオンガオンと爆音を発しながら、

光る粉末を撒き散らせ続けているが

その現象だけでは、球体の正体を暴く事は叶いそうに無い。


だが次に球体が引き起こした現象が、その性質の一部を見せた。


突き破った天井の瓦礫が、崩落する側から

球体の中心へと渦を巻く様に集まり一瞬で粉々に分解され無に帰している。


球体が何を起因として湧き出た現象なのか予想もできないが、

人体があの球体に触れれば、どの様な事になるのかは想像に容易い、

一切理解の重ねられないこの状況下に置いて球体の持つその有害性だけは明らかだ。


その時、誰かが大きく叫ぶ。


「何か吐き出しているぞ!!!」


その言葉の通り、黒い球体が撒き散らしていた物体が変質する

銀色の粉状であった生成物が、急に赤色の飛沫に切り替わり

中層の広間を塗りなおす様に飛び散り始めたのだ。


生温かい赤色の飛沫が両勢力の兵士を赤く染める。


その場で球体を凝視していた兵達は、

自分の体に付着する大粒の滴が、どの様な有害性を持つか分からず

皆、口々に脅威を叫びながら、飛沫から逃げる様に中層の壁端へと避難した。


飛沫から逃れようと逃げ果せた彼らは、

図らずも球体を囲む綺麗な円形となった。


この窮地に立ち会い平等に存命を危うくした兵達が成す円形、

奇しくもそには敵味方の隔たりは無い。


皆が、畏怖を抱き様子を伺う中、

鼓膜を破壊せんばかりの爆音は、次第にその勢力を衰えさせ

比例して縮小していく黒い球体は、最後に点となり掻き消えてしまう。


「‥‥‥‥‥」


嘘の様な静寂が、空間を固めた様にしばらく続いた。


余りに急勾配な、音域の強弱を経て

静寂により振動を失った鼓膜はキーンと耳鳴りを続けている。


銀色の破片と赤い飛沫が散らばる

薄暗い中層の中心、先ほど球体が掻き消えた場所を

破壊された天井から差し込んだ

黎明の陽光がスポットライトの様に照らしている。


「ぁ‥‥あれを‥」


カシャカシャと、薄い金属が擦れ合う音を発し

不安定に動く赤い影は将官のブリウトンであった。


その独特な赤色の鎧が、例の飛沫により一層赤みを増している。


その手に携えていた獲物を、力無くズリズリと引きずりながら歩くその様は、

アマテオ帝国将軍という肩書きを大きく下回り矜持のかけらも無い。


それを目で追うオーケンは、顔面に付着した赤い液体を

ポンチョの端でぬぐったが、その際鼻腔を受けたその匂いには覚えがある。


「これは‥血液?」


ふと部分的に照らされる階の中心へ視線が向く、

そこで照らされる銀色の何か蠢いているのに気付いたからだ。


オーケンの双眸は、蠢くそれを映した事がある。


数年前、彼が同盟軍の指導者として立ち上がるきっかけとなった

南ウルムでの戦場にて強烈な刺激として網膜に焼き付いている。



ーだが。



まるで、吐き捨てられた鉄くずの様に、散らばりそこに有るそれが、

思い出すだけで鼓動を高める程、鮮明に焼きついた記憶の光景とリンクできない。


しかし、見間違う事などありえない。


今、目の前で無様に横たわる破片の数々は、

戦場において全兵士の畏怖の具現(シンボル)に違いない。



これは、あの白銀の鎧の残骸だ。



「嘘だあぁぁッ!‥‥サルホーガ様ぁあッ!!」



ブリントンが、情けのない言葉で激情を吐きだす。


その言葉でようやく、赤色の液体に浸かり瓦礫に埋もれ

歪に横たわる瀕死の人間を視界で認める。



「これが‥‥あのサルホーガ‥」



白銀の破片の中心で、地面にめり込む様に大の字で倒れているのが

かの帝国最強の白銀騎士団にて突貫騎士の称号を授かる人物だと誰が気づくのだろうか?


一度は、その姿に恐怖し成す術なく敗走したオーケン達、地方同盟の戦士達ですら

その光景を受け入れられないのだ、同軍の者ならば尚更のはず。



「っぐぅあッ‥おげぇっ‥‥」



掠れた呻き声をあげたサルホーガは、血液を吐瀉物の様に吐き出す。

どうやら辛うじて息がある様だが、既にその命は風前の(ともしび)と言った所だ。


戦場での栄光が約束されているとまで謳われる白銀の鎧は、

無残にも砕け散り、サルホーガの左肩から腹部にかけて抉られるように欠損している。


内封されている肉体は、その鎧以上に悲惨な有様だ。


左腕は鎧の中で断裂し、そこから裂けた傷は腹部にまで至り、

砕けた肋骨から横隔膜が剥がれ、その中身は露出し

彼の薄い呼吸の度に体外に晒された臓器から血液が滲んでいる。


「ジョラピオ隊急げぇえ!!この方だけは絶対に死なせてはならん!!!」


獲物を手放し兜を脱ぎ捨てたブリントンは、

驚愕と恐慌の中で、ようやく捏ね合わせた言葉で必死に救護を求めた。


敵兵である地方同盟に囲まれてるにも関わらず

形振り構わず狼狽え焦るその姿は、完全に戦闘を放棄している。


ブリウトンは、軍事施設の管理者と将官の務めを期待された男だ。


自軍の兵士だけでは無く、敵兵の前でこの様な無様を晒す事が

自死すら生ぬるい恥辱に相当すると、当然理解している。


それでも、ブリウトンに躊躇なくサルホーガの延命を選択させたのは

この瀕死の騎士がアマテオ帝国にとって掛け替えのない存在である事を暗示させていた。


それを見据え、戦意の喪失と同情じみた感情を得たオーケンは、

サルホーガに駆け寄ろうと足を踏み出すブリウトンを見つめ

無防備で隙だらけの背中を見逃した。



その時、陽光のスポットライトが、小さなシルエットで陰り

ぶち抜かれた天井から、瓦礫の破片と共に何かが落下した。



降下により勢いの付いた鋭い切っ先、

反射する黎明がギラついた刀身の軌道を刻む。



今は無防備となったサルホーガの胸部を捉えた剣先は、

その胸板をたやすく突き破り背部を貫通しながら床材にまで至り

趣味の悪い竜の意匠をした鍔元まで深々と押し付けた。




「うぎげぇぁああああああああああッ!!!!」




沈黙が支配する空間に響き渡ったのは、

濁音の混ざる酷たらしいサルホーガの断末魔。


突如として落下していきた何かを正確に捉える一同。


それは両腕で諸刃の剣を捻るように強く握り込み、

全体重をかけて瀕死のサルホーガの胸部に剣を押し込んでいる。


それは、明確な意思を持ってトドメの一撃を刺しに現れ

伝説の領域にある白銀の突貫騎士サルホーガをぶちのめした存在。


すぐ目の前まで駆け寄っていた将官のブリントンは、

完全に腰を抜かし目玉をひん剥いたまま放心し

滑稽な挙動で後ずさりバランスを崩しだらし無く尻餅を着く。


ボロボロとこぼれ落ちてくる天井の建材と、

天井から差し込む陽光が、その存在を余計に印象付け

現場を取り囲む様に円状をした兵士達の視線はそれに釘付けとなる。



胃袋がひっくり返りそうなプレッシャーを放つそれは‥



黒い被り物に、華奢で未熟な肢体。

返り血か、自身の血液で汚濁した衣類は未だポタポタと雫を垂らす。


誰の目から見ても垢抜けない少年の姿をした何かがそこに居た。


それがリュンクだと。


あの陽気で気さくなあの少年だと。


そう一番最初に気づいたのは恐らくオーケンだった。



不意に頭を上げたリュンクは、サルホーガの胸部から勢いよく竜剣を引き抜く

硬い骨を無理やり掻き分けた時の、メキメキという音と共に血飛沫が散る。


只ならぬその姿に、誰も身動きを取れない。


リュンクは、肩を上下に息を荒げながら、サルホーガを見下した。


サルホーガは既に息絶えていたが、筋肉にはまだ反射が残っており

四肢はビクビクと脳が最後に送った信号を繰り返している。



それを見たリュンクは、不愉快そうに眉間に皺を寄せ舌打ちをした。



「しつけぇえなぁ!!さっさとくたばれよッ!!このクソがぁ!!!」



子供とは思えない汚い言葉を吐いたリュンクは、

眼下の遺体に対し、眼にも止まらない無数の剣戟を繰り出し始め

遺体を足蹴にし踏み躙り、幾度となくその身を刻む。


遺体は無力に剣戟を受け止め、徐々に胴体から部位が離れ飛んでいく。


それは、生命に対する敬意や尊厳などは微塵もない

圧倒的な暴力と狂気の元に繰り広げられる背徳。


それを受け、強く狼狽する両戦士達。


日や、血肉の舞う戦場に身を置いているはずの戦士ですら

規格外の悪意から繰り出される背徳の具現にショックを隠せなかった。


アマテオ帝国に対し、並並ならぬ感情を抱く地方同盟兵士ですら

ここまでの行為は望みはしない。


それは、彼らが抱くのが敵意であり悪意ではないからだ。


「たの‥む‥‥もう‥やめてくれ、これ以上‥もう」


「っ!!」


同盟兵士達と並び、同じくその光景を唖然と黙視していたオーケンは、

ブリウトンが絞り出した懇願を受けて我に返る。


これは作戦だとか戦争だとか

そういう枠組みを超えている。


「もういい!!やめろッ!!落ち着けリュンクッ!!!!」


「‥‥‥‥?」


オーケンの制止に、リュンクは無表情で目線を合わせる。


「あ、オーケン。無事でよかったよ」


先ほどの激昂から気味が悪いほど制動したリュンク。

感情のない瞳は、まるで無機質な水晶をみつめている様で、

その瞳の奥で何か得体の知れないものの気配を感じたオーケンは声を詰まらせる。


「あの、ごめん。アーテリスは‥‥ゼオも他の少年兵達も殺されちゃったんだ。

 しかもオーケンやポルシィも殺そうとしてて、でも安心してよ」


生気のない肉塊となったサルホーガを再びみつめたリュンク。



「‥‥死んでしまえば、何も奪う事はできないだ。

 でも、同じ様に死んでしまったら何も奪えないんだよ」



その瞳は、すでに水晶ではなく

強い感情の宿るグチャグチャな卵だ。


「畜生‥もっと奪えば良かった‥

 こいつはあんなに奪っていったのに!!」


場に居る兵士たちは、泣き叫ぶ様に喚くリュンクの様子を

どの様な感情で受け止めて良いのか分からず

闘士から生じた興奮の残る体を強張らせ呆然としていた。


その中でオーケンだけは、内容の知れないリュンクの激情を

黙って聴き、受け止め、しっかり何度も頷き、

行く場のない独白の行き先を、ゆっくりと自分へと誘い


最後に強く抱きしめた。


そして感情の津波でごちゃ混ぜになり

顔中にしわを寄せて涙を垂れ流すリュンクの嗚咽が止むまで

二人は、血濡れの遺体の上で抱き合っていた。

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