-【6-2】-イキリ立ったイチモツ
オーケン率いる1番組は分断監視塔下層へと足を踏み入れる。
先頭を行くオーケンの相好は険しい。
何をどう間違えれば、征服済みの亡国最南端の片田舎に、
現在も戦線を広げる帝国の主戦力が現れるというのか。
だが、本当に上の階に居るのが白銀騎士隊のサルホーガなら、
腕に覚えのあるオーケンを含め同盟軍の戦士では相手にならない
単対多勢をもってしても、その実力差は埋めることが叶わない領域にある。
他の誰でもない、オーケン自身が生き証人としてその伝説的な武勇を目の当たりにしている。
塔内に入る彼は、大鮫に飲まれる老人ジェペットの様な気分だろう。
同盟軍の侵入に向け、下層に配置されたアマテオ兵たちが一斉に武器を構えた。
各々、戦闘態勢で強張った体はぎこちなく、練度の低さと、不意打ちに対する動揺が強く見られる。
オーケンは、不安な気持ちを落ち着けさせる為、
練丹を行う様に深く深呼吸。
何度目かの呼吸の後、彼の表情は平常時と同等であった。
瞬時に状況を脳で咀嚼する。
太い柱の多い室内、軽装の槍兵が13名と平服の剣持ちが7名。
「3人1組、四角の戦法だ」
簡潔に作戦を伝え、全員で敵の攻撃範囲内に身を投じる。
同盟戦士達は3人1組で陣形を組み互いに背を向け、
陣形の中心に死角を集中させ互いをカバーしながら
十分不意打ちが有効に効いているこの状況で有利に兵を排除していく。
オーケンは、持て余す巨体を柱に隠しながら
うまく立ち回り一人で7人の相手をしてみせた。
場の状況が同盟軍の優勢になった所で上の階に逃げる槍持ちのアマテオ兵、
それに追撃をかけようとする1番組の戦士をオーケンは制した。
「少し待ちな。向こうは、槍持ちに見知った室内という地の利がある。
狭い階段で籠城されたらたまらんぞ。2番組の発破をくらわせてから行こうじゃないか」
オーケンの一声でハキホーリ筆頭の2番組が合流し、
威力の弱い発破弾に火を付け中層への階段へ次々と投げ込む。
「よし炸裂したら間髪入れずに特攻するぞ。
相手には分からんだろうがありゃケレンだ。
大した威力はない、ビビらず行くぞ」
オーケンの指示通りに、皆、冷静に待機し、
発破が炸裂してから中層へと駆け上がる一同。
中層では、発破から逃げ追いやられたアマテオ兵が、
上層への階段方向へ偏るように密集している。
「こりゃあ良い、ハキホーリ!!2番隊にありったけ持って来させろ
うじゃうじゃ居るあそこにお見舞いしてやれ」
「ああ!わかった!時間稼ぎは任せるぞ!」
中層は、大人数で会合を開く為の多目的広間なのかだだっ広い。
「任された」
現場を確認したオーケンは、心強く野太い声に自信を乗せて答えた後、
遂に背中に背負った一際大きな剣をその剛腕に携えた。
「1番隊、アクテオーラーの3名だけ俺と来い。
ぶん回してぶっ壊すぞッ!!!」
オーケンの呼びかけに前へ出た、同盟戦士3名はオーケンと同じく
自身の身長ほどの大剣をその手に持つ。
部屋端に追い詰められたアマテオ兵側も、態勢を整え
陣形を整え今にも特攻を仕掛けてきそうだ。
「ぇええぃ!!っらぁあああ!!!!」
それを制止する様に放たれたオーケンの気合いは、
発破の再来かと思うほどの迫力でアマテオ兵を牽制した。
場の均衡を司る意思の天秤がこちら側に傾いた瞬間、
オーケンは、剣を放り投げるように上へ浮かせたかと思うと
体を大きく捻り刀身が床に落ちる寸前で
落下する重い剣の力を横の回転に変換しアマテオ兵の塊に叩き付けた。
純粋な重さを剣戟に付与された大剣の一撃によるその衝撃は、
最前列で身を固めるアマテオ兵を吹き飛ばし、後列を圧迫した。
「ッ!!ぉおおおおらぁあッ!!!!」
さらに、叩き付けた剣を瞬時に引き寄せ、
そのまま上へ剣を掲げ、その場で落とすような動きで勢いをつけ
地面にこすらせながら遠心力をつけた大剣を再び叩き付ける。
一連の動き。それはまるで、大剣が自分の意識を持って
動いているかのような奇妙な動きだった。
彼が呼びつけた3名の戦士も、同様のテクニックで長い剣を操っている。
大剣の重量を筋力により強引に遠心力に変換させ
相乗させた荷重を剣戟として繰り出す。
オーケン等の様に、鍛え抜かれた体と
特殊な技術で大剣を振るうものを異界ではアクテオーラーと呼ぶ。
そして、このオーケンこそがこの戦技の生みの親であり
現行最高クラスのアクテオーラーなのだ。
アクテオーラーには、繊細な剣捌きは愚か、足遣いや、立ち回りなど
剣術では必要不可欠とされている所作が殆ど無い。
故に、相手の動きを読み武器を絡め取りインファイトに繋げたり
盾や短剣などを使いパリィーイングで隙を作ったりといった細やかな兵法が併用できない。
それは対人に対するアプローチの根本が違うからだ。
対面し行なわれる戦闘のアプローチを線と例えるならば、
アクテオーラーのアプローチは円。
互いに線上で繰り広げられるコンビネーションでは無く、
円の領域を全てを攻撃範囲として無条件に叩き潰す。
一対一の決闘などでは、隙も大きくとても使えた技ではないが
こと、こういった広い場で敵の兵力が多い場面に特化している。
現状、たった4人で50名以上の敵兵を牽制している。
それもそうだ。
見たこともない戦技で2メートル強の大剣を
異常な速度で振り回す人間へ安易に近付ける兵士はそう多くはないだろう。
剣で囲もうにも動きが読めない。
盾で防ごうものなら、体ごと持っていかれる
槍で突こうにも、剣戟を警戒し踏み込めない。
飛び道具なら有効だが、高低差のない密集した場所では、
前列の兵が壁となり上手く扱えない。
そうこうしているうちにハキホーリが2番組を引き連れて中層に舞い戻り
発破弾に火を入れアマテオ兵に向けて投げつけ始めた。
それを確認したオーケン達アクテオーラーは、
息を上らせながら剣を収め後方に下がる。
発破の炸裂音が、耳にこだまし鳴り止まない最中
攻めあぐねるアマテオ兵を分けながら上層から何者かが降りてくるのが見えた。
斧槍を携え、際立って映える赤い鎧に身を包んだ、ガタイの良い強面の戦士だ。
明らかに普通の兵士とは異なるその男が言う。
「手を止めろ!!反乱軍!!小生は、この衛戍地を任されている
アマテオ帝国将軍ブリウトン・バンレイシである!!」
件の分断監視塔、管理者ブリウトンの登場に対し
ジェスチャーで発破の制止を訴えるオーケン。
発破の白煙が薄まるのを待ち、オーケンは名乗りを上げた。
「地方同盟軍の指導者、オーケン・アクテオールだ」
「貴公は‥南ウルムで白銀騎士隊の追撃を退けた‥‥
そうか、ケトアトに潜伏していたのだな」
「高明なるブリウトン将軍に覚えて頂けているとは、嬉しいねぇ
脳まで筋肉なのに、俺なんか覚えて容量使ってて良いのか?母ちゃんの名前忘れちまうぞ」
ブリウトンは、その嘲笑する様な台詞に
不快感を滲み出しながら、同盟軍の先頭に立つオーケンと対面した。
「聞け、オーケン・アクテオール。
戦況が優勢だと思っているかも知れんが貴公等に勝ち目は無い。
大人しく降伏しろ」
ブリウトン将軍の言葉に、驕りめいたものを感じたのか
同盟軍戦士達は口々にヤジを飛ばしているが
それが純然たる事実であることに気づいていたオーケンは、
ひと時、目を閉じてから覚悟を決めたように口を開く。
「なぜ降伏を説く。今更じゃないか?
勝利を確信しているのならば、俺たちを殲滅すべきだろう。
俺たちと最後までやりあって兵を消耗したとしてもアマテオ軍は屁でもないだろ?
ここで反乱軍にいっぱい食わされたというメンツの返上の方が大事なはずだ」
ブリウトンに対し鎌をかけるオーケン。
確かに、この状況下で降伏を強要するのは不自然だ、
同盟軍は不意打ちの奇襲を仕掛けていて
ただでさえ、ここまでくるのに幾人ものアマテオ兵を殺害している。
アマテオ側の心境を慮れば降伏などと言う生ぬるい提案はおかしい。
「‥‥‥」
おし黙るブリウトン。
訝しむオーケン。
ブリウトンの様子を見るに、どういう訳かわからないが
この状況に対し何かしらの事情が絡み交戦を続ける事が憚られる様だ。
上層に居ると思われる白金騎士隊のサルホーガが関係すると見て間違いないだろう。
オーケンは思う。
水面下で腹の探り合いをしても埒が明かない。
何より自分の性分に合わない。
彼は単刀直入に言葉をぶつける。
「白金騎士隊の突貫騎士サルホーガ・イデラケウス。
奴がいるんだろう?この上の階にな」
同盟軍を含めた、室内の軍勢がざわつき始め
ブリウトンの顔色が大きく変わる。
「‥‥なぜそれを知っている?
貴公!!まさかこの奇襲は!クリンヒルの差し金か!?」
「クリンヒル?マータリン・クリンヒルか?」
オーケンは、その名前からブリウトンがなぜ降伏を申し出たのかを再度考察する。
マータリン・クリンヒル。
アマテオ帝国貴族を纏め上げる代表格であり、
代々、アマテオ帝国の宰相を務めるゲルサウス家と
その派閥と対立する非ゲルサウス派の筆頭となる人物。
この名詞の登場により、オーケンはやんわりと現状を理解する。
「なるほど。お前さんたちは宰相の指示による策謀の途中、
下手に騒がれて本国に嗅ぎつかれたく無い‥‥つまりそういう事か」
あまり表裏の無い誠実な性格なのか
その言葉にブリウトンは苦虫を噛んだ様な顔を晒し
ため息を深く吐き出しながら兜の厳つい面を下ろした。
「見た目に反し、思慮に長ける‥厄介な男だな貴公。
大人しく降伏しておけばいいものを、これで貴公等を生かしておくわけにはいかなくなった
特に貴公の様な男はどの様な危険因子になるかわからん!」
交戦を意味するブリウトンの言葉を跳ね返す様にニヒルに笑うオーケン。
「悪いがこっちは常時ジリ貧でな。
あんたらの様に余裕がない。はなから降伏も撤退も頭にない!
仕切り直してまた今度なんざ出来ねぇんだ!!」
オーケンの怒声は、鼓舞となり同盟兵の指揮を上げた。
同時に、アマテオ兵側も戦闘態勢に戻る。
「反乱軍とアマテオ帝国に反旗をひるがえす大罪人オーケン・アクテオール!!
大岩山の渓谷に滅せよ!!!」
「うるせぇぞデケェ声でデケェ顔するんじゃねぇ!!
人様の土地で好き勝手しやがったツケだ!!
ケトアト野郎のイキリ立ったイチモツを食らいやがれ!!」
大将同士の怒号のぶつけ合いを発信源に両軍勢が一斉に動き始め、
正に海上にて荒れ狂いぶつかり合う直前の波の様に接近する両軍は、
突然、天井から鳴り響いた雷霆が大木をぶち割った様な轟音に動きを止める。
立っていられないほどの揺れが分断監視塔全体を揺らす。
正にそれは震源地が頭上の大地震だ。
同時に、その場に居る全員が今までの人生で聞いた事のない
耳をつんざく様な爆音を聞き。
何かが上層から高速で落下してくる気配を感じた。




