-【5-8】-背徳の蓋が開く
残酷な表現があります。
注意してください。
「こんなに滑稽な事があるか!?恥ずかしくてどうにかなりそうだね!!」
プレッシャーに対し、実力の伴わないリュンクに対して、納得のいく結論を得たのか
緊張感から解放されたサルホーガは、高揚感に包まれ
先ほどまでの横柄な態度を取り戻し、うずくまるリュンクに槍を放ってみせる。
リュンクは、時間遅延を使い寸前でその刺突を交わしたが
サルホーガは、追撃の手をやめず次々と攻撃を繰り出し続け
その鋭利な穂先は、徐々にその動きに追いつき彼の柔肉に抉り込む。
「対応行動7番だなんてねぇ‥自分で言っておいて死にたくなるよ!!
こんなに弱いのに!!身構えたこっちの身にもなって欲しいよね!」
「うがぁああ!!!」
身体中から血飛沫を撒き散らせながらも、
リュンクは時間遅延を使い、その槍の間合いから遠ざかった。
しかし、直ぐに距離を詰められ、また直ぐに滅多刺しに刺突を受けてしまう。
時間遅延に対し、その経験則による予測攻撃で応戦するサルホーガは、
既に時間遅延への対処法を確立しつつあった。
二人の戦力差は初めと何も変わっていない。
リュンクに秘められた未知の能力が向上を見せる度に、
それに追従してそれを上回るポテンシャルで対応していくサルホーガ。
どれだけその意表を突き、動揺を誘ったとしても
この男が伝説の領域に在る戦士で在る事に変わりは無い。
ただ一つ。
当初と大きく違うのは、リュンクの心の中に芽生えたドス黒い怨嗟の感情が、
その小さな器を満たしているという事だけだ。
勇気や愛情。
夢や希望。
そういった煌びやかで美しい感情が、
時に、人へ屈強な意思を与え栄光をもたらすと言うのならば
それの真逆。
憎悪や劣情。
怨みや絶望。
その悪意を内包した汚らわしい感情は人に何を与えるのだろうか?
それは、栄光を顧みない不屈の行動力である。
貪欲に乾き飢えた背徳の欲求は、
渇望を潤す、その目的の為ならば自死すら厭わない。
動物にして皆無、人間性に置いて、最も純粋。
故に、今のリュンクは差し詰め。
骨が外れようが、
血飛沫を散らそうが、
腕が飛ぼうが、
臓物を溢そうが、
その命果て、その怨嗟が突き動かす器を失う時まで
行動を止める事は無い。
これは、天と地ほどの実力差のある2名の差を埋めるには、
全く足りない微々たる要素だが、
貧弱な子供を脅威たらしめるには十分な因子であった。
リュンクは、体を抉られながらも
得物をその手に取り戻す機会を伺う。
件のショートソードは、壁面に刀身が埋まるほど深く刺さっていて
もう使い物になりそうに無い。
そうなれば、残る武器は今も槍兵の骸に突き刺さっている竜剣だけだ。
その意匠に不満を持ち邪険にしていたあの剣を
今はどうしようもなくその手にしたい。
竜剣までの距離は、数歩に満たないが、
それでもサルホーガの攻撃をかわしながら回収するのは困難だ。
何よりも、この男がそんな悠長な事を許す筈がない。
時間遅延は、思案の延長にも有効だ。
体を刻まれながらも、絞り出すようにして
その方法を導きだすリュンク。
どうやら、この体は酷く死にづらくなっている。
先程から何十回も体を貫かれているというのに、
体は音を上げる予兆すら感じない。
だとすれば、保身など捨てればいい。
攻撃を交わしながら回収するのが困難なら
避けるのをやめれば良い。
発想して直ぐ、行動に移す。
やや四つん這い気味の無様な姿勢で逃げ続けていたリュンクは、
その体勢を正し二つの足で堂々とサルホーガと対峙した。
サルホーガは、その異様な行動に、
訝しむよりも先に突貫を試みた。
追従に重きを置いた、踏み込みの浅い刺突での追撃とは違う
しっかりとした踏み込みから繰り出される突貫。
鋭利な槍が描くその軌道は、
定規を当てた様に空間に直線を描く。
それを時間遅延により視認した後、
リュンクは、最もスピードの乗る瞬間、穂先に目掛けて飛び付き
自らの中心、固い胸骨で槍を受け止めた。
ゴゲッ!!
骨が砕け、その薄い胸板が大きく陥没し
鋭利な槍の刀身が中頃まで突き刺さる。
その反動で後方へ吹き飛ぶリュンク。
「い”げぇッ!!ぎぃいいッ!!」
目眩と呼吸困難を併発する
厄介な激痛を持て余す遅延世界で、
受け身も取れずに後頭部から着地するリュンク。
両腕の手先がビリビリと痺れ、
呼吸の度に、肋が砕けそうな程に軋む。
暗点し霞む視界に、不格好な竜の造形が見えた。
時間遅延が解け、直ぐに傍の骸に深々と突き刺さる刀身を引き抜く
やはり羽の様に軽い竜剣は、リュンクの手に良く馴染んだ。
「骨で槍を受けるなんてね‥‥気味の悪い化け物め」
圧倒的な実力差のあるサルホーガとて、油断していたわけではない。
細やかな連撃による間、髪容れない誘導で、
武器をその手にさせない様に、位置関係をコントロールしていた。
だが保身を捨て、人間離れした
リュンクの行動は、彼の業を曇らした。
その業は、対人への有効打を洗練した果てに位置し、
刹那に組み立てる攻撃のコンビネーションでは、
人間の取る行動に対応するものが多い。
故に、槍を得物とした守護聖人の再来と謳われた
彼の突貫を後退に利用するなど連想できなかった。
連想できず当然。
槍で胸骨が陥没するほどの激突を受けのたなら、
普通の人間ならば即死している。
「まぁいいけどね。愚直に依存しただけの戦法で
どこまでやり合えるか試してみなよ。
しかも‥‥ふっ」
サルホーガは鎧の中で、嘲笑する様に鼻で笑う。
「なんだその剣?そんな分厚い剣が使い物になると思っているのか?
何よりショートソードすら、まともに振れない奴が持つ武器じゃないよ
しかもその意匠‥‥成金の観賞用でも持ってきたのかな?」
そう言った後に、またゲラゲラと気持ちの悪い笑い方をしたサルホーガだが、
再び槍を構えリュンクに向き直し、邂逅した時と同じ様な異様な圧力を放ち始めた。
「それとも、それが君の紋術媒体なのかな?へロウを殺したその剣の勢い。
あれは純粋な腕力では説明がつかないしね」
リュンクは、右手で竜剣を持ち、あの時と同じ様、背中に背負うように構えてみせる。
ひどく疼いていた右肩も、抉られた傷口も、砕かれた胸骨も、既にもう痛くない。
「いいよ。来なよ。君が化け物じみた戦い方をするんなら
こっちにもやりようがあるんだよ」
ィィイイイイイイイインッ‥‥
サルホーガの周囲で気流が乱れ砂埃が舞い、
人間の聴覚で、ギリギリ聞こえる高周波がビリビリと空気を震わす。
サルホーガの着用する白銀の鎧が、
ギラギラと白熱し脈打つ様に発光し始める。
「天命に従い宣言する。
我が主、アイーロン・ゲルサウスとヤンク・カルシャンの名誉にかけて、
君は、この白銀騎士隊、突貫騎士隊隊長サルホーガ・イデラケウスが全身全霊を持って殺してみせよう」
どうやら、サルホーガはとびっきりのカードを今ここで切るつもりの様だ。
脅威の権化と正面から向き合ったリュンクは全身が粟立つのを感じる。
今に身体中から溢れ出しそうなグツグツと煮え滾る怨嗟と、
人間性の一部を欠如した精神を提げてようやく
リュンクは、規格外の脅威に対し、同じく脅威と認識させる領域に立てた。
足を踏みしめ、腰は柔軟に、剣の柄は握りつぶす程強く握った。
場を震わせる高周波が、徐々に甲高く音域を拡張し
視界に映るサルホーガの体から白銀色の光る煙が吹き出す。
更に様々な色の光が、その体表を駆け巡る。
サルホーガは【呼吸の紋術】=【練丹】を行使した。
サルホーガは【風の紋術】=【順風】を行使した。
リュンクは、ドロつく薄汚い原動力が生み出し続ける
殺意のボルテージが絶頂に迫るにつれ
その激情を、歯が砕ける程に食いしばり耐えていた。
もうリュンクは、目の前の存在を蹂躙する行為しか想像できない。
「ゲェァアッ!!」
サルホーガは、機械音の様な混濁した気合を放ち
白銀の鎧が、内包する竜の因子を解放する。
【突貫騎士サルホーガが戦いを挑んできた!】
時間遅延が開戦を知らせる。
瞬く閃光。
それは槍からの刺突ではない。
サルホーガ自身が閃光だ。
視界に光線の畝りが群れている。
遅延世界に置いて、その挙動の片鱗すら正確に見る事が出来ない
なるほど、これが伝説級の領域か。
時間を遅延させるこの異能ですら、軌道でしか知覚できないのなら
どれだけ戦力を束ねようが意味はない。
普通に対峙すれば必殺は免れない場面だ。
だが意に介さない。
はなからまともな兵法などリュンクには無いのだ
成る様にしかならない。
竜剣を盾に、その光線の束に身を投じるリュンク。
激しい打音と共に何かが粉々に砕け散った。
視認できない攻撃で吹き飛ばされたリュンクは、
屋上入り口の壁に叩きつけられ、バウンドする。
背骨がミシミシと軋んだ。
監視塔屋上、ざらついた焼材の地面には
刃物の一部が散らばっている。
竜剣を脇目で確認。
その刀身には、相変わらず傷一つ無い。
視界を埋め尽くしていた光線が重なり合い
その中心に、ボンヤリと透けたサルホーガが見えた。
「!?」
その手に持つ槍には穂先が無い。
リュンクは、助走の足しに背面の壁を蹴り飛ばし
サルホーガに向けて駆け出す。
力一杯の剣戟。
初めてサルホーガに対して攻撃を仕掛けるが、
刀身が届く前にその姿は消えてしまう。
竜剣の刀身は慣性に従いそのまま屋上の地面にぶち当たる。
屋上がズシンと震れる。
やや斜め気味に地面に食い込んだ竜剣の刀身は、
堅牢な建築材を大きく破壊し逆方向に弾かれた。
その刀身は、硬度の高い焼材を砕いてすら
刃こぼれの様子は無い。
視界の光線を追う。
屋上端に、再びサルホーガを視認。
動いている相手が正確に視認できない以上、
攻撃できる瞬間は限られている。
リュンクは、時間遅延に対応したサルホーガを思い出す。
同じだ。
心外な話だが見習い、予想して攻撃するしかない。
次はこちらの番と言うだけの事。
得物を失ったサルホーガが次に何をするのかを
瞬時に予想するリュンク。
記憶に残る要素から、逃亡した槍兵が落とした槍の存在を思い出す。
自分と同じく獲物を手にしたいサルホーガは、
必ず入り口付近に転がるあの槍を求めて動くはず。
更に、もう一つ気づいた事がある。
サルホーガは、移動の後必ず一度止まる。
動いていれば、光線の束にしか見えないにも関わらず
停止する瞬間があるのはおかしい。
わざわざアドバンテージを損う瞬間を作らざるを得ない理由。
自分に置き換えて考えてみる。
時間遅延中のリュンクはあれ程ではないにしろ、
他人から見れば異常な速度で動いている様に見えるはずだが
遅延の最中で動きを止める理由はない。
自分だけが早く動ける状態と、自分以外が遅くなる状態の違い。
第三者から見れば同じ状態だが、何かが違う。
「!」
頭の中でピースが埋まる。
わかった。
見えないんだ。
どれだけ鎧の力や紋術の恩恵で身体能力を向上させて
素早く動けても、サルホーガといえど人間。
視力には限界がある。
時間遅延ならば、周りが遅く感じるから視界に問題はないが
加速状態なら話は変わる。
自分が早く動けば動くほど、周囲を捉えるのが難しくなる。
この男が突貫を代名詞に持つ騎士なのは、
その性能を最大に生かす兵法が突貫、突撃以外に無いからだ。
敵陣へ一直線に突き抜けるだけなら、視界はさほど関係ない。
ねっとりと口角を上げて
イヤラしい笑みをこぼすリュンク。
殺意をねじ込む隙間が見えたのが嬉しくて仕方がない。
このいけ好かないクソ野郎を害するきっかけが愛おしい。
再び、光線の束になり消えるサルホーガを知覚し、
件の槍の方向へ、でたらめな剣戟を放つ。
しかし、再び剣戟は空を切る。
だが、その手を止めるつもりはない。
槍を回収しに来るならいつかはぶち当たるはずだ。
「づっぉあ!?」
視界がブレて世界が回る。
再び背中に強い衝撃を受けて
リュンクは、自分が地面に叩きつけられた事を知る。
目の前に、白銀に輝く足鎧が見えた。
「浅はかで無様で‥‥救いようがないな」
どうやらサルホーガは、組み技でリュンクを投げ飛ばした様だが
その手にはまだ槍はない。
耳に絡みつく鬱陶しい憎まれ口を原動力に
瞬時に立ち上がり無防備な体に剣戟を叩き込む。
しかし、剣戟に合わせた体術で、いとも簡単に攻撃をいなしたサルホーガは、
リュンクの腕の関節を決める。
「イィデェええ!!!離せクソ!!」
「まさか、竜材の槍が砕けるなんて驚いたよ。
その剣はなんだ?その堅牢性‥アイーロン様の白銀の刺剣に匹敵するが‥」
「クソが!!ぶっ殺す!!」
「‥‥はぁ。君の能力も、武器も関心に値するものだが。
やはり君自身はありふれて生半可で、僅かな価値もない。
人間性も下賤。腕前も素人以下。意識も関与するに値しない。
そこで転がってる君の仲間の方が、勇敢で意思も敬える」
「お前がぁ!殺したんだろうがぁあ!!
アーテリスも!!ゼオも!!他のみんなも!!
お前が言うなぁあああ!!!」
「そうだね。だからこそ、この不条理が許せないんだよ。
どうしてゴミの様な君が生きていて、彼らが死ぬんだ?
彼らの体つき、目線、挙動をみれば、それまでに積んできた努力が見えた。
俺は一切容赦しなかったはずだ。殺害に値する原因と能力備えた人材。
戦場に立つ十分な意思と覚悟を持った戦士達だ。申し分ないね」
リュンクの背後から生じる高周波が、
着用者の感情をなぞる様に再び高く唸る。
「だが君は違う。天命を全うする戦士達の横で
ただ運よく手にした力に依存して無様に生き残った。
人の営みに混じり、秩序を凌辱するのはどんな気分だ?
なんの努力も無く、世界を穢すのは楽しいか?
お前の様な不条理の塊が、戦場に存在してはいけない」
「うるせぇんだよ!!お前は!!お前はここで殺さなきゃいけないんだ!!
お前は絶対に殺すんだ!!オーケンもポルシィも!!アーテリスみたいに殺すんだ!!
僕が守らないといけないんだ!!!アーテリスはっ‥‥守れなかったからぁ!!!!」
蘇る呵責の記憶。
アーテリスとの約束。
『アーテリス!僕も協力するよ!アーテリスの家族を僕も守りたいよ!!
もちろんアーテリスもね!』
『まあ、なんて心強い。そういえばあなた、とっても強いんだったわね?
私には武術の心得は無いから、もしもの時は頼っちゃおうかな』
『うん!!任せてよ!!』
何もできなかった。
アーテリスの目の前にいたのに。
女神からもらった特別な力があったのに。
「殺すよ。もちろん殺す。
脅威になる因子は根絶やしにする。
アイーロン様の目的を果たす為、
アマテオの民を救う為。俺は何人でも何百人でも殺す」
「ぐっ!!ごおぁああああッ!!!」
メキメキ!グチッ!!
リュンクは関節の決められた左腕を、自分からへし折りサルホーガの拘束を解く
腕の皮が異様に突っ張り、肩甲骨がうげてだらりと垂れ下がった。
倒れる寸前の不安定な身をよじり、重心の移動から回転につなげ、遠心力で威力を稼ぎ
そのまま、体ごと強烈な突撃をサルホーガに叩ぶち込む。
「うぇぁあああああああッ!!!!」
突貫。まさにリュンクのそれは言葉の体現に相応しい攻撃だ。
「ゲェァアッ!!!」
だが、サルホーガにおいてもまたそれは同じくして、
異名に恥じない彼の突貫はリュンクのソレを遥かに凌駕していた。
しかし、彼の手に自慢の槍は無い。
サルホーガが放ったのは貫手による突貫だった。
白銀の鎧と、恩恵型の紋術で強化されたサルホーガの貫手は
竜剣による突きのスピードを遥かに超えている。
ドスッという水気のある打音の後、
サルホーガの貫手は、リュンクの喉を貫き裂いた。
その拍子、竜剣の切っ先が白銀の鎧を僅かに接触する。
キン‥キンキン。
高い音を放ち、小さな欠けらが地面に転がる。
「し‥白銀の鎧が‥‥欠けた?」
サルホーガは、貫手に込める力を抜かない様に気を払いつつ
目の前で起きた小さく重大な事実に動揺する。
「ありえない‥‥その剣‥‥アルポワンサーよりも上位種の竜材なのか?
しかし‥黄金竜は既に‥‥」
「っがっ!はッ!!ごボォ!!」
「いや。詳細は本国に持ち帰って知ればいい
今は、君を確実に殺すね」
リュンクは、今にも、もげそうな首をブラブラと揺らしながらも
サルホーガに蹴りを放っている。
デウムかアテテロか、大きな声で何かを叫んでいるが
リュンクはそれどこじゃ無い。
「あのね。いいことを教えてあげるよ。
君さ、自分が死なないと思っているんだったら大間違いだよ。
君達でもね、死ににくいってだけでね、死なない訳じゃないんだ。
こうやって首を飛ばせばさぁ。死ぬんだよ‥‥こうやってねぇえええッ!!!」
「ぎぃっ!!!げぇぁ!おぇ!」
「その【紋印】は俺が継承するね。
そして持つべきお方に献上する。
死にづらさは検証済み。これで計画が磐石となる」
サルホーガは、喉を突き破る腕をグリグリと動かし指先で傷口を開閉する。
その度に鮮血がビチビチと吹き出る。
しかし、奇妙なことが起こっている。
吹き出て滴る血液が、重力に逆らって傷口に戻り
腕が荒らしているそばから傷口が元に戻ってきている。
「身近で見ると気味が悪いね。
でもその回復速度なら、俺が首をちぎり飛ばす方が早いねッ!!」
サルホーガは、血液が逆流れするその光景を見て、驚きよりも納得している。
やはりリュンクの体に起きている現象の正体がわかっている様だ。
そして、あらゆる身体的アドバンテージを付与しているサルホーガの腕力は、
確実にリュンクの首を引き裂きつつあり、更に両手を使い始め今にもちぎれてしまいそうだ。
だがリュンクには今、その辺りのことを考察している余裕はない。
どうやらサルホーガの言う通りらしい。
恐ろしく丈夫な体だが、流石に死が間近に迫っているという自覚がある。
首が裂ける度に、体に力が入りづらくなってきている。
だが、余裕がない理由はそこではない。
今まさに、目の前に怨嗟の捌け口がある。
背徳を行使する存在が居る。
右手には剣がある。
その状況が、痛みや恐怖よりも先にリュンクの脳へ
渇きを潤す甘美な信号をドバドバと送っている。
余裕があるわけがない。
興奮でどうにかなってしまいそうだ。
「ぎぃいいいいい!!!!」
その口、噛み締める歯の隙間から出るのは
言葉ではなく唾液と血液を泡にした、声にならない獣の唸り。
リュンクは、竜剣を上へ大きく掲げ
サルホーガに狙いを定めた。
「練度の拙いゴミが。
そんな体勢で剣戟なんか出せるかよ」
ミチミチとリュンクの首の肉が裂けていき頚椎が露出する。
引っ張られ伸びる頚椎から椎間板内部のゼリー体が飛び散る。
「いぎぃいいいいいいいいいい!!!」
「その武器には大層な秘密があるみたいだけど無駄なんだよ。
白銀の鎧を欠けさせたからと言って
剣戟で鎧を破壊できるわけが‥いや、ゴミカスの君にはそんな事すら‥」
「がぁああああああ!!!!」
リュンクは、サルホーガの減らず口を掻き消すように怒声を張り上げた。
−ブワァ。
唐突な時間遅延。
ゆっくりと過ぎる時間の中で、
リュンクは喉の傷口が裂けるのも厭わず
身を大きく捻り竜剣に渾身の力を込める。
サルホーガは意識してなのか偶然なのか、
鎧首元の隙間をみっちりと塞ぐ様に身を固めているので
彼の体を直接切り裂くことは不可能だ。
加えて、サルホーガの言う通り
密着した状態から、剣を振り下ろしても
大した剣戟にはならない。
だが、それでも今の自分が繰り出せる、力一杯を叩き込む。
それが、煮えたぎる怨嗟に駆られ
激情に溺れている彼が捻出できる行為の唯一だ。
背徳でも
冒涜でも
凌辱でも
なんでもいいい。
今ここでこいつを殺せるなら。
オーケン達を守れるなら。
どんな悪害にだって手を染めてやる。
どんな卑しい原動力だって利用してやる。
二度と奪われたくない。
失うのだけはもう嫌だ。
そして、背徳の蓋が開く。
遂に、リュンクの体を満たしていた濃度の濃い怨嗟が吹き出始めた。
とめどなく溢れ出てくる怨嗟は、細い線を成していく。
「くたばれぇぇええええええええ!!!!」
リュンクは【???の紋術】=【??】を行使した。




