-【5-7】-対応行動七番
残酷な表現があります。
注意してください。
リュンクは、その薄汚い怨嗟の感情と対峙し、
物語の中で悪として描かれる怪物の様な劣情が
自分の中から湧き出てくる事に戸惑ったが
彼の世界の大人達が教育の中で、中途半端に掛ける
欠陥だらけの足枷では、それを抑え込むのは既に不可能だ。
だがまだ、この憤りの解放を拒んでいる何かがある。
何かを守る様に頑なに怒涛を塞きとめる何か。
それはとても大事なものだと教えてもらったが
今は、この激情を留め縛り付けているそれが、邪魔で仕方がない。
リュンクは「もうこれいらないや」と思った。
彼の心の中に宿る人間性から、何かが欠損した。
拒まれ抑圧されていた怨嗟が、思うままに吹き出し始め
それと同時に身体中に鋭利な感覚が駆け巡る。
リュンクは、それと同時に声を張り上げて叫んだ。
「デウムッ!!ふせろぉお!!!」
サルホーガに迫られ、死の恐怖に目を瞑っていたデウムは、
怒声を聞き、姿勢を低くする様に体重をかけた。
一方の、サルホーガはリュンクの怒声など意に介さず
歩く動作から、流れる様に刺突の動作に繋げる。
デウムめがけて、サルホーガの槍が一直線の軌道を描く。
ーしかし。
ゾワッと、鳩尾を抉る様な後方からのプレッシャーに、
サルホーガは、本能で反応し、半ば無意識のまま体躯を捻り横方向に身をかわした。
ゴォァアッ!!
直後。サルホーガが先程まで居た空間を
大層な風切り音を立てながら回転する大きな何かが通過した。
サルホーガが交わした事で、そのまま直進した何かは
姿勢を落としたデウムを押さえ込む片側の槍兵に向かっていく。
「ッ!?」
それを知覚した白銀の槍兵は、反射的にそれを弾こうと直ぐに槍を携え巧みに操ったが
回転するそれはベキベキと、その槍をへし折りながら、尚も進み
槍兵の左側の鎖骨辺りに着弾する。
鈍く、大きな打音が赤色の飛沫を撒き散らしながら弾けた。
だが、槍兵に着弾しても、それの回転は止まる様子は無く
なす術も無く回転に巻き込まれた槍兵は、
声を発する間も無く異常な速度で首から地面に叩きつけられ
糸が切れたマリオネットの様に、グシャリと四肢を垂らした。
無様な格好で事切れた槍兵の体に深々と突き刺さるそれを見て
ようやく飛来した何かが、えらく酷い意匠の剣だとわかる。
見間違うはずもない、リュンクの竜剣だ。
目の前で絶命した部下を見たサルホーガは、それを怪訝に見つめ
ゆっくりと後方へ振り返る。
そこ立っていたのは、先ほど再起不能を宣言したはずの子供だった。
「!?」
生唾を吞み込むサルホーガ。
初めてサルホーガに強い動揺が見えた。
それは異界医学的に再起不能宣言を叩きつけ
見せしめの証として捨て置いた子供が
あっけらかんと立っていたからでは無い。
怯えた表情で様子を見る少女の傍らで仁王立ちする子供が
一瞬、正確に認識できなかったからだ。
見た目も、何も変わりはしない。
サルホーガが見ているのは、
只の、ひとかけらも脅威たり得ない、
無害な子供のはずだ。
にも関わらず、サルホーガの全身の神経が昂り
緊張させる事で体が彼に危険を知らせている。
「まったく‥そのまま倒れていればいいのにねぇ‥
‥‥これは何の冗談なのかな?」
サルホーガは、相変わらず憎たらしい減らず口を吐いたが
明らかに先程の動揺を消し切れていない。
「うるさい。お前はもう口を開くな」
この状況下で動揺しながらも憎まれ口を叩いたのは
サルホーガが経験豊かな騎士だからだ。
不規則な状況においても平時と同じ態度を保ち
少しでも長く、できるだけ冷静に感情を殺しながら
相手の全身を隈無く洞察し、忸怩たるこの状況が起こった原因を考察する。
そして、出題に相応する方程式が彼の中で答えを導いた時。
尚更、サルホーガの顔から余裕が消え失せた。
「カバルドッ!!」
いきなり声を荒げたサルホーガは、
生き残ったもう片方の槍兵の名を呼ぶ。
「!?あ、はいッ!!」
槍兵は、槍を携え戦闘態勢を保ったまま
全くの予想外に即死した相方の骸を凝視していたが
サルホーガの怒声に我にかえったように返事を返す。
「‥対応行動七番」
「‥‥‥‥‥‥は?」
「言い間違いじゃない。速やかに行動に移れ」
「はっ!‥‥し‥しかし用件は?」
サルホーガは、ゆっくりと空気を吸い込み、ため息の様に吐き出す。
「‥あいつ、皇帝と同じだ」
「こッ!?」
白銀の槍兵は、あろう事かその獲物を地に落とす。
最強の武力集団と呼ばれた騎士隊の構成員が、
自らの獲物を手から離すなど、普通ではあり得ない事だ。
しかし槍兵の狼狽は、武器の放棄など比べ物にならいほど
その誇りを、強く汚している。
白銀の槍兵は鋭利な造形をした兜の中で、下唇を噛み畏怖の目でリュンクを見つめている。
面に隠され誰の目にも見えなかったが、その表情は首を落とされる直前のゼオの表情とよく似ていた。
「た‥対応行動7ばッ‥了解っ‥です!!」
「カバルド。ヤンク隊長とアイーロン様に確実に伝えるんだよ」
それに相槌を打った槍兵は、全速力で階段の方向へ敗走した。
一件を注視していたデウムとアテテロは、
未だ感じた事の無い場の雰囲気に当てられ放心し
傍観者として事の顛末を見守る。
謎のやりとりを終えたサルホーガは、槍を改めて握り直し、
肩を上下させて睨みを効かすリュンクに向き直る。
「こんな事になるなんてね。
運が悪かったのは俺の方か‥‥。
冥途の土産と言うやつかな?
良ければ教えて欲しいんだけどね。君はどんなものを持ってるの?」
何やらサルホーガが選ぶ言葉がおかしい。
その言葉に応答しないリュンク。
そしてサルホーガを睨んだまま、無言でアテテロの方へ手を差し出したが
彼女は、それが意味するところが分からずあたふたと不安そうにたじろいだ。
「その剣。かせよ。早く」
リュンクは、帽子のツバが暗く影を落とすその眉間に皺を寄せ
同一人物とは思えない程乾いた言葉を吐く。
「ぁ!…はぃッ!!」
数十分前まで談笑していた子供とは思えないその威圧感に、
アテテロは、その手に持つアーテリスのショートソードを慌てて差し出し
猛獣に触れた後の様に、直ぐに手を引っ込めズリズリと後退した。
リュンクが手にしたショートソードは本物刀剣、
その重量は、竜剣よりも明らかに重かった。
「君はどうして反乱軍なんかに味方しているんだ?
何の思惑がある?君等の中にも秩序を齎す存在が居るんだろう?
君の介入は、そこの指示なのか?」
サルホーガは、リュンクから何かの情報を得ようとしているが、
ただの一言も、彼の耳には届かない。
ジリッと、足を踏みしめサルホーガに向かい走り始めた。
「うぉらぁああああああああッ!!!!」
アーテリスの遺品であるショートソードを強く握りしめたリュンク。
その刀身を叩き付けようと怒声を張り上げながら走り始める。
サルホーガは、小さく舌打ちし、鎧を光らせながら槍を放ち迎え撃つ。
その穂先が届く前に時間遅延が発動する。
サルホーガに喉を貫かれた時、その刺突は見切れない程の速度だったが
何かをきっかけに時間遅延の性能が向上しているのか
今度は、身を軽く捩るだけで容易に交わせる。
リュンクは、サルホーガの槍を交わしながらショートソードを尚更握り込み、
サルホーガの首元に、僅かに見える鎧の隙間へ向けて刀身を力一杯に叩き付けた。
しかし、予想外の事態が起こる。
ショートソードは、サルホーガに斬撃を与える直前で、
リュンクの握力では掴んでいられない程の力で、その軌道の外に引っ張られ
その手からスルリと滑り抜け飛んで行き、屋上階段入り口の壁に突き刺さってしまう。
更に、剣戟の反動でリュンクの右腕の骨がドチッと鈍い音を立てて外れ
想定外の現象に見舞われバランスを崩したリュンクはその場で転げ、それと同時に時間遅延が解ける。
「くそがぁあッ!!何だ!!どうなってんだよ!!?」
リュンクは、激痛が走る右肩を抱えながら癇癪を起こした。
どうしてショートソードは、斬撃の途中で手から離れたのか
速度が乗った瞬間、剣は、まるで空間に引っ張られる様に作用した。
竜剣で剣戟を放った時は、こんな事はなかったはずだ。
その様を見た、サルホーガは気味が悪るそうに
先ほどとは異なる意味で固唾を吞む。
「でたらめだな‥‥君は。
あり得ない動きで俺の槍を交わし、
異常な速度で剣戟を出したかと思えば
それを支える筋力すら無いなんて。
太刀筋も振る舞いも、ど素人だが‥
自分の剣戟で肩が外れるとは‥解せない‥」
リュンクは肩の痛みに堪えながらも
ツバの影の中でギラギラと光る目でサルホーガを睨みつける。
その闘志は一切衰えていない。
「まさか‥君は‥‥まだ間もないのか?」
ゲゲ。
ゲゲゲゲゲゲ。
ゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!!!
機械音に酷似した、気持ちの悪い笑い声が場に響く。
完全に傍観者に成り果てていたデウムとアテテロがその声に鳥肌を立てた。
とても人間の笑い声には見えない。
それはサルホーガの笑い声だった。




