-【5-6】-ありふれて生半可だよ、君は
非常に残酷で背徳的な表現があります。
注意してください。
「私も‥‥殺されるの?」
一頻り極限の心労を経た果てにアテテロは、
まるで他人事のように、溜水に浮かんだ陶器の様に
不安定に置かれた自身の存命を抱く。
その瞳は、ぐちゃぐちゃに潰れた卵の黄身の様だ。
「そうだね‥それは‥‥」
「待ってください!!」
白銀の槍兵により、後ろ手で組み伏せられたデウムが声を張り上げた。
自然と場の意識がデウムに集中する。
「戦争省の軍事規約に!成人していない兵士が捕虜を申し出た場合!
それを拒む事を禁じ、その権利の守護下に置くと!そうあるはずです!!
これは【断罪録】に該当しますよ!!
高名な白銀騎士団の騎士様方ならご存知のはずです!!!」
「んー。そうだね。勿論、知っているさ。
私達だってトトジトトに目をつけられたらタダじゃ済まないからね?」
トトジトト。
何処かで聞いた事のある名前だ。
「なら!僕達は捕虜になります!
これでもう貴方達は僕達を殺す事はできない!!」
デウムの発言を聞いたサルホーガは、
呆れた様子で姿勢を崩し、額と思わしき部分をコツコツと叩いた。
「仕方がないね。それを言われると正直困るんだよね」
サルホーガは、白銀の槍兵に目線を送りデウムを解放する。
地べたに張り付く様に倒れたデウムは、
瞬時にアテテロの側へ転げる様に走り寄り
守る様にその肩を抱き寄せた。
「おっと、気をつけなよ?急いて怪我して
規約違反だなんて言われても困るしね」
姿勢を崩し、戦闘態勢を解いたサルホーガの口から出る
デウムの身を案ずるその言葉は、場に気味の悪い緩和をもたらす。
「ただ‥‥アマテオ帝国では、捕虜にして【奴隷の輪】を行使する前にね、
リシュモン教団に入信してもらう仕来りなんだけどね。良い?」
「リシュモン教団‥ええ。捕虜へ条件を付与する事は権利ですから‥良いね?アテテロ」
アテテロは、ガクガクと痙攣した様に首を動かし承知の旨を伝えた。
「良いね。じゃあ、君達二人は、今からリシュモン教徒だ。
おめでとう。聖シーバの時代から続く由緒正しきリシュモン教へようこそ」
安堵。
二人は絶命を乗り切った事で、
強張った全身の筋肉を緩め
寄り添い合い互いに体重を預けている。
「ところでさ。リシュモン教団の現法王が誰だか知ってる?」
突然サルホーガが投げかけた、痴話話じみた質問。
まるで道端で雑談でも始めたかの様なトーンだ。
二人は、やつれた顔でお互いを見合い、否定のジェスチャーを取る。
「まぁ。無理もないね。気にしなくても良いよ。ほんの数ヶ月前の話だし。
現法王に即位したのは、マータリン・クリンヒルさ。
あのいけ好かない馬面野郎。リシュモン教団を貴族連中の後ろ盾を使って懐柔したのね」
話の意図が見えない。
宗教団体への入信に伴う説明義務とでも言うのか?
とてもそんな風には思えないが。
デウムも、同じ心中なのか顔色が変わる。
「いったい何の話をしているんですか?」
「んー?‥‥ああ。君らにアマテオの派閥争いなんか聞かせても
仕方がなかったね。ごめんごめん。肝心なところはそこじゃないんだよね」
「か‥肝心な事?」
理由も無くアマテオ帝国の内情を話されたデウムは、
ジワーッと吹き出る汗で肌を濡らす。
先ほど、確信めいて安否を裏付けるやり取りを終えた筈だが、
どうにも危機感が拭い去れない。
しかしデウムは自分が引き合いに出した【断罪録】なるものが、
自分達を害せない抑止力となる事に
絶対的な自信がある様子で、静かにサルホーガの返答を待つ。
「そうそう。
あのイケ好かないクリンヒルの豚が法王に即位してすぐにね、
教典の一部に手を加えたんだね。
なに。私等からしてみれば大した事じゃないんだけど
たまには良い事をするね」
アテテロは不安そうにデウムを見ながらも、
リュンクがまだ死んでおらず、意識がある事を知っていたので
目立たない様に、手探りで彼の負傷した喉に手を這わし水の紋術をかけ始めた。
「経典に手を加えた?」
リシュモン教にとっての経典が、いかなる意味を持つのか知る余地も無いが、
宗教団体の基礎となる経典を書き換えると言うのは、
その存在自体を否定する様な気危険な行為のはずだ。
「うん。まぁ色々変えたみたいだけどね。
手を加え、書き換えた部分の一つに
『リシュモン教団において、成人と見なす年齢を10歳からとする』
と言うのがあるんだね」
「な‥‥じゅっ!?‥バカな!!」
デウムの言った規約の前提が崩れ
白銀の槍兵が、再び彼を取り押さえる。
それを虚ろな目で見つめていたアテテロは、
自分達の状況が、覆しようも無く絶望的である事を知り
無表情のまま涙を滴らせた。
「ん〜?こうなったら話は変わってくるね?
君たちは捕虜になる前にリシュモン教団に入ったわけだからね
すでに成人しているって事だよね?」
「ありえない‥そんな事が許されるのか!?」
「各地で抵抗運動を起こしている反乱軍どもの多くは、
君等みたいな少年兵が多いのね。
こちらの兵を殺すだけ殺しておいて、危うくなったら
未成人を主張して「断罪録」を免罪符に命乞いをする。
今の君等みたいな卑怯な死に損ないばかり」
「嘘だ!僕らを害すると断罪の化身に
地の果てまでも追いかけられるぞ!?」
「まぁ。規約違反じゃないからね。
そうはならないんだね。仕方がないよ。
諦めて死んでね」
「い‥いやだ‥嘘だ‥‥こう言えば助かるって‥
コクラク様が‥」
「と言うかさ。今トトジトトは‥ッ」
っと言いかけて、急に口を閉じたサルホーガは、
失言を誤魔化す様に、デウムからアテテロに向き直る。
「ところでさ。
君、ずっとそれやってるけど
そろそろ無駄だって気づこうよ」
「っあ‥‥」
リュンクに対して水の紋術を行使しているアテテロに対し、
サルホーガは、その視線に合わせる為に屈んだ。
「もしかしてさ。気づかれてないと思っていた?
一生懸命やってるとこ悪いんだけどね。
さっきと同じで無駄なんだよ」
鎧ごしにサルホーガに睨まれ圧倒されたアテテロは、
その狼狽を包み隠さなかった。
「殺すなら殺せばいいわよッ!!私から殺せばいいでしょ!!?」
アテテロは、リュンクとアーテリスの骸に覆い被さりながら声を張り上げたが
彼女にも一矢報いたいという気持ちがあったのか
アーテリスが身につけていたショートソードを腰から抜き取り死角に隠した。
「いや。まぁ、そうなんだけどね。
無駄だって言ったのはそう言う話じゃなくてね。
その子はもうダメなんだよって事。
もう頚椎と紋腺を損傷してるからダメだよって言いたいのね
声とかくらいなら出せるだろうけど
もう二度と動けないし、紋術も使えないんだよ」
もやのかかった様な意識のリュンクだが、
その言葉だけはハッキリと聞き取れた。
自分の体が、二度と動かない?
「嘘よ!!そんなの!やってみなくちゃ!!」
「いや。もう散々やってきてわかるんだよ。
私たちが紋術師と邂逅した時、一番最初に頚椎を破壊するんだね。
頚椎には、全身に伸びる神経と紋腺の根っこがあるから、
そこ破壊したらもう終わりなわけ。
帝国お抱えの紋示4の活力の紋術師が治療できなかったからさ
絶対に無理なわけね」
「紋示4で…治療できないなんて‥そんな‥」
「だからね。
無駄に苦しませてあげるなって言いたいんだよ。
君がさっきからやってる紋示1程度のクソ紋術は、
致命傷を受けた人間を無意味に苦しませるだけの行為なのね。わかる?」
リュンクの体に起こっているこの感覚の消失は、
負傷による一時的なものでは無く、永遠に後遺症として残る麻痺という事か?
現実を受け入れられない。
さっきまで動いていた自分の体が、二度ともう動かないなんて
そんな事ある訳が無い。
だが、どれだけ意識を向けようが
リュンクの体は、あいかわらず指一本動かす事ができない。
呼吸も、何かが引っかかった様に不完全で息苦しい。
この状態で、一生?
感覚がなくなったはずの背筋に冷たい水が流れる様な感覚。
想像もした事の無い、吐き気を伴う恐怖。
もう、自力で動く事ができない。
未だ見ぬ冒険に出かける事も
自力で食事する事も
元の世界に帰る事も
全てここで絶たれた。
リュンクは、既に殺されていた。
「わたっ‥わたしは‥‥みんなを助けたくて‥」
「まぁ。覚えておくといいよ
次同じ事が起こっても、無駄な事しないようにね」
「………ぇ……次?」
「そう。君と、その黒い被り物の少年は生かしとくね。
運よく呼吸はできてるみたいし
その子も安静にしとけば死なないかもね。
いわゆる【見せしめの証】だよ。
辛いだろうけどね。
これ以上、君等みたいな可哀想な
少年兵が増えない様に全うしてね」
そう、平然と吐き捨てたサルホーガは
【見せしめの証】に含まれないデウムの方へ歩き始める。
この男は、これだけの絶望を振りまいておきながら
あたかもそれが善行の一環であるかの様に
振る舞い、
豪語し、
吐き捨てた。
リュンクは、自分の怒りを誘発させる琴線が千切れて弾け飛ぶのを感じた。
「あああぁッ!!!おぁいッ!!この!!ぶっ殺ひてやう!!クソ野郎がぁあああ!!!!
僕の体ぁあ!返せよぉおお!!動かないなんてふざけるなよぉお!!!
死ねお!!クソが!!絶対に殺してやる!!絶対に殺してやるぉおぁあああッ!!!!
「リュンク!やめて!死んじゃうよ!動かないで!!」
憤怒の感情にまかせたリュンクの怒声を、
背中で受け止めたサルホーガは、振り向きもせずに言う。
「これ以上、傷つけられないと知った途端に威勢がいいね。
ありふれて生半可だよ、君は」
サルホーガを止められる者は一人も居ない。
この場では無く、この塔内に、
いやもっとだ。
このケトアトにも、アンガフにも
キンビニー地方全土で見たとしても
この白銀騎士隊の突貫騎士サルホーガを止められる者は無い。
デウムを殺した後、塔の下で戦っている同盟軍達を一掃して
ここを去るのだろう。
そしてきっとみんな殺される。
こいつはやる。
この男はやる。
躊躇もなく全員殺す。
デウムも殺される。
オーケンも殺される。
コクラクも殺される。
地方同盟の戦士も殺される。
ケンテッカも殺される。
ポルシィも‥‥。
ここで、こいつを止めないと
みんな死ぬ。
ここで
こいつを殺さないと。
貴方はまた失う。
感じるのは、赤い視界と燃える世界。
地響きと後悔と恨み。
怨嗟。
視界の四方が狭まる様にドクドクと視界が歪み
途端、感情の中心からドス黒く醜い気持ちが湧き上がる。
それは、知覚するだけで吐気が迫り上がる
蛆の湧くドロついた糞尿の如く醜悪な感情。
白銀騎士隊だかなんだか知らないが、
才能と環境に恵まれ、認められ崇められて、
自分が強いからと、実力があるからと調子付き、
高飛車な態度で正論を押し付け得意になっているこの男の。
尊厳も権威も踏み躙る様な、
目も当てられない惨めで無様な様が見たい。
どうしようもなく
こいつが汚泥にまみれ無様に泣き叫ぶ姿が見たい。
命乞いをしながら地面を這うその頭を踏みつけたい。
こいつの全てを否定したい。
こいつの存在を、
こいつの発言を、
こいつの実力を、
こいつの経験を、
どうしようもない背徳で犯し蹂躙したい。
その時。
自分の深層意識よりも更に底に有る
最も深く強い原動力が湧き出ると同時
例の体感時間の遅延に似た感覚が全身を包んだ。




