-【5-5】-グツグツと煮えたぎる怨嗟の感情
非常に残酷で背徳的な表現があります。
注意してください。
白銀騎士隊のサルホーガ・イデラケウス。
オーケンの口から語られた「崖崩しの特攻戦」にて、
500人もの軍勢を一人で突破し、敵対勢力の代表である彼の口から
「命ある内に伝説の領域に入った存在の一人」と言わしめた人の枠組みを超えた存在。
それが、今目の前に敵対者として立ちはだかっている。
そして歪ながらも白銀に煌めくその鎧こそ
竜族の上位種白銀竜アルポワンサーの竜材で作られたという代物。
豪傑を伝説足らしめるカラクリ。
「ありえない‥‥こんなはずじゃ‥」
そう呟いたデウムは顔を引きつらせ
後ずさり、潰れるように尻餅をつく。
他の少年兵も、その男が何者なのか
おおよそ同一の見解を出している様子だ。
その証拠に、その男が姿を現した途端、
蛇睨まれたカエルの様に停止し、
皆、敵兵を前にして武器すら構えずに棒立ちしている。
サルホーガの後ろには、彼と同じく長い槍を持つ2名の騎士が控え、
彼が使役する白銀騎士である事が伺えた。
「彼等は私の部下で‥まぁ名前は良いか。良いよね?」
サルホーガからの問いかけに小さい返事を返す白銀の槍兵達。
側近の彼等からは、サルホーガに有る異様な圧力こそ感じないが
見張りのアマテオ兵とは明らかに雰囲気が違う。
「で‥さっき、この通路に入ってきた時、先頭に居たのは誰?前に出てきなよ」
サルホーガは、ゆっくりと兜を動かし
少年兵一人一人の顔を確かめ始め、すぐにリュンクをジッと見つめた。
「その黒い被り物‥お前?」
サルホーガがゆっくりとリュンクに接近してきた
その白銀の甲冑からは、歩くたびに鈴の様な高い音が鳴る。
規格外の存在から発せられるプレッシャーに、
リュンクの体は、生理現象なのか胃袋を圧迫し睾丸が縮み上がる。
「お前、俺の槍を交わしたね?」
サルホーガの一人称が変わり、
対峙する二人を隔てる空間が不気味に張り詰めていく。
「ぁ‥いや、僕はっぉあッツ!?」
返事を返そうと口を開いた瞬間、ブワッと時間遅延が発動する。
サルホーガは、一切、その挙動を見せず、鎧が一瞬だけ発光したかと思うと
凄まじい精度で再びリュンクの口内、喉の奥へ槍による突きを繰り出した。
反射的に、この一撃を交わそうと仰け反るリュンク。
時間遅延の有効時間内において、リュンクの行動は絶対だ。
それはサルホーガに対しても例外では無い
相手が伝説の領域に住んでいようと時間は平等に影響するからだ。
だが、それでもリュンクは、この槍を交わす事ができない。
時間遅延を持ってして、その速度を損なわせてなお
サルホーガの刺突は反応できない程に敏捷であり
何よりも、放たれた槍の軌道とリュンクがとる体制の相性が悪すぎる
反射的に一度仰け反った姿勢では、どう逃げても交わしきれない。
これは明らかに、それを計算した上で打ち込まれた攻撃だ。
思えば、あの時に気付くべきだった。
ハキホーリとの一件で、初めて時間遅延が起こった時、
オーケンは手に持つ得物でリュンクの剣戟を受けて見せた。
詰まる所、圧倒的な実力差がある熟達した戦士の前では、
時間遅延など大したアドバンテージでは無いのだ。
ゆっくりと過ぎる遅延世界で槍の穂先がリュンクの喉を貫いていく。
その激痛が後頭部にまで達した時、時間遅延は強制的に掻き消えた。
「お”ぇっ!!!」
喉の奥をど突かれたリュンクは後方に吹き飛び、
瀕死で横たわるアーテリスの上にぶっ倒れ
その後頭部が彼女の柔らかい腹に埋もれた。
「少しあり得ない動きをしたけど‥‥所詮は少年兵かよ
紋術師かと思ったけど杞憂だったね。あっけないよこれは」
サルホーガは、リュンクを馬鹿にする様に見下し侮辱する言葉を吐く。
「ぁ‥あえ‥‥あっあ」
リュンクは不思議な感覚に襲われる。
体が尋常じゃなく軽い。
まるで存在しないみたいに軽い。
首から下の感覚が全く無く
指一本動かす事ができない。
「ぁ‥っぉえ”ッ!あ”ッぐッ!!」
悶える事すら叶わない体で
リュンクは喉奥を貫かれた痛みに耐える。
「リュンクッ!!!」
「このぉッ!!!」
それを引き金に、ゼオとカテバが死角から飛び出し
白銀の槍兵に攻撃を仕掛けた。
その行動が波の様に広まり、騎士3名を囲む形になっていた
護衛隊が一斉に武器を手に取り攻撃体制に移行する。
「やめろぉッ!!手を出すんじゃない!!!」
デウムただ一人が、それを制止しようと声を張り上げたが
それは正しかった。
完全な死角から攻撃を仕掛けた筈のゼオとカテバだったが
側近の槍兵二人は、一切の狼狽も見せず
まるで鏡写しの様に同時に動き出し
槍を反転させながら、その攻撃を絡め取る。
「よくも俺の家族を殺したなぁ!!!償えよ!!この野郎ッ!!!」
ゼオは、己を鼓舞させる為に、自分の中で一番深い原動力を口から吐き出し
素早い動きで攻撃を繰り出す。
よく修練を積んだのだろう
その攻撃は芯の通った良い剣戟だ。
だが白銀の槍兵は、それを最低限の動作でいなし、
槍の柄を押し付ける様にゼオの動きを封じた。
「負けられねぇえ!!」
小柄なゼオは、その競り合いを不利に感じたのか
間合いを取ろうと後ろに飛んだが
白銀の槍兵は、素早くそれに追い打ちを掛けた。
「あ」
踏み込んで放たれた白銀の槍兵の一撃に対し、
着地したばかりの無防備なゼオは交わす手段を持たず
下腹部へ槍を受ける。
崩れる様にその場に膝を着いたゼオ。
白銀の槍兵は、無防備なゼオに向けて
加速の乗った大振りで槍の刀身を叩きつけた。
ドジュッ!
ゼオの頭部が、首から離れ水っぽい打音を立てて地面を転がる。
カテバは、攻撃をいなされた後
白銀の槍兵との競り合いに奮闘していたが
無駄に力み過ぎていた為に、槍兵の脱力に不意を突かれ
前のめりに体制を崩した。
白銀の槍兵は、そこへ体重の乗った刺突を放り
その穂先は、よろけるカテバの右の上腕を深々と貫く。
その手に持たれていた、カテバの武器が落下し転がる。
更に白銀の槍兵は、腕を貫通した状態で槍を捻り上げ
強張る筋肉を支点に、テコの原理で骨を砕いた。
「いぎぃいいッ!!!」
その右腕はプラプラと力無く垂れ下がりもう二度と使えないだろう。
「ゃだ!いやだぁあ!!」
腕を失ったカテバは、腕を抱き這いずりながら逃げようとしたが
白銀の槍兵は容赦無く、その頭部に刺突を放ちカテバも落命する。
一方、残る2名の護衛の少年兵は無謀にもサルホーガに攻撃を仕掛けていた。
二人は、サルホーガを左右で挟む形で連携を組み
剣戟を打ち込もうとしたが、同時にその場ですっ転ぶ。
転がる二人には、もう両足がなかった。
一瞬の内に、左右から攻撃を仕掛ける彼等の
両足を切断して見せたサルホーガは地面に転がる二人を蹴り飛ばし
屋上の端にまで追いやる。
「待ってぇ!!落とさないでぇえええ!!」
「お願い!!!やめて!!!」
なす術なくゴロゴロと転がる彼等の命乞いを受けたサルホーガは言う。
「お前らが先に突き落としたんだから、文句ないだろ?」
と、悪びれる事も無く言ってのけ、躊躇なく二人を蹴り落とした。
「うぁえぉおおおおおおお!!!」
リュンクは、その一部始終を見させられ
目から火が出る程の感情の波に襲われたが
相変わらず体はピクリとも動かず、叫び声さえも上手くあげられない。
その一部始終を見ていたのはリュンクだけではない。
アーテリスに着きそうアテテロを抜いた16名の少年兵達は、
それを見て足を震わせ、嘔吐や無自覚に失禁するものも居た。
ふと一人。
山側に居た少女の兵士が例の見えない足場へと逃げ出す。
それを見た他の少年兵は、一瞬躊躇する様な動きを見せたが
二人目が逃亡してから全員が逃げ出すまでは早かった。
「時に羨ましいものだな。背負うものが無い奴らは」
そう言いながら、歩きだしたサルホーガは、瀕死のアーテリスに近づいていく。
サルホーガの接近を感じたアテテロは、
両手をアーテリスにかざしたまま
涙も鼻水もふけずに泣き叫ぶ様に言う。
「もう少しで!!
もう少しで止血できそうなんです!!
降伏させてください!!奴隷にでもなんでもなります!!!
ペサトス人の様に扱ってくれても構いません!
だから、この人を殺さないで!!」
その言葉に、サルホーガの動きが止まる。
「はぁ?都合の良い事ばかり並べるんじゃないよ。
さっきその女が紋術で焼き殺したり
お前らがの躊躇いもなく突き落として殺した見張りの兵だが。
彼らが命乞いをする機会を、君たちは与えたのか?
彼らの恋人、家族、友人に同じことを言って見ろよ」
異様で冷酷な印象だったサルホーガだが
心なしか、その言葉に熱を感じた。
「ごめんなざい!ごめんなざいぃ!!
その人達の言うことなんでも聞きますから!!
もうちょっと!もうちょっとで傷口が!傷口がぁあ!!!」
サルホーガの正論に対し、
言い訳も返す言葉もないアテテロは
ひたすらに謝罪を繰り返した。
傍のリュンクは、唸り声をあげる事すらできない。
「駄目だね。
なんのためにその女を即死させなかったと思っているんだ?
それにね、遺族の希望を叶えるのはとても簡単なんだよ」
ードスッ!
「う”ぇ”っ」
サルホーガは、躊躇なくリュンクとアテテロの目の前で
アーテリスの残った右目に深く槍を突き刺し強引に脳内をかき混ぜた。
彼女は、濁点の付いた声を発し、遂には動かなくなる。
「これが、彼らの遺族の願いだ。
おめでとう。
すぐに叶えられて良かったじゃ無いか」
アテテロは、瞳孔を絞り上げ悲鳴をあげる寸前だったが
彼女がそれを吐き出す前に、大勢の大きな悲鳴が響き渡り
そちらに意識を持っていかれる。
「え?‥なに‥‥この声」
「逃げ出した君の仲間達が
硬い岩場に叩きつけられる声じゃ無いかな?」
「は?‥‥どうして‥だって」
「君らは、おそらく【固空】で足場を作ってきたんだろうけどね。
それを行使した術者が死んだんだから、足場も消えるだろ?
君が延命してくれたお陰で、仕事が減ったよ。」
「うぁっ‥ぅうぁあ!!‥‥いやああああああ!!!!!」
遂には、発狂した様な悲鳴をあげるアテテロ
それに対してサルホーガはため息を吐きながら言う。
「うるさいね。君。でもね、これ、当然じゃ無いかな?
自分たちがした事やり返されたんだから、文句言えないよね?」
本当に一瞬の出来事で意味が分からない。
作戦は順調だったはずだ。
リュンクの頭の中で、オーケンと出店に行った時の記憶や
玄関から自分達を見送った時のポルシィの表情が蘇る。
アーテリスに翡翠の髪飾りを渡した記憶や
ゼオと達と出会った事なども思い出した。
さっきまで普通に話していた仲間達が、まるで枯れ木を折る様に死んでいく。
あんなに優しく美人だったアーテリスは惨たらしく殺され。
元気で生意気だったゼオは、頭を跳ね飛ばされた。
他の仲間達も、みんな残酷に殺されてしまった。
これは命の奪い合いじゃない。
人が人として生まれながらに所有する尊厳の貶し合い、
侮辱し踏みにじり、唾を吐きかける純度の高い背徳の所業だ。
どうして自分がここに居て、
こんな事になっているのか全く分からない。
何も分からないが。
リュンクは、自分の胸中でグツグツと煮えたぎる怨嗟の感情に気づいた。
全く感覚のない体が
今は、
まるで燃える様に熱い。




