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WSS/1-異界冒険譚  作者: たかしモドキ
第5話「ありふれて生半可だよ、君は」
41/80

-【5-4】-赤い鎧と斧槍

非常に残酷な表現があります。

注意してください。

「皆、作戦行動に移りなさい」


作戦通り、見張りを掃討(そうとう)した直後、呆然とその余韻を受け止める

リュンク達を見たアーテリスが簡潔に啓発(けいはつ)を促す。


ゼオとカテバは、アーテリスの言葉で我に返ったように、屋上に駆け上がり

塔内入口を挟むように、建造物の壁にへばり付き中を確認した。


入り口の奥は階段になっており、薄暗いその奥には人の気配はない。


二人のアイコンタクトでそれを了承したアーテリスは、

屋上の端から向こう側で待機している少年兵達に合図を送る。


合図を受けた17名は、見えない足場にゆっくりと歩みを進め始めた。


リュンクは、一瞬のうちに目の前で起きた凄惨(せいさん)な出来事を受け

掻き乱れる自分の心と向き合っていた。


彼の心は、殺伐を受容する様な異様な状態だったが

人が殺される光景を目の当たりにした今、先程まで高ぶっていた緊張が

丸ごと背徳心に変換され感情を(むしば)み「本当にこんな事をしても良いのか?」と、

今まで人生で行動の可否を指し示してきた道徳という名の教科書が、その背徳性を問い詰める。


落下死する直前の悲鳴が、

生きたまま燃やされ悶える有様が、


その目と、耳と、心に絡みつき離れない。


「大丈夫か?」


リュンクの様子を見たデウムが、その肩を叩きながら心配した。

その右手は、焦げた血液がこびり付いている。


「‥‥うん」


アーテリスと他の護衛が、入り口付近へ向かっているのが見え

デウムと二人でそこへ続く為に歩みだす。


渦巻く善悪の混沌を振り切る為に、無理矢理に体を動かしたのだ。


「しっかりなくちゃ」


言葉にして意気込む。


今し方起きた一連の流れの中で、リュンクだけが何の役割もこなしていない。


命の在り方を思案するのは結構な事だが、

自分が戦場にいる事を忘れてはならない。


まごついて何もしないで居れば、あの残酷な死を迎えるのが

今ここで仲間として居る彼らかもしれないのだ。


そう考えれば、指差して糾弾してくる道徳の主張が少し弱まって感じられた。


入り口前で集合したアーテリスと6人の護衛達。


「皆、怪我はありませんね?」


その安否をアーテリスが問うと、全員が静かにうなづく。


安否確認が済んだアーテリスは、入り口に向かい階段を降りようとしたが、

先ほど何の活躍もできなかった事を挽回したかったリュンクはその前へ出る。


「僕が先に行くよ」


「‥‥そうね。いい機会だし、お願いしますね」


胸を叩きながらそういうリュンクを見たアーテリスは少し悩んだ後、

何か思うところがある様子でそれを了承した。


リュンクを先頭に塔内に侵入した一行。


階段を降り始めてすぐにアーテリスは例の【流壁】という紋術の準備を始め、

リュンクは目を凝らし薄暗い通路を向く。


途端。


ースドン!


という音が後方から聞こえた。


反射的に後ろを振り返るリュンク。


真後ろで紋術の準備をしていたアーテリスが、

背面に体を大きく仰け反らせ

通路の壁に体ごと擦らせながら不器用に尻餅をついた。


「ぎやぁああああ!!!!」


細い路地にビリビリと反響する金切り声の正体が

アーテリスの悲鳴だと最初は理解が追いつかなかった。


彼女の左目に、深々と細長い何かが刺さってるのが一瞬だけ見えたが、

その何かは、瞬時に引き抜かれ薄暗い路地の奥へ消えた。


アーテリスは、顔面の左半分を手で押さえ、のたうち回っている。


「早くアーテリスを引き上げるんだッ!!」


突然すぎるその状況に放心状態だったリュンクだが、

列のしんがりに位置するデウムが大きな声で指示を出した。


デウム達は体を捩りながら激痛に耐えるアーテリスを助ける為に、

衣服を引っ張り階段上へ引き上げている。


拍子に、彼女の紋術媒体が軽い音を立てて階段の奥へ落ちた。


リュンクは、通路の奥、闇の中で

金属が擦れる音と、床を踏みしめる音を聞いた。


ここに居てはマズイと直感的に思ったリュンクは、

竜剣を前へ回し、それを盾に身を守りながら

屋上へと引き返そうと後ずさったが

デウムに後ろの状況を聞く為に、闇の奥を睨みつつ口を開く。


が、その瞬間、喉の奥がチクリと痛み

更に、ブワァと例の時間遅延を再度経験するリュンク。


「ぇ!?」


ゆっくりと過ぎる時間の中で、目前にある光景が理解できない。


自分の口から、平たい鉄が生えているのだ。


その鉄は、途中で細い棒に変わり階段の奥、暗闇に消えている。


それが自分の口内へ至り、喉の奥に達した武器の先端だと、

リュンクがそれに気付くのに一瞬ほど時間を要した。


「!!!!??」


それを知覚して直ぐ、後ろに飛んだリュンクだが、

反射的に考え無しで動いたので、口内の左側が武器の刃で切られ負傷する。


「いったッ!!!」


信じられないほど生々しい痛みが、

口内を発信源にゆっくりと左顔面に走る。


だが、まだ時間はゆっくりだ。


自分の置かれているこの状況は、

実戦経験のない素人の考えでも窮地(きゅうち)と分かった。


細い通路で攻撃を仕掛けている相手は、

槍の様な長い武器を得物にしている。


今は時間の遅延に助けられているが、

大きな盾の様なものがなければ防ぎ用がなく

この時間遅延が解ければ直ぐに滅多刺しにされる。


安易な考えだが、その射程範囲から逃れる事が最優先だ。


そう考えたリュンクは、遅延の影響でゆっくりと動く

デウム達の間を縫う様に、一目散に屋上側へ抜け出し

アーテリスの両脇を抱え思いっきり外へ引っ張り上げる。


屋上へ転げるように撤退した直後、ブワァとする例の感覚が薄れ元に戻る。


瞬間、堤防を崩したダムの様にボトボトと血液と涙が流れはじめ、

リュンクの服に黒いシミを作り出した。


リュンクは苦痛に顔を歪めながら、引っ張り上げたアーテリスの安否を伺う。


左目を押さえるアーテリスの手からは、

鮮明な赤色の血液が締まりの悪い蛇口の様に流れ出ている。


その顔は生気がなく呼吸を短く刻み、

低い唸り声を漏らしている。


「アーテリス!!大丈夫!?アーテリス!!!」


返答は無い。


が、彼女は、まだ見える右目を薄く開き、

リュンクの後方、通路の入り口を指差す。


「え!?」


後方を振り向くとデウム達が、通路から這い出て来ていた。


その後ろに、チラリと武器が見え、

リュンクが「後ろ!!」と声を上げようとした時、

最後に出て来た少年兵の眉間から武器の先端が飛び出た。


「う”ぅ”!!!」


頭を後頭部から串刺しにされた少年兵の一人は、

声にならない声をあげ、その場に膝から倒れた。


彼がアーテリスに名前を呼ばれた

どの少年なのかリュンクは知らないが

岩場での会話で笑っていた少年の一人だ。


少年は、呼吸とも声とも似つかない水っぽい音を口から鳴らしながら、

ピンと硬直させた四肢を強く痙攣させている。


リュンクは、致命傷を受けた人間は即死して動かなくなると思っていたが、

実際には、惨たらしく断末魔を見せつけながら息絶えるのだと知り、それが酷く悍ましかった。


それが、先ほどまで肩を並べていた仲間の一人なら尚更だ。


入り口の両側に立っていた見張り役のゼオとカテバは、

状況が飲み込めないまま目をひん剥きそれを凝視している。


「ゼオとカテバは、入口の死角に。

 他の奴らは、入口から離れるんだ」


戦場での経験があると言っていたデウムが、

至って冷静に簡潔な指示を出す。


ゼオとカテバはその指示に従い、抜剣してから

入り口の両脇からその建造物の裏に身を隠した。


更にデウムと同じく経験者と思わしき一人が、

見えない足場からこちらに来ている少年兵達に異常を伝え

早く渡り切る様に指示を出す。


「デウム!アーテリスが大変だよ!!」


リュンクは、どうしていいか分からず

現状で場を取り仕切るデウムに助けを求めた。


「状態は!?」


デウムは、アーテリスに声をかけるも意識が混濁して応答できないのを見て、

リュンクに傷口を抑える手を退けるように言い、二人で負傷の具合を確認する。


挿絵(By みてみん)


「うっ‥‥」

「これは…ひどいっ」


二人して、傷口から目線を逸らした。




アーテリスの左目の眼球は、ドロリとゲル状に飛び散り、

傷口は目のフチの骨を削り取っていた。


明らかに達してはいけない部分にまで傷が至り

肉が抉れ、その肉片がささくれる様に所々でこぼれ落ちている。


どう考えても、助かるとは思え無い。


「アテテロ!!アテテロを呼んでくれ!!」


デウムの怒声じみた指示を聞いた他の少年兵が、

見えない足場を渡り切ったばかりの少年兵の中からアテテロを呼びつける。


アテテロは小走りでアーテリスに寄り添い

「なんて酷い」と言い紋術を行使し始めた。


それをみて反射的に問いかけるリュンク。


「アテテロならこの怪我を治せるの!?」


「無理よ!でも延命くらいにはなるはず!!

 紋示1の紋術でも何もしないよりマシでしょ!!」


その紋示1の水の紋術がどの様な効能を持つのか、想像もできないが

紋術ならば、一見致命傷に見える負傷もなんとかなるかもしれない。


デウムは、アーテリスをアテテロに任せた後

状況を整理する様に親指を噛んで思案していたが

焦った様子で声をあげた。


「リュンク!とりあえずはここを切り抜けよう!

 あそこを突破できないと作戦は失敗する!!

 アーテリスどころか僕ら地方同盟は皆殺しだ!!」


そう言われたリュンクは、少し感情的に言い返す。


「でもデウム!突破って言ったって、あの狭さとあの武器じゃ盾でもなけりゃ無理だよ!」


「それは!‥‥そうだな‥」


二人のやりとりを横で聞いた護衛役だった少年の一人が、その話を聞いて悪態をつく。


「くそっ!ハギンが殺された!!なんで屋上なんかに槍兵を配置してるんだよ!!

 こんな事なら、蹴り落とす前に紋弓を奪っておいたのに!!」


確かにそうだ、屋上の哨戒に槍を持たせる利点は見当たらない。

現に先ほど、仕留めた見張りの兵は、弓の様な投擲武器を持っていた。


それに、現在の分断監視塔内には100人に満たない兵士しかいない筈。


見張りに余裕があるとは思えない。


屋上ならばまだしも屋上に続く部屋に兵など配備して

何の意味があるというのだろうか?


まさか作戦が漏れていたのか?


「奴ら、籠城して時間稼ぎするつもりか!?」


少年兵の一人が周りに同意を求める様にそう言う。


確かに侵入時の攻撃から奇妙な間が空いているが、

塔内からは何の様子も伺えない。


「細い階段に長い獲物か‥

 あんなに有利な場所からノコノコ出てくるとは考えづらいな」


と、デウム。


リュンクは、どうにか手がないものかと一応考えては見たが

安直に特攻以外の発想が出ない。


というよりも、いきなり訪れたこの窮地を起因とする

イレギュラーな事態に完全に飲まれている。


屋上侵入時の様に紋術でも使えれば良いのだが、

同盟軍唯一の紋術師は、一番最初に無力化させられている。


「リュンク‥君は相手を見たか?鎧の色は赤くなかったか?」


デウムは、指を噛みながら敵の正体を思案し、

リュンクから情報を引き出す。


「い‥いや。武器くらいしか見えなかったよ」


「どんな武器だった?」


一瞬見えた敵の獲物を、脳内で再生しようと試みるリュンク。


「えっと‥ハッキリとは見えなかったけど!槍みたいな武器だったのは間違いないよ!」


「それは本当に槍だったか?斧槍(ふそう)じゃなかったか?」


斧槍(ふそう)?」


斧槍(ふそう)とは長い棒状の先端に、

斧と槍を兼ね備えた刃物が取り付けられた武器だ。


「君は忘れたのか?この作戦で出会ってはいけない相手のことを!!」


赤い鎧と斧槍。


リュンクの脳が二つのキーワードから

例の将校の名を導き出そうとした矢先

少年兵の一人が声を上げる。


「おい!!みんな注意しろ!!誰か出てくるぞ!!!」


階段をゆっくりと上がってくる足音が聞こえる。


どうやら、相手には地の利を手放してまで

こちらに追撃をかける理由がある様だ。


「二人とも!アーテリスを動かして!!早く!!」


階段への入り口近くで、アーテリスの介抱を行っていたアテテロが、

アーテリスの傷口に両手を当てたままデウムとリュンクにそう命じた。


二人は、敵が階段を登りきる前に

アーテリスの服を掴んでひきづり入口から十分な距離をとる。


「リュンク!あなたも怪我したの!?」


血のついたリュンクの口周りを見たアテテロが、口早に心配した。


「ああ。うん。口の中を切られたんだ」


「どれ…ちょっと見せて!……?……冗談やめてよ!傷なんてないじゃない」


「え?いや!だって…」


そういえば、いつの間にか血が止まり

痛みもない事に気付くリュンク。


痛みが麻痺したんだろうか?


「見ろ!!出てきたぞ!!」


デウムが大きな声で、傾注を誘う。


少年兵達は、皆、そこから現れた者達を突き刺す様に凝視した。



「…子供ばかり…こけおどしのケレンか。

 紋術使いもその女一人の様だね。

 浅はかな戦法だよ。

 反乱軍どもの底が知れるね」



そのとき、リュンクの脳裏に

あの日、オーケンが言っていた言葉が蘇る。



『世界が牙を剝くとき

 それはいつだって予想の斜め上を行くんだ

 対処できない物事が

 対処できないタイミングで複雑に降りかかってくる』


それは、きちんと理解できていた事だった。


今ある現状がそれに該当すると

心のどこかでそう決めつけていた。



だが【世界の牙】とは、本当に予想の斜め上を行く。



いつか。


どこかで出会うかもしれないと思っていた。



この道を進めば、この世界で戦う道を行くならば

何かの形で相見える事もあると思っていた。


でも、それは今じゃ無い。


もっともっと先だと思っていた。



「とは言え。

 なけなしの兵力で進撃して来たんだ。

 私は君たちを歓迎する事にするよ」



(あかつき)に照らされ鈍く、怪しく輝く白銀の鎧

その手には短い独特の形の槍


異様な程の長身をしたその男は

ゆっくりと落ち着いた様子で


または、その身に満ちた自信から出る

余裕を持ってリュンク達の前に現れた。


「し‥白銀の‥‥全身甲冑‥嘘だ‥こんなの‥」


デウムから絶望を付与した狼狽の言葉が漏れ出す。



見るからに、異質なその存在が名乗る。


挿絵(By みてみん)


「私はサルホーガ。

 白銀騎士隊のサルホーガ・イデラケウスだ」

設定資料にキャラクターを追加しました。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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