-【5-2】-そしたらガキすぎだろこいつら!
アーテリスと、戦士団の確認会議が始まって間も無い頃、ケトアト港偵察の務めを終えた2名が合流する。
偵察から得た情報を投入した、分断監視塔攻略の最終すり合わせが簡潔に済まされ
互いに現状を踏まえた最終議論をし合う。
「お前達の見た上官らしき人間の中に、赤い甲冑を身につけている者か
えらく長い柄の武器を持っている者は居たか?」
目線を鋭くして偵察隊に質問ぶつけるオーケンに
偵察隊の二人は、迷いなく返答する。
「いや。その様な人物は居なかった。提灯の明かりだけで視認性は低かったが
その容姿なら遠目から見ても気づいたはずだ」
「あんたが言っているのは、分断監視塔の管理者ブリウトン・バンレイシの事だろ?
残念だが、万が一にもブリウトンがあそこを出たとは考えられない」
ブリウトン・バンレイシ。
地方同盟のアジトでの作戦会議にも登場したアマテオ将官の名前だ。
だが件のブリウトンの名前が、特に有名と言う事はない。
ただ武力国家アマテオ帝国軍の将官は、皆その腕前でのし上がってきた実力者ばかりで
将官の役職を与えられている事を意味する特色の鎧は、それだけで脅威、畏怖の対象となる。
オーケンがブリウトンの在籍の有無を気にするのは当然である。
なぜなら、この度の攻略戦においてブリウトンは、最も重要視しなければならない
言わばこの戦場においての大将に相当する人物に他ならないからだ。
事加えて、オーケンはウルムの戦場でブリウトンを目撃し、
その実力を知っているので尚更その意識は高い。
つまりブリウトンをどれだけ早く対処できるかが分断監視塔攻略の鍵とも言える。
「そうか。いや、俺だってそこまで楽天的な希望は持たないさ。
いくら皇帝の護衛を強化する為とはいえ、衛戍施設の管理者まで召集する筈もないだろう
ただ‥こう気になってな」
珍しく歯切れの悪い事を言うオーケンに対し、
やたらと防御力の高さそうな腕甲で右手を防御したハキホーリが舌打ちをした。
「濁すんじゃねぇよ。何が気になってんのかはっきり言ってくれ」
「いや。今さら蒸し返すのもどうかと思ってな。
以前も爺さんと議題にあげたが、分断監視塔から人員を割くのにどうにも素直すぎる。
俺がブリウトンなら、いくら本隊からの要請でも、ここまで愚直に従う事は無い」
そう言った後、オーケンは、見当を求め傍で腕を組む老人コクラクに視線を向けた。
「儂の見込みは、以前と変わらん。ゲルサウス家の有権を巡った派閥間で
何かしらの動きがあったと考えるのが妥当。先も言ったが、この遠征からして
本来のアマテオらしさが無い。確かにオーケンが腑に落ちないのも最もじゃが
だからこそ、隙が生じ、結果的に作戦立案に繋がった訳じゃ」
老人コクラクの言葉を聞いて、オーケンの口にやんわりと笑みが戻る。
「根本の知れない部分を足がかりにしている以上、疑念が晴れる訳も無いか。
いや、すまん。少し神経質になり過ぎていた」
オーケンが気を抜いたのに釣られ、場の空気が変わり
皆、肩の力を抜いた様に見える。
論議が終わる前の典型的な傾向だ。
「そろそろいい時間よ。オーケンさん」
アーテリスが、濃紺が淡く滲み始めた東方を見つめ、そう言う。
「ああ。もう頭を使うのはお終いにしよう」
オーケンはその場に立ち上がる。
いつの間にか、オーケン達の周りに兵士たちが集まり
その視線は、大きな体で佇む指導者に傾注し皆の意思が高まっていく。
「地方同盟の勇敢な戦士達。
今日、この日から俺たちの反抗は水面下を出る。
それぞれ異なる原動力を持った人間が
同じ目的を持ち集結したのには、きっと意味があるはずだ。
だが、綺麗事は言わないし言わせない。
殺し、奪い、勝ち取れ。
そして、俺たちが両腕を血塗れにして手にした勝利の上に
何かを築き上げる者達の礎となろう」
オーケンは、身に着けるポンチョをたくし上げ
そこに描かれた地方同盟の紋様に口づけをして見せた。
それに呼応する様に、戦士達は皆、同様に紋様に接吻する。
鬨も無くして、全員の意識が収束するのを感じる。
分断監視塔攻略作戦の開始である。
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分断監視塔を肉眼で捉えられる距離にて、現場の様子を視認する。
監視塔前の関所で、警備に当てられたアマテオ兵達が長槍を手に哨戒しているが
その多くは、姿勢が悪く、集中力を欠いて見えた。
「あれは相当眠気が来ているな。あの気の緩み様、もうすぐ交代か?
もしそうなら交代直後のタイミングが狙えるが‥」
オーケンは、一呼吸の間で思案した後、後方のアーテリスにサインを出す。
そのサインによりオーケン率いる戦士団34名と、
アーテリス率いる揺動隊26名は、各々の配置へ向かい動き出す。
揺動隊の少年兵達に混じるリュンクは、何かを求める様にオーケンを見つめたが
知ってか知らずか、そのアピールに彼が応答する事はなかった。
「行ってきます」
その言葉は、リュンクの口から自然とこぼれる。
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アーテリスを筆頭に、大岩山の険しい岩場を進む揺動隊。
例の地図に記載された通り、高低差の激しいその迂回路は、
酷い所では、登攀(とうはん※)でなければ超えられない場面もあった。
※ロッククライミングの事らしいよ
リュンクは、例の恩恵によって身体能力が向上しているので、
未界にいた時では、絶対に音を上げていた険しい道のりに対し果敢に挑んでいた。
登攀の際、上手く持ち手を選べない者に対して
ロープなどで手助けする役目も率先して行い、そうして道を進んでいる内に
確かな自信と僅かな優越感がリュンクの意欲を満たした。
自分は、今ちゃんとできている。
道中の場面場面で訪れる「出題」の様な弊害を
他の者より上手くこなせている。
その小さな成功を繰り返す度にリュンクの心中に心地よい感情が満たされていく。
リュンクは心の中で「自分の実力をもっと見せつけてやるぞ」と意気込んだ。
そのとき、先頭を行くアーテリスが立ち止まる。
行き止まり。
普通に考えればそう言わざるを得ない絶壁がそこにはあった。
後ろに倒れるほど見上げなければ見えない
その頂上が正確に捉えられないのは周りに比較できる対象がないからだ。
その壁面は、一枚岩ではなく朱色や灰色、黄土色など様々な色の鉱物が横縞状で積層しており
目の前の絶壁が、断層が隆起した際に出来た事を物語っていた。
アーテリスはその絶壁に対し、
両手で持った杖をゆっくりとかざす。
彼女はしばし集中する。
リュンク達、少年兵が、その後ろ姿を固唾を呑んで見守っていると
アーテリスの後頭部から、キラキラとした光が見え始め
その光は両腕に分かれ杖へと到達しゆっくりと消えた。
アーテリスは【不視の紋術】=【固空】を行使した。
「【固空】は、正常に展開されました」
くるりと振り向いたアーテリスは、そう言うが
相変わらず、そこには何も見えない。
「さぁゼオ。あなたの出番ですよ」
次にアーテリスは、少年兵の中からゼオを呼び付けて
腰のポシェットに差し込んでいた長い筒状の容器を手渡した。
「練習通りにやれば問題ないですからね。頑張ってゼオ」
ゼオは、その言葉に小さく頷き、容器の蓋を開けてから
ジーッと絶壁を見つめたかと思えば、その場で飛び上がり始める。
天空を駆け上がるゼオの軌道に、手に持つ容器から景観を損ねる黄緑色の塗料がドバドバと垂れ
今の今まで目に見えなかった【固空】によって形作られた透明な階段が姿を現す。
リュンクは、再び脳に新しい常識が書き込まれていく時の不思議な感覚を味わう。
「さぁ、グズグズしちゃいけませんよ。勇気ある人から率先して登りましょうね」
アーテリスの扇動によって、次々と黄緑色の階段を登り始める少年兵達。
リュンクも階段に向おうを足を進めると、その肩をデウムが掴み
「なぁリュンク、実は俺高い所が苦手なんだ。肩を貸してくれないか?」
などと、意外に情けのない事を言った。
「仕方がないなぁ」
と、少し呆れた様に言ったリュンクだが、実は臆病風に吹かれていたので
先に弱音を吐いてくれたデウムに救われていた。
階段を登り始め、絶壁の真ん中まで来た所で、
塗料の隙間から見える真下に身震いが止まらない。
暗闇によって既に地面は見えず、まるで奈落が口を広げている様だ。
更に、上にいくにつれ周りに障害物が無くなる事で風を感じやすくなり
決して強くは無いもののヒョウヒョウと耳元で聞こえる風切り音が実に恐ろしい。
「へへ‥ゼオの奴これがあったから、余計に緊張してたんだぜ?」
恐怖心を誤魔化す様にそう言うデウムは、リュンクの肩をがっしりと掴んで離さす
ブルブルと震えているのが伝わってくる。
頂上付近にまで来ると、リュンクは壮大な光景に息を飲んだ。
高所から見つめたケトアトの街並みと、大河川ミゴーン。
彼方には、先端の白い高原と真っ白な領域、大雪原。
階段を登りきりデウムは、腰を抜かした様にその場に尻をつけたが
リュンクは吸い込まれる様に頂上からの景色がよく見える場所まで移動した。
東側、分断された道の向こう側に、アンガフの街並みが見え
更にその向こう、険しい山々の向こうには、密集した黒い建造物が見える。
リュンクは、そこから本来の目的地である港町ササンや、
キマセ離島が見えないものかと目を凝らしたが流石に遠すぎて見え無い。
「みんな注目して。いい?手筈通り、実働隊の合図があるまで
ここで待機します。小休止の後、念を押して作戦を復習しましょうね」
25名の少年兵達は、皆一様にアーテリスの顔を注視した後に、
小休止を取ろうと頂上の真ん中に身を寄せ合う様に集い腰を下ろす。
アーテリスは、ゴツゴツと隆起した岩に隠れる様に身を預け
下方向と分断監視塔の方向に素早く目をやり瞼を細めている。
現在リュンク達の位置する大岩頂上の標高は、
分断監視塔の屋上と背を並べており
アーテリスの様に身を隠さず迂闊に端の方に近づけば、
監視塔頂上で哨戒しているアマテオ兵に見つかってしまう。
視線をあちら側に向けたまま、アーテリスは言う。
「一番重要なことを忘れないでね。オーケンさんも言っていたけれど私たちの役目は
下から攻略を仕掛ける戦士団に応戦して、監視塔の中で籠城しようとするアマテオ兵に対し
上方向からプレッシャーをかけること。
決して息んで正面から攻撃を仕掛けたり深追いしたりしない様に。
ただでさえ、あなた達はまともな装備じゃないんだから」
アーテリスの言う事は最もである。
少年兵は、誰一人として鉄製の防具を装備していない。
これは隠密性を重要視した為だ。
鎧から鳴る金属音は、聞き慣れた熟達の戦士ならば眠っていても気づかれてしまう。
その中リュンクだけ肩当ての装備を許されているが
それは、女神から貰ったこの防具がいくら動いても金属音がしなかったからだ。
その他の少年兵たちは、皆、厚みのある木製の防具か、
樹液や脂の接着剤を染み込ませ強化された布を複合して作られた簡単な防具を着用している。
もしも少年兵が、こんな装備のまま、
一定の練度をお備えた戦士と出会おうものなら、まともにやりあって勝ち目などない。
リュンク達、揺動隊は、あくまで戦士団が攻め込むゴタゴタに乗じて、
パニックを誘発させるのが目的なのだ。
アーテリスは、先ほどの注意を促した後、状況を観察する事に集中した。
少年兵達は、これまでの道のりが随分と堪えたのか肩を上下させて呼吸を整えている。
恐らく緊張や恐怖の相乗効果で余計に体力を消耗したのだろう。
そんな具合にリュンクが一人、他人事の様に少年兵達を観察していると
モゾモゾと身を低く保ち、尻を引きずりながらゼオが近づいてくる。
「なぁリュンク。ちょっと話でもしようぜ?」
わざわざ「話をしよう」などと、断りを入れてから
会話を始める人間が居るのだなとリュンクはそう思った。
「やっぱお前スゲーな。全然疲れてないのかよ?」
「そうだね。あんましかな」
「すっげ!やっぱ、あれだけ速い剣技を習得する修行は
こんなもんじゃないんだろうな!」
ウキウキとするゼオを尻目に、リュンクは微量な罪悪感を感じ
「まぁね」などと微妙な返事ではぐらかしたが
それは、ゼオが言う様な修行の経験も剣技もリュンクには無いからだ。
「なぁリュンク。お前人を殺したことあるのか?」
「‥‥え?」
唐突にとんでも無いことを言い始めたゼオに面食らうリュンク。
「どうなんだよ?」
「そんなのあるわけないじゃ無いか」
「そっか!俺も無い!」
なぜか嬉しそうなゼオを、リュンクは怪訝に思う。
まるで殺人に憧れを抱いている様な態度が腑に落ちない。
「俺は、ウルムで二人殺した」
いつから話を聞いていたのか、デウムが急に現れそう平然と言ったが
急に告白したその内容を、リュンクはすぐに受け止められない。
当たり前だ。
ほのかに友情を感じ始めていた同年代の子供が人殺しだと
後ろめたさも無く言い放ったのだ。
簡単に受け止められる事実では無い。
だがどこかで納得できる気持ちも有る。
彼らは戦争に参加していて、戦場に身を置いているのだ
普通の小学生として生きてきたリュンクと違って
「死」という概念に関与する場面があるのは必然。
それが加害者であっても被害者であってもだ。
「と言っても、致命傷を負った敵兵に止めを刺しただけだ。
あの苦痛で強張った首の肉に刃を突き立てる感覚‥‥今考えても恐ろしいよ」
そう言うデウムは、寒そうに両腕をさすりリュンクとゼオを交互に見た。
リュンクには、いろいろ質問したい気持ちや、否定的な事を言いたい気持ちもあったが、
なんだか、今はどの様な反応を示しても間違いな気がして口を閉ざす。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
この重暗い雰囲気は、皆、少なからず同じ気持ちになったのだろう。
3人は何を話していいか分からなくなり
しばし、気まずい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、デウムの後ろから現れたアテテロだった。
「ねぇリュンク!あなた歳はいくつくらいなの?同じ歳くらいだと思ってたけど?」
明るい口調で脈絡のない話を振ってきたのは、きっとアテテロの優しさだ。
先ほどの会話で心持が不安定になっていたリュンクは、すぐにアテテロの質問に答える。
「みんなと同じくらいだと思うけど、11歳だよ!」
「‥‥っぷッ!」
何の変哲も無いリュンクの言葉で、アテテロが口を押さえて笑い始めた。
ゼオもデウムも肩をヒクつかせて笑いを堪えている。
よく耳をすませば、リュンク達の会話に聞き耳を立てていたのか
周囲の少年兵からも静かな笑い声が聞こえた。
「いや、リュンク。君は面白い奴だよ」
「この状況でよくそんな剽軽な事言えるよな〜たいしたもんだよ」
デウムとゼオは、笑いの間で関心しながらそう言うので、
リュンクは、愛想笑いと、照れでよく分からない気持ちになり
やや定番となってきているニヤニヤと諂う様な笑顔で場をいなす。
無論、何が面白かったのかは分からないままだ。
「あたしこういうジョークに弱いのよ〜
ねぇ、それじゃさ。アジトで雑用してる子供達と同じ歳って事よ?
あはは!勇敢ね!リュンクちゃん!」
アテテロは変なツボの入り方をしたのか、
いつもより距離感の近い言葉で絡んでくる。
どうしようもない、この感覚は、
この世界に来て、何度目かの経験だ。
なので、リュンクは恐る恐る尋ねてみる。
「あはは〜いやぁ〜それじゃさ!僕は何歳に見える?」
「本気のやつ?そうね〜。見た目じゃ分かんないけど‥
少なくとも20歳は超えてるでしょ?ちなみに私は23歳よ」
「‥‥‥にっ?」
「そっかアテテロは、僕の2歳下だったな。ゼオはアテテロと同じ歳だろ?」
「そうそう。23だよ。デウムは少年兵じゃ最年長だろ?」
「あ〜‥そっか、そうなるな」
ん?
こいつら何言ってんだ?
全然おもんねーからその茶番やめろや
そう思うリュンクは、思案に耽る。
いや。
ちょいと待てよ。
リュンクの脳裏にハキホーリが怒声に混ぜて言った言葉や
酔っ払いの戯言だと思って無視したオーケンが言っていた年齢
ケンテッカが言っていた年齢の計算が蘇る。
ちょっと待てよ‥‥まさかこいつら
まさか異界人の年齢は、未界人よりも長い?
この見た目で二十代前半と考えると、二倍ほどの寿命があるという事なのか!?
いや、そしたらガキすぎだろこいつら!
リュンクは「オーケンはじいちゃんと同年代!?マジで!?」と驚愕した。
そんなこんな、わたついていると東方の空が明るみ始め
談笑を黙認していたアーテリスが指を鳴らし傾注を誘った。




