-【4-6】-砂場に糞を隠す猫の様な、姑息なテクニック
「待てよリュンク!君はこれを片手で持ってたのか!?」
ニヤニヤと諂うタイプの不器用なリュンクの作り笑いに被せ、デウムがワタワタと騒ぐ
「おう!なんと言う怪力か!!」
ケンテッカも息を荒げながら驚嘆の表情を向ける。
リュンクは、さらに「ははは」と追い諂いで場をいなそうとしたが
内心は「正直、このノリに合わせるのはしんどいぞ」と思っていた。
竜剣は軽い。
どれだけ芝居を打たれても、その事実があるのだから騙される訳にもいかず
かと言って、こんな旨味の無いボケにのっかるのも府に落ちない。
総合点として、しんどい。
それに尽きる。
「いや。ケンテッカ、怪力というのは違うだろ?
こいつは俺の剣をまともに持てなかったからな」
「オーケン?‥え‥‥もしかしてみんな真面目な話してる?」
「どうやらお前さんは自覚がない様だが、この剣の重量は俺の剣の比じゃないぞ?」
「は?」
どういう事だ?
竜剣が重い?
もしかして、加護がないと鞘から抜けない云々は
適合性の有無ではなく、重くて抜けないという事なのか?
何ならマッチョなら普通に抜けるって事?
‥‥‥。
なんだその強引なやり口は。
紋術とかさぁ!
色々あんだから物理に頼んなよ!!
見た目だけじゃなくて設定までダサいとか最悪だな!!
「なぁケンテッカ。どうにも引っかかるだろう?
こんな武器見た事も聞いた事もないじゃないか」
「もしかして!!」
ケンテッカの隣で、物思いに耽っていたデウムが何かに気付いた様子、
全員がその発言に傾注する。
「あの時オーケン様が無様に吹っ飛んだのは!!
わざと大袈裟にして空気を変えようとした訳じゃない!?」
「うるさい!今そんな事どうでも良いんだよ!
普通に格好つけて吹っ飛ばされただけだ!
変に深読みしてほじくり返すな恥ずかしい!!」
「そうか‥あの傷はこの剣にやられたのか‥
そりゃ、こんな重さでしばかれたら無傷じゃ済まんだろう
それにしてもおかしな剣だ‥これは」
ケンテッカは、鍛冶屋だからこそ感じる違和感に
興味津々で竜剣の刀身を見つめた。
「参考になるか分からん事だが、この剣は刃の部分で
あんたの拵えたアンガフ鋼のショートソードを
中程からへし折ったが、刃こぼれひとつしなかったぞ」
オーケンは、いつもの様に口角を上げニヤつきながらそう言ったが、
声のトーンはいたって真面目で、目元も笑っていない。
「アンガフ鋼を刃で受けて‥欠けなし‥か。
おいデウム!奥からアレ取って来い!」
「爺ちゃん!いつも言ってるけどアレじゃ分からないよ!」
「アホお前!鉄打ちになりてぇなら、流れで分かれ!!
鉱石砕く時のアレだ!奥の棚にあるアレ!!」
「ああ!アレね!」
合点のいったデウムが作業部屋脇の汚らしい帳の向こう側へ消えた後、
すぐに埃まみれで拳大の鉄塊を重そうに持って帰ってくる。
リュンクは、一連のやりとりを側から見つめ、一人ソワソワしていた。
大人たちがあくせくする場面では、子供は不安になるもの
それが自分の所有物を巡っての事ならば尚更。
竜剣の横にドドンと置かれた鉄塊は立方体をしており
その艶やかな面は鏡面で傷ひとつない。
その上に積もった埃を大きな手で払ったケンテッカがリュンクに対して言う。
「坊主。ちょいとその剣でこの鉄を引っ掻いてくれんか?」
その言葉にリュンクは安堵する。
状況的に「この鉄を切断してみせろ!」とでも言いそうだったからだ。
そんな事をすれば、いよいよ竜剣は折れてしまう。
「引っ掻くって、どのくらい?」
「なに、切っ先でなでる程度で十分だ」
リュンクは、それくらいならばと、竜剣を手に持ち
その切っ先で鉄塊に刃を立ててみる。
全員の視線が集まる中、ギギギと刃が面に食い込む音がして
鉄塊の美しい鏡面に深い傷が彫られていく。
それを見たリュンクは、少しがっかりとした気持ちだった。
もっと大袈裟に鉄が切れてしまうのかと、少し期待したからだ。
漫画宜しくなスパンッ!と言う擬音など無いとしても
せめてバターを着る様な超常的光景くらいは見せて欲しかった。
「あぁ〜〜!!!!」
「嘘だろッ!?」
突然、爆発する様に騒ぎ始めたケンテッカとデウムのオーバーリアクションに、
リュンクはビクッ!としたが、オーケンも少しビクってなった。
どうだい?今の一文、小学生の書いた様な文面だとは思わないかい?
「ケラン鋼の金床に!!こんなに深い傷が!!!」
自分でやれと言ったくせに、ケンテッカの、この驚き用は少し理不尽なものがある。
「ケラン鋼?聞いたことのない鋼材だ」
オーケンは、一瞬狼狽した事実を隠す様に真面目な顔でそう言う。
砂場に糞を隠す猫の様な、姑息なテクニックだ。
「お前さんは知らんだろうな。ケラン鋼は刀剣や甲冑に使う鋼材じゃねぇ
これはケランチウム鋼と言ってな、鉄よりも硬度の高い鉱物を砕いたり
焼の入った鋼の矯正なんかに使う特別な鋼材よ」
試しに。と言う様に、ケンテッカは、その異様に太い腕で先端の尖ったハンマーを握り
気が狂った様に、何度もケラン鋼の鉄塊をしばいて見せたが、その表面には毛ほどの傷すら付いていない。
「はぁ‥はぁ‥ほらな?本来ケラン鋼は、焼き鈍して硬度を下げない限りは傷一つ付きゃしない
強いて言うんなら熱処理されたイタカ鋼なら、もしかするとこれくらいの傷を掘れるかもしれんが
‥‥しかし、重さがな。イタカ鋼の質量もかなりのものだが、こんなにアホほど重くはない」
「いや、爺ちゃん。この剣の重さは質量とかじゃ無い気がする。
普通この大きさで、この重量はありえないよ」
「そうだな‥‥ならば、この重さはわざわざ付与された機能だと考えるのが妥当か」
付与。
付け与える行為。
それは何者かが竜剣の攻撃性能を向上させる機能として「重さ」を追加した事を意味していた。
「付与?と言う事は、この剣が【紋術媒体】と言う事か?
しかし持った時に原級素を消費した感覚はなかったが‥」
と、そう言うオーケンに、ケンテッカはグーの手でドアをノックする仕草を取る。
「そう!府に落ちないのはそこよ!!この剣が【紋術媒体】だとするならば
原級素の消費も無しに、この重量を付与し続けている事になるが、それはあり得ない。
【紋術媒体】は文字通り、紋術を行使する【媒体】でしかない。
紋術の増幅や、予備構築などは出来ても、それ自体に残留する効果を付与する事はできない」
「ねぇ爺ちゃん。これ固有剣じゃ無いの?固有剣召喚された
固有剣は異能の力を持つんでしょ?」
「黙れ素人め!!固有剣は召喚者しか触われんのを知らんのか!!
しかも、こんな小坊主がクァトロの王国騎士に見えるか!?こんな!!小坊主が!!!」
無論。リュンクにはこの話一切わからない。さっぱりピーマンわけワカメだ。
ただ、ケンテッカが念を押して自分の事を「小坊主」と罵ったのだけは耳聡く理解した。
リュンクは、欲しかったガチャガチャの最後の一つが
目の前で回されたあの日と同じ目でケンテッカを見つめた。
「え、なにその顔。怖ッ」
ガチャ圧の乗ったリュンクの視線に、無関係のデウムがビビり散らす。
「うーん。ならよ、一体全体この剣は何だっていうんだ?
特別な鋼材でもなく、紋術媒体でも無い。もちろん固有剣でも無い
他に考えられるのは‥‥」
オーケンは、何か言おうとしたが、途中で口をつぐむ。
それを見たケンテッカは「うんうん」と首を縦に振り言う。
「言いたい事はわかるぞ。ここまでくると竜材武器の可能性を疑うだろう」
「ああ。そうだな‥‥竜材武器か」
竜材武器。
ルビを振るなら竜材武器だろう。※長いから二度と振らないが
それは文字通り、竜の体を材料とした武器の総称。
リュンクは、不意に香ったドラゴンの匂いがする話に強い興味を示す、
そういえばウンコ女神がこの世界には竜族がいる事を匂わせていたのを思い出したからだ。
「ドラゴン!?これはドラゴンの武器なの!?」
意図せず事だが、名前も竜剣とある訳だ。
これは期待できる。
「竜材武器!?この刀身全部が竜材で出来てるって!?」
デウムがここ一番のテンションで騒いで見せる。
心なしか鼻の穴が広がって見えるが、癖なのだとしたら絶対に直した方がいい。
「いや‥‥自分で言っておいて何だが‥あり得んよなぁ」
すると、自分で言いだしたにも関わらずオーケンが否定に入る。
「あー‥まぁ、あり得んだろう。流石にこれ全部は‥‥」
‥‥‥‥‥‥‥‥。
室内が、一瞬沈黙に支配された。
リュンクは、喋っても言いものかと思案したが、
ウズウズと話の続きが気になるので、思い切って聞いてみる。
「何であり得ないの?」
その言葉に、互いに顔を合わせるオーケンとケンテッカ。
さらにデウムは目と鼻の穴を大きく開き硬直している。
マジでお前その顔やめろ。刺すぞ。
「加工が」
「値段が」
と、同時に喋り、またお互いに顔を見合わせる二人。
咳払いで場を区切るオーケンに、
ケンテッカはタバコに火を入れ「お先にどうぞ」と手を出した。
「リュンク。お前は竜族を見た事があるか?」
「無い!見てみたいとは思う!」
「うむ。まぁ憧れる気持ちはわかるさ。
竜族とはな、太古の昔、破壊の神ゲゲブアーロが創造したと言われる人類の天敵だ。
竜族の体は非常に堅牢、加えて奴らは不老だから、上手くやればその身は朽ちる事が無い。
だから竜の体を使って作られた武器や防具は非常に貴重で高い価値がある」
破壊の神ゲゲブアーロ。
今朝ポルシィの言っていた、もったいないオバケ枠に入れた奴が、
まさか、そんな大それた神様だとは思いもしなかった。
「殆どの場合、その体は紋術媒体に加工される。
紋腺や臓器系は杖や楽器に、鱗や翼、骨などは防具に使用するのが一般的で、
武器、それも刀身に使用されるのは、爪や歯、角といった竜族がもともと攻撃に使う部位が好ましい」
なるほど。
文脈的に、竜剣はその(竜材の好ましい部位)で作られている可能性が高いと、そう言う話だろう。
「それならさ!竜剣が竜材武器だったなら、どの部位で出来ているの?」
竜剣の刀身は60cmはある。
それと、オーケンの剣を壊してしまった時に知った事だが
普通の剣は、刀身の根元から柄の先端まで貫通した茎と呼ばれる部分があり
竜剣に使われている材料がシームレスならば、茎部分を加算すると、全長は90cm程になる。
「うーん。それなんだが‥‥角の可能性が高い」
「角?」
「ああ‥‥だが。リュンク、よく聞けよ?」
「うん」
「竜族と言うのは、そうどこにでもポンポンいるものじゃない。
人類史上、人族が狩った竜族は数十匹程しかいないんだ」
「すっ‥数十匹!?たったの!?」
「ああ。【特別な一匹】を除いて、人族が狩ったのは、
竜族の中でも比較的小さい劣等個体ばかりで、必然的に会得できる竜材も小さくなる
その小さい竜材でも大変価値のあるものなんだが、もしも、その剣の刀身が竜材だとして
こんなに大きな角を持つ竜の竜材となると、その値段は‥‥このキンビニー地方の当主
ヘテルダ王家の総資産に匹敵するだろう」
「王家の総資産!?」
そりゃ何億万円なんだい!?
「それだけじゃないぞ坊主」
と、ケンテッカは竜剣を見つめながら言う。
「角、爪、牙にいずれにせよ。竜族のものならば大半は湾曲しているものだ」
「例外で真っ直ぐなのもあるんだぜ!ほら!リュンクも見たろ!
アイーロンの帯刀していた白銀の刺剣アルポワーツだよ!!」
「やかましい!!ウンチク語りで水を差すんじゃねぇ!!」
と、興奮気味のデウムを、ケンテッカがゲンコツで制する。
ドゴッと骨にダメージが入るタイプのゲンコツを食らったデウムは
「ヒィ〜」と言いながら、うずくまった。
「仕切り直しだ。ほれ、この剣の刀身をみろ。真っ直ぐだろう?」
ケンテッカの言う通り、竜剣は直剣のカテゴリーに入れられる。
無論、刀身は真っ直ぐだ。
「あ、でもさ。剣って、材料を火にくべて
真っ赤にしてからハンマーで叩いで形を作るんでしょ?」
例の、ご老公最後に登場系の時代劇で、そう言うシーンを見た覚えがある。
「鋼材ならな。でも竜材はそうはいかん。奴らの対損耐性は著しい。
1000℃以上の火にかけても、柔らかくなるどころか焦げ付きもせん
よって鍛造ではなく、研磨によって成型していく」
ここでケンテッカは、壁に組み込まれた本棚から、
今にも崩れそうな分厚い本を手に取りペラペラとめくってから話を続ける。
「えー。竜材で刀身を成型する場合は、竜材を得た竜よりも上位種の鱗をヤスリとし
研磨する事で加工が可能。ショートソードでの推定制作時間は125年。
だ、そうだ。この刀身を仕上げるには気の遠くなるような作業を人生の半分以上は続ける必要がある」
あの短いショートソードで125年。
その倍はある竜剣なら、その作業時間は単純計算で300年。
三世代で研ぎっぱなしで作られた剣か‥‥違う意味で重い。
ちょっと無理かな?
と言うか、ケンテッカの人生計算が間違っている事に、なぜ誰もツッコミを入れない?
お前は何年生きるつもりなんだ?
「つまり、なにを言いたいかと言うとだな。
もともと、これの材料だった竜材は、削って真っ直ぐな刀身を作れるほどに
大きな素材だったはずだ。この剣よりもふたまわり以上は大きい竜材だと推測できる」
分厚い本をバタンと閉じ、強く吸い込んだタバコの煙を
口の端から吐き出すケンテッカは「ヘテルダ王家では資産不足かもな」と言い捨てる。
「そんなに価値のある剣なんだ‥これ‥‥僕なんかが持っていても良いのかな?」
大人たちによって、その価値を解かれた今
オモチャだの、ダサいだのと竜剣をバカにした事を後悔するリュンク。
金床に立てかけられたままの竜剣が、心なしか優秀な造形に見えた気がしたが
そればっかりは本当に勘違いだ。
「まだそうだと決まったわけじゃ無いさ。もし本当に竜材だったとしても
この重さの謎や、リュンクだけその重さを感じない事への疑問は解決しない」
腕を組みながら顎髭を撫でるオーケンがそう言う。
その言葉を横で聞いていたケンテッカが、少し怖い顔をしてリュンクの目を見つめた。
「だがな、坊主これだけは覚えておけ」
その威圧感に、リュンクは、自然と背を伸ばし姿勢を整える。
「お前さんも男ならば知っていると思うが、
この異界には『伝説』と格付けされる武器がいくつかある。
オミガジモン伝説の【雷剣ゲヒトキニウ】と【炎剣ジンジリウ】
リシュモン教団の【聖ルメルシエの剣】や貫通卿ランゲゾーネの【聖槍サクソニア】
四方国家クァトロ王国騎士の固有剣召喚などもそうだ」
いや。どれも一切聞いた事がないが?
「その剣をどこで手に入れたかは知らん。
だが、坊主の持つ得物は、その伝説の数々を彩る
英雄たちが手にした武器と肩を並べられる代物だ。それを忘れるんじゃないぞ」
異界史に名を連ねた未だ見ぬ英雄達。
彼らと肩を並べられるほどの武器が、今、自分の手に在る。
その言葉が11歳やそこらの少年の心に与えたのは
優越感による高揚や愉悦よりも不安や恐怖に近い感情だった。




