-【4-5】-コントかな?
長い鉄製の階段を登り、居住街から細工商街へと移動する途中で
街並みの雰囲気があからさまに上品になる。
デウム達に連れられ、資材街の大きな扉から見えた美しい街並みが
今度は眼下に広がり一望すれば、その規模と建造物の意匠から
観光や商業を意識している事が伺え、ここがこの町の中枢なのだと一目で分かる。
オーケンは細工商街への階段を降りきる前に
「これで得物を隠しておけ」と、花や鳥をモチーフとした
可愛いらしい生地をリュンクに手渡した。
リュンクは素直に竜剣を下ろし、ファンシーショップに並ぶ
ランチョンマットの様な生地で包装する。
細工商街を構成する建築物。
その窓から見せる様に展示された金物細工の数々は、
信じられない程精巧な造形のものばかりで、
これを国立美術館に国宝だと偽って展示しても誰も疑問を抱かないだろう。
オーケンは、居住街でのあっちこっちと動き回る子供の様な様子とは真逆で、
展示された美しい物品の数々には見向きもせず迷いの無い足取りで進む。
そのまま細い路地まで来た二人は朽ちた古臭い建物の前に立つ。
オーケンは、昨晩と同じ様に扉を解錠して中に入る。
室内には、生活感がなく酷く埃っぽい。
「これから屋根伝いで進む。余り物音を立てない様にな」
オーケンは簡潔にそう説明し、建物の二階に進み
ガラスが割れて吹き抜になっている窓から外へ
出た先は隣接する建物との間、宣言通りに屋根を進んでいく。
「リュンク。この先は街路に面している。
姿勢を低くして見られない様に進むぞ」
「うん!分かった!」
普通なら緊張する内容の話だが、
オーケンがニッと笑いながら言うので
リュンクは安心して行動に移す事ができた。
先行するオーケンは、建物の壁端まで進み
暗く影に覆われた場所から街の様子を観察、
リュンクも、その後ろに続きオーケンの背中に隠れて覗いてみる。
街路の所々へ乱雑に置かれた軍用資材が見え、
それは、美しい景観を著しく損ねており、
更に、軽装のアマテオ兵が多く見られ、一般人は殆どいない。
リュンクは、竜剣を隠す様に言われた意味が分かった。
下級兵士と思わしきアマテオ兵達は皆一様で、
鋲などで補強した木製の鎧を身につけ、剣を帯刀しているが
その剣の数のみ、二本や三本とバラバラだ。
「ねぇオーケン。なんであいつらは何本も剣を持ってるの?二刀流なの?」
「いや。あいつらの剣はすぐ折れるからな、本数で誤魔化しているんだ。
俺も詳しくは知らんが、鋼材に粘りが足りないんだと」
口早に質問に答えたオーケンは「さ、行くぞ」と言い
大きな体を死角に押し込んで進んで行った。
そのまま進んでいると、分厚く堅牢そうな壁にぶち当たる。
この壁は間違いなく、ケトアトの区画を隔てる、あの大きな壁だ。
一見すると、行き止まりに見えるが、大通りからは見えない
隠された場所に、亀裂の様な入口がある。
そこから壁の内部に入り、打ち込まれた杭で強引に作られた階段を使い
壁内部の下へと降りていくと、下方向から鉄を叩く音が聞こえ出した。
一番下まで降りたオーケンは、半開きにされた鉄の扉から中を覗く、
リュンクは辺りを見渡して、この異様な空間の正体を探ってみる。
壁中に入ったにも関わらず、この場所は明るい。
上を見ると、だいぶ上の方に歪な三角形に切り取られた青空が見え
この場所が、壁を建設するときに致し方なく生まれた
デットスペースに当たる場所だとわかった。
鉄製の扉には、三本の細いワイヤーが伸びており、
オーケンは、そのうちの一番下のワイヤーを軽く弾いた。
ワイヤーの振動に連れ、キンキンとベルが鳴ったが
例の鉄を叩く音は止む様子がない。
「聞こえてないのか?」
「作業に集中してるんじゃない?」
すると、しばらくして中からジャリジャリと
小石を踏みしめる音が聞こえ何者かがひょっこりと頭を出した。
「オーケン様。早かったですね!どうぞ中に」
そう言いながら現れたのは、あの三人組の一人のデウムだった。
「デウム!?」
「リュンク?君も一緒だったのか、来いよ面白いぞ」
デウムに連れられ、扉の中に入ると
室内は真っ暗、更に茹だる程の温度で、呼吸の度に体温が上がる思いだ。
まるでサウナ室に入れられた気分で、オーケンは早速に上着を脱いだ。
奥に進むに連れ、鉄を打つ音が段々と大きくなり
火が吹き出す炉を背にした、その発信源を見つける。
そこで一心不乱に鉄を打つのは、
両腕が異様に太く、いかにもな風貌をした髭面の老人。
「ケンテッカ!来たぞ!」
ケンテッカ。そう呼ばれたこの老人こそ
ケトアト一番の鍛冶職人であり
オーケン達、地方同盟に協力する腕利の鍛冶師で
アマテオ帝国にケトアトが征服されてからは、
その腕前を利用されないように、こうして隠れている次第。
必殺技の様に大きな声で叫ぶと、
危うくマイクを二本程破壊してしまいそうな名前だ。
オーケンに呼ばれ、チラリとこちらを見たケンテッカだが、
無反応のまま、鉄を打つのを止めない。
「今は、鍛練で追い込んでる途中なので‥」
デウムは申し訳なさそうにオーケンにそう言うと、
狭く暗い工房から隣の広い作業部屋に二人を通す。
その部屋には窓があり明るい。
「よくあんな暗い部屋で作業できるね?明るくしないの?」
リュンクの率直な言葉にデウムが答える。
「暗くしておかないと火の色が見えないんだよ」
「火の色?」
「そうそう。鍛冶屋は火の色で、温度をコントロールしてるのさ
鉄は温度で性質が大きく変わるからね適温で作業しないと駄目なんだよ」
リュンクは「ほぉ〜」と、声を漏らす。
鍛冶屋の知識に感動した訳ではない、
質問に答えられる知識を持っているデウムに感心したのだ。
「さすが未来の鍛冶職人だな。よく勉強している」
オーケンも、同じく感心した様子でデウムを褒めた。
「いえ!僕なんてまだまだ!!金槌を握る事すら痴がましいくらいで」
いつもの様に口角を上げたオーケンは「奢りもなくて好感触だ」と言いながら
小汚いソファーに腰掛けると「そういえば」と思い出した様に言い
ポルシィに手渡された包みをデウムに渡す。
「ポルシィに包丁研ぎを頼れてな。デウム頼めるか?」
「はい!僕で良ければ喜んで!!」
「やるのは結構だがなぁ。前みたいに研ぎすぎて鋼を無くすんじゃねぇぞ?」
工房での作業に区切りがついたのか、
野次を飛ばしながらケンテッカが現れた。
その手には、大きな剣が握られている。
「わかってるさ。今度は慎重にやるよ」
「ん。ならさっさとやってこい」
デウムは「直ぐに済ませますから」と言い残し足早に工房へ消えると
入れ替わる様にケンテッカがオーケンの目の前に立つ。
「新しい柄にはガーナバを使ったぞ。前に使ってたノックトーンは今は手に入らん」
そう言いケンテッカが手渡したのは修理されたオーケンの剣、
砕け散っていた剣の柄の部分はすっかり綺麗に直っている。
「木材なんか何でもいいさ」
「しかし、どうしてあんな壊れ方を?ノックトーンが砕けたのにも驚いたが
傷が茎にまで届いていたぞ?」
「いやいや。ちょっと格好つけようとして失敗したんだ。な、リュンク?」
「あー…そうだね!格好つけようとして失敗していたよ!」
「お前が言うな!!」
リュンクはオーケンに小突かれながら「今のは理不尽じゃない?」と思った。
「ついでに研いでおいた。いつも通り先端は鈍くしといたからな」
「ありがたい。どれどれ、ひとつ馴じみを見ておくか」
そう言い立ち上がったオーケンは、自分の身長ほどあるその剣を鞘から引き抜き
感触を確かめる様に両手で握り込む。
「うん。太さもグリップも丁度いい。さすがケンテッカだ」
本当に大きな剣だと、リュンクは目を見張る。
「ねぇオーケン。その剣に名前はあるの?」
「名前?いや。特につけてないな」
「付ければいいのに!!」
オーケンは「名前か〜」と言いながら、
手に持つ剣と興奮気味のリュンクを交互に見つめた。
「なぁ、リュンク。お前、ちょっとこの剣持ってみろ」
「え?‥‥こんな大きな剣、持てるかな?」
「まぁ、何事も経験さ」
興味が有り断る理由の無いリュンクは、
勧められるままに応じる。
安全の為とオーケンは、大剣を床に置く。
リュンクは「よ〜し」と意気込み、その柄を両手で握りしめて
力一杯で持ち上げようと試みる。
「くぃいいいいいいいッ!!!」
すると、床に寝そべった大剣は少しづつ上に上がり
バランスを取るためにリュンクは大きく仰け反った。
「うぅうう!おもっ‥重たぃ!こんなので戦えるの!?」
この場合、重さよりもその長さがネックとなっている。
リュンクの胴体から生えた、細い腕では構えるのも困難で
腕の筋肉はプルプルと痙攣してきている。
オーケンはそれを見て無精髭を擦り言う。
「何やってる。早く振ってみろよ」
「はぁあああ!?」
「だははっ!!そりゃ無茶だわな!!」
オーケンの言葉を聞いて、堪らず大きな声で笑うケンテッカ。
「そうだよ!!無理だよ!!僕はオーケンみたいな筋肉大男じゃないんだから!
こんなもの持っているのがやっとさ!!」
見て分かる事の筈だが、オーケンは「本当か〜?」と言いながら
リュンクのプル筋をさすり怪訝な顔をしている。
そこで、包丁研ぎを終えて、帰ってきたデウムがその光景を見て首を傾げる。
「爺ちゃん‥これはどう言う状況?」
「まぁ‥パワハラだな」
リュンクは「もう限界!」と言い、ゆっくりと剣を下ろしてから
地べたに尻餅をついて倒れる。
「ふーむ。確かに力は入っていた‥‥不思議だ」
「何が不思議なもんか!!」
オーケンの言葉に対して当然の結果だと、
酷使した腕を揉みながら訴えるリュンク。
「坊主の言う通りだ」
一頻り傍観していたケンテッカが口を開く。
「オーケンのブツは、武器としては致命的に重い」
「そうそう。普通の剣が2kgもあれば重いのに、この剣は7kgもあるんだよ?」
デウムも、そう補足してから
机の上の水差しから注いだ水をリュンクに渡す。
リュンクは、渡された水を一気に飲み干し一息入れる。
単位を聞いただけでは重さを実感する事は出来なかっただろうが
実際に手に持って7kgという重さは、確かに武器としては致命的な重さだと思った。
よしんば、構えられたとして、一度落とす様に振れたとしても、
そこから再び持ち上げてから切り込むなんて事は考えられない。
オーケンの剣は全長が2メートル程あるがその三分の一は柄で、
刀身も薄くパッと見た感じではそこまで重たいとは思わなかったが
チャレンジしてみて良くわかった。
これは、もはや武器とは呼べない。
しかも、戦場でこれを使おうとするならば
これをずっと持って移動しなければならない。
無理無理、着く頃にはヘトヘトだ。
リュンクはアニメなどで、細腕のキャラクターが
鉄塊のような剣を振り回すのを思い浮かべやっぱりアニメはアニメだと思った。
「まぁ、オーケンにしても普通に振ったんじゃ扱えんよ。
こやつが大剣操縦者だから活きる武器よ」
「大剣操縦者?」
「そう。オーケン自身が【戦勇示民】と共に考案した剣技よ」
名詞だけでは、良く分からないが
「戦闘民族的な人々とオーケンが、一緒に大きな剣を振るう技を編み出した」
と言う話だと解釈でいいのか?
「うーむ」
オーケンは先程から考え込み、何か腑に落ちない様子で
「もう確かめちゃうか」と言ってからリュンクに向き直る。
「なぁ、リュンク。お前さん得物をケンテッカに見せる気はないか?」
「得物って‥‥竜剣の事?」
「そう。俺はどうにもその剣が気になって仕方がないんだ」
そう言えばオーケンは竜剣に興味がある様な事を言っていた。
良く考えればリュンク自身も竜剣の事を何も知らない、
フロエの言う通り聖剣だと言うのならば
ダサい事以外にも特筆する事があるかもしれない。
そして目の前には刀剣のスペシャリストが居る。
なるほど。
ここで竜剣を見てもらうのは、ある意味必然的とも言える。
「そうだね!僕も見てもらいたいよ!」
「と言う事だ。ケンテッカ、頼めるか?」
「おお。構わんさ、よこしな」
リュンクは竜剣を下ろし、鞘ごとケンテッカに渡そうとしたが、
オーケンは、何故か「待て」とそれを止めた。
「?」
「リュンク。すまないが金床の上に置いてくれないか?」
何やら含みのある事を言うオーケンに、リュンクは首を傾げたが言う通りに従い、
作業場にドスンと置かれている金床と呼ばれた鉄を叩く台の上に竜剣を乗せた。
竜剣を見たケンテッカは「酷い造形だ」と呆れるよう言い、
刀身を確認しようと竜剣を持ち上げたが‥‥竜剣は金床に引っ付いた様にピクリともしない。
「ん?なんだこりゃ?」
それを見ていたオーケンは、黙ったまま竜剣に近付き
大袈裟な掛け声で踏ん張ってから両手で持ち上げゆっくりと金床に立て掛けた。
それを見ていた3人は「?」と顔を見合わせた。
ケンテッカは、訝しみながらも立て掛けられた事で鞘から抜きやすくなった
竜剣の前に立ち、再び鞘から引き抜こうと試みる。
「んん!!んんんん!!!!」
だが、どう言う訳か刀身は一向に姿を見せず
力むケンテッカの髭は、汗でビショビショだ。
その時リュンクはフロエの言葉を思い出した。
確か彼女は「加護のない者は鞘から抜く事が出来ない」と言っていたはず。
「忘れてたんだけど‥」
ところが、リュンクが喋り始めた矢先、なんと竜剣は鞘から抜け始めた。
しかし、相変わらず様子がおかしい。
ケンテッカの様子を見かねたデウムが手伝いに入り、二人して両手で引き抜きに掛かる。
すると竜剣はゆっくりと鞘から引き抜かれ、遂にはその刀身を露わにした。
リュンクは「加護がないと抜けないんじゃないの!?」と思った。
だが、二人は竜剣を引き抜いた状態で、全身をプルプルと震わせ
ブツブツと二人で何かを言い合っている。
リュンクは「コントかな?」と一連の違和感に答えを出す。
どう言う趣旨のネタか分からないので
リュンクは「自分は異界ジョークに乗り切れるのか!?」と身構えていると
震える二人は、プルプルとおぼつかない動きで
「ゆっくりゆっくり」と言いながら竜剣を金床の上に置いた。
その直後。
「アホほど重たいわぁッ!!!」
と、ケンテッカは怒声を放った。
それを聞いたオーケンが、腹を抱えて笑い始めたので、
リュンクは「今のがオチなのか?」と、全く面白みの分からないコントに対して
作り笑いで「ふへへへへへ」と笑って見せた。




