-【4-4】- 観乳日記と称して毎日のルーティンにしてみたい
眩い陽光、リュンクは朝日で目を覚ました。
眠気眼でシバシバとまばたきをしながら
ふやけた脳みそに応答を求める。
少しづつ脳みそ先輩が情報を処理し始め
視界に大口を開けた筋肉男が映った事で
自分が異世界に来た事を再確認する。
リュンクは「夢じゃなかったんだな」と思った。
ふと、頭と背中に柔らかな感触を感じる。
サワサワと頭を撫でられる感触、それで思い出す
今この室内には、自分を甘やかす存在が居る事を
「よしよし」
背面から聞こえるその声にドキッと心臓が跳ねる。
目覚めの直後でこんなに
心拍数が上がった事など今までに無い。
体温を移す様に背中から抱きしめつつ
手櫛で頭全体を梳くポルシィに対し
リュンクは何やら落ち着かない感情になる。
それは、異性に触れられてドギマギしているのではなく
もっとむず痒い、気恥ずかしさで、
まるで母親に甘やかされていた時の
あの素直に受け止められない感情に近いものがある。
他人に対しそんな感情を持つだなんてビックリで、
リュンクは正しい対応が解らないのでモジモジと情けない動きをしてしまう。
「なんだぁ?モジモジとよぉ〜おっきしたのかぁ〜?えぇ!?」
そんなリュンクの心持ちを知ってかしらぬか
いつまにか起きていたオーケンは鼻の穴を広げ
小馬鹿にして来たのでリュンクは、その脇腹を割と強めに蹴るのだった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ポルシィが用意してくれた朝食は、
中心の窪んだ分厚いクッキーの様な食べ物と、
蒸した根菜に柑橘系の粉をまぶした料理で
爽やかな香りと根菜の甘みが胃に優しい。
オーケンは、クッキーの窪みに
ミルクと思わしきの飲み物を注ぎ、ふやけさせてから食べている。
オートミールの様な見た目で朝食には良さそうだ。
リュンクもマネをして食べてみたが
ザクザクとした食感と牛乳よりも濃厚な味わいのミルクがよく合い
朝でもいっぱい食べられる。
「フメルテのミルクで溶いたコンクはこの辺では定番さ」
うまそうに朝食を食べるリュンクに対して
自慢げに解説を挟むオーケンだが、
「あ〜。食べながら喋べるとゲゲブアーロがやって来るんだから」
と、ポルシィに子供っぽい注意をされた。
もったいないお化けが出るだとか、鬼が来るだとか
そういう類の警告だなこれは。
ゲゲブアーロとかいう怪物も
食事中に喋っただけで召喚されては堪らないだろうに。
オーケンは「勘弁しておくれよ」と、言いながら
例のコンクという食べ物を五回もお代わりし、
それに釣られたリュンクも二つお代わりをした。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
朝食の後、用事があると言い出したオーケンは、
リュンクを連れてケトアトの街に繰り出す。
オーケンに連れられるままに街路を行くと、
道の両端にギチギチに展開された屋台の数々から
美味そうな匂いが漂ってくる。
朝食を摂っていなければ危うく足止めを食らっていた所だ。
そう思っていたのに、オーケンは、あれだけミルクコンクを食べておきながら
フルーツや、焼き串などを買い漁っている。
その姿を見て数分前の出来事を思い出す。
家を出る前の事。
ポルシィから何かの小包を受け取ったオーケンは、
大男らしからぬクネついた動きで何か言いたげに渋り、
照れた顔で彼女に小遣いを要求した。
それに対してポルシィは、その鼻を突いて「だ〜め」と言ったが
オーケンがしつこく頼むのに負けてジャラジャラと小銭を渡す。
すると、小遣いゲットした事がよほど嬉しかったのか
オーケンは「行こうぜ!リュンク!!!」と、夏休みの子供の様に
スキップなんてしながら部屋から飛び出して行った。
リュンクは「大男のスキップなんて見るもんじゃないな」と思いながら
その後ろ姿を見ていたが、横に立つポルシィは急にリュンクの手を取り
「無駄遣いしないでね」とリュンクにも小遣いを握らせてくれた。
そうして二人してスキップしながら街に繰り出したのだった。
「んむっ!?」
軽めの回想に耽るリュンクの口内に何かが突っ込まれる。
「カギリ鳥の肝焼きだ!食ってみな!うんめぇぞ!」
うむ。確かにこれは美味い。
それはいい事なのだが…
「買いすぎだよオーケン。無駄遣いしてるとすぐ無くなっちゃうよ?」
「ははは!!違いないな!これだからいっつも、スッカラカンさ!」
「もう。そういえばさ、僕、土地勘がないから分かんないんだけど
昨日、こんな道通ったっけ?」
暗かった事もあるが、ここは昨日歩いた街路とは違う道に見える。
何よりこんな屋台など無かった。
「昨日と同じ道だぞ?屋台が出て風変わりしてるから分からんか?」
周りを見渡す。
言われてみれば上に吊るされた提灯や
店の看板に見覚えがある。
これはカルチャーショックだ。
こんなにも道が様変わりするなんて
リュンクの町ではあり得ない事で
毎日がお祭りみたいでワクワクする。
それによく見みれば見慣れない光景は他にも沢山ある。
空中に浮いている板に乗り作業行う人や、
明らかに容器容量を超えた水が注がれるタンク、
天井にへばりついた光る玉、あれはオーケンの部屋にもあった。
これらは全て紋術の産物かと、そう思うと好奇心が騒ぎ出し
あれやこれやとオーケンに質問をぶつけてみたくなるが
ふと「自分がこの世界の人間ではない事がバレてしまうかも」と思い考える。
その事実は話しても大丈夫な事柄なのか否か。
客観視して考えて、自分が元の世界に居るとして
「私は異世界から来ました」なんて言う奴の話を信じるだろうか?
いや、信じはしないだろう。
その時リュンクは、祖父と時代劇を見ていた時の事を思い出す。
主人公のご老公が物語の最後になるまで自分の正体を明かさない事に疑問を感じ
「どうして最初から名乗り出ないの?」と爺さんに聞くと
爺さんは「物事にはタイミングがあるけぇの、最後に言わないけんのじゃ」と答えた。
当時のリュンクは「最初からいえば何も起こらずに平和なのに」と思ったものだが
今ならその理由が納得できる気がする。
「そうだ!リュンク!ちょっと寄り道するぞ!」
思案の途中でオーケンが強引に肩を押すものだから、
せっかく慮っていたご老公の心中を察しそびれてしまう。
オーケンは「ほれほれ」と口ずさみ繁華街に設けられた衣料店に入る。
「その格好は少々目立つ。それに、お前さん他に服を持っていないだろう?
ここで一式揃えていこう」
「服?あーそういえば」
確かに、替えの服など持っていないし、
周りの人間の服装は未界現代人のリュンクとはかけ離れている。
あまり意識していなかったが確かに不自然だ。
オーケンが店主に口利きすると、
店員の女性が様々な衣服を持って現れ、リュンクの丈に合わせて
あれやこれやと選別して回り「これでどうかな?」と、
シャツから靴まで一式のコーディネートを整えてくれた。
提案してくれた衣装は、どれもリュンクの好きな色合いで、
とても気に入り「これが良い!」と喜んで見せたが、
ふと、この服の代金が払えるのかと不安になる。
ポケットには、ポルシィがくれたお小遣いがあるが
小銭数枚で衣類が購入できるとは思えない。
「紋様はどうする?」
そうこう考えていると、店員があまり聞きなれない質問をしてくる。
紋様とは何の事だろうか?服の模様の事か?
まごつくリュンクにオーケンが言う。
「お前さん、家の紋様は?」
「家の紋様?」
家の紋様といえば、家紋の事か?
雨永家の家紋といえば墓参りの時に見た
お墓に掘られている羽が重なった丸いマークが
リュンクの家の家紋らしいがそれを口頭で伝えるのは無理だ。
「ふむ。まぁ‥俺んとこでいいか?」
答えに困るリュンクを見かねたのか
オーケンは店員に自分の服に描かれた紋様を見せ
それにうなづいた店員はミシンの様な装置で
服の背面へ器用に紋様を描いた。
「俺の紋様を背負うとは責任重大だな?うははは!!」
リュンクには、この紋様を入れると言う行為にどんな意味があるのか
見当もつかないが、なんだが仲間に入れて貰えたことに嬉しく思う。
新しい服に袖を通し、帽子を被り直し、肩当てと竜剣を背負い直す。
姿見に映った姿を見ると、そこに映る自分に惚れ惚れ、
まさに異世界を冒険するにはもってこいの身なりだ。
だが、ふと現実に戻る。
「あ‥あの‥‥オーケン、ぼく、お金あんまし」
「バカタレ。子供が大人の横で金の心配なんかするもんじゃない」
逞しい腕を組み頼れる事を言うオーケンに、
さすが大の大人とリュンクはしびれたが
「すまんがツケで頼むぜ店長!」と叫ぶオーケンを見て微妙な気持ちになるのだった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
店を出て少し進んだ先の人がごった返す広場に来た時
リュンクは見覚えのある顔を見つける。
「あ、元気のいい返事の君」
お姉さん先生紋術師のアーテリスだ。
「おはようございます!!」
思わず休日に先生に出会った時の対応をしてしまうリュンクに
アーテリスは「かたいかたい」と言い笑う。
「おう。アーテリス!買い物か?」
「オーケンさんも一緒?ええ。原積水の買い足しと、食材を少しね」
「すまんな。同盟から支給してやれれば良いんだが万年金欠でな」
「良いのよ。私だけの為に原積水の備蓄を増やすのも非効率だわ」
「いやいや。これから紋術師の戦力も増やしたい。いずれは必要になる」
リュンクは二人が話す中、隙を伺いつつアーテリスの膨よかなバストを
帽子のツバから隠れるように観察していた。
地方同盟のアジトで見かけた服装とは異なる
ワンピース状の簡素な衣服のアーテリスは、
言うなれば先生および紋術師の装甲をパージした純粋なお姉さん。
もし全てが許される世界があったのなら、
この観察を観乳日記と称して毎日のルーティンにしてみたいものだ。
リュンクは、「アテテロやフロエの小ぶりも捨てがたいが、やはりこれは別格」と思った。
心の中のフロエが「噛むぞ」と喚く。
うるさいぞ?犬スメルめ
「リュンク」
「でぁっ!?な!何かなー!?」
突然オーケンが話しかけてきたので
妄想を見透かされたものかと返事に後ろめたさが混じる。
「あそこの出店が見えるか?」
「うん?」
オーケンが見つめる先に、小ぢんまりとしたアクセサリーショップが見えた。
「お前のセンスで構わないから、ひとつ買ってきてくれ」
「???」
リュンクは、訝しみながらもオーケンの指示に従い場を離れる。
ゆっくりと離れる後ろ姿を見つめたアーテリスの視線は、常よりも鋭い。
「ねぇ。オーケンさん質問しても良い?」
「うん?」
「もしかしてあの子が、例の【戦勇示民】の生き残りなのかしら?」
「どうしてそう思う?」
「あの子。紋術に対する反応がおかしいわ。まるで何もかも初めて見る様な反応だもの
もしもあの子が、秘所で育てられたあなたの秘蔵っ子なら色々説明がつく。
ハキホーリに打ち込んだあの剣戟、あれは異常よ。
まさかあなたが【紋術】を行使しないと止められないだなんて」
「いや、奴等はもっと歳上だよ。アイツは【戦勇示民】とは無関係だ」
「当てが外れて残念。同盟内‥‥特に戦士隊の中で
あの子に対して不信感が集まっているの、何かしらの説明は必要よ?」
「うーむ。そうだな‥‥どう説明すれば良いのか正直俺にもわからんのだ」
無精髭を擦るオーケンは、
アーテリスの確信めいた質問に答えあぐねている。
「そうなの?私はてっきり、その手の話をする為にあの子を遠ざけたのかと」
「いや。俺もお前さんに同じ様な質問をしたかったんだ。
昨晩から色々とカマをかけてはみたんだが、
どう考えても普通の子供なんだこれが」
「驚いた。家に泊めたの?相変わらず大胆な人ね」
「うーむ。ポルシィとも話してみたが直ぐには判断しかねる」
「なるほど、察してきた。つまり現場での判断が欲しいのね?」
「頼めるか?」
「仕方がないわ。今回の作戦、私は楽な任務をもらってるからね。
片手間‥‥とまではいかないけど、気にかけてみる」
「いつも済まんな」
「ふふ。ポルシィ以外にその顔は見せちゃダメ。
そうね‥戦士隊には取り敢えずの言い訳として
不本意かもしれないけど、あなたの秘蔵っ子という感じで誤魔化しておくわ」
「いやいや。お前さんと言いポルシィと言い、敵わんなぁ」
オーケンは、照れた様な困った様な形容の難しい顔を捏ねる。
そこでリュンクが帰ってくる。
「オーケン!これなんかどうかな?」
そう言ってリュンクは、金物に翡翠色の鉱石をあしらった髪留めを差し出す。
少し子供っぽい意匠だが、出店に並ぶアクセサリーなどこんなものだろう。
「ああ!可愛い!」
アーテリスは、強い興味を示したかと思うと
それを手に取り陽光に透かしてうっとりとしている。
リュンクは「意外だ」と一瞬思ったが、
そういえばアーテリスは作戦会議で(お弁当マーク)を地図に書くなどの
子供っぽい一面があったことを思い出し納得した後、無性に拍手をしたくなった。
「アーテリス。罪滅ぼし、という訳でもないが
それは俺からのプレゼントだ。そういうの好きだったろ?違ったか?」
「いいえ。とっても好きよ!ありがとうオーケン」
アーテリスは、翡翠の髪飾りを手にしてとっても嬉しそうだ。
リュンクは一応自分が選んだものだから、
この場で付けてくれる事を期待していたが
アーテリスは、リュンクの方を向き「貴方のセンスバッチリよ」
と言いながら優しく耳を撫でたので満足した。
アーテリスは「あ、そろそろ行かないと」と言い、
お別れの雰囲気を出し、その去り際に
「次会うのは作戦当日ね。お互い頑張りましょうね」
と言い残し去って行った。
二人してアーテリスを見送った後、
リュンクはジトーとした視線をオーケンに向けた。
「オーケン。ポルシィにバレてどやされても、僕、知らないからね」
「子供が変な気を回すんじゃないぞ、こいつめ」
オーケンは、そう言い口角を上げながらコツンと、
帽子の頂点を小突き更に続けて言う。
「お前こそ、アーテリスのおっぱいを見過ぎだぞ?
絶対に気付いてたね。あれは」
「みみみみみみみみみみてないよ!!!!」
「隠すな隠すな。俺だっていつも見てる」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
お互いに顔を見合わせ、互いを賛美する様に拳をぶつけ合った。
ふと、リュンクはアジトでゼオがやった、
右肘同士をぶつけるジェスチャーを思い出す。
「ねぇ、オーケン。このジェスチャーってさ、
どう言う意味があるの?右肘同士をぶつけ合うこれ」
「右肘同士?ああ命交の事か?そうだな‥‥状況にもよるが
仲間同士でやるなら「信頼してるぜ兄弟」ってところか」
「あー、そう言う事ね」
ようやく、アイツら反応の意味がわかった。
そりゃ妥当な反応だ。
「命交は、相手ととどのように関わりたいかを
表現するのに使うジェスチャーだ。
因みに、拳で返すと「仲良くしようぜ」、
頭で返すと「敬意を持ち尊敬している」、
唇で返すと「家族だと思っている」といった意味合いになるぞ。
こう言う礼儀を重視する奴も多いからな、覚えといて損はしないぞ」
と言う事は、あの時は拳で返すのが正解だったようだ。
リュンクは、メモ帳でもあれば取りたいところだが
残念ながらそんなものは持ち合わせていないので
ただ「忘れませんよう」にと脳みそにお願いした。
「さぁ。思ったよりも時間をくった!先を急ごう」
歩を進めるその先に、見覚えのある鉄製の階段が見えた。
それが壁で区切られた区画間を移動する為に
設けられている事をリュンクは知っている。
「そういえば聞いてなかったけど、これからどこに向かうの?」
「細工商街だ。そこに潜んでいるケトアト一番の鍛冶職人に会いにいくのさ」
ケトアト一番の鍛冶職人とは、また面白そうな形容詞の付いた人物だが
鍛冶といえば刀剣や鎧を手作りする職業だとリュンクは知っている。
大好きな剣が身近で見える事に大きな期待を持ったリュンクは、
先ほどよりも足早に歩を進めるのだった




