-【3-10】-おやつは何円までなのかー?
アジトの奥、簡易的に隔てられた空間の一角に
背の小さな一団が集まっている。
先ほどの作戦会議での内容を鑑みるに
彼等こそ同盟軍の少年兵に違いない。
「さぁ、みんな揃いましたか?よく見えない人は、前の人にごめんなさいして開けてもらうのよ」
一団の中に、一人だけ服装の違う大人が混じっていた。
その光景を見たリュンクは、一瞬、脳がフリーズする。
子供たちの中心で、大人が優しく諭しながら物事を話す準備をしている、
それは、リュンクにとって身近なシュチュエーションだったからだ。
小学校のありてい。
その言葉が一番しっくりくる。
その光景を見た時なんだかとっても懐かしくて感慨深くなってしまうリュンク、
あんなに退屈で疎ましかった日常を省みて、まさか感傷に浸るとは思ってもみなかった。
「あなた。ほら、そんな所に居ては話が聞けませんよ。こっちにいらっしゃい」
「あっはい!」
その呼び声に、思わず、反射的に大きな返事で返したリュンクは、
駆け足で、その一団に混じる。
「うん、凄くいい返事ね。その調子で、きちんと話を聞いてくださいね」
リュンクは、その言葉の主に意識を向ける。
思わず「先生!」と言ってしまいそうな雰囲気の女性だが…
黒に近い濃紺の髪に、優しそうだがキレのある綺麗な赤い目、
そして思わず視線を逸らしてしまう程、豊満なバストと女性らしい妖艶な胴と臀部。
リュンクの脳内に、初めてピザまんを食べた時と同等のスパークが迸った!!
まさか、大人のお姉さん(エッチ)と学校の先生が共存する存在があり得るとは。
これは正に、まいっちんぐだ。
「あの人がアーテリス。地方同盟唯一の紋術師よ」
なんとなく分かっていた事だが、なんとも受け入れ難い事実。
なぜなら「大人のお姉さん」で「学校の先生」かつ「紋術使い」だなんて
情報過多にも程がある!!
もう、アーテリスが主人公で、彼女を中心に巻き起こる
破廉恥な日常を描く方が良いんじゃないだろうか?
それで下着のひとつでも見られると言うのならば
リュンクは喜んでその座を譲る次第だ。
「えい」
その時、硬い木の差棒で鼻をチョンとされた。
「惚けた顔してちゃダメでしょ?きちんと参加していないと後で困っちゃうんだから」
アーテリスは、袖を引く様にやんわりと注意を促し
所作の度に、フワっと甘い香りを漂わせた。
「はぁい」
リュンクは思わず、下顎が溶けているとしか思えない、のろけてフニャけた返事をする。
情報過多?結構じゃないか。
実に良い、最高だね。
「では、揺動組のみんな。これから最終的な作戦の説明をしますよ」
そこで、アーテリスは、机の上に広げられたケトアト付近の詳細な地図を広げた。
それはフロエがリュンクの頭に置いていった物よりも遥かに精密なもので
逆に地図としては不足する程、一目では理解できない情報量が加筆されている。
どうやら、例の大岩山とか呼ばれていた岩盤付近の地図で
岩盤同士の標高などを調べ、人が通れるルートを厳選している様だ。
「前回の会合では、分断監視塔への道筋候補がいくつかありましたね?
少し遠回りにはなりますが、こちら側のルートを使う事になりました」
アーテリスはそう言い、ウネウネと地図に描かれた線に青い丸を書く。
さらに、そこへ何やら楕円形の記号の様なものを描いた後、嬉しそうに皆を見渡す。
「ね。ほら、ここでお弁当を食べますからね」
どうやら楕円形の記号はお弁当マークらしい、
容姿と年齢に合わない子供の様な一面。
くぅ〜、おやつは何円までなのかぁー!?
アーテリスは、そこから地図上に描かれた分断監視塔と思わしき建築物の前まで
線を引きなおし、今度は緑色の線で四角を描いた。
「この緑の線が見えますね?ここに【不視の紋術】-【固空】を展開します」
アーテリスは、更に緑の四角を次々と描き、最後は分断監視塔にまで連ねて見せた。
「みんなの中に【固空】を見たことがない人は居ますか?」
アーテリスの質問に、リュンクは「はいッ!」と一番に手をあげて見せる。
それを見たアーテリスが、口元を隠しながら軽く笑う。
「そんなおかしなポーズを取らなくても良いのに。わかりました、見た事の無いものに体を預けるのは
不安でしょうから、お見せしましょう」
そう言うと、アーテリスはその格好によく似合う長い杖を手に持ち
空気を叩く様に軽く振って見せる。
その時、アーテリスの肩から指先まで一瞬キラキラと輝いた。
が、特に何も起きない。
リュンクは、もしかして失敗したのかと
なぜが自分がソワソワとした気分になる。
「うん?てっきりお調子で言ったのかと思っていたけど、あなた本当に見た事がないのね?」
アーテリスは「なんだか得意になっちゃうね」と、楽しそうに笑っている。
何がなんだか分からないが、どうも失敗した雰囲気ではない。
「ね。ほらこうするの」
彼女は、机の上に置いてあったインクの入った瓶を持ち上げたかと思うと
それを空中に置き去りにした。
「あああ!!浮いてる!!!」
浮いている!!
ものが宙に浮いている!?
想像するに容易い類の異能だが、いざ本当に目にすると脳がバグる。
「ふふ!残念!『浮いている』は正解じゃありませんね」
浮いているわけじゃない?
だが、どう見てもインクの瓶は空中に浮いて見える。
「分からない?じゃあね。こうしてみようかな」
アーテリスは、瓶に木の棒を差し入れ
容器の外側へポタポタとインクを滴らせた。
「?」
木の棒からトトトっと、点になって落ちてゆくインクは、
机まで落ちず、インク瓶と同じく空中に留まるも
まるでそこに見えない板があるかのように、平たい液だまりと化している。
「あ!そうか!そこに見えない板があるんだね!!」
なるほど!確かにインク瓶は『浮いている』のではない。
見えない空間を固めて作った板にインク瓶を『置いている』のだ。
「大正解です!正確には板ではないけど、概ね正しく理解できていますよ」
この時、リュンクの引っ掛かりが一つ解消された。
先ほどの作成会議での「上空から屋上への侵入を試みる」と言う
突拍子もない行為を立案するに至った理由がわかったからだ。
アーテリスの展開する紋術【固空】に乗って空中を歩いて侵入するつもりなのだ。
「これを足場に、この地図の‥‥ここ!ここから分断監視塔に侵入するんだね!」
トントンっと、グーの裏でノックする様な仕草をしながら「その通り!」と
リュンクに賛美を送るアーテリスは、そのまま台拭きを広げインクを拭きとり始める。
「でも見えない足場を歩くのは怖いでしょう?図らずとも説明になりましたが
当日は、利用する前にこうやって塗料を撒いておくつもりです」
そう言って、アーテリスがもう一度杖を振り【固空】を解くと、
拭き取り損ね乾燥したインクが粉末になりパラパラと図面の上に舞う。
それからアーテリスは、当日の行動についての細かな説明をし始め
新しい説明に入る度に、彼女らしいユーモアを交えながら話すので
部外者でも退屈せずに話を聞く事ができ、
リュンクは一部始終を見聞きし大まかな内容を理解したが
次第に違う事柄が脳裏にチラつき始める。
先ほどのハキホーリとの一件についての考察が頭の中から離れないのだ。
あの時間がゆっくりと過ぎる感覚と、その中で自分だけが早く動ける現象。
あれは一体なんだったのか。
フロエが言っていた、女神が授けた【紋印】なる物の恩恵によるものだとしたら
発動条件や、仕組みなど、コントロールする為の要素が非常に気になる。
あれから何ども…便宜上『時間遅延』と呼ぶが。
その時間遅延を試みたが一向にそれが発動する気配がない。
なんにせよ。
自分に宿った特別な力。
リュンクは、それの片鱗を体験した事で
覚めやらぬ興奮に満たされていた。




