-【3-9】-舌打ちのアンサンブル
「そろそろ始めんか、オーケンよ」
そう言った老人コクラクは、様々な資料が乱雑に並べられた
大きなテーブルの前で傷だらけの腕を組んだ。
「おう。始めるか!!」
オーケンは、迫力のある声でそう言った後、
リュンクに対し小さく「退屈かも知れんが、暇なら見ていくと良い」と言った。
そしてオーケンを含めた男達は、先ほどまでの雰囲とは真逆、
皆一様に眉間に皺を寄せ会議を始める。
「今更言うまでもないが、分断監視塔攻略会議を始めるぞ。
まず、例の裏付けの部分だが、担当のハキホーリ‥‥は居ないか。
誰か代わりに報告できる奴いないか?」
「代わりに自分が」
そう言いながら手を上げたのは、先ほどリュンク達と揉めた剣士の一人だ。
「おう、助かる。それで?結局アマテオのでしゃばり宰相様は分断監視塔に来ていたのか?」
「はい。調査隊の報告で裏付けが取れました。隊のゼオはウルムの出身なので
アイーロンを見間違える事は無いかと」
「なるほど。これで遠征にササンを仲介すると言うのは、ほぼ確実となった訳だが
否定派はどう思う?まだ様子を見るべきだと思うか?」
否定派。と名指しされて数名の男が顔を上げる。
男達は、互いに顔を見合わせ、思案しながら何度か頷いだ後に、
その中の一人が、胸を三度叩く。
どうやら発言する合図のようだ。
「否定派代表のナツレだ。普段は資材街で物流の管理を任されている。
こちらも色々と調べたのだが、確かに前々回、開示してもらった日取り辺りで
要求されている定期海送の物量に変化があった。
どうも港に着ける船舶の数を減らしておきたい様だ。
先の会議で、コクラク殿が言われていた通り、兵士を運送する為の
大型船舶を停泊させるつもりだとすれば辻褄が合う」
否定派代表と名乗った男は、同じく否定派と思われる隣の男へ、
承認を求める様に手に持つ書類をペラペラと捲りながら見せた。
それ見た隣の男も、丁寧な仕草で胸を叩き口を開く。
「否定派副代表の細工商街、商工会長のホニチンです。
最近、細工商街の裏門へ運搬される軍用物資の数が増えてきています。
包装されているので、中身は見えませんが、防錆紙の種類から刀剣や、鎧の類だと考えられます。
それと、物資を置く枕木に鉄製のパイプが仕込まれていましたが、
あれは人間が運送しやすい様に取手を着ける為のもの、
わざわざ野ざらしにしてまで、細工商街を置き場所に選ぶのは、恐らくその大型船舶で
兵士を積み込む際に、同時に積み込ませる為なのでしょう」
男の話を聞いたオーケンは、親指で顎髭を弾きながら唸る。
「う〜む。細工商街の裏門と資材街の港は直線。大荷物で行列を作っても詰まる心配が少なく、
そこへ船舶が口を開けていれば、物資と兵士を段取り良く同時に積み込める訳か」
オーケンに続き、腕を組んだままの老人コクラクが見解を述べる。
「短時間で数百の兵士と、人数分の物資を一気に積み込ませる事が目的なのじゃろうが
この大胆で現場任せのやり方は、アマテオらしく無いのう。
恐らくは、件の遠征、非ゲルサウス派閥の圧力で強引に決行されたのじゃろう」
それを聞いた否定派代表の2名と、他の否定派は簡単な密談を交わした後、頷き合い、
代表のナツレが、再度オーケンの方を向き胸を叩く。
「オーケン殿、コクラク殿。
我々素人にも分かる、これは明らかなチャンスだ。
前回の開示資料と、我々の情報に付け加え、宰相アイーロンの突然の訪問。
分断監視塔を攻略するのは、この日をおいて他に無いのだろう」
「…そうか。それなら決まりだ。
この時を持って、この日を分断監視塔攻略の決行日とする」
オーケンの言葉で、アジトの中はざわつく
そんな中、髭面の太った男がオーケンの方を見ながら胸を叩き起立する。
ざわつきが、段々と収まり男に皆の視線が傾注した。
「オーケン殿、よろしいか?」
「もちろんだ。言ってくれ」
「否定派のホニチン氏からの依頼で首席したワワロだ。
ケトアトとアンガフが遮られる以前はアンガフの第6製鉄場で働いていた」
「話は聞いているよ。アマテオの監視が強い中、危険を冒しての首席。
勇気ある行動だ。表敬する」
「それには及ばない。もう何年も家族の顔を見れていない。
この中で誰よりも分断監視塔が攻略されることを願っているのは
俺自身だ、これくらいなんてことは無いさ」
「その通り。ここに居るのは皆、ケトアト出身か、俺の様に他地方の人間だ
心中を察することしかできないが、この中で貴方が一番、分断の解放を切望しているはずだ」
「ありがとう。だからこそ、色々と聞きたい事があるのだが
今回が初めての出席なので、いまいち分断監視塔の詳細がわからない。
それと、その攻略方法が先ほどの話と
どう関わってくるのかも全容が見えてこないのだ。
簡単なもので構わない。説明を頂いてもよろしいか?」
「もちろんだ」
含みなく口角を上げたオーケンは、その場に立ち上がり、アジトの一角。
白いペンキで幾度も塗り直された跡が残る壁の前まで歩き、木炭を握る。
「では作戦の内容も含め、改めて説明するぞ。皆しっかりと聞いてくれ」
そう言い終えた後、白い壁の方へ振り向いたオーケン。
ーだが。
手に握る木炭で何かを書こうとして、その手が止まる。
そして、細めた目をゆっくりとこちら側を向けると、こう言った。
「寝んなよ?」
〜以下説明〜
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【分断監視塔】
分断監視塔とは、アマテオ帝国がキンビニー地方を侵略した際に、
金物の街ケトアトと、採掘の街アンガフを繋ぐ道中に作られた大型の建築物である。
キンビニー地方侵略時に、血の気の多いケトアトとアンガフの男達が
結託するのを恐れたアマテオ帝国によって、一番最初に突貫工事で建設された。
後に、駐在する兵の為の宿泊施設や、
新兵訓練用の設備などの拡張を施され、
その度、強化改修が行われたが、
元の立地が岩盤に出来た亀裂を開拓して拵えた
町と町を繋ぐ道路なので、どう改修しても構造に無理が出てくる。
そもそも、抑止力としての意味合いが強いのもあり、
突然の襲撃に対応できる万全の体制が整っているとは思えない。
ただし、単純に駐在する兵数が多い事や訓練場を内包している事から
兵長や、隊長クラスの熟達した戦士が常駐している事。
他にも、ケトアトとアンガフが結託できない以上、
逃げ道を完全に塞ぐ事が難しく。
もし多勢を注ぎ込み戦力を整えられたとしても、
籠城などの時間稼ぎで、アマテオ帝国本隊との連絡を許してしまう事などから
生半可に攻略できる施設では無い。
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〜以上説明終わり〜
「そこで、今回のタイミングが重要になってくる」
オーケンは、話しながら壁に描いた図と注釈を指差した。
「アマテオの海送船に紛れてササンへ送った密偵から
年内にアマテオ帝国のセースイ皇帝が同伴する遠征が計画されているとの情報が届いた」
壁に簡易的な世界地図を描いたオーケンは、
要所要所をまるで囲み、それを線でつなぐ。
「どういう理由で皇帝直々に遠征に出向くのか、正確な理由はわからない。
さっきも爺さんが言っていたが、派閥争いの類だと考えられる。
何にせよ、皇帝率いる遠征隊はキンビニー地方の南、カターナ地方へ向かうのに
アケマ高原のジナルテ港から、出航しササンを中継、物資や資材を補充しカターナ最南部のオラワーズへと向かう」
ドンッ!
オーケンは喋り終えるや否や、急に壁を強く叩いた。
「さて!!アマテオ側からすれば、征服した国で中継するだけとはいえ
決して安全とは言えないよな?そこのお前!!お前さんがアマテオの人間ならどうする!?」
全体の集中力が落ちてきた事を察したのか、
オーケンはわざと大きな声を出し無造作に、一人選び質問を投げかけた。
「皇帝陛下にもしもの事が起こらないように、中継地の警備を強めておきます」
「そう!その通りだ!!ご褒美に後で舌を絡ませる方のキスしてやろう」
「は。光栄であります。しかし自分は、生まれつき口がないのでそれには添えません。
ですが、ハキホーリが、代わりに受け止めると言っておりました」
「あいつはダメだ。口が臭そうだからな!」
オーケンは、自分で言ったくせに軽く「おぇっ」と嘔吐いた。
「港町ササンは海に面したキンビニー物流の玄関口。行ったことがあるやつは
しってるだろうが、多文化が入り混じる街は広大で複雑に発展している。
ここキンビニーの人間以外にも、アマテオに並々ならぬ怒り持っている奴が潜伏しているかもしれない」
俺たちみたいにな?っと、ニヒルに笑いスカしたポーズで戯けるオーケン。
誰も笑わない。あきらかにすべっている。
「一口に警備を強めると言っても、条件があれだけ悪ければ
人手なんぞいくらあっても足りないだろうよ。
勿論、その段取りも入念にされる」
再び、炭棒を握ったオーケンは、壁の地図に矢印を書く。
「それに伴い遠征までに、ある程度ササンの治安をコントロールする必要があるが…
その為には兵力の増員が必要となるだろう。
更に中継時に、補給する兵具、物資の運搬、本ちゃんに向けての演習もある。
それらに必要な人間と資材の過半数は、分断監視塔と、ケトアトから供給される」
ガーっとワイルドに壁に擦り付けられた木炭は
オーケンの手の中でグシャっと粉になった。
「これらを手配、配備する奴らのスケジュールにおいて
分団監視塔自体を防衛する能力が著しく下がるタイミング。
それが件のXデー。分断監視塔攻略戦の日取りになる」
なるほど、先ほど会議では、物事の小さな異変から
件のスケジュールとやらの割り出しを行っていた様だ。
「長らく、その日取りについて裏付けが取れず
決断を決めかねていたが先ほどの会議でようやく皆の意見が纏まったわけだ」
オーケンは、炭に塗れた両手をパンパンと払い、
脇の椅子に掛かった古布で手を拭いながら
今度は、大きく分厚い机の前に立つ。
机の天板は木枠で囲まれ、
枠の中は、粘土質の土で作られた
簡易的な模型が広げられている。
その内、分断監視塔を模した粘土の塊に対して差し棒で傾注を誘うオーケン。
「細かい「詰め」は、部隊ごとに後でやるとして、大まかな作戦を復習するぞ」
〜以下説明〜【分断監視塔攻略作戦】
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
まずは最初に、決行は早朝、日の出の前だ。
攻略は大きく二つの部隊に別れて行う。
この俺、オーケン率いる同盟軍戦士で構成された攻略組、
そして、アーテリス率いる少年兵で構成された揺動組だ。
俺たち攻略組は、宿舎や、訓練場を抑えた後、
ケトアト方面、アンガフ方面の両側に陣を取り包囲。
退路を断たれ、包囲されたアマテオ兵は、監視塔内に籠城するだろうが
ここで、揺動組が生きてくる。
同時進行で、揺動組は分断監視塔の「上空から屋上への侵入」を試みる。
下側と異なり目視できない分、塔上側がどの様な構造か分からないが、
警戒は薄く、見張りの休憩所か、投擲武器の保管庫となっていると予想できる。
揺動組は、侵入した先で騒ぎを起こし、
上から籠城するアマテオ兵にプレッシャーをかけ
物理的にも精神的にも追い詰める事が最たる任務だ。
塔の上下から挟み撃ちを仕掛け、敵を一掃する。
これが、今回の作戦の筋書きとなる。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
〜以上説明終わり〜
説明が終わる頃には、不器用なオーケンの指し棒捌きによって
粘土の分断監視塔はボゾボゾに崩れていたが、それに追い討ちを掛ける様に、
「この作戦でぇ!アマ兵の奴らを!!一網打尽んんんぃぃいいいやぁああああ!!!!」
オーケンは、そう叫ぶや否や、ドバァッ!!と粘土監視塔を殴り壊してみせる。
激しく飛び散った粘土の破片が、真面目な顔で説明を聞いていた同盟兵たちの顔面に振りかかる。
室内に舌打ちのアンサンブルが奏でられた。
「それと、これは要注意事項だから、聞きもらすなよ」
オーケンは、そう言いながら豪快に土を握って辺りに投げ飛ばす。
皆は鬱陶しそうにそれを手で受け止めている。
「分断監視塔を収めているアマテオ将官のブリウトンは、作戦当日にも駐在している事だろう。
何度か戦場で奴を見たが、巧みな斧槍捌きに加え近接での剣術も熟達だ。
奴に出会った場合、真っ向から交戦せず俺か爺さんにその場を任せろ」
オーケンは、さらに「それから」と続け、少年兵の集団に視線を向ける。
「君たち少年兵の中には、まだまだ戦場慣れしていない者も多い。
君らの任務は、あくまでも揺動だ。見張り等を排除する以外の交戦はご法度とする。
先に行ったブリウトン将官はおろかアマ兵との真っ向での戦闘も禁止だ」
確かに、少年兵だけで編成されているのだから交戦を前提とはしていないだろう、
それは、人手の足りなさをカバーする為の、苦肉の策とも取れる。
リュンクは、帽子についた粘土を拭いながら
一団に混じり呆然と見聞きした内容を咀嚼していた。
皇帝の遠征がどうだの、派閥争いがどうだのといった
分断監視塔に攻め入る前段階の詳細は、さて置き。
要であるその攻略作戦の筋書きは、
想像したよりも簡単な作戦内容だったが
引っかかる部分がいくつかある。
一番、腑に落ちないのは「上空から屋上への侵入を試みる」と言う所だ。
どうやってそんな事をやってのけるのか?
空でも飛ぶと言うのだろうか?
そういえばフロエも宙に浮いていたが、
あの【重壊】とか言う紋術は
皆、簡単に扱える程度の紋術なのかもしれない。
そして、ふと「そういえば、どうして自分は、こんな所に居るんだろう」などと考えていた時、
「なぁ!お前すげぇのな!あんなに速い剣戟、俺初めて見たぜ!!」
と、後ろから興奮気味のゼオが現れる、デウムとアテテロも一緒だ。
「たまげたもんだ。まさか本当に流離の少年兵だったのか?」
デウムは、被り物の位置を正しながら
ゼオほどではないが、明るい声色で
リュンクの苦し紛れの設定を鵜呑みにしつつあった。
「アテテロ。あの、ハキホーリとか言う人は?」
リュンクは、例の『ジョラピオ隊』と呼ばれた救護隊と思わしき一団に、
アテテロが居たことを思い出し、自分がのした男の安否を気にする。
「大丈夫!同盟には【活力の紋術】を使える人も居るの。心配しなくてもいいよ」
アテテロは「最近少しやり過ぎだったし、いいお灸ね」とクスクス笑いながら言う。
そして、ハッとした顔でリュンクを見つめた。
「そういえば、あなた名前はなんだったかしら?」
「リュンク。僕の名前はリュンクだよ」
本当は、違うのだが、女神とフロエに勘違いされた時
「異世界に来たのだから名前を一新するのも有りか?」と考えていたので
今後はこれで行こうと思う。
「そうか!リュンク!改めてよろしくな!」
ゼオは、和かに右肘を突き出してくるが…
一体何がしたいのかわからない。
もしかすると、異界流の仲良しになろうサインなのかもしれない。
それならば無下にすることはできないと、リュンクも右肘を突き出してみせる。
「ハハハハ!!こいつめ!気取っちゃってさ!」
ゼオはご機嫌な様子で、デウムもアテテロも
「おやおや」みたいな反応をしている。
リュンクも、その流れにのって「へへ」っと鼻の下などに指を置いてみるが
マジで意味がわからない。
「そうだ!リュンク!さっき話してたアーテリスが居るわよ!こっちに来て!」
再び3人に強引に引っ張られて、アジトの奥へと連れていかれる。
その時リュンクは「もしかすると、こいつらが僕の冒険の仲間になるのかも」などと思う。
見果てぬ冒険の物語が色付き始めたのだった。




