-【3-5】-男なら滾るシュチュエーション
ケトアトの往来で、引きづられる様に連れて行かれるリュンクは、
目線の端で町の様子を観察していた。
赤茶色の地面は、砂というよりも錆粉によく似て
長方形の建造物は同色を側面に塗されている。
程よく朽ち、味の出た木材と、独特な模様の生地で簡易的に作られた屋台では
果物や何かの料理を作り売りしていて、実に食欲をそそる。
多くの人がそれに舌鼓を打っているが
町中に漂う甘ったるいフルーツの様な匂いは、ここが発信源なのかもしれない。
所狭しと置かれているのは、視界のどこにでも映り込む
さまざまな形状の金属製の諸々
無骨な金属の塊から棒状や板状に加工されたものまで、
それはごった返す人よりも目立つくらいデカデカとあらゆる場所に置いてある。
ここはいつかテレビで見た、古い中東の街並みによく似ている。
生活環境などのベースとなる部分は、ほぼ同じだと考えて良いと、
そう思っていたのだが。
この区画の奥にある大きな門の向こう側で街の雰囲気は一変し
昔の絵画を貼り付けたとも見える豪華な街並みが広がっている。
そこは、フランスやらイタリアやら、そういう西洋圏の雰囲気に近く
何ともミスマッチな有様。
「ねぇ!あっち!なんであっち側はあんな綺麗なの?」
リュンクは思わず、好奇心を飛び出させ質問を投げかけ
彼の腕をガッチリ掴んでいたアテテロとゼオがその質問に答える。
「あー、あっちは細工商街だからね。こっち側に比べるとそりゃ見栄えは良いよ」
「こっちは資材街だからな。見てくれは悪いが…それでも工房街よりはマシなんだぜ?」
フロエの言っていた「金物の町」という代名詞の通り、町全体が金属製品を制作することに特化している様だ。
一行は、高台に伸びる大きく長い鉄製の階段を登り始める、
どうやら資材街とは別の区画に移動しようとしているらしい。
その中腹あたりで資材街とやらが一望できた。
「あ!ちょっ!階段で急に止まらないでよ」
「ほら!行くぞ田舎もん!」
資材街を上から見下ろす。
高い建築物が少ないおかげで街の果てに至るまで鮮明に見え
更にその果てには海まで見えた。
そこからの見える資材街の規模は、リュンクの住んでいた町を
十倍してもまだ足りないかもしれない。
ここでリュンクは疑問に思う「金物の町」と聞いて、煌びやかな工芸品だとか
剣や鎧などの武具を想像したのだが、目にするのは建築用と思わしき
無骨な鉄骨や、等間隔に揃えられた鉄板ばかり。
制作というより製造で
金物の町というより、鉄工の町のほうがしっくりくる、なんとも華がない。
「ここが資材街って事は、いろいろな鉄製品をつくる材料が置いてあるんでしょ?
大きな材料ばかり見たけど一体何を作るのさ?」
先頭を切るデウムは、高台にあがる階段を上がりながら
「あれを見ろ」と言う様に街の西の方角を指差した。
その方向、資材街を超えた果ての海。
霞むほど距離があるので正確に視認できないが
海面を覆い尽くす様に等間隔に浮かぶものが見える。
「あれは……もしかして船?」
「そうだ。ここで作った鋼材を、運搬するためのアマテオの船団だ」
「あの大きな鉄の材料全部!?」
「そう、全部だ。ここから大河川ミゴーンを北上し、港町ササンでもっと大きな船に乗せ変え
アマテオが侵略を強いている戦地に海運され、そこで戦略に使用する資材となる」
港町ササン。
ようやく聴きたかった名詞が出てきた。
だが、今はササンの詳細よりもデウムの話のほうが気になる。
「鋼材資材だけじゃ無い。これから行く工房街では刀剣はもちろん、全身甲冑みたいな
技術が必要な物も一緒に作らされている。屈辱さ。自分たちの故郷を奪った相手に対し
さらなる侵略に必要な物資を供給しているこの街の現状は」
デウムは、太い眉毛を中心に寄せる。
許しがたい行為を強いられているらしいが、なんとなく気持ちは察するものの
その本質は、リュンクには計り知れない。
自分の町が、何かに侵略された経験などないからだ。
「昔はね…ケトアトって言えば、綺麗な金物細工や複雑な構造の仕掛けとかを
生産する、異界有数の金物の町だったの」
アテテロは、あどけない可愛らしい目でこちらを見ながら
リュンクの右腕を尚もガッチリ掴んだまま丁寧に説明してくれる。
軽装の彼女の胸ががっつり右腕に当たっているが、リュンクは結構前からそれに気付いていた。
これはうれしい。
「そう呼ばれてたのも昔の話だ。今は軍事工場の街ケトアトってところだな」
そう言いながらゼオは、リュンクの左脇から離れ、階段を駆け上がる。
小休止。
と言いはしなかったが、3人は階段を登りきった所にある展望台で
柵に身を預けて、資材街を見下ろした。
ようやく両脇の二人から解放されたリュンクは、そこに混ざる様に並んでみる。
「ここをこんなにしやがったのはな、プディウム3世とかいうアマテオの貴族だ」
ゼオは、そう言い捨てて、腰から取り外した皮の水筒の様なものをグビっと飲んだ。
「ここだけじゃない。五つの街からなるキンビニー地方全土がプディウムの統治下にある」
デウムも、ゼオの水筒を受け取りグビっとやる。
「他の街がどうなっているのか、殆どわからないんだけどね」
アテテロも水筒を受け取り、ちいさな鉄製のコップに入れ直しチビりとやる。
「どうしてわからないの?確認しに行けないの?」
リュンクも水筒を受け取ろうと身構えたが、アテテロはなかなか渡してくれない。
「え〜、ここから見えるか…あー。いや、ギリギリ見えないな」
デウムは、北東の方角に向かって首を伸ばしながら何かを見せたい様だが
その方向には、資材街よりも更に広大な街並みと、その奥に
あまり人の手が加えられていない褐色をした岩盤の壁が見えるだけだ。
「あの大岩山の亀裂を超えた先に、採掘の町アンガフがあるけど‥アマテオの関所があるから簡単には行けないの」
アテテロは、飲み足りなかったのか水筒から再びコップに注ぎ始める。
リュンクは自分が飲む番だと思っていたので、少しムッとした。
「分団監視塔。そう呼ばれている大きな関所で…
今じゃアマテオ新兵の訓練施設も兼用する衛戍地になっている」
「あー。そうやってお互い行き来できないようにされているから
他の街の様子がわからないんだね」
アテテロは、リュンクの視線に気づいたのか
ニッコリと笑い水筒を渡そうとしたが
それをゼオがかすめ取る。
「もともとな!!ケトアトの男もアンガフの男も腕っぷしの強さは自慢のひとつなんだ!
ちんけな塔が建ったくらいで大人しくするような連中じゃないんだぜ!?」
言い終わると同時にガボガボっと水筒からひと飲み。
ここまで焦らされると、大して喉が渇いていなかったリュンクもたまらなくなり
ゼオの水筒を強引に引ったくりようやく中身にありついた。
「あっ!強引な奴だな〜」
「でも、ケトアトにもアンガフにもそうできない理由があるんだ」
デウムの意味深な言葉が気になったリュンクは、
水が滴る口元を袖端で拭い、目線をデウムに合わせた。
「‥‥キンビニー地方の正当な統治権はヘテルダ王家にある」
ヘテルダ王家‥‥という事は、ヘテルダ王という王様が
このケトアトを含めた5つの街からなる
キンビニー地方とやらを統治する人間なわけだ。
「ふんふん。という事は、その王様が、その分断監視塔を超えることを禁止しているって事?」
「ううん。違うよ。アマテオがこの地を侵略した時の戦争で、ヘテルダ王は御隠れになられたの」
御隠れになる。
その言葉が何を意味するのか、リュンクは知らなかったがニュアンスで理解した。
「それならさ。尚更だよ!どうしてアマテオ帝国が押し付けたルールなんかに従う必要があるのさ?」
「ヘテルダ王家の唯一の生き残り、ミフティア姫が居るからだよ」
「お姫様?」
此処一番のキーワードに、強く反応するリュンク。
「そう。ミフティア姫は今も、プディウム公の占拠するヘテルダ城に幽閉されている。言うまでもなく人質さ、僕らに反抗させない様にする為の抑止力に利用されているんだ」
なるほど。
異界にやってきてから、色々小難しい話を沢山されたものだが、
ここだけはとてもわかりやすい。
これだぁ!これを待っていた!!
要するに「男なら滾るシュチュエーション」というやつだ!!!
リュンクは、散々ウンコ呼ばわりした女神に心から感謝した。
「それじゃさ!助けに行かなくちゃね!!プリティサンサンとかなんとか言う悪い奴をぶっ倒してさ!!助けなくちゃ!!」
リュンクは3人に向けて、これでもかというほどガッツを見せつける。
正直な話、リュンクにはキンビニー地方だとかアマテオ帝国だとか
そんなものには一切興味がない。
自分には関係のない話だし、小学生の自分がどうこうできる話じゃないからだ。
ただでさえ、名前も見た目もわからない悪神を
討伐する使命の途中なのだ、尚更、関心が薄い。
だが、お姫様を悪い奴から救うという、わかりやすい目的があれば話は別だ。
そんなの最高の冒険に違いない!!!!!
「簡単に言うなよなぁ。噂じゃ、プディウム公の部下はとんでもない奴ばっかりらしいぜ?」
ゼオは、ハイテンションなリュンクを宥めながらそう言うが、
しかし、今のリュンクにはそれすらワクワクする要素だ。
「どんな奴らなの!?ドラゴンとか!?魔物達とか!?悪の大幹部とか!?」
リュンクの言葉に、軽く吹き出したデウム、
先程までの硬い表情を崩し、年相応の笑顔を見せる。
「ハハハ!落ち着きなよ!え〜…魔物というのは良くわからないけど、竜族が仲間にいるんだったら流石に勝ち目はないだろ?
そうだな…怪力のウィフフ、紋学卿のピクンニ。この二人が直属の幹部だと言われていて
それと…バカみたいな格好をした奇妙な男の噂もある。そしてプディウム三世自身も高位の紋術師だそうだ」
なるほど、なかなかにキャラが濃そうな連中、どんな奴らなのかワクワクする。
「さぁ、もう行きましょう。報告会議に遅れちゃうわ」
「うわ!本当だ!遅れたら…田舎もん!お前のせいだからな!」
ゼオとアテテロは、再びリュンクの両腕をガッチリと固める。
今更だが、この形態には何の意味があるのだろう。
「最後に一つだけ言っておきたい」
デウムは改まり、リュンクの方を向く。
「僕たち地方同盟はミフティア姫やキンビニー地方を、アマテオから救うとしている訳じゃない。
この異界で、アマテオの脅威に晒されている人々、その皆を救いたいんだ」
デウムは、拳を強く握りそう強かに言う。
デウム達が所属していると言う地方同盟。
何が目的のどういう団体か、いまいち分からないが
悪の帝国を皆で打ち倒そうと言う構図にリュンクはシビれた。




