-【3-2】-引き裂かれるレロレロ
リュンクがこの異界に訪れて既に三日が経とうとしていた。
ここに来て間なしの頃は、色々とわからない事だらけで
まさに右か左かもわからないといった有様だったものだが。
また、異国(界?)の地で三日も経てば色々な経験をするもので
鼻息を荒くして誰かに話したい出来事や
ハラハラドキドキしたエピソードにも用意がある。
偶然の出会い。
痛みと悲しみ。
弱きを助け。
育まれる友情。
強敵の出現と勝利。
結ばれた愛。
胸を熱くさせる別れ。
この三日間、色々な事があった。
なのに何故だろうか?
景色が一向にかわりばえしないのは……。
〜以下回想-(2日と半日前)〜
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「暗くなるまでには、ケトアトにつければいいな」
などと言う考えは、浅はかにも程があった。
金物の町ケトアトを目指して丸一日、がむしゃらに山中を進むも
歩けど歩けど、ケトアトのケの字も見えてこない。
孤独な山中で出会ったのは、動物くらいのもので
身の丈3メートルは、あろうという
長い爪の生えた黒い毛むくじゃらの巨大生物や
猫背のドーベルマンのような灰色をした
犬の様な生物と邂逅した時には
恐怖に胸が高鳴りドキドキハラハラしたものだが
この世界の生物は、異常に臆病なのか、温厚なのか、
リュンクが近づく前に大急ぎで逃げていくので
胸中に残されたやり場のない感情だけを持て余していた。
かとおもえば、湧き水が滲む水気のある
ツルツルとした岩場に差し掛った時
リュンクはひっくり返り身動きの取れなくなっている
小型犬程の大きく緑色をした甲虫を見つける。
甲虫は、岩と岩の間にスッポリとハマり
自力で抜け出せ無くなっていた。
リュンクは、近場に手頃な枯れ木を見つけ
テコの要領でハマり込んだ甲虫を助けようと試みるも
異常なほど警戒する甲虫は、
ジタバタと足を動かし、甲高い声で威嚇をし始めた。
だがしかし。
リュンクは、自他もろともに認める虫取り少年であったので
虫相手なら、異世界の生き物だろうが屁でもない。
彼はオニヤンマに噛まれても泣かなかった事で
友人内では一目置かれているのだ。
今更、虫一匹の威嚇程度でたじろいでいては
虫取り少年の名が廃る。
その場で格闘する事、数分。
枯れ木がへし折れると同時に、スポーンッ!と
甲虫がクルクルと宙を舞う。
甲虫は、器用に地面に着地し、つぶらな瞳をこちらに向けてくる。
リュンクは、足元の長い草をブチんと千切り、口端に咥えたかと思えば
帽子のツバを下ろしながら言う。
「なぁに…礼はいらねぇさ。名乗るほどのもんじゃぁねぇのよ」
「今度は気ぃつけな」
そう言い残し颯爽と、その場を去ろうとしたが
甲虫は、食い下がりリュンクのズボンを掴む。
「ちょっ!空気読んでよ!!せっかく格好良く出来てたのに!
ちょちょ!!引っ張るなって!パンツずっちゃうだろ!!」
甲虫は、戯れるとも甘えるとも違うが
先ほどの警戒していたのが嘘のように、今はリュンクに懐いているように見えた。
尖った足がチクチクと痛いが、こう言うスキンシップは悪い気がしない。
そうこうしていると、虫とはいえ愛着が湧いてくるもので
リュンクはそいつに「カナブン」と名付けた。
そんな戯れも束の間、カナブンは、いきなり背中の甲羅を開いたかと思えば
リュンクのズボンを引っ張ったまま羽を広げ飛行し始めた。
「いてててて!!!食い込んでる!!食いこっでいででで!!!!」
伸縮性のないリュンクのトランクスが、
ギチギチになるまで牽引され、猛烈に股間に食い込んでくる。
リュンクは、「こんな事になるなら、背伸びなんてせずにまだブリーフ派でいれば良かった」と思った。
「ひぃいいい!!待って!とれッ!!取れるってぇええええ!!!」
引っ張られる事で股間に掛かる負荷に耐えきれず、
飛行するカナブンの後を追うように
奇声をあげながら鬱蒼とする山中を駆け抜けるリュンク。
意識が朦朧としてきたところで
ようやく解放されたリュンクは、勢いそのままで
ズサーっとマンガの様に地面を滑走する。
「ほんとロクな目に合わないよ」
地面に横たわるリュンクは、まるで石のような真顔のままそう吐き出す。
空中に耳障りな羽音が聞こえ、音のする方に目を向けると
カナブンは、不自然なほど真っ暗な場所で
背の高い木々を背に意味ありげに飛んでいる。
心なしかバカにしているように見えなくもない。
「なんだこの虫公!!浦島太郎の亀をちっとは見習えボケェ!!」
リュンクは、感情の弾けるままに、手元にある小石を投げつけた。
すばしっこく飛び回るカナブンに、そんな小石が当たるわけもなく
小石は木々の方向へ飛んでいく。
だが、奇妙な事が起こる。
何もないはずの木々の間の空間が、小石を弾いたのだ。
「!?」
よく目を凝らしてみると、木々の間には
幕のようなものが張っており、その幕が
不自然な影を森に落としている様だ。
こんな森の中に木々を覆う程な大きな幕がある事自体、
おかしな事なのだがそれとは別に、その幕自体に何やら違和感を感じる。
「… …ん?………うっ…うわわっ!!!」
リュンクは目を凝らして、見つめ
その幕の違和感の正体に気づく。
「これ…全部虫だ!!!」
暗い木々の間に張られた巨大な幕ではなく。
木々の間に張られた幕の様なものに、びっしりカナブンと同じ様な
甲虫がへばりつき、真っ暗になっているのだ。
「気持ち悪ッ!!!」
これには流石の虫少年も、動揺を隠せない。
カナブンは、その幕の前で未だブンブンと飛んでいる。
少年は、恐る恐る「幕」もとい「甲虫の壁」に近づいてみる。
甲虫たちは幕の向こう側で密集していて
皆、一様にカチカチと幕を齧っている。
その光景を見てリュンクは、ハッと気づく。
「…あ、もしかして閉じ込められてる?」
虫を閉じ込める‥
「なるほど!罠か!!」
リュンクも山に虫を捕らえる為の罠を使った事があったが
これはもっと大掛かりな仕掛けの様だ。
「ということは、カナブン。お前…」
脳みそが一ミクロンもなさそうな虫が
仲間を助けるために、人間に助けを求めるなんて
リュンクの居た未界ではありえない事。
そう思うと、なんだかとっても感慨深いものがある。
「わかったよ、いいよ。これも何かの縁だね、僕がなんとかするよ」
その言葉が伝わったのか、カナブンは飛行するのを止め
様子を伺う様に、リュンクの帽子の上に乗った。
とりあえず、その幕に触れてみるリュンク。
ギチギチとひしめく甲虫の裏側に邪魔され
よく見えないが、幕は半透明で硬い。
今まで触ったどんな物質とも似つかない。
指でこねたり引っ張った程度じゃ、破れそうにない。
「これを壊すくらいなら……使えるかも」
そう言いながら背負った竜剣を下ろし
鞘から抜いて、幕に切っ先を立てる。
「えい!」
掛け声とともに竜剣を押し込むと、少しの抵抗の後
ズズズと、刀身が幕を貫通したので
そこを起点に、ギコギコとノコギリの様に竜剣を動かし
亀裂を大きくしていく。
リュンクの身長ほどの亀裂が空いたところで
数匹の甲虫が向こう側から這い出してくる。
ここまですれば、あとは勝手に抜け出して逃げるだろう。
「じゃあな!もう捕まるんじゃないぞ!」
そう言い残しリュンクは虫の壁を後にする。
決して途中で面倒くさくなったとか
大量の甲虫の裏側を見ていたら気持ちが悪くなったとか
そういうのではない。
いつか、道徳の時間に先生が言っていた
「助けるのは良い事だが、なんでも全部やってあげたら為にならないんだよ」
という言葉を持ってして、先生の顔を立ててあげたに過ぎない。
「……虫取り少年は本日をもって引退しようかな」
ーブブブ。
不意に、頭上に気配を感じる。
「なんだお前、まだ居たのか」
カナブンは、仲間の解放を確信しての事なのか
未だウジャウジャ、我れ先にと幕の亀裂から這い出ている
仲間たちを尻目に、リュンクについて来たのだ。
それから一日と半日間、リュンクはカナブンと一緒に旅をした。
【疎通の紋術】は虫には作用しないのか会話こそなかったが
山道を進む、節々においてお互いの所作をフォローするなど
リュンクとカナブンの間には不思議な友情が芽生えていた。
同じ水を飲み。
身を寄せ合って夜を凌ぎ。
共に霞の向こうに夜明けを見た。
そして、一際大きな幹をした立派な木を見つけたカナブンが
樹液をレロレロしていた時、彼は一匹のメスと出会った。
淡い紅色の艶やかなその甲虫は、
種族の違うリュンクから見ても
可愛らしさがわかるほどの良いメスカナブン。
最初は、距離も遠く、まごついていたが
リュンクの応援で、ガッツを得たカナブンは、
メスブンに猛烈なアプローチをかけ
それに心を動かされたのかメスブンも満更でもない様子。
二人で仲睦まじく樹液をレロレロする様は
さしずめカップル専用のダブルストローとでも
言った所だろうか。
だが、突如としてそこに現れるのは
カナブンより一回り大きな黒い甲虫。
動揺するカナブンとメスブン。
押し迫るクロブン。
引き裂かれるレロレロ。
「相棒ッ!!気圧されるんじゃない!!デカブツが何だ!!喰らわしてやんなよ!!」
リュンクはカナブンに力強い言葉でエールを送る。
そのエールに答えるように後退をやめたカナブンは
クロブンの懐に突進でぶちかまし
上体を浮かせ、僅かに空いた隙間へ強引に体をねじ込んだ後
そのまま後ろ足をピーンとのばし、黒ブンを幹の外へ吹き飛ばして見せた。
男をみせたカナブン。
メスブンは体を擦り付けメロメロ。
取り戻されたレロレロ。
見事カナブンはメスブンのハートを撃ち抜いて見せたのだ。
一部始終を見たリュンクは、ニヒルに笑い
何も告げずにその場を後にする。
僕にできる事はもうないのさ
今度こそ止めないでおくれよブラザー。
カナブンと別れた先で、古い橋を渡った時
不意に振り向いた谷向いで
リュンクは、こちらを見守るように見つめる二匹の甲虫を見た。
その光景をみたリュンクの胸にこみ上げる熱い感情。
出会いはただの偶然だった。
痛みに顔を歪めた事もあったけれど、
仲間思いなお前と紡いだ時間を忘れない。
短い間だったが、確かにカナブンとリュンクの間には友情が芽生えていた。
この先、どんな冒険が待っているのか知る由も無いけれど、
この世界で一番最初に仲間になったのは
あのカナブンである。
リュンクは胸をはってそう言える。
大きく腕を振りカナブンとメスブンに別れを告げるリュンク。
種族間を超えた友情。
彼らに言葉は不要だった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
〜以上回想終わり〜
目尻の熱くなる思い出にしばし立ち尽くしたリュンク。
心地よい風が吹いている。
日が程よく照りとても陽気だ。
開けた場所、
周りの景色がよく見える。
ゆっくりと土手に腰を下ろし
帽子を脱いで蒸れた頭を冷やす。
「‥‥‥‥」
広大に自生した木々の向こう、
山々を隔てた継ぎ目、
その遥か彼方に……
リュンクとフロエが出会った海岸が
粒かと思うほど小さく霞むように見えた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
その光景が、この3日間
溜めに溜め込んだ全てを吐き出すトリガーとなる。
「どんだけ歩かせるんじゃぼけぇええええぇぇぇッ!!!!!!!」
あいつは!!
あいつはぁ!!!
「アホか!?あいつは!アホか!!!」
「言えよ!!前もって!!言っとけよ!」
「うぃ〜ケトアトにはぁ〜何がどうとは言えないが〜2、3日歩かないと〜着かないのだ〜噛むぞぉぇ〜うぇ〜」
「って」
「前もって言っとけよぉッ!!!!」
リュンクは、おおよそ思いつく中で、一番腹立つやり方で
フロエのモノマネをしながら激昂を射出した。
「寂しすぎてカナブン仲間にしちゃったよ!!!
なんだ!?カナブンが仲間ってなんだ!?
網戸のレールにカナブンの死骸が挟まってるとビクッてなるんだよ!!!おらぁあ!!」
大分、風呂敷を広げて追憶を辿ったが
要は、動けなくなった虫と罠にかかった虫達を助けた後、虫の交尾の斡旋をしただけだ。
なんで異世界に来てまで虫の繁殖に貢献しなくちゃいけないのだろう。
それもこれもあの犬スメルの言葉足らずが原因じゃ無いのだろうか?
「いぃいいいいッ!!!フロェエエエエッ!!」
天空にこだます怒り6割カナブン4割の雄叫び。
「お前の半分のボディ!!今度は表裏に半分にしてやろうかぁ!!!!」
リュンクは、夏休みに3つ目のアイスバーを冷凍庫から出した時の気持ちになった。
「‥‥‥‥」
「今のはごめんなぁあああ!!!!」
ごめんなぁぁあ
めんなぁぁあ
んなぁあああ…
彼の謝意は広く反響し、やがて大自然に溶け込んだという。
リュンクは、目を細くしたまま
しばし座り込んでいたが
諦めた様に深いため息をつき
また、トボトボと歩き始めたのだった。




