-【2-9】-物語が幕を開けていく事を自覚した
「ご…ごめん、全然気がつかなかった」
そういえば、フロエは最初から
「深傷を負った」「養生していた」などと言っていた。
あれは言い訳でも何でもなく、本当に重傷を負っていたのだ。
「いいのだ。もうこの状態になって長い。だが、こういう訳だ。
日中は目立つ上に、一日中【重壊】を……えっと宙に浮いているこの紋術だな。
これを使い続ける事は、今の私には困難。わかってほしい」
リュンクは「もちろんだとも」そう即答する様に、素早く首を縦にふった。
朴念仁の彼も、ここでお茶を濁す様なマネはしない。
最初、なぜフロエが海から現れたのかを察した、
地上では宙に浮いていなければならないからだ。
「その怪我は、例の…悪神に?」
「いや。その仲間の一人『トトジトト』に跳ね飛ばされた。私の完全敗北だったよ。奴は私には強すぎた」
『トトジトト』言いやすいけど覚えにくそうな名前だ。
悪神の仲間、悪神に服従する手下の一人と言ったところか?
「フロエ…痛く無いの?」
「痛みは、活力の紋術で、ある程度抑えられている。だが延命には限界がありそうだ」
「し…死んじゃうって事?」
リュンクの顔を見たフロエは、困った様に少し笑う。
「心配してくれているのがすごく分かるぞ。ありがとう。リュンク」
だが、私は大丈夫だ。フロエはそう言いながら、
リュンクと同じく、砂浜に降りた。
フワッと、リュンクの隣まできた彼女は、
彼の帽子を取り額と額を合わせてくる。
リュンクもそれを気恥ずかしさで拒んだりしない。
すると、彼女のイメージがリュンクに流れ込んでくる。
〜以下説明-(キンビニー地方)〜
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キマセ離島に向かうには、
ここキンビニー地方の北部港町ササンから船で向かう。
現在地から北に山を一つ越えれば
(金物の町ケトアト)
更にその東に隣接してあるのが
(採掘街アンガフ)
そこから北上して見える大きな都市が
(学園都市ビッショウ)
ビッショウから西に向い
(旧王国街ウニウラ)を抜け
東北へ北上すれば
(港町ササン)だ。
そこから船に乗り
(キマセ離島)へ。
そこから…そう、島南方の岩壁から神殿に入れる。
直接イメージを流し込んでくるこの紋術は、
リュンクに見た事も行った事もない
異界世界の光景を鮮明に見せ正確な神殿の位置を容易く覚えさせる。
フロエは更に、脳内でイメージしている世界地図で位置関係を説明する。
「今いる地点は、キンビニー地方の最南部だ。この大陸は中央に大きな河川が流れているだろう?
どこかでその川を横断する必要があるぞ」
確かに、地図上でキンビニー地方として差された大陸は、
地続きな北部を除いて東西で二分割されている。
しかし、このキンビニー地方自体は、北西の方角で大きな大陸と繋がっていて
地図のイメージで見ると距離感がいまいち掴めないが、
北側の大きな大陸からの方が離島との距離が近く
そちらから離島に進んだ方が、ササンとかいう港町から
舟で永遠と進むよりも安全で速そうに感じた。
リュンクの世界、未界にあるクルーザーでもあれば話は別だろうが。
「お前の考えている事は分かるぞ。だがそれはお勧めできない」
この状態だとリュンクの考えている事がわかるのか、フロエは思案に介入してくる。
「大陸を進むとなると、大雪原を通り、トトエオー山脈を超えなければならなくなる
大雪原の横断は無謀、トトエオー山脈はトトジトトの聖域だ
尚且つ、トトエオーを超えた先は、アマテオ帝国の本国」
大雪原。
非常に広大な極寒の大地のイメージが見える。
なるほど、まさに極寒の大地。
こんな所を生身で進むのは無理だ。
それと、件のトトジトトの聖域。
悪神の仲間でフロエをこんな体にした張本人、そいつのテリトリーになど
プラモデルをどれだけ積まれても行く気にはならない。
その上、例のアマテオ帝国があるとくれば……なるほどそこを経由する理由など皆無だ。
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〜以上説明終わり〜
フロエは、一頻りリュンクの脳内にイメージを植えつけてから
若干、汗ばんできた額を離した。
「これで概ね、道のりと立地の関係は伝わっただろう。暗夜を進むわけではなくなったな」
リュンクは、フロエから受け取った帽子を被り直しながら、額をさする。
「う〜ん。なんか頭がジンジンするよ。この紋術は?」
「これは【画送】相手に直接イメージを伝える紋術だ」
紋術。言葉を使わず会話したり、イメージを見せたり、宙に浮いたり。
これは、言い方が異なるだけで正真正銘の魔法だ。
リュンクは、視界の端に白けた光量を感じ
ふと、水平線の方に目をやる。
海と空と間、
その果てが滲むように境界を曖昧にし始め、夜が終わろうとしている。
異世界でも、きちんと陽が登るという何気ないその事実が、
リュンクに微量な安心感を与えた。
朝日を意味深な面立ちで見る彼に、
フロエはここぞとばかりに付け加えて言う。
「リュンク。これは歴史的な転機だと、私は思うのだ。悪神を退け、尊主を再び異界に戻す。
そうすれば、我々は長き恥辱を拭い自由を手に入れる事ができる」
フロエが思い描く栄光の世界。
恐らくそこに彼女は居ない。
それでも、女神とその家族の為に、
苦痛を省みず、尚も挑もうとするその姿勢は
気高さと形容するに足るものに思えた。
「とりあえずは、うん。それで行こうかな」
正直な話。
悪神の復活をどうだとか
世界の転機だとか女神から託されただとか、
そんな事を言われても、ここは違う世界の話。
結局、自分とは何の関係もないし
そんな事に命を掛けられるかといえば
答えはNOだ。
救世の使命。
その行為自体をモチベーションとするには
明らかに薄味で、リュンクの中では
目的に対しての心持ちが一切整っていない。
なのでしばらくの間は、
フロエの意志から受けた感動を活力に使命をまっとうしよう
これから、筋書きの無い冒険が始まる。
そこにどんなドラマとスペクタクルが待ち受けているのだろう。
リュンクは、自分が主人公の物語が幕を開けていく事を自覚した。




