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俺の名は坂本龍馬(AI漫画)  作者: MOKOTA
第一章 青春を謳歌する龍馬

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第8話 坂本龍馬は女でしくじる

冒頭にAI漫画があります。ページ右上の表示調整/挿絵を表示で表示されます。苦手な方はOFFにしてください。

挿絵(By みてみん)


 この時代、男女が堂々と連れ立って町を歩くことはほとんどなかった。夫婦でさえ人前では距離を取ることがあり、男女が逢うのも互いの家や人目につかない場所が中心である。


 だから龍馬は油断していた。

 自分が親しくしている女同士が、城下の往来や茶屋で偶然顔を合わせるなど、そうそうあるまい。そんな都合のいい考えを、龍馬は疑いもしなかった。

 世の中には、思ってはいけないことがある。

 その日、龍馬は望月兄弟の弟、望月亀弥太(もちづきかめやた)と城下の茶屋で休んでいた。


「羨ましいのう。坂本さん、どうしてそんなにもてるがぜよ」

「自然体が一番ぜよ。無理に格好つけようとすると、すぐボロが出るき」


 嘘である。


 龍馬は普段から、どうすれば女に気に入られるかをかなり真剣に研究していた。

 姉の多い家で育った経験もある。相手の話を聞く。褒めすぎない。時々笑わせる。押すところと引くところを間違えない。


 下手をすると剣術と同じくらい熱心だったかもしれない。そこは人としてどうなのか。


「どうぞ、ごゆっくり」


 茶屋の娘が茶を置き、その瞬間だけ龍馬へちらりと目配せした。龍馬も何食わぬ顔で笑い返す。

 もちろん馴染みである。しかも客としてだけではない。男女の仲としても、かなり馴染みだった。

 それを見た亀弥太が、にやにやしながら顔を寄せてくる。


「そういえば、ここの娘も……」

「亀弥太」


 龍馬は低い声で名を呼んだ。その先を言うな、友人なら察しろ、という意味を精いっぱい込めたつもりだった。

 ところが亀弥太は察しなかった。


「坂本さんも隅に置けんのう。ここの娘を狙いゆう男は多かったのに、もう落としたがじゃろ?」

「おまん、ちょっと黙れ」


 声が大きい。かなり大きい。

 龍馬の背中を冷たい汗が流れた。


「まっこと手が早いのう。女殺しの坂本さんじゃ」

「亀弥太、あとで覚えちょけよ」


 その時だった。

 背後に別の客が座る気配がして、龍馬は何気なく振り返った。そして固まった。

 見知った女である。


 夫を亡くした武家の後家(ごけ)で、龍馬とは深い仲にあった。

 非常にまずい。ものすごくまずい。

 しかも最悪なことに、どうやら今の亀弥太の話を聞かれていたらしい。


 女は何も言わず、ただ龍馬を見ている。

 笑っていない。完全に笑っていない。

 そこへ事情など何も知らない茶屋の娘が注文を取りに来た。


「お茶でよろしゅうございますか?」


 娘が茶を置こうとした瞬間、後家がその手をつかんだ。


「え……お客様?」

「……」

「あの、何か粗相でも?」


 娘には何が起きているのか分からない。

 当然である。後家も娘を知らないし、娘も後家を知らない。

 事情を知っているのは龍馬だけだった。

 額から汗が噴き出す。何とかしなければならない。

 だが何を言えばいい。むしろ自分だけ黙っていれば、この二人には互いの正体など分からないのではないか。


「と、とにかく落ち着くぜよ!」


 龍馬は勢いよく立ち上がった。

 後家が龍馬を見る。茶屋の娘も龍馬を見る。そして二人は互いの顔を見た。

 その瞬間、龍馬は気づいた。

 後家は娘を知らない。娘も後家を知らない。それなのに、自分だけが二人の間へ割って入ってしまった。

 茶屋の娘の表情が変わる。困惑し、龍馬を見て、後家を見て、もう一度龍馬を見る。

 そして理解した。


「あれ」


 今の一言で全部ばれたのではないか。

 自分で火薬庫へ火を投げ込んだらしい。


「坂本さん」


 後家が静かに呼んだ。


「はい」


 なぜ敬語になったのか、龍馬にも分からない。

 次の瞬間、茶碗の茶が顔面へ飛んできた。


「熱っ!」


 思ったより本気で熱い。


 そこへ事情を理解した茶屋の娘が御盆(おぼん)をつかんだ。


「この浮気者!」


 ごん、ごん、ごん、と御盆が龍馬の頭へ落ちる。


「痛っ! 待て! そこ角! 角はやめるぜよ!」

「何人おるが!」

「落ち着いて数えよう!」

「数えるほどおるがか!」


 失言だった。完全なる失言だった。

 亀弥太は笑いをこらえながら、いつの間にか少しずつ入口へ近づいている。どうやら逃げる気らしい。


「亀弥太! 助けろ!」

「いやあ、男女の話に口を挟むんは野暮じゃき」

「原因の半分はおまんじゃ!」


 結局、騒ぎは周囲の客まで巻き込み、龍馬は茶まみれになり、頭には御盆の跡まで残った。

 なお、亀弥太は途中で逃げた。

 絶対に許さない。龍馬はそう心に決めた。





 なんとかその場は収まったものの、人の口に戸は立てられない。

 噂は城下を走った。しかも悪い噂ほど足が速い。茶屋の娘、武家の後家、坂本龍馬、御盆。なぜか必要以上に細部まで広まっている。

 当然、龍馬がほかに親しくしていた女たちの耳にも入った。


 一人から呼び出され、二人目から文が届き、三人目には門前で睨まれた。四人目からは二度と顔を見せるなと言われた。

 危険である。完全な四面楚歌(しめんそか)である。異国より先に女に包囲された。

 龍馬は真剣に考えた末、一つの結論へ達した。


 土佐から逃げよう。


 男らしい解決とは言い難い。だが命は大切である。





 龍馬は日根野道場の師、日根野弁治(ひねのべんじ)のもとへ駆け込んだ。土間へ座るなり、勢いよく頭を下げる。


「先生! 私に目録(もくろく)を下さい!」


 日根野は目を丸くした。弟子の側から目録を要求するなど、普通ではない。


「龍馬。おまん、いきなり何を言いゆう」

「私はすでに道場でも一、二を争う腕前になりました。目録をいただく資格はあると思います!」

「まあ……近いうちにとは考えちょったが」


 日根野は龍馬をじっと見たあと、何かを察したように目を細めた。


「で、本当の理由は?」

「江戸へ剣術修行に出たいがです」

「ほう」

「目録をいただき、先生の推薦があれば江戸遊学の話も進めやすいですき」

「……ああ」


 日根野が妙に納得した顔になった。


「土佐から逃げる気か」

「な、何のことでしょう」

「茶屋の話なら聞いちゅう」

「もう先生まで!」


 噂が速すぎる。

 龍馬が頭を抱えると、日根野は深いため息をついた。


「剣ではよう成長した」

「はい」

「足も使えるようになった」

「はい」

「間合いも悪うない」

「ありがとうございます」

「じゃが、女相手の間合いは全然分かっちょらんようじゃのう」

「返す言葉もありません」


 日根野は呆れた顔をしたあと、なぜか少し遠い目になった。


「女いうもんはのう……厄介ながじゃ」

「先生?」

「いや、何でもない」


 何かあった。

 絶対に何かあった。

 だが今は聞かない方がよさそうである。


「しかし、女から逃げるために目録をやるいうのも……」

「先生、お願いします!」


 龍馬は土間へ額を擦りつけた。必死だった。声まで少し涙声になっている。


「しばらく土佐にはおれんがです!」

「情けない理由で泣くな!」

「このままでは刺されるかもしれんがです!」

「自業自得じゃ!」


 日根野の雷が落ちた。


 もっともである。何一つ反論できない。


 しばらく説教された末、日根野は大きく息を吐いた。


「まあ、目録を与えること自体は以前から考えちょった。江戸で腕を磨くんも悪うない」

「ほんなら!」

「ただし龍馬」

「はい」

「江戸では剣を磨け」

「はい!」

「女を増やすな」

「……はい」

「今、間があったぞ」

「気のせいです!」


 日根野は完全に呆れていた。それでも、もともと目録を授ける時期が近かったこともあり、正式に認めてくれた。





 数日後、龍馬は正式に目録を受け、江戸の千葉定吉の道場への紹介も得た。

 藩へ江戸への私費遊学(しひゆうがく)を願い出ると許可も下り、あとは旅支度をするだけとなった。

 茶屋の騒ぎから一月も経たないうちに、龍馬は土佐を離れることになった。幸い刺されることはなかったが、親しくしていた女たちからは見事に絶縁された。


 全滅である。


 表向きは剣術修行のための江戸遊学であり、家族も知人も祝ってくれた。ただし事情を知っている者だけは、何とも言えない顔をしている。

 龍馬は、ちょうど江戸へ向かう予定だった溝淵広之丞(みぞぶちひろのじょう)と共に旅立つことになった。

 出発前、父の坂本八平(さかもとはちへい)が一通の訓戒書(くんかいしょ)を渡してきた。


「龍馬。江戸ではしかと精進せよ」

「分かっちゅうぜよ」


 龍馬は神妙な顔で受け取った。

 そこには剣術修行についての心得が並んでいる。そして最後の方に、妙に目につく一文があった。


 女に現(うつつ)を抜かさぬよう、剣の道に励むこと。


 龍馬は黙った。

 父にも全部ばれていた。

 まあいい。当分の間、女はこりごりである。本当にこりごりだった。


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