第6話 坂本龍馬は女遊びを覚える
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十七歳になった坂本龍馬は、かなり調子に乗っていた。坂本乙女の地獄のシゴキは以前より減り、日根野道場でもそれなりに腕が立つようになった。初恋に破れた傷も、とっくにふさがっている。少なくとも本人はそう思っていた。そして最近の龍馬には、新しい楽しみができていた。高知城下の花街である。
そもそもの原因は望月清平だった。清平が店を知っていた。清平が龍馬を誘った。つまり悪いのは清平である。龍馬はそう主張していた。もっとも今では、清平より龍馬の方が店に詳しい。そこは都合が悪いので考えないことにした。
この日も龍馬は、友人の那須信吾に声をかけた。
「信吾、今夜も行くぜよ」
「またか。わしは行かんぞ」
「若いうちに世間を知るんも修行じゃ」
「おまんの世間は、なんで花街にしかないがじゃ」
「細かいことを気にするな」
「気にするわ」
信吾は真面目だった。剣の稽古なら何時間でも付き合うくせに、こういう遊びになると途端に腰が重くなる。だから龍馬は腕をつかんで連れていった。
「中岡慎太郎は?」
「あいつはまだ子供じゃ。置いていく」
「おまんも少し前まで子供じゃったろう」
「今は立派な大人ぜよ」
「その台詞を乙女さんの前で言うてみい」
「それは嫌じゃ」
即答だった。大人になったつもりでも、乙女だけは別格である。
夜の花街は、龍馬にとって別世界だった。灯りが並び、三味線の音と笑い声が漏れてくる。ここには木刀を持った乙女はいない。師匠もいないし、誰も足運びが甘いだの腰が高いだのと言ってこない。それだけで天国だった。
「龍馬さん、また来たが?」
「またとは何ぜよ。久しぶりじゃろ」
「三日前にも来ちょったやない」
「三日も会えんかったら十分久しぶりじゃ」
女が吹き出した。
「ようそんなことがすらすら出てくるねえ」
「姉が三人もおるき。女の機嫌を読むんは命に関わるがじゃ」
「命に?」
「一番下の姉が仁王様みたいな人でのう」
「女の人にそがなこと言うたら怒られるで」
「本人の前では絶対に言わん」
そこだけは学習していた。乙女との生活で身につけたものは剣と体力だけではない。相手の声が少し低くなり、目が細くなり、笑っているのに妙な間ができる。それは危険信号である。乙女ならそのあと木刀が飛んでくるが、花街なら話題を変えれば済む。ずいぶん平和だった。
龍馬は女との会話が得意だった。姉が多い家で育ったせいか、相手の話を聞くことに抵抗がない。自分の話ばかりするより、相手が楽しそうに話せるように水を向けた方が場が盛り上がることも知っていた。
「龍馬さんは、ほんま口がうまいねえ」
「口だけやないぜよ」
「何が得意なが?」
「剣じゃ」
「そこは真面目ながやね」
女が笑い、龍馬も笑った。剣の話になると、結局ただの道場好きの少年に戻ってしまう。色男を気取っていても、その辺りはまだ十七歳だった。
隣を見ると、無理やり連れてこられた信吾が固い顔で座っている。
「信吾、もっと楽しめや」
「わしは帰りたい」
「せっかく来たがやき」
「誰のせいで来たと思うちゅう」
「清平」
「おまんじゃ!」
女たちが一斉に笑い、龍馬は満足した。真面目な友人をこういう場所へ連れてくるのは、なかなか面白い。信吾本人には大迷惑だったが。
坂本家は郷士とはいえ裕福だった。商家の流れをくむ家だけあって、金回りも悪くない。龍馬自身も家から遊興に使える金をそれなりに持たされていた。花街の側からすれば、見栄ばかり張って財布の軽い侍より、気さくに笑って金払いのよい若者の方がありがたい。しかも龍馬は身分を鼻にかけるところが薄く、そのため店でも受けがよかった。
龍馬本人は、全部自分が色男だからだと思っていた。財布の中身が多少助けている可能性については、都合が悪いので考えないことにしていた。
「龍馬、最近ちょっと調子に乗りすぎやないか」
「妬くな妬くな」
「乙女さんに全部話しちゃろうか」
「信吾」
その一言で龍馬の顔から笑みが消えた。
「友達には、越えたらいかん一線いうもんがあるぜよ」
「今のおまんが言うても説得力ないのう」
「奢るき」
「分かった」
友情とは、ときに金で守られるものらしい。
龍馬は、剣術だけでなく、高知城下の夜の付き合い方まで覚えたつもりになっていた。本人はすっかり大人になった気でいる。もっとも、家へ帰れば乙女に頭が上がらない。そこだけは何一つ変わっていなかった。




