第39話 坂本龍馬は道場を開く
安政五年九月、坂本龍馬は土佐へ帰り着いた。江戸での修行をいったん区切り、国元で自分の進む道を考えるための帰国だった。荷の中には剣術と長刀の二つの目録があり、胸には千葉佐那との約束があった。
久しぶりの坂本家では、兄の権平が家を切り盛りしていた。龍馬が江戸にいても土佐にいても、家の仕事は滞りなく進む。自分が帰って増えたのは、まず飯の減り方くらいではないか。そう考えると居心地が悪かったが、兄は旅の疲れをねぎらい、落ち着いてから江戸の話を聞こうと言ってくれた。
龍馬も、今度は相談を後回しにするつもりはなかった。剣の修行を続けたいこと、千葉家に世話になったこと、佐那と将来を考えていることを話した。権平は軽口を挟まず聞いたが、すぐに何かが決まる話でもない。千葉家との相談も含め、順を追って考えようということになった。
武市半平太の道場へ顔を出すと、懐かしい仲間が迎えてくれた。望月清平・亀弥太の兄弟、中岡慎太郎、吉村虎太郎、平井収二郎、池田寅之進、那須信吾。稽古に来る者もいれば、時勢の話をしに寄る者もいる。
岡田以蔵は、江戸へ出てからの修行の話をした。龍馬も以前のように、気軽に勝てる弟分とは見なくなっていた。竹刀を合わせるなら、こちらも本気でやらなければならない。
道場では剣の話と同じくらい、国の行く末が語られていた。とりわけ虎太郎は熱心で、飯を食っていても酒を飲んでいても、話が攘夷へ戻る。よくそれだけ同じ話題で息が続くものだと、龍馬は少し感心し、かなり暑苦しくも感じた。
もっとも、自分も落ち着いてはいられなかった。江戸へ必ず戻ると佐那に約束した以上、土佐で何をするかを早く見つけたい。何か手伝えることはないかと武市へ尋ねる回数も増えた。
「焦ってもどうにもならんぜよ、龍馬」
「分かっちゅう。けんど、何かせんと始まらんろう」
「その何かを間違えたら、後で困るがじゃ」
琢磨を逃がした時の話を持ち出される前に、龍馬は口を閉じた。人の刀を質へ入れたことなら、もう十分に叱られている。
武市が考えているのは、仲間だけで騒ぐことではなかった。藩の重役や上士にも話を通し、土佐藩そのものを朝廷を重んじる方へ動かしたいという。身分の違う相手にも会い、すぐに同意されなくても、つながりを切らずに働きかけていた。
その辛抱強さには頭が下がった。自分なら途中で余計なことを言い、話をこじらせそうである。龍馬はまず国元の様子を聞き、求められた用事を手伝うところから始めた。
十一月、水戸の住谷寅之介が土佐の国境まで来ていると知らせが入った。入国の手続きが整わず、こちらへ周旋を求めているという。龍馬は仲間と連れ立ち、雨の山道を越えて立川へ向かった。
水戸と聞けば、気になる話があった。その夏、朝廷から幕府を通さず水戸藩へ勅諚が下されたというのである。戊午の密勅と呼ばれるその話は、幕政の立て直しや諸藩の協力に関わるものだと龍馬も聞いていた。幕府が面白く思っていないことくらいは、想像できた。
会ってみると、住谷は熱心な男だった。朝廷の意向を重んじ、諸藩が協力して国の危機へ対処しなければならないと説く。龍馬も、そこにはうなずけた。
「まっこと、異国に好き放題させるわけにはいきませんのう」
「では、土佐の形勢はいかがです」
「形勢、ですか」
「重役方はどうお考えか。藩の意見は、まとまりそうでしょうか」
龍馬は返事を選んだ。聞いている話はあるが、それを土佐藩の意向として語れる立場ではない。武市たちが働きかけている途中のことまで、他藩の相手へ軽々しく話すのも気が進まなかった。
「わしは帰国したばかりで、まだ聞いて回りゆうところです。藩のお考えまでは、よう申せません」
「武市殿とも、お親しいと伺いましたが」
「昔から世話になっちょります。けんど、わしが勝手に返事をしてよい話でもありませんき」
住谷は少し黙ったが、やがてうなずいた。愛想のよい答えではなかったかもしれない。それでも、分からないことを言い切り、後から困るよりはよかった。
龍馬は食事の手配を気にかけながら、今度はこちらから水戸の様子を尋ねた。誰がどのように話を伝え、藩の中では何が争われているのか。大きな言葉の陰に、実際に走り回っている人間がいることが、話を聞くほど分かってきた。
その場で何かを約束することはできなかった。だが、国境まで来た相手を、面倒な客だったと片づける気にもなれない。龍馬は別れ際、また知らせを聞かせてほしいと伝えた。
武市道場へ戻れば、信吾も以前より国事の話をするようになっていた。土佐も動かなければならないと言うので、龍馬は思わず笑った。
「おんしまで、虎太郎みたいになってきたのう」
「真面目に話しゆうがじゃ」
「虎太郎も、いつも真面目じゃろう」
信吾は言い返しかけて、苦笑した。龍馬も話を聞くつもりはあったが、皆と顔を合わせるたびに天下の行く末ばかりでは、息も詰まる。
慎太郎や清平とは、以前と同じように竹刀を合わせた。稽古の後に飲めば、剣の強さや勘定の順番でも揉める。国を守る話をした男たちが、酒代になると急に細かくなるのだから、世の中は簡単にはまとまらない。
「今日は龍馬さんが払う番じゃろう」
「なんでじゃ、中岡」
「この前も逃げたろう」
「逃げたんやない。戦略的撤退ぜよ」
「勘定から撤退するなや」
痛いところを突かれ、龍馬は財布を出した。こういう時の慎太郎は、政治の話をしている時よりも隙がない気がした。
翌安政六年、江戸や京からは、幕府に批判的な者が処分されたという知らせが続いた。井伊直弼のもとで取り締まりが広がり、橋本左内や吉田松陰の名まで聞こえてきた。桂はどうしているだろうかと、龍馬も消息を気にした。
開港して交易が始まると、江戸で懸念を聞いていた金の流出も、実際の問題として伝わってきた。土佐の商人からも、品の値段が変わって困るという話を聞く。何もかも異国との交易だけが原因とは言えないのだろうが、世の変化が店先の値にも及んでいることは分かった。
龍馬は国元を見て回り、話を聞いていた。それでも、自分が何をするかは決まらない。江戸で修行を続けていた方がよかったのではないかと思う日もあったが、戻れば迷いが消えるというものでもなかった。
そんな中で通い続けたのが、日根野道場だった。江戸で学んだ技を試し、もともと身につけてきた剣を確かめ直す。その修行を重ね、龍馬はやがて、小栗流の免許皆伝を得た。
北辰一刀流では、剣術と長刀の目録までである。こちらの皆伝を得たからといって、千葉家での修行まで終えたことにはならない。それでも、日根野の師に学んだ一つの区切りを認められたのは嬉しかった。
そこで龍馬は、自分でも人に教える場を持てないかと考えた。剣なら教えられる。人が集まれば、時勢の話をすることもできる。武市と同じ働き方はできなくても、自分の得意なことから始めればよいのではないか。
権平に相談し、家の一角を稽古に使えるよう整えた。まずは小さく始めるつもりで、知人へ声をかけ、門人を募った。坂本道場である。名前を口にするだけで、少し道場主らしい気分になった。
ところが、新しく通いたいという者は、なかなか現れなかった。知人に尋ねると、既に通う道場があると言われる。武市のところへ行けば昔馴染みが揃い、日根野道場には長く続く信用がある。近所に道場があることは知っていたのに、自分が始める時には、そこを随分軽く考えていた。
暮らしが苦しく、新たな稽古代は出せないという話もあった。武市に近い者の集まりと見られるのを嫌うのではないかとも考えたが、それだけが理由なのかは分からない。ともかく、待っていても門人は増えなかった。
「龍馬おじさん! 素振り、終わりました!」
元気な声を上げたのは、姉の千鶴の子、高松太郎だった。今のところ、通ってくるのはこの甥一人である。龍馬は握り方を確かめ、足の位置を少し直してやった。
「ようやった。今の構えを忘れんように、もう少し振ってみい」
「はい!」
太郎は素直に竹刀を上げた。教えたことを試し、うまくいくと嬉しそうに笑う。その姿を見るのは楽しかったし、教えること自体が嫌になったわけでもない。
だが、これでは親戚の子の稽古を見ているだけである。人を集めるつもりで始めたのに、集まったのは最初から身内だった。武市の道場に人が来る理由は、剣が強いからだけではなかったらしい。
一月ほどで、龍馬は新しい門人を募るのをやめた。坂本道場は看板を下ろしたが、太郎が来れば、それからも竹刀を持たせた。道場を開けば自分の役目も見つかると思ったのに、どうやら、そこまで簡単な話ではなかった。




