第38話 桂小五郎は討幕を決意する
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安政四年三月一日、桂小五郎は、江戸の土佐藩上屋敷で竹刀を構えていた。
向かいにいるのは、坂本龍馬。以前、練兵館で打ち合った時には、動こうとするところを狙えば、面白いほど技が決まった男である。
ただし、負けても懲りない。悔しそうな顔をしたかと思えば、次には勝つと言って、またやってくる。桂は、そのしつこさを嫌いではなかった。
「桂さん。今日は勝たせてもらうぜよ」
「それは困るのう。僕も負ける気はない」
桂は笑って構えた。だが、打ち合いが始まると、以前と同じつもりでは済まなくなった。
面へ来ると思えば小手へ変わり、踏み込む気配を見せながら足を止める。こちらが何を見ているか、龍馬なりに考えているらしかった。
最初の一本を取られた時、桂は少し驚いた。
小手を取り返して一対一に戻したが、その後、間合いを詰めたところへ打ち込まれ、二対一と先行された。三本先取である。もう一つ取られれば、自分の負けだった。
上達した相手と打ち合うのは面白い。だが、感心して負けてやる理由もない。
桂は攻め方を変え、勝ちを急いだ龍馬の打ち込みを返した。最後の一本では、慎重になった相手の構えを動かし、立て直すより先に打った。
礼を終えると、龍馬は息を弾ませながら顔をしかめた。
「くそっ。あと少しじゃったがに」
「前より、ずっと手ごわうなった」
「次は勝つき」
「それは困るのう」
「困れ。もっと困れ」
桂は声を立てて笑った。この男は、まだ強くなるだろう。次に会うまでに何を覚えてくるか、少し楽しみでもあった。
もっとも、龍馬の成長だけを眺めていられるほど、桂自身の暮らしも暇ではなかった。
道場の外では、剣で一本取れば済むとは思えない話が、次々と持ち込まれていた。
翌安政五年、アメリカとの通商交渉をめぐる話は、江戸の会合でもたびたび持ち上がった。
桂も条約の条件を人に尋ね、伝わってきた書付を確かめた。異国と物を売り買いすること自体より、その仕組みを日本の側でどこまで決められるのかが気になった。
外国人が事件を起こしても、日本の役人だけでは裁けない。
関税も、こちらの判断だけで自由に変えられるものではないらしい。
聞くほどに、後から直そうとしても難しい約束を、急いで結ぼうとしているように思えた。
六月には、朝廷の勅許を得ないまま、幕府が条約へ調印したと伝わった。やむを得なかったという者もいれば、朝廷を軽んじたと怒る者もいる。桂は、双方の話を聞いた上でも、幕府の進め方をそのまま認める気にはなれなかった。
異国については、知るべきことがある。技術も制度も、役立つものなら学べばよい。そのことは、吉田松陰と交わした話を思い出しても変わらなかった。だが、相手の求めを受け入れれば、それで国が守られるというものでもない。
長州から届く便りにも、幕府への不満が記されていた。久坂玄瑞や高杉晋作ら、松陰に学ぶ若者たちの名も出てくる。桂は返事を書きながら、先生がこの騒ぎをどう受け止めるかと考え、筆を止めた。
松陰は、正しいと思ったことを簡単には曲げない。それは尊敬するところだったが、話を聞く側としては、困るところでもあった。黒船への密航を止めた時にも、危険を知らずに言っているのではなかった。分かった上で実行するつもりだったから、説得する方も逃げ道を探せなかった。
そして今度は、老中の間部詮勝を討つ計画まで考えているという話が届いた。朝廷へ圧力をかけ、反対する者を取り締まる。その中心にいる間部を排除すべきだというのである。
桂は便りを置き、しばらく額へ手を当てていた。幕府のやり方に問題があることは分かる。
だからといって、老中を斬れば、その先が開けるのだろうか。
久坂たちも、師の考えに従うべきか、無謀を止めるべきかと苦慮しているらしかった。桂にも、うまい返事は見つからない。志を否定したいのではない。だが、方法を誤れば、動こうとしている者も、その家族も、藩までも巻き込む。
先生は、もう少し立ち止まってくれないものか。桂はそう思いながら、改めて筆を取った。
大老の井伊直弼が進める処分は、次第に身近なところへ及んできた。
条約だけでなく、将軍の跡継ぎをめぐる争いや朝廷との関係も絡み、誰が何を理由に咎められたのか、届く話だけでは分かりにくいこともあった。
大名が退けられ、役人が処分され、国事を論じていた者が捕らえられる。
桂は知人の消息を確かめるたび、次は誰の名を聞くことになるのかと気を張った。
異国との交渉を難しいものとして扱いながら、国内の異論には、随分と手早く罰が下るように見えた。
押さえ込めば、黙る者はいるだろう。だが、納得したことにはならない。
桂もまだ、幕府をなくせばよいと決めていたわけではなかった。諸藩の意見を聞き、朝廷との関係を整え、国の備えを進める道は残っているはずだと思っていた。
その間に、松陰は長州で再び獄へ入れられた。
翌安政六年には、江戸へ送られることになったと知らせが来た。
桂は取り調べの行方を気にかけ、伝わる話を一つずつ確かめた。
楽観できる事情ではない。それでも、間部を実際に襲ったわけではなかった。
重い処分を受けるとしても、命まで取られずに済む余地はあるのではないか。そう考えたかった。
ところが、松陰は取り調べで、自分の考えを隠さなかったという。
間部を討とうとした計画まで、自ら話したらしいと聞き、桂は返事を失った。
先生は、誠実に話せば相手にも伝わると思ったのだろうか。
詳しいやり取りを知っているわけではないが、何もかも正面から語る姿は、容易に思い浮かんだ。嘘をつかなくても、言わずに済ませることはある。今度ばかりは、自分の命を守る方へ、その頭を使ってほしかった。
安政六年十月二十七日、松陰は江戸の伝馬町で処刑された。
その知らせを聞いた時、桂はすぐには言葉を返せなかった。
死罪だと告げる相手の声を聞きながら、聞き違いではないかと考えた。だが、尋ね直しても答えは変わらなかった。
「……そうか」
ようやく出た声は、それだけだった。先ほどまで手元にあった書付の続きを読もうとしても、文字が頭へ入ってこない。桂は紙を置き、松陰と最後に交わした言葉を思い出そうとした。
まだ話すことがあった。尋ねたいことも、反対したいこともある。あの密航計画の時のように、無茶を言う先生を前に困り果てる日が、また来るような気がしていた。
松陰にも問題はあった。老中を討つという計画を、桂は正しいとは思えない。その無謀さに腹も立った。だが、それと師が殺されたという知らせを、簡単に一つの話として片づけることはできなかった。
なぜ、命を残す道はなかったのか。幕府の判断を考えようとするたび、先生がもう答えないという事実へ戻ってしまう。桂は膝の上で手を握り、ゆっくり開いた。
松陰の亡骸が小塚原に葬られたと聞き、桂は墓前へ向かった。
土を前にしても、死んだということが急には理解できなかった。呼べば、こちらの考えを問い返してきそうな人だった。
先生は、勝手な人だった。止めても聞かず、自分が行くべきだと思えば進んでしまう。
残された者がどうするかまで、もう少し考えてほしかった。
だが、ここで同じように誰かを斬り、師の無念を晴らしたつもりになることはできない。
それでは、また別の者が捕まり、別の墓が増えるかもしれない。松陰を失った今、その危険だけは以前よりはっきり想像できた。
人に会い、話を聞き、藩の中で動かせるものを探す。他藩とも結び、必要なら、意見の合わない相手とも話す。
遠回りに見えても、残された自分には、そのやり方でできることがあるはずだった。
桂は静かに頭を下げた。先生と同じ道順を選ぶつもりはない。簡単に死ぬつもりもなかった。
幕府を立て直せるのなら、その方法を考えればよい。だが、幕府を残すことだけを、初めから答えにしてはならない。国を守るために仕組みを変える必要があるなら、幕府そのものも、その外には置けなかった。
顔を上げると、墓前の景色は変わっていなかった。胸の痛みも消えない。それでも桂は、次に誰へ会い、何を話すかを考え始めた。
先生。僕は、僕のやり方で進みます。
声には出さずにそう告げ、桂は墓前を離れた。




