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俺の名は坂本龍馬(AI漫画)  作者: MOKOTA
第二章 将来に悩む龍馬

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第35話 坂本龍馬は琢磨を逃がす

挿絵(By みてみん)


 失敗した。

 十七両を受け取った藩の重役は、確かに琢磨の助命を働きかけてくれたらしい。だが上の沙汰は変わらなかった。

 つまり琢磨は明日、腹を切る。

 そして十七両も帰ってこない。

 龍馬はしばらく黙った。

 俺の十七両……。

 失敗したなら返せよ、くそ上士。

 人の命が懸かっているというのに、そんなことまで考えてしまう自分が少し嫌だった。


「もう駄目じゃ……わしは死ぬがじゃ……」


 琢磨が真っ青な顔で座り込んでいる。

 今回はさすがの龍馬も殴る気にはならなかった。

 武市は腕を組み、眉間に深いしわを寄せている。


「残る手は……ある」

「まだあるがか?」

「脱藩(だっぱん)じゃ」


 武市は短く言い切った。

 龍馬も一瞬、言葉を失う。

 藩を捨てて逃げる。

 侍にとって軽い話ではない。家族にも累が及ぶかもしれず、捕まれば重罪である。

 だが切腹よりはましだった。


「琢磨を江戸から逃がす。それには金がいる。龍馬、もう用意できんか?」

「さっきの十七両で素寒貧(すかんぴん)ぜよ。三日ありゃ何とかするけんど、今は無理じゃ」

「おんし、しょっちゅう花街へ行きゆうと聞いたぞ」

「遊びゆうから金がないがじゃ! 武市さんこそ酒も女もやらんき、貯め込んじゅうろう」

「わしは富子から月の小遣いを決められちゅう」

「役に立たんのう!」


 思わず本音が出た。

 武市が睨んできたが、今は夫婦の財布事情を議論している場合ではない。


「手引きに五両。逃げた後の路銀として十両は持たせたい。最初から賄賂やのうて、逃がす方を選ぶべきじゃったか……」


 武市も悔しそうだった。

 龍馬は考える。

 金。

 今すぐ金になるもの。

 他藩の知人には頼めない。事情を話せば、藩が必死に隠している事件が広がる。

 坂本家から取り寄せる時間もない。

 なら、江戸にある物を売るしかない。

 そこで龍馬の頭に、一つの考えが浮かんだ。

 かなり無茶である。

 だが、無茶くらいしなければ人一人の命は拾えない。


「武市さん。中屋敷におる下士連中を集めてつかあさい」

「何をする気じゃ?」

「皆で琢磨の助命嘆願に行くぜよ」


 武市が怪訝そうに龍馬を見た。


「今さら嘆願しても――」

「分かっちゅう。けんど大勢で刀を差して押しかけたら、騒ぎになるろう。武装解除して行く。皆の刀は、わしが預かるぜよ」

「……なるほど」


 武市は頷いた。

 いや、何も分かっていない。

 そこが大事だった。





 下士たちは武市に率いられ、土佐藩邸へ向かった。

 留守番を任された龍馬の前には、何十本もの刀が残された。

 武士の魂。

 家によっては父や祖父から受け継いだ品もあるだろう。

 龍馬は腕を組んだ。


 三日くらい魂がなくても死なん。


 そう結論を出すと、全部まとめて質屋へ運んだ。





 夕方、武市たちは沈んだ顔で戻ってきた。


「やはり無駄じゃった。上役どもは沙汰を変えん」

「そうか」

「期限は明日じゃ。もう時間がない」

「なあに、その間にこっちは準備できたぜよ」


 龍馬は包みを差し出した。

 武市が開く。

 三十両。


「これで琢磨を脱藩させるきに」

「……龍馬。この金、どうした?」

「皆の刀を質屋に預けた」

「はあ!?」


 武市が目を見開いた。

 珍しい。

 あの武市半平太が完全に間抜けな顔をしている。


「三日もすりゃ金を作って請け戻すぜよ。それまでは適当にごまかせばえい」

「おんし、人の刀を勝手に質へ入れたがか!」

「琢磨の命と刀、どっちが大事じゃ?」

「そりゃ琢磨の命じゃが……」

「ほんなら問題ない」

「問題しかない!」


 そこは龍馬も少しそう思う。

 だが武市はしばらく頭を抱えた後、とうとう苦笑した。


「相変わらず無茶をするのう」

「褒められたと思うちょく」

「褒めてない。まあえい。琢磨を逃がす手配と後始末は、わしに任せろ」

「頼むぜよ」

「何とか全部、収めちゃる」


 武市が薄く笑った。

 その顔を見て、龍馬は思う。

 だから、その笑い方は悪役っぽい。





 翌朝、琢磨は武市が手配した者に連れられ、江戸を離れた。


「龍馬、恩に着るき」

「二度と拾ったもんを質に入れるなよ」

「分かっちゅう」

「あと、しばらく顔見せるな。腹立つき」

「最後くらい優しゅうせえや!」

「早う行け!」


 琢磨は何度も振り返りながら朝靄の向こうへ消えた。

 馬鹿な従兄弟だった。

 それでも、生きている。

 それでよかった。


 翌日から龍馬は、今度は皆の刀を取り戻すために金策へ走り回る羽目になった。

 結局、一番忙しいのは自分である。

 世の中とは理不尽だった。

 琢磨の脱藩は藩にとっても恥だったため、大きく追及されなかった。龍馬や武市が手を貸したことも明白だったが、罪に問われることはない。

 武市が裏でうまく話をつけたのだろう。

 そこはさすがだった。


 だが龍馬の胸には、妙な重さが残った。

 日本全体で異国へ立ち向かわねばならない。

 志士たちはそう叫ぶ。

 ところが土佐の中ですら、上士と下士がいがみ合っている。幕府は幕府で独自に通商条約を進め、幕府の中でも意見は割れ、志士たちも一枚岩ではない。

 日本はまとまるどころか、あちこちで喧嘩している。

 これで本当に皆そろって攘夷などできるのか。

 龍馬には分からなくなっていた。





 安政四年の秋、武市の土佐帰国が決まった。


「武市さん、気ぃつけて帰りや」

「ああ。龍馬、おんしも達者でな」


 武市は少し黙ってから、龍馬を見た。


「龍馬。おんしは、これからどうする?」

「これから?」

「土佐にはおんしが必要じゃ。……いや、わしに必要ながかもしれん。一緒に土佐で攘夷の動きを大きゅうしてくれんか」


 龍馬は答えられなかった。

 国を動かす。

 確かに面白い。

 金もある。人脈も少しはできた。口も回る。

 攘夷志士の中には、龍馬よりよほど無茶な連中も多い。

 自分でも案外やれるかもしれない。


 だが、それは現実なのか。

 琢磨一人を救うだけで、あれほど苦労した。

 土佐一藩すらまとまらない。

 まして日本をまとめるなど、どう考えても話が大きすぎる。


 一方、龍馬には剣がある。

 午前の御前試合では桂小五郎と竹刀を交え、以前より自分が強くなったことも分かった。

 小千葉道場は名門である。

 佐那とのこともある。

 このまま道場を支える立場になれば、暮らしにも困らない。


 名門道場。

 剣術師範。

 美人の嫁。


 どう考えても勝ち組である。


「悪いけんど、武市さん。約束はできんぜよ……」

「そうか」


 武市は少し寂しそうに笑った。


「すまんな、龍馬」

「謝ることやないろう」

「気が変わったら、いつでも土佐へ来い」

「その時は頼むぜよ」


 武市は江戸を去った。

 すでに土佐の攘夷派を代表する男になりつつある。

 こいつはいずれ大きなことをする。

 龍馬には、それだけは分かった。


 自分とは違う。


 遠ざかる武市の背中を見ながら、龍馬はそう思った。

 そして、自分自身へ言い聞かせる。


 剣術こそが、自分の生きる道だ。

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