第13話 坂本龍馬は浦賀まで歩く
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江戸から浦賀までは、普通に歩けば一日では厳しい。
だが坂本龍馬には時間がなかった。黒船がいつまで浦賀沖にいるか分からない。
ならば夜も歩けばいい。実に単純な計算である。足が壊れる可能性については考えないことにした。
ところが江戸を出てみると、街道は思った以上に人が多かった。
町人や職人、若侍までいる。中には弁当を持っている者さえいた。
どうやら江戸には、自分以外にも物好きが山ほどいるらしい。
黒船見物。珍しい異国船が来たとなれば、一目見たいと思うのが人情なのだろう。
龍馬は妙に安心した。自分だけが浮かれているわけではない。たぶん。
しばらく歩いたところで、龍馬は年の近そうな武士を見つけた。
身なりはきちんとしていて、足取りも速い。どうせ同じ方角へ行くなら、話し相手がいた方がいい。
「そちらも黒船見物に行くがですか?」
すると武士は、いかにも真面目そうな顔で龍馬を見た。
「見物どころではありません。あれは軍艦です。我が国を威圧しに来ているのですよ」
龍馬は目を瞬いた。威圧しに来た。そんな話は聞いていない。
「黒船は鎖国を解いて国を開くよう迫り、従わなければ武力に訴えるつもりだという話です」
「まっことか?」
龍馬は眉をひそめた。
少し話が大きすぎる気もする。だが相手は本気だった。
「ほんなら異国の艦隊は五十隻……いや、百隻ばあ来たがか?」
「いえ。四隻ですが」
「四隻かい!」
思わず声が出た。百隻を想像した直後である。拍子抜けにもほどがある。
「それなら追い返せばええぜよ」
「そう簡単ではありません。蒸気船を含む最新の艦隊です。大砲も大きい。異国の技術は侮れません」
蒸気船。龍馬は子供の頃、下田屋で見た異国船の模型を思い出した。
蒸気で動く船。言葉の意味は分かる。だが、湯気という響きがどうにも弱そうである。
湯気なら風呂にも出る。そんなもので軍艦が動くと言われても、いまひとつ恐ろしさが伝わってこない。
だが隣の武士の顔は真剣そのものだった。
「それで、おまんは黒船見物でなければ何しに浦賀へ行くがぜよ?」
「敵船を観察し、その力を見極めるためです」
龍馬は少し黙った。それを見物というのではなかろうか。
口には出さなかった。初対面である。さすがにその程度の遠慮はあった。
二人はしばらく並んで歩いた。龍馬は少し後悔し始めていた。
話し相手に選ぶなら、もう少し気楽な男にすればよかったかもしれない。
こちらは珍しい船を見たいだけなのに、隣は日本の危機を背負っているような顔をしている。温度差がすごい。
そこで、まだ名前すら聞いていないことに気づいた。
「そういや名乗っちょらんかったのう。わしは土佐の坂本龍馬ぜよ。おまんはどこの人じゃ?」
「これは失礼しました」
男は歩きながら軽く頭を下げた。
「長州藩の桂小五郎です」




