――トゥルーザル・ジェスターという男――
大砂海の砂を押し分けるように、1艘の巨大な船が進んでいた。船の左右に水車型の推進器を備えた外輪船で、船のなかでは何頭もの地竜がころころ回るロール状の床を歩いていた。彼らの動きで外輪が回る仕組みのようだ。地竜はほとんどが緑色で牛のようにずんぐりしていた。首が太く短いので知らない者であれば竜と思わないかもしれない。しかし、全体を覆ううろこや、爬虫類を思わせる顔つきが、彼らが竜属であることを感じさせた。彼らは従順な様子で、黙々と外輪を動かす仕事に従事している。
船底にある一室、明かりを取る窓ひとつない部屋にひとりの男が数人の男たちを前に行ったり来たりを繰り返していた。ランタンの明かりが行きつ戻りつをしている男の影を踊らせている。立っている男たちはいずれもカーキ色の軍服で、背筋をピンと立てて直立不動の姿だ。
一方で、行きつ戻りつを繰り返している男の姿は異様だった。まず、着ている服が人目を引くような赤白黒のまだらの縦じま模様。首のあたりまでこんもりと広がるような髪。これだけでも異様と形容できる。
男の異様さは服装だけに留まらなかったドーランのようなものでまっ白なうえに、紅で極端に縁取りされた目と口。鼻先も同じ紅で丸く塗られており、目の下には水色の涙型の模様。おかげで、この男本来の人相はまるで想像がつかない。町や村でひとびとを驚かせ、笑わせる道化の扮装が一番近いと表現できるだろう。
道化姿の男はこれまでの行きつ戻りつを急にやめると、くるりと兵士たちに向いた。兵士たちの顔はこれまで口を真横に結ぶだけだったが、道化姿の男の変化に、緊張した表情になる。
「えー、たしかに、ワタシは、一週間前にサンドリウムを出発した商船の男たちを捕らえよと命じマシた。ですガ、こうも命じたハズです……」
道化姿男は、どこか狂気を感じさせる、ところどころ変に力の入った喋り方で話し始めた。
「積み荷も残らず確保するように……と。たしかに、アナタがたは、商船の男たちを捕らえマシた。ですガ、肝心なのは積み荷のほうなのデス。彼らの優先順位はそれよりも下」
道化姿の男はカツカツと床を踏み鳴らしながらひとりの兵士の前に迫る。兵士は顔を強張らせた。
「ワタシが求めるものは小さな、ちーさな石です。デスから、彼らが身につけている可能性もありマシた。だから、積み荷だけでなく、彼らも確保させたのデス。命令の本質的な意図はそこなのデス!」
道化姿はぐいっと顔を迫る。兵士は上体をのけぞらせた。
「たまたま、大砂波で難破した船から彼らを確保したとのことでしたが、そのままここまで船を曳航することだって、できたのジャないのデスか? 今、このあたりに船の残骸は残っていまセン。完全に沈むか、サンドワームに『とどめ』をさされたのデス」
道化姿の男はくるっと向きを変えるとふたたび行きつ戻りつを始めた。
「男たちは石を持っていませんでした。と、なると船のなかのハズ。しかし、その船はどこにも見当たらない。つまり……、石は永遠に失われた、ってことになるのデス!」
そう言いながら、さっきの兵士のもとへ駆け戻り、自分の顔を兵士の顔に押し付けた。ぐいぐいと顔が歪むぐらいに押してくる。
「わかりマスか? これはとんでもない損失デス! 謝って済む話じゃないんデス!」
もし、ここで誰も部屋に入ってこなかったら、その兵士はずっと『ぐいぐい』とされていただろう。しかし、小柄な軍服姿の女性が入ってきて、『ぐいぐい』は中断された。
「失礼します、ジェスター中佐」
小柄な女性は敬礼した。細い銀縁のメガネをかけ、いかにも真面目そうな印象の女性だ。道化姿男――トゥルーザル・ジェスター中佐は彼女に振り返った。「どうかしましたか、アンヌ少尉?」
フランカ・アンヌ少尉は敬礼していた右手をさっと下げ、「最後の男が目を覚ましました」と、短く報告した。感情を感じさせない、静かで、落ち着きすぎるほど落ち着いた声だ。
「ほう……」
ジェスター中佐は兵士から身体を離すと、自分の額に中指を当てた。考え込むような様子だ。
「ようやく、本命が息を吹き返しましたか。よろしい。彼の尋問はワタシがしましょう。ところで、アンヌ少尉。17号の様子はどうデスか? あれから変化はありマスか?」
「はい。あたりをうかがう様子はあります。ただ、気配を感じているのか、まだ探しているだけなのか、判別できるほどの変化ではございません」
「そうデスか」予想通りだったのか、ジェスター中佐に失望の様子はなかった。「引き続き、あの子の世話を頼みマス」
「かしこまりました」
アンヌ少尉はふたたび敬礼すると部屋を出て行った。
「さて、ワタシは次の仕事にかかりマスか……」
ジェスター中佐はつかつかと扉に近づきながらつぶやいた。しかし、急にピタッと立ち止まり、くるんと後ろを向いた。その先には、蒼ざめた顔の兵士たちが直立不動の姿勢で立ったままだ。
「そして、アナタたちはそこで反省。いいデスね?」
「は、はい!」
兵士たちは声をそろえて応えた。
ジェスター中佐は部屋を出ると、まるで兵士たちを閉じ込めるかのように扉を閉めた。狭いながらも、少し長い廊下を進むと正面に扉のある部屋に行きつく。ジェスター中佐はその扉を開け、中をのぞいた。この部屋にも明かり窓はなく、こちらもひとつのランタンが明かりを灯しているだけだ。
部屋は男がひとり座らせているだけだった、中年ぐらいの年齢で、身体をロープで椅子ごとグルグル巻きにされている。親指ほどもある太さのロープなので、それを切って逃れるのは難しいだろう。
「思っていた以上にお元気そうで。なによりデス」
ジェスター中佐は口角いっぱいを吊り上げるような笑みを見せると部屋へ入っていった。中年男は物憂げな表情でうつむいていたが、ジェスター中佐の声でゆっくりと顔をあげた。感情のどこかが失われているのか、ジェスター中佐の異様な姿を見ても驚くような表情を見せない。
「これから、アナタにいくつか質問をしマス」
ジェスター中佐は身体をかがめて、男に顔を近づけながら言った。
「少々つっこんだ内容もお聞きしマスが、どうかご理解を」
「……あんたは?」
男は少々眠そうな表情で尋ねる。ジェスター中佐は、すっと身体を伸ばして右手を自分の胸にあてた。
「これは失礼しマシた。私はトゥルーザル・ジェスター。カドワラドル連合国諜報部中佐でありマス」
「諜報部の……」
男の眼が少し大きくなった。さっきより意識がはっきりしてきたようだ。
「ワタシは名乗りマシた。今度はアナタのお名前をうかがってもよろしいデスか?」
「トマス・アキナイス。アキナイス商会の代表です」
「よろしくデス、代表」
ジェスター中佐は右手を差し出したが、すぐに引っ込めた。相手が縛られていることを思い出したようだ。
「では、代表。さっそくデスが、アナタにお尋ねしマス。ランドルフという男に覚えは?」
「……ランドルフ……。どちらのランドルフさんですかな? ランドルフなどという名前は別に珍しくないでしょう?」
「ベルン・ランドルフ。そう名乗っていませんデシたか?」
「さぁ……。どうも目を覚ましたばかりか、記憶にありませんな」
「ほう。それはよくないですね」
ジェスター中佐は数歩下がりながら頭を左右に振った。
「あなたの部下……、名前はたしか……、フェンディー……でしたか。彼は、ランドルフのことを覚えてました。出航前、アナタを訪ねてきた、と。アナタに取り次ぐこともした、と」
ジェスター中佐はそう言うと、つかつかとトマスのそばへ歩み寄った。
「さらに……、ノルンからは、こう聞いています。ランドルフはアナタに小さな箱を渡していた、と」
ジェスター中佐は、奇抜な化粧顔をトマスに近づける。トマスは頭だけのけぞらせるだけが精いっぱいだった。
「ランドルフがアナタに預けた箱……。あれは何デスか?」
「さぁ? 商会は商品を運ぶだけでなく、頼まれれば手紙や小さな荷物の運搬も請け負うことがございます。はっきりと覚えておりませんが、航海のついでに、何かの配達を頼まれたのでしょう。船に戻り、控えを確認すればすぐにわかります」
「残念デスが、あなたの船は沈みました。サンドワームに襲われたか、大砂波に遭遇して難破したのデス」
「私の船は沈んだのですか……」
トマスは沈痛な表情を浮かべた。そこに演技を思わせるものはなく、本心からの表情に見えた。
「教えてもらえませんか? 私の部下は……、乗組員は全員無事なのですか?」
「さぁ? ワタシたちはアナタを含め、四名を救い出しました。フェンディーさん、ノロンさんが無事なのはさっきの話でわかったでしょう? 残りはアンセルムさんデス。もっとも、彼はランドルフのことを知らないと話してましたが。確保できたのはそれで全員デス」
「そう……です……か……」
トマスは考え込むような顔でつぶやいた。その様子に、ジェスター中佐の顔つきが変わった。
「アナタ、今、『安心』、しましたね?」
「安心?」
「そう。安心、デス。ほっとしたのデス。しかし、それは部下が助かったという『ほっ』では、ありません。それとは別のことに対する『ほっ』です」
ジェスター中佐はかがめていた身体を伸ばした。
「ワタシはあるものを探してマス。小さな、とても、ちーさなものデス。アナタがたが持っていなければ、それは船にあり、ともに沈んでしまったと思っていましたが、アナタは船のことより、今、この船に誰が乗っているかを気にしました。そして、そのなかにアナタが気にかける人物がいないとわかって、アナタは『ほっ』としたのデス。もしかすると、ワタシの探しものは、ここにはいない誰かが持っているのではありませんか?」
ジェスター中佐はトマスの肩に手を置いて顔を近づけた。
「話していただけマスか? アナタの船には、ほかに、誰が、乗っていたのデスか?」




