↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪竜と片翼の巫女  作者: 磯路れゔーる
第2章 『アンバサル』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/38

――本当の値打ち――

 掃除屋たちの先頭にいたのは、すでに見慣れた若い男だった。砂中メガネを額まであげて、笑顔を見せている。


 「よお、生きてるじゃないか。思っていた以上にやるな」


 「期待通りでなくてご愁傷様」

 ユティーは素の表情で毒を吐いた。しかし、この言葉にも若い男の態度は変わらなかった。愉快そうに笑い声をあげる。


 「ハハハ。そう、つんけんするなよ。正直、ここに来たのは半分、あんたたちを心配してなんだぜ」


 心配した気持ちは半分。ずいぶんと正直だ。エドは不思議な気持ちになった。掃除屋たちはふてぶてしく、気持ちのいい者たちではない。しかし、あまり悪い人間とも思えなくなってきた。ただ、『あこぎ』なだけだ。


 「まぁ、残り半分は、手ぶらで帰るのは面白くないから、せめてその船から戦利品でも『引揚(サルベージ)』できたらな、って考えたわけだが」


 本当に正直だ。


 「完全にあてが外れたね。よそを当たったら? じゃあね」

 ユティーは手を振りながら横を向く。若い男は『にやり』として手をあげた。「取引しないか?」


 「取引? この船に積み荷なんてないよ」

 ユティーは言葉だけ返して、床から工具箱らしいものを引っ張り出す。もう、掃除屋たちは眼中にない感じだ。


 「あるじゃないか、ご立派なものが。その赤い竜だよ、お嬢ちゃん」


 それを聞くと、ユティーの顔つきが変わった。険しい表情で男を睨む。「アズちゃんが何?」


 「その竜、希少種だろ? 色は赤いが炎竜の特徴がない。翼はあるがワイバーンのような体型じゃない。俺たちが知る竜とはまるで一致点が見られない。ずいぶんと珍しいのを連れてるじゃないか」

 「アズちゃんがあなたの言う希少種だったらどうだと言うの?」


 「見たところ、その船は航行不能だ。誰かが近くの島まで曳航(えいこう)してやらないと、このまま永遠に漂流することになるぜ。もっとも、水も食糧もないところじゃ、人間の命はもって数日ってところだろうがな」


 「その曳航代金としてアズちゃんを寄越せと?」


 「今のままじゃそいつのエサの確保も苦労するだろ? 下手すると飢えたそいつに喰われることだってありうるぜ。竜だって飢えに苦しんだら人間を襲って喰うさ。そのとき喰われるのは……」

 男はエドを指さし、続いてその指先をユティーにも向けた。「あんたたちだろうな」


……なるほど。


 エドは急に理解した。これは掃除屋のプレゼンだ。こちらのニーズをつかみ、そのニーズに応えられる提案をする。商人を目指すエドには男の考えがわかった。ただ、思うのは、その代金として要求する内容がとんでもないということだ。


 「アズちゃん」

 ユティーは竜に話しかけた。「あなたから返事してあげて」


 すると竜は首を伸ばして鼻先を男に向けると、大きな口を開いて炎を吐いた。男は大慌てで後ろへ下がる。「あっぶねぇ!」


 「アズちゃんはそっちに行きたくないって。素敵な提案だけど、商談はご破算。どうぞお引き取りくださいませ」

 ユティーは横を向いたまま手をひらひら振る。その動きは「しっ、しっ! あっち行け!」と言っているようだ。


 さすがに男から笑みが消えた。男は船虫をつないでいる『たずな』を握り直すと、「そうかい」と言った。その声はこれまでのような明るさがなく、少しだが怒りが感じられた。

 「じゃあ、こちらは行かせてもらうわ。そっちは勝手に野垂れ死にな。じゃあな……」


 男が船虫を進ませようとした瞬間、「待ってください!」、エドの大きな声が響いた。男は無言でエドを見る。エドは胸元から首にかけているネックレスを持ち上げてみせた。「竜の代わりにこれはどうですか?」


 「首飾りだぁ?」

 男は不審そうな表情を浮かべたが、気にはなるらしく、船虫を操ってユティーの船のそばまで寄せてきた。

 「兄ちゃん、よく見せろ」


 エドは相手に奪われないようネックレスは首にかけたまま、ぶら下がっていた石を見せた。その石は透明感ある赤い石だった。均等に削られることも、きちんと磨かれてもなく、武骨な形を銀の台座に埋め込んだだけのものだった。通常であれば、このネックレスに価値を見出す者はいないだろう。


 しかし、男の反応は違った。疑わしい表情を浮かべながらも、エドの手にある石を凝視している。


……この輝きはまさか……。


 「本当にこれで取引するんだな?」

 男は慎重な様子で念を押す。エドが答えようと口を開くと、ユティーの手が覆ってきた。

 「ダメだよ! こんなことしちゃ! キミの大事なものじゃないの?」


 「大丈夫だよ」

 エドはユティーの手を押しのけながら答えた。「実は、こんなネックレスを首にかけていたこと、さっきまで忘れてたんだ。だから、これが大事なものかもわからない」


 「記憶……、まだ戻らないの?」


 「うん。でも、いいんだ。大事なのは、『今』だよ」

 エドはユティーに笑顔を向けると、続けて男に視線を戻す。

 「掃除屋さん。これは取引だ。あなたたちは、この船を無事、島まで送り届ける。僕は、その報酬として、このネックレスを差し上げる」

 「わかった。じゃあ、そのネックレスを寄越しな」

 男は船虫に乗ったまま手を伸ばす。エドはさっと石を高くあげた。


 「さすがにダメだよ。今、これを渡したら、あなたたちがぼくたちを置き去りに逃げることができるじゃないか。ぼくには追いかける『すべ』がない。取られ損の危険がある」

 「おいおい。逆のことも言えるだろ? こっちが島まで送り届けたあと、兄ちゃんがちゃあんと支払いを済ませるかわからないじゃないか。報酬の取りっぱぐれの危険がある」


 「それは違うよ」エドは首を振った。

 「もうわかってると思うけど、この船は曳航されずに進むことはできない。つまり、あなたたちから逃げられない。島へ着いても、船の修理が終わるまでどこにも行けない。つまり、ぼくはあなたから逃げられないんだ。取りっぱぐれの危険なんて、まるでないよ」


 「ほう」男の顔に笑顔が戻った。

 「いいぜ。その取引に応じよう。俺は、基本的なことがわかってるやつは好きだぜ」

 男は後ろを振り返ると、仲間に合図を送った。背後で様子を見守っていた仲間たちは鉤のついたロープを手に船へ近づく。ロープはそれぞれ、彼らが乗っている船虫につながれており、ユティーの船はたちまち船虫たちに曳航される形になった。


 「いいの?」

 ユティーは心配顔でエドを見つめる。

 「いいんだ」

 エドはふたたび笑顔を見せた。「やっと、君に恩返しできる」


 ユティーは顔を伏せた。「恩返しだなんて……」


 エドは掃除屋たちの背中を見つめながら胸を張った。

 「それに……、食べ物にもならないネックレスなんて、こんな砂海じゃ1ダランの値打ちもないよ。でも、こんな取引に使えるんなら、このネックレスは今、本当の値打ちを示してるんだと思う。だから、これでいいんだ」

 エドはネックレスの石を懐に戻しながら、本心からつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。