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断罪竜と片翼の巫女  作者: 磯路れゔーる
第5章 断罪竜

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――取り引き――

 ジェスター中佐の乗る帆船は帆をすっかり降ろし、すぐに出航のできる様子はなかった。もし、船を奪おうとする者がいても、この船は後回しにされるだろう。


 船は静かに佇むようにそこにあった。まるで誰も乗っていないかのように。


 しかし、帆船に迫るシィナ共和国の兵士たちは油断なくライフル銃の銃口を船に向けて歩いていた。決して警戒を緩めようとしていない。


 「あの道化の姿が見えないな? 船の中にいるのか?」

 ひとりの兵士が近くの仲間にささやいた。

 「さぁな。しかし、あの銃声はさすがに聞こえたはずだ。のんきに船にいるとは思えないが」

 「だよな」

 仲間の答えに、最初に尋ねた兵士はうなずく。


 「みんな。ここから少しバラけよう。固まっているところを狙われるかもしれない」

 別のひとりが仲間との距離をとりながら言う。ほかの者もうなずきながら、仲間と少しずつ距離をとりつつ船に迫った。船はあいかわらず沈黙を続けており、そこに誰かがいる気配は感じられない。


 「もう逃げたかな?」

 兵士のひとりが誰に問うでもなくつぶやいた。「あの銃声を聞いて」


 その兵士は砂海の波打ち際近くを歩いていたが、そのかたわらから急に何者かが立ち上がった。砂海の中に身を潜ませていたのだ。


 「え?」

 兵士は銃口を向けようとしたが、相手のほうが早かった。『それ』はきらりと何かを閃かせると、次の瞬間には兵士を波打ち際に打ち倒していた。


 「え?」

 兵士はさっきと同じ言葉をつぶやいたが、その声は血のあぶくで濁っていた。あの一瞬で、兵士は斜め下から胸を剣で斬られていたのだ。


 「なに!」

 近くを歩いていた兵士があわてて銃口を向ける。ひとりを斬った『それ』はすでに眼前に迫っていた。


 「銃口より内側に迫られたらどうしようもないデスね」

 兵士の目の前で、道化姿の男がささやく。トゥルーザル・ジェスター中佐だった。

 ジェスター中佐はその兵士の胴をなぎ払うと同時に、その兵士の身体をつかんだ。ぐったりともたれかかる兵士を肩で支えながら次の兵士へ突進していく。


 「く、くそっ!」

 迫られる兵士はライフルを構え、発砲した。銃弾はジェスター中佐の肩で支えられている兵士の背中にあたった。


 「み、味方を盾に!」

 兵士は焦りの表情を浮かべるのがやっとだった。ジェスター中佐から味方の遺体をぶつけられ、銃口があさっての方角を向いた瞬間、兵士ののどに剣の切っ先が貫いていた。


 ジェスター中佐は倒れる兵士にまぎれて浜へ伏せると、さっき斬った兵士のライフルを構えた。銃口はひとりの兵士を狙っている。


 「う、撃て!」

 兵士は叫びながら発砲したが、ジェスター中佐の放つ弾丸が額に命中した。続いてもう1発。その銃弾は、残る兵士の胸を貫いていた。

 ジェスター中佐が砂海から姿を現してほんの十数秒。その間に、ジェスター中佐を狙う兵士たちは物言わぬ肉の人形となって浜にくずおれていた。


 「ライフルは腹ばいで構えるほうが命中率はいいんデスよ」

 ジェスター中佐は立ち上がりながらつぶやいた。「とくに、突っ立っているだけの相手を狙う場合はね」


 ジェスター中佐は、弾を打ち尽くしたライフルを投げ捨てると、ほかの兵士のライフルを手にした。そして、その場で腹ばいになり、ライフルを構えた。


 そのころ、アンヌ少尉たちが倒れた場では、ひとりの兵士がライフルでふたりのとどめをさしたところだった。ライフルは2連式で、2発弾丸を放つと薬莢を入れ替えねばならない。兵士は淡々と弾を込め直し、足もとでうめいているアンヌ少尉の部下に銃口を向ける。


 銃声は遠くで聞こえた。しかも2発。


 とどめをさそうとした兵士は、胸と額に赤い点をつけて浜に倒れた。


 アンヌ少尉はうっすらと目を開けて、その様子を無言で見つめていた。その視界に誰かが駆け寄るのが入ってきた。ライフルを手にしたジェスター中佐だった。

 ジェスター中佐はアンヌ少尉のそばへ駆け寄ると、その胸にとりすがっている黒い小竜の頭をなでた。


 「17号ちゃん、ありがとうございました。あなたが邪魔してくれたおかげで少尉が助かりました」


 17号はジェスター中佐を振り返ると、弱々しい声で鳴いた。


 「……中佐……。申し訳ございません……。赤い竜魂石を、テンゴンに……奪われ……ました……」


 「……石のために味方を裏切り……、いえ、連合への離反を明確にしましたか。まぁ、いずれそうなると思っていましたが、想定より早かった。それだけデス、少尉。アナタが気に病むことはありません」

 ジェスター中佐はアンヌ少尉の制服の首あたりにかかっているボタンを外した。

 「少しは呼吸が楽になるでしょう」


 「ちゅ、中佐……。早く……、早くテンゴンを追ってください……。私は助かりません。お見捨てください……」


 「勝手に自分の死期を悟らないでくだサイ。アナタの口からは血が出ていません。弾が肺に当たらなかった可能性が高いデス。で、あるなら、助かる見込みはまだありマス」

 ジェスター中佐はそう言いながら先ほど銃口を向けられていた部下の様子を確かめた。

 「彼も息はありますが、こちらのほうが重傷デスね。早く治療しなければなりません」


 「ちゅ、中佐……。のんきなことを言ってる場合では……。早く、船へお戻りください……。テンゴンを倒さなければ、次は船がやられます……」


 ジェスター中佐は立ち上がった。視線はテンゴン少佐が駆け込んだ森へ向けられている。


 「たしかに、グズグズできる状況ではありませんね。ですが、あなたたちを見捨てる意見に賛成はできません。あなたたちも船へ連れて行きます」


 「ど、どうやって……」


 「今回は取り引きするしかないでしょう」

 ジェスター中佐の答えに、アンヌ少尉は苦しみながらも困惑の表情を浮かべた。「取り引き……?」


 「皆さん、早く森から出てくだサイ。ワタシに攻撃の意志はありません」

 ジェスター中佐はライフルを遠くへ放り投げた。

 「ワタシは、あのテンゴンと敵対する者デス。少なくとも、今はアナタがたと争っている場合じゃないんデス」


 「気づいていたのか」

 森からひとりの男が姿を現した。エドの伯父、トマス・アキナイスだった。その背後から数名の男たちも姿を現す。


 「ワタシたちの船から小舟を奪い、そのまま浜まで向かうと思いましたが……。途中で降りて、森伝いにここまで来た、というところでしょうか」

 ジェスター中佐の言葉に、トマスは少し顔をしかめた。


……まるでお見通しのようだな……。


 「我々があなたを信じるとでも? あなたを信じるということは、我々を自由にしてくれる、ということになるでしょう?」

 トマスは慎重な様子で言った。表情には警戒心が色濃く表れている。


 「正直なことを言えば、アナタがたを自由にさせたくありません。デスが、そうは言ってられない状況にありマス。ワタシは部下の命を救いたい。アナタがたは安全に島から脱出したい。おそらく、お互いの目的を達するのに必要なものは船だと思うのデス。それも、あちらに見える戦列艦をかいくぐり、砂海へと漕ぎ出すことのできる船が」


 「船を与えてくれるということか?」

 トマスはつぶやくような声で尋ねた。まだ信用できない様子だ。


 「もちろん、簡単に渡すことなどできません。さきほど言ったように、ワタシは部下を救いたいのデス。あちらには、ワタシの高速帆船がありマス。あれなら、この浜を回った先にある外輪船までは一気に進めるでしょう。そこで取引デス。アナタがたにあの船を提供する見返りに、ワタシの部下を外輪船まで届けてくだサイ。無事、届けていただければ、高速帆船はそのまま差し上げマス。以後、アナタがたがどこへ向かおうとワタシたちは追いません」


 トマスは足もとに倒れているアンヌ少尉たちに目をやった。「救いたいというのは、このひとたちか」


 「すでに死んだふたりはここに残しマス。正直、連れて帰りたいところデスが……」


 それを聞いて、トマスの顔に驚きの表情が浮かんだ。冷徹な男だと思っていたが、さきほどの発言はあまりにも人間臭いと思ったからだ。


 「ライフルは捨てましたが、ワタシは剣を持っていマス。船に乗せてから、アナタがたに襲われるとしても、ひとりかふたりは斬り殺す自信はありマス。こちらを出し抜こうとするのはお薦めできませんね。願わくば、この取引については互いに出し抜こうなどの思惑は捨てませんか? こちらのほうが、ひっ迫していることは理解していマス。その状態にあるワタシが、アナタがたを罠にかけて拘束しようなど考えません。はっきり言って、得するところがないからデス。その点についてなら、ワタシを信用できないアナタでも納得していただけるのではありませんか?」


 「もし、あなたが我々を裏切ろうとすれば、重傷の味方に危害が及ぶ。それはあなたにとって損だと言いたいのですな?」


 ジェスター中佐はうなずいた。「理解が早くて助かりマス」


 しかし、トマスは左右に首を振る。

 「せっかくですが、あなたの提案を受け入れるのは難しい。理由は、あなたを信じられないからです」


 「ほう」


 「だって、そうでしょ? あなたは対応がコロコロ変わっている。最初、あなたは私たちを幽閉してあれこれ尋問してきた。結果として、あなたに有益な情報を提供できたとは思えない。そんな状態で私たちを自由にできるのですか? この現場もそうだ。あなたたちは同じ連合国の者で殺し合っている。味方を裏切っているんだ。そんな者を信用できるわけないでしょ?」


 「たしかに、そう思うのも無理ありませんね」

 ジェスター中佐は認めた。


 「ただ、ひとつだけ訂正させていただきましょう。ワタシは、真の目的、真の任務達成以外のことにこだわりがないのデス。もし、アナタがたを拘束することが果たすべき任務であるなら、ワタシは万難排してもアナタがたを拘束するでしょう。デスが、アナタがたへの拘束、尋問は、ある目的に必要な要素のひとつでしかありません。部下たちの命と天秤にかけるまでもない。ワタシはこういう状況であれば何度でも同じ提案を持ちかけるでしょうね」


 「真の目的のためなら態度や行動をコロコロ変えると……?」


 「本質は何かを理解していれば、言動がどれだけ変遷しようと、最後の最後はブレないものデス。そうですねぇ……。ワタシはウラジフ将軍とは逆だと言っておきましょうか」


 「ウラジフ将軍?」


 「百年前のエチミア王国の将軍デス。王国が倒れるきっかけになったウライクナ紛争で、相手国の首都を急襲する作戦を指揮しました。将軍は4日で勝てると踏んでいたが、相手の抵抗が激しく、数か月経っても勝てなかった。将軍は諦めることなく戦争を継続したため、エチミア王国の財政はひっ迫し、国民は飢えてしまった。けっきょく、王国は国民の反乱によって倒れるのデス。将軍の失敗は、『短期決戦』というミッションに対し、それが果たせなかった場合の行動を決めていなかった、ということデス。ワタシなら、短期決戦が果たせなかった時点で軍を撤退させ、国に和戦交渉を委ねたことでしょう。『短期決戦』というミッションに、『戦争継続』という選択肢は存在しませんからね。将軍にはそれがわかっていなかった」


 ジェスター中佐はトマスやその部下たちの顔を順に見渡した。

 「ワタシは今、瀕死の部下を抱えてマス。彼らを放っておいて、アナタがたを拘束する選択肢はありません。それこそウラジフ将軍の二の舞デス。ワタシはたしかに、言動はコロコロ変わります。ワタシにとって、朝令暮改は当たり前なのデス。ただし、それは根幹となる目的を見失っていないことが前提なのデス」


 「……つまり……、あなたは私たちに任務の詳細は見せていないし、話すつもりもない。それが守られている限り、私たちの処遇にこだわりがないということですか?」


 「その通りデス」


 トマスはここでようやく目の前にいる男のことを少し理解できたように思った。この男は、あくまでも『冷静』だ。そして、軍人にありがちな虚栄心を持たない。彼は自身の手柄にさえ頓着していないのだ。


 「……わかりました。いえ、やはり、まだ、私はあなたを信用しきれない。ですが、この状況を乗り切るために、一時的でも手を組む必要があるということは理解しましょう」


 「感謝しマス」

 ジェスター中佐は頭を下げた。

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