――離反の銃声――
「本来、追っていたものとは違うが赤い竜魂石は手に入れられた。ひとまず、ジェスター中佐に報告する」
アンヌ少尉はポケットに石をしまいながら部下に言った。
「中佐は今どちらに?」
「この浜の奥だ。あそこに漁船と違う帆船が見えるだろう?」
アンヌ少尉の指さす方角を、部下たちは目をこらした。
「ああ、我々がずっと曳航してきた船ですね。あそこにあったのですか」
「あちらで、中佐が作業中のはずだ」
アンヌ少尉が歩き出すと、ひとりの兵が話しかけた。「少尉。この男はどうしましょう?」
その兵士はエンリティクをずっとテーブルの上に組み伏せていたのだった。
「あちらの漁船を見張っている共和国兵に引き渡しておけ。我々にはもう、この男に用はない」
「はっ」
指示を受けた兵士はエンリティクを縛り始めた。
アンヌ少尉はふたたび歩きはじめたが、すぐに足を止めることになった。背後が騒々しくなると、森から数名の男たちが飛び出してきたのだ。
「これはいったい……」アンヌ少尉は困惑の表情を浮かべる。現れたのはテンゴン少佐と共和国兵士たちだったのだ。
テンゴン少佐も驚いたように足を止めた。「き、貴様は! お、おい、今まで何をしていた? なぜ、ここにいる?」
アンヌ少尉は一瞬不快の表情になったが、すぐにそれを隠した。何食わぬ顔で、「少佐の要請通り、島の捜索を行なっていたところです。竜を連れていた少女は見つかっていませんが、ご覧の通り、拘束を免れた島民をひとり、確保いたしました。ちょうど貴軍へ引き渡すところです」と、表向きの答えを言った。
テンゴン少佐は、その答えではじめてエンリティクの存在に気づいたようだった。
「こ、こいつが……」
「アンバサルの島民、エンリティク。そう名乗りました」
「そ、そうか……」
テンゴン少佐は背後を気にしながらあいまいにうなずく。聞いておきながら話半分にしか聞いていない様子だ。
「お。おい、ジェスター中佐はどこだ? どちらにおられる?」
テンゴン少佐は言い直しながら質問を続ける。アンヌ少尉は表情こそ穏やかながら、少しいらっとしてきた。
「中佐は作戦用の船で作業中です。この浜の奥に帆船が小さく見えますでしょう? あちらにおられるはずです」
「そ、そうか……。ああ、君。非常事態だ。我が軍の竜が倒されてしまった」
「炎竜が……、倒された……?」
さすがに、アンヌ少尉も驚きを隠せなかった。
「逃げ出した小娘が連れていた竜のしわざだ。あの竜、炎竜よりも小さいくせに炎竜よりも強かったのだ」
なんてことだ。アンヌ少尉は正直にそう思った。
シィナ共和国の預かりになっているが、炎竜は連合の貴重な戦力だ。ただ、竜を実際に戦争で運用したことはなく、その軍略的な扱いについてはこれからの課題だ。それだけに、竜の戦場使用は慎重な判断が求められるのだが、この男はむざむざ失ってしまったのだ。
「くそっ、くそっ、くそっ! あれが……、あのとき、赤い竜魂石さえ手もとにあれば、エ―3号が負けることもなかったのだ!」
「あ、赤い竜魂石だと……!」
縛られて自由に動けないエンリティクは怒りの形相で大声をあげた。
「お、お前も、あの石を狙っているのか!」
エンリティクは怒りの目を、アンヌ少尉とテンゴン少佐へ交互に向ける。アンヌ少尉は顔色を変えた。
……こいつ! ここでなんてことを!
顔色を変えたのはアンヌ少尉だけではなかった。同時に、テンゴン少佐も険しい表情に変わったのだ。
「……お前、も……。きさま、『お前も』と言ったのか?」
テンゴン少佐はアンヌ少尉に目を向ける。その表情を見て、アンヌ少尉は思わず自分のポケットに手をあてた。とっさのことで、反射的な行動だった。
アンヌ少尉の部下も、テンゴン少佐の部下も、事態をまるで飲み込めていなかった。わかっていたのはアンヌ少尉とテンゴン少佐のふたりだけだった。
テンゴン少佐は腰から銃を抜くと銃口をアンヌ少尉に向けた。アンヌ少尉もまた、自分の銃に手を伸ばす。
銃声が浜に響き渡り、アンヌ少尉は仰向けに倒れた。テンゴン少佐は続けて3発、銃を撃った。
1発ごとにアンヌ少尉の部下たちも浜に倒れ、呆然としたエンリティクだけが残された。
「て、テンゴン……少佐……。ゆ、友軍への攻撃は……じゅ、重大な……」
アンヌ少尉は胸から血が流れ出していた。それでも、うめきながらテンゴン少佐へ抗議の声をあげる。
「黙れ、小娘が」
テンゴン少佐はふたたびアンヌ少尉に銃口を向けた。しかし、銃からはカチンという音がするだけで弾丸は放たれなかった。さっきの発砲で撃ち尽くしていたのだ。
「ちっ。おい、こいつらはお前たちでとどめをさしておけ。それと、あの船にジェスターがいる。あいつも殺せ。漁船の見張りについている者も連れて行け。それだけの人数であれば、あの男も仕留められるだろう」
テンゴン少佐はアンヌ少尉のポケットをまさぐった。さっきのしぐさから、石のありかに見当をつけたのだ。そして、見込み通り石を見つけ出すと、満足そうにそれを空にかざした。
「赤い竜魂石……」
しかし、急に真顔になるとテンゴン少佐は石を手に森へ向かった。一本の樹の根元に石を置くと、腰からナイフを2本取り出す。
「念のため確認しなければな」
テンゴン少佐は金属製のナイフの刃先を石に押し当てたが、すぐに離した。こんどは刃が白いナイフの刃先を押し当てる。すると、赤い石は「パキン」と乾いた音とともにふたつに割れてしまった。
「金属のナイフは通らない。竜の牙のナイフならば切ることができる……。間違いない。こいつは竜魂石だ」
確認できたことにテンゴン少佐はふたたび笑みを浮かべた。これまで見せていた焦燥の表情は完全に消え、ふてぶてしいとさえ言える挑戦的な笑顔だ。
「しょ、少佐。こ、この竜はどういたしましょうか?」
まだ事態が飲み込めていない兵士がアンヌ少尉を指さしながら尋ねる。兵士の指す先には、小さな黒い竜がアンヌ少尉の身体に取りすがって鳴いていた。いかにもアンヌ少尉を心配するような弱々しい声だ。
「エチミア側に送られた竜だろう。竜は懐いた者を裏切らないが、そうでない者には襲ってくる。惜しいが、ここに捨て置け。どうせ、こちらの思い通りにはならん」
「では、少佐。あっちはどういたしましょう?」
別の兵士が浜を指さしながら尋ねる。いつの間にかエンリティクが砂海へ向かって駆けだしていたのだ。両腕を縛られているうえに、柔らかい砂浜なので、その逃げ足は速くない。
「始末しろ」
テンゴン少佐の指示は短かった。
すぐに銃声が響き、エンリティクは砂浜に倒れた。
「ひとりは船へ戻り、至急、エチミアの船を砲撃させろ。やつらがここに来た痕跡はひとつ残らず消し去るのだ」
テンゴン少佐は沖にある戦列艦を指さしながら指示を出した。樹の根元に転がる、今やふたつになった赤い竜魂石をつまみあげる。
「俺はこれから向こうの浜に戻る。うまくいけばエ―3号を復活させられるかもしれん。お前たちは邪魔者たちの始末、しっかりつけろよ。いいな!」
テンゴン少佐は残りの部下にも指示を出すと、ひとり森へ戻っていった。興奮したように顔が紅潮している。テンゴン少佐は今、自分の思いつきに夢中になって、友軍を攻撃したことに何の感情も浮かんでいなかったのだ。いや、わずかに、ジェスター中佐も赤い竜魂石を狙っていたことに不快感を抱いているぐらいだ。
……まぁ、いい。船を沈めてしまえば、もう島から逃げることもできん。ジェスターも砂海に沈めて、こちらの計画を進めるだけだ……。
テンゴン少佐は足音も荒々しく、森を進んでいった。




