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断罪竜と片翼の巫女  作者: 磯路れゔーる
第4章 ユティーの作戦

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――激闘――

 「やれぃ、エ―3号! 目の前の赤トカゲを焼き尽くせ!」

 炎竜のかたわらにはテンゴン少佐が得意満面の表情で叫んでいた。人間が持ちうる、最強の『兵器』を携えていることに、完全に昂揚しているのだ。


 炎竜はゆらりと身体を揺らすと一歩、アズライグに向けて踏み出した。アズライグは頭を低くしながら炎竜を見つめる。


……知性が乏しいのは哀しいな。こんな下等な連中にいいように使われるとは……。


 炎竜はぐっと首を下げた瞬間、口を開きながら頭をつきだす。口からは真っ赤な炎が噴き出し、アズライグに襲いかかった。


 「ガッ!」

 アズライグも同時に口を開き、炎を吐き出した。2頭の竜が放った炎はぶつかり合い、渦になって天へ昇った。


 「な、なんだと!」

 テンゴン少佐の表情が驚愕に変わる。「炎を炎で相殺した?」

 少し動揺したが、すぐに気を取り直す。「エ―3号! お前の巨体で踏み潰せ! やつはお前の半分程度の大きさだ。力押しで勝てる!」


……たしかに、のしかかられたら厄介だな。私より重量があるのは間違いない。

 アズライグは炎竜の脇で気勢をあげるテンゴン少佐をちらりと見ながら思った。


……しかし、こちらを舐め過ぎている。作戦や指示をこちらが聞こえるところで叫ぶとは。私に、人間の言葉がわからぬほど知性が低いと考えているのか?


アズライグは立ち上がると、突進する炎竜の頭を受け止めた。炎竜はなおもアズライグにのしかかろうと上体を起こしかけたが、アズライグは炎竜の頭を上から殴りつける。


 「な、なんだ?」テンゴン少佐はわけがわからない表情でつぶやいた。


……作戦がわかってて好きにさせるはずがなかろうが!

 アズライグはなおも炎竜の頭を殴り続けた。炎竜の頭は砂浜に埋もれていく。頭が完全に埋まったと思われた瞬間、炎竜は思いきり上体を天に振り上げた。さすがにアズライグの身体も飛ばされて砂浜へ倒れた。


……思った以上に頑丈だ。知性は並みの炎竜よりかなり劣っているが、体力は並み以上だな。おそらく……。


 起き上がりながら、アズライグはテンゴン少佐に視線を向けた。

……生まれてまもない幼体を、竜魂石で無理やり成長させたな……。


 続けて炎竜に視線を向ける。

……哀れだ……。自分が何者か理解できず、ただ使役されるだけとは……。こんな未熟者は……。


――一瞬で殺せる。


 しかし、アズライグはそうしたくなかった。竜同士が人間によって争わされ命を落とす……。これほど愚かしいものはないと思ったのだ。


……こっちの意図を理解できるだけの知性があれば、この場をどうにか誤魔化すことも可能だろうが……。

 のしのしと進んでくる炎竜を見ながらアズライグは考えた。


……とにかく、こいつを眠らせる以外に道はないか!

 アズライグは咆哮するように口を開けると炎を吐き出した。炎はまっすぐに炎竜へ向かったが、炎竜もまた口を開いて炎を吐き出して防いだ。


……ほう……。『学んだ』か……。


 もともと炎竜は地竜よりも上位で、多少の知恵もある。地竜以上に人間の言葉も理解できるのだ。本来は幼体であっても炎竜の知能であれば、アズライグの攻撃を学ぶことはできる。


……だが、まだまだだ。


 ふたたび突進する炎竜の頭をアズライグは両腕で受け止めた。勢いに乗る前に抑えたので、両者はそこで動きが止まった。


 「い、今だ! やれー!」

 テンゴン少佐の命令とともに、周囲からわらわらとシィナ共和国の兵士たちが手に手に槍を持って迫ってくる。


……あれは!


 アズライグは瞬間的に悟ったが、炎竜を押さえている状態では思うように動けない。長い尾で数人を弾き飛ばしたが、それをかいくぐった数人から槍を突き立てられた。


……ぐぅっ!


 兵士たちが手にしていた槍はありきたりの細いものだった。しかし、その弱そうな槍がアズライグの腹や背中に突き刺さっている。


……やはり、竜の牙の槍! こいつらめ……。


 竜のうろこには奇妙な、相克に近い特性がある。

 竜のうろこはたいていの金属では貫けないし、破壊するのが難しい。絶対ではないが、かなり困難である。それにもかかわらず、竜の牙は簡単に刺し貫いてしまうのだ。一方で、竜の牙はすべてを貫けるわけでなく、硬度の固い金属には貫けないものがある。


 竜を狩る者は、この特性を理解し、竜の素材で造ったものを武器にしている。竜素材の武器は竜相手には通用するのだ。


 「フン!」

 アズライグは鼻息を荒く吐き出すと、群がる兵士たちを尾で打ち払った。兵士たちは槍から手を離して砂浜へと落ちる。そして、起き上がるや我先にと逃げ出した。槍がなくては戦えないと判断したのだろう。


 アズライグは炎竜を押さえながら、刺さっている槍に目をやった。


……ふん、痺れ薬を塗ってあるのか。もともと捕獲用に用意したものだな。だが、この程度の量なら大して影響はない。


 アズライグはふたたび炎竜に視線を向けた。炎竜は鼻息荒く、どうにかしてアズライグを押し倒そうと力を入れている。


……そこまで私に対抗心を向けるか。

 アズライグはぐいっと頭を引くと、勢いつけて炎竜の頭に頭突きした。ゴツンと岩同士がぶつかったような音が響き、炎竜の口からうめき声と小さな炎が漏れた。炎竜から押す力が弱まる。


 アズライグはその瞬間を見逃さず、炎竜の頭を跳ね上げた。上体もわずかに持ち上がり、前肢が宙を踏もうとバタバタと動く。


……これでどうだ?

 アズライグはその前肢の一本をつかむと、胸の前で抱きしめる。すると、ボキリという音が響いた。アズライグは両腕で前肢を折ったのだ。


……四つ脚の竜が脚を折ったら自由に動けまい。さすがにおとなしくなるだろう。

 アズライグは数歩下がりながら炎竜を見つめた。炎竜はうめき声をあげながら、砂浜にあごをつけるように倒れこんだ。すぐに立ち上がることもできない様子でうめき声をあげ続けるだけだ。


……終わったか。

 アズライグは身体に刺さった槍を抜き捨てながら思った。こいつのおかげで人間に手傷を負わされた。この礼はきっちりとしなければならない。

 アズライグは離れたところで様子を見ていたテンゴン少佐に怒りの目を向けた。テンゴン少佐は「ひぃっ」と悲鳴をあげて数歩後ずさる。竜の目に殺意が宿っていることが、この男でもわかったのだ。


 アズライグは炎竜を避けて一歩踏み出した。しかし、これがこの竜にとって一番の隙となった。倒れていた炎竜がいきなり身体をあげ、アズライグめがけて躍りかかったのだ。


……馬鹿な! こいつ……!


 炎竜にのしかかられながら、アズライグの視線は炎竜の前肢に向けられていた。折れた前肢から骨が皮膚を破って突き出ている。炎竜は折れた前肢を踏ん張って身体を跳ね上げたのだ。


……なんて執念だ。自ら前肢を捨てて攻撃するとは!


 力に自信のあるアズライグでも、炎竜の全体重を押し返すことはできなかった。どおんと砂を巻き上げながら、アズライグの身体は砂浜に押し倒されてしまった。


 アズライグを押さえつけた炎竜は大きく口を開き、アズライグの目の前で炎を噴き出そうとしている。


 「やった! 仕留めたぞ!」

 テンゴン少佐が歓喜の叫びをあげた瞬間だった。


 アズライグと炎竜の間に白くまばゆい光が見る者の目をくらませた。光はひと筋の線となって炎竜の首から天へと消えていく。


 竜たちのもとへ駆け寄ろうとしてたテンゴン少佐や周りの兵たちも足を止め、自分の腕や手で光を防いだ。今、何が起こったのかわかった者など皆無だ。


 2頭の竜に動きはなかったが、先に動いたのは炎竜だ。炎竜の身体は左右に揺れると、やがて、どうと音を立てて砂浜に倒れこんだ。先ほどと違い、うめき声も聞こえない。炎竜の首筋には小さな穴があり、そこから血が流れ出していた。


 アズライグは炎竜の身体を押しのけると、その場から立ち上がった。そして、動こうとしない炎竜を静かに見下ろす。


……自らの脚を犠牲にしてでも戦うお前に敬意を表して、少し本気を出した。だが、もっと早く本気を見せれば良かったのかもしれぬ……。


 アズライグは炎竜を見下ろしながらそう思った。

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