――『足』を奪え――
ユティーは壁まで歩くと、あちこちを撫でるように検めだした。船虫たちが集められた部屋は薄暗いものの、夜目が効くらしく、ユティーはたちまち壁を開けるレバーを見つけ出した。
ユティーがレバーを引くと、がたがた音を立てながら壁が開き、砂海の景色が広がった。通常はここから機動兵が船虫に乗って出撃するのだ。
ユティーは囲いを外すと、船虫たちをそっと開口部まで追い立てた。
「さ、行って」
解放された船虫たちは次々に砂海へ飛び込んだ。すぐさま砂海にもぐり込み、姿が見えなくなる。
ユティーは最後の1匹だけ、手綱をかけた。「ごめん、キミだけわたしを送ってもらえないかな?」
人間に飼いならされた船虫はユティーに逆らうことなく彼女を乗せて砂海へ降り立った。仲間のようにもぐることはせず、砂海の上を滑るように進み始める。
「次の船までお願い」
ユティーは船虫にささやいた。
次の戦列艦にたどり着くと、ユティーはここまで乗せてくれた船虫に手を振った。「ありがとう。仲間のところに行って」
ユティーは戦列艦のわずかな継ぎ目を手がかりに甲板までよじ登った。脚の力はほとんど使わず、腕の力だけだ。
甲板の手前で、ユティーは向こうの様子を慎重に確かめた。この船では先ほどのような混乱がなく、比較的静かだった。それでも慌ただしく行き交う足音が聞こえ、甲板には多くの兵士がたむろしているのが感じられたのだ。このまま甲板に乗り込むと、すぐさま見つかってしまうだろう。
……でも、まずは船虫たちを逃がさないと。そうしないとエド君を連れ出せても、船虫の機動力でたちまち追いつかれてしまう……。
ユティーはまず敵の『足』を潰しにかかっていたのだ。戦列艦の砲撃は脅威だが、逃げる場合はどうにかなる。砂海は水のようにスクリューで進むのが困難だ。戦列艦の船体は砂海の上では安定して転覆の危険は少ないが、追いかける『足』はないのだ。
だから、戦列艦では機動性の問題を、船虫を利用した機動歩兵隊を組織することで解決しようとした。彼らの圧倒的な機動性は、武装と防御力の貧弱さを補ってあまりあるほどなのだ。
――アズちゃん。二つ目の船が見える?
ユティーは心のなかで問いかけた。
――見えている。ちょうど、その船がよく見える位置だ。やつら、船体を横に向けようと躍起になっている。砲門をこちらに向けるつもりなのだろう。
――アズちゃんを大砲で攻撃するつもりなんだ。防ぐことはできる?
――縛めを解け、ユースティティア。そうすれば、あんな船、一瞬で破壊してみせる。
竜の呼びかけにユティーはすぐ返事しなかった。やがて苦しそうな声が竜の頭に返ってきた。
――ごめん、アズちゃん。わたし、こんな状況になってもアズちゃんにあの力は使わせたくないの。許してくれなくても、わかってくれなくてもいい。でも、これがわたしの意志。絶対、これだけはしないという……。
――そのことで小僧が救えなくなってもか。
――いじわる言わないで、アズちゃん。わたしは決めたの。アズちゃんにあの力は使わせない。あの罪は二度と犯さないって。そのうえでエド君を助け出す。やり遂げてみせるって。
――私はお前が理解できぬ。なぜ、こんな苦労をする? あの小僧を助けたところで、お前の使命の役には立たぬ。私への縛めを解かぬこともだ。どちらもお前の益にならぬのだ。それなのになぜ?
――損か得かで考えたら、わたしはきっと馬鹿をやっていると思う。でもね、アズちゃん。わたしは今、こうすることで実感が持てているの。
――何をだ?
――わたしは今、ここで、この世界で生きているって。
竜は少し黙った。やがて、重々しい口調で語りかけた。
――やはり、私は理解できぬ。人間がよく口にする『合理性』とは相容れぬではないか。だが、これがお前の生きる道なのだということだけはわかった。そのほかのことも理解するように努めよう。だから教えるのだ、ユースティティア。私は次に何をすればいい?
――……ありがとう、アズちゃん。もし、相手が大砲を撃ってきたら砂海へ逃げて。この船は俯角がとれない造りだから、船の真横まで進んだら大砲で攻撃できなくなる。
――ついでに船をつかんで揺すぶってやるか? これぐらいならしてもいいだろう?
ユティーは思わず笑みを浮かべた。
――いいわ、アズちゃん。でも、やりすぎには注意してね。この船にはわたしも乗り込むんだから。
――留意しよう。ユースティティアも決して無理はするな。自分の命を守ることを最優先にするのだ。いいな?
――うん、気をつける。
彼らは念話を終えた。
ユティーが耳をすますと、甲板の上が急にざわめき出し、その騒ぎ声は遠ざかっていった。竜が行動を起こし、甲板上の兵士たちがそれに釣られてユティーのいる位置とは逆側へ集まったのだ。ユティーは周囲の気配がなくなったと確信すると甲板まですばやく昇りきった。船の構造はさっきと同じものだ。ユティーは迷うことなく船内に忍び込み、同じように船虫が飼われている部屋へ忍び込んだ。
ユティーのやることは先ほどと変わらない。兵たちに気づかれないよう船虫を解放する。それだけだ。開口部から逃げ去る船虫を見送っていると、砂海の上に留まっている個体が目についた。さっき、ユティーを乗せた船虫だ。
「え? キミ、仲間のところへ行かなかったの?」
ユティーはこの船で別の船虫を仲間にするつもりだったが、その手を止めて砂海で控えている船虫に話しかけた。その船虫は触覚をひらひら動かして、まるでユティーを手招いている様子を見せる。
「もう少し手伝ってくれるの? ありがとう」
ユティーは船虫に微笑みかけると砂海へ飛び降りた。
* * * * * * * * * *
「高速機動隊の足を失わせる……。本当にそんなことを……」
アンヌ少尉は信じられない顔でつぶやいた。
「同時に、船虫を使ってエド君のいる船まで迫るつもりでしょう。船虫を解放するのは、たとえエド君を奪還できても、高速機動隊にすぐ追いつかれてしまいますからね。そこで、彼らの足を使えなくしてしまえば、小回りの利く小型船で逃げられマス。船虫を失えば、こちらで一番速いのはワタシたちの外輪船。ですが、外輪船が速いと言っても、せいぜい10ノット。高速帆船であれば振り切られてしまうでしょうね」
ジェスター中佐はそう言いながら浜を眺めた。ちょうど、竜が身体の向きを変え、浜から砂海へ身体の半分をもぐり込ませたところだ。二番艦の兵士たちから慌てふためく声が聞こえ、そこからライフルを撃つ音が聞こえてきた。竜が自分たちの船を襲おうとしている。そう思ったのだろう。
「高速帆船? 彼らの船は高速帆船なのですか?」
「いいえ。普通の小型帆船デス。ですが、この島にあるじゃないデスか。外輪船よりも速く砂海を進めるものが何艘も」
「あ……」
アンヌ少尉は思いついて顔をしかめた。「中佐がこの島へ乗りつけた船……。そして、漁師たちの外洋帆船!」
「あれはまだ、この砂浜に停留したままデス。ほかに漁師たちの船も並んでいます。マストの折れた自分の船は諦めて、適当に調達すればいいわけデス。漁師の船もなかなかスピードの出そうなものでした。外洋に出るだけあって、竜一頭乗せても問題ないぐらいの大きさはありマス。もちろん、戦列艦3隻に外輪船の囲みを突破して逃げるのは容易じゃないと思いマスが、竜で混乱を起こせば逃げ出すスキは充分に作れるでしょう」
「それが、ユティーという少女が考えている作戦……」
「あくまで想像デスがね」
ジェスター中佐はスタスタと歩いて、1艘の船に手をつけた。『トール・マジェスト』が乗りつけた高速帆船だった。
「さて、この船はワタシのお気に入りなんデス。万が一、彼らに乗っ取られたらたまりません。ワタシはこの船が盗られないように細工をしておきマス。少尉は森で探索している部下たちと合流して次の指示を与えてください。彼らにはまだ、島でやってほしいことがありマス」
ジェスター中佐はアンヌ少尉にひそひそと次の指示を出した。
「かしこまりました」
アンヌ少尉は敬礼すると森へ駆け出した。
ジェスター中佐は帆船に乗り込むと、浜に目をやった。そこにはテンゴン少佐が竜魂石を手に呆然と立ち尽くしている。ジェスター中佐からアドバイスされたが、それを実行するべきかどうか迷っているようだ。その間に、状況が刻々と変化していることにも気づいていないらしい。
「こういうことも決断できませんか。まぁ、想定内ですからいいんですけどね」
ジェスター中佐は帆をマストから外しながらつぶやいた。




