――もうひとつの伝承――
「おじさんの……役目……」
エドは呆然とした表情でつぶやいた。理解が追いついていない様子だ。
エドの表情を見て、トマスは一度目をつむった。やがて、決心したように両目を見開く。
「エド……。これから話すのは、お前にとってさらに意味不明に聞こえるかもしれない。しかし、しっかりと聞いてほしい。これは、お前にとっても無関係の話ではないのだから。ただ、スケールが大きすぎるだけだ。この世界にかかわる話だからな」
「おじさん……」
「はるか昔、このトロイア大砂海は砂海ではなく、固い大地だった。それが、あることがきっかけでこのような砂海へと姿を変えてしまった……」
エドは困惑を隠せなかった。伯父が今、話し出したことは、アンバサルの長老が集会場で話していた『断罪竜』の伝承と同じだったからだ。しかし、エドは伯父の話をさえぎることなく続きに耳を傾けた。
「……当時、このあたりは『トロイア帝国』と呼ばれる巨大な国家だった。今とは比べものにならないほどの高度な文明を持ち、繫栄していたという。帝国が強大で繫栄していた理由は、『竜具』と呼ばれる兵器を持っていたことだ。『竜具』とは竜を素材にして造られていたとされる。現代でも、竜のうろこや牙を素材にして、よろいや剣が造られているが、『竜具』はそれをはるかにしのぐものだったと言われる。正直、それが具体的にどういうものかは私も知らない。しかし、その破壊力はすさまじいもので、周辺国は『竜具』の力に、なすすべもなく滅ぼされていった……」
エドは驚いた。アンバサルの長老から聞かされたものと違う話が語られだしたからだが、それよりも、商人でしかない伯父がこんな話をしだしたことに驚いたのだ。
「その『竜具』を動かすにはあるものが必要だった。それは『竜魂石』……。お前に預けたネックレスに埋め込まれた石と同じものだ」
「竜魂石!」
エドから思わず声が漏れた。「あれは……、竜魂石のネックレスだったんですか!」
トマスはエドの顔を見上げてうなずいた。「そうだ」
絶句するエドに、トマスはふたたび話し始めた。
「この世には、何種類かの竜魂石が存在する。もっとも多くみられるのが黒い竜魂石だ。竜魂石は砂海の底で採れる石を割ったときに見つかる。見つかった瞬間は赤く輝いているが、空気に触れるとすぐ黒く変色する。どんな金属でも砕くことができないが、なぜか、竜の牙でのみ破壊できる。竜の牙は決して、どの金属よりも硬いわけではないのだがな。黒い竜魂石は硬いばかりで加工に適さず、見つかるものもたいていが小さい。商売人には何の価値もないな」
トマスは冗談のように言って少し笑った。
「しかし、空気に触れても変色せず、赤く輝いたままのものが存在する。赤い竜魂石。これは希少だが、まれに見つかるものだ。砂海の島々で暮らす人びとには不吉をもたらすと恐れられている。おそらく、『竜具』の恐ろしさが赤い竜魂石と結びついて語り継がれたのだと思う。そう、『竜具』は赤い竜魂石で動くと言われるのだ」
「赤い竜魂石……。黒い竜魂石では『竜具』は動かせなかったのですね?」
「私も『竜具』というものを見たことがないからね。あくまで伝承ではあるが。ただ、竜魂石が赤いだけでは『竜具』は完全に動いたわけでないらしい。『竜具』が威力を発揮するには、透明度が高く、そして、一定以上の大きさが必要だと言われているのだ」
エドは急に理解できた。
「ぼくが持っていたネックレス……。あれに埋め込まれていた石が、『竜具』を動かすのに適したものだったんですね?」
トマスはすぐ返事しなかった。ここまで話しておきながら、続きを話すのをためらっているようだ。
「おじさん……?」
「エド……。竜魂石にはいくつか種類があると言った。黒い竜魂石。赤い竜魂石。純度が高く、大きな竜魂石。そして、それに人工の竜魂石が加わるのだ」
「人工の竜魂石?」
「トロイア帝国の文明は、それを可能にしていたのだ。もちろん、その製造法など私は知らん。ただ、あれが造られるようになったのは、『竜具』を安定して運用するためだと思う。そして、その材料となったのも……やはり、竜だった」
「竜魂石の材料が……竜……」
「帝国がどのように竜を狩っていたのか、伝わっていない。しかし、大量の竜が殺され、『竜具』となり、または竜魂石に加工された。当時でも、竜を殺し過ぎることはタブーとされていた。人間と竜との関係は、殺し殺されるものであっても、殺戮するものではなかったのだ。しかし、当時の帝国はそれを侵した……」
「その帝国が滅んだのは……」
「竜の怒りを買ったのだ、帝国は。あるとき、天から一頭の巨大な竜が舞い降り、帝国に襲いかかった。帝国は『竜具』で対抗しようとしたが、その竜の力はそれらを上回るものだった。帝国は完全に焦土となり、その土地は大砂海へと変わってしまった。竜を利用した帝国は、竜によって滅ぼされたのだ。その竜はのちに『断罪竜』と呼ばれた。ただ、帝国を滅ぼしたあと、その断罪竜がどうしたのか、どうなったのかは伝わっていない」
アンバサルの長老と多少異なるが、結末については話が一致した。エドは伯父の話が単なる伝承ではなく、真実なのではと思い始めていた。
「ここまでは伝承としての話だ。わかってもらえたか?」
エドはうなずいたが、伯父の物言いに違和感を抱いた。「わかりましたが……」
「ここから現在の話をする。私は、いや、我が一族は、帝国が犯した愚を二度と犯さないよう『竜具』や赤い竜魂石の探索を行なってきた。我が家系が商人をしているのも、世界を巡り、その目的を果たすためだ。同じ役割を持つ者は私のほかにも存在し、私は同志たちとともに活動していた。
今から少し前のことだ。私たちの耳に不穏な情報が入ってきた。サンドレイクに、あるものが見つかったという。見つけたのはトリポリ王国の探検家……、ベルン・ランドルフという男だ。彼が言うには、あれはトロイア帝国の遺物でないか、とのことだった。彼がそう考えた理由は、その遺物はこれまで見たこともない機械的なものだったこと。そのくせ、あまりにも古く傷んでいたことだった。エド。お前に預けたネックレスは、その遺跡で見つかったものなのだ」
「あれが……」
「実は、ランドルフもまた、私と同じ使命を持つ者だった。彼は、あれが『竜具』でないかと考えた。それで、あのネックレスを遺物から外し、砂海に捨てようとした」
「でも、捨てられなかった……」
「ネックレスは砂海に沈んだが、すぐ浮かび上がった。いや、どういうわけか、宙を漂って遺物に向かったというのだ」
「あれが? まさか?」
「そうだな。お前が疑問に思うのも無理はない。私があれを手にしたときも、そんな力があるようには見えなかった。しかし、明確に捨てたりすると、あれは自ら意志を持ったように動き出すようなのだ。そして、その行き先は……」
「『竜具』と思われる遺物……ということですね?」
「ああ。ランドルフは竜の牙で造られたナイフを所持していた。捨てるのが叶わないのであれば破壊すればいいと、あの石にナイフを突き立てたのだが、ナイフのほうが砕けたそうだ。石には傷ひとつつけることもできなかった」
「おじさん……。たしか、竜魂石は竜の牙でないと破壊できないって……」
「そうだ。しかし、あの石は、竜の牙ですら受け付けなかったのだ。捨て去ることも、破壊することも叶わない赤い竜魂石……。私は、あれが伝承にあった『人工の竜魂石』なのだと確信している」
人工の竜魂石。『竜具』のために生み出された、兵器のためだけに存在する石……。
「あの竜魂石を処分する手段を失った彼は私に接触し、知恵を借りようとした。そのとき預かったのがあのネックレスというわけだ。私は、ネックレスが永遠に誰の手にも入らないよう、サンドレイクとは対極の地にあるドラゴロスまで運ぼうと考えた。あそこであれば、帝国や連合国もむやみに足を踏み入れたりはしないからな」
トマスは長い話を終えた。自分で話しておきながら呆然とした表情だ。
エドの額から汗が流れたのは、決して部屋が暑いからだけではなかった。
「おじさん……。シュメール帝国とカドワラドル連合国との間で戦争が始まった、って。きっかけはサンドレイクで軍事衝突したからだ、って……」
「そうだ。帝国も連合国も、あの遺物の存在を知っている。今回の戦争は、あれを手に入れたいがためだろう。『竜具』を復活させ、その力で世界を支配する……。目的も同じだろう。もともと世界の覇権をめぐって、互いを敵視していたからな。『竜具』が伝承通りの威力を発揮すれば、この世界の覇権を握ったも同然だろう」
「そんな大事な石を、ぼくに……」
「すまないな。今回の任務で、私はこの役目をお前に引き継ぐつもりだった。私には子どもがおらず、後継者となりえるのはお前しかいなかったからな。もっとも、お前の母カリーナは反対だったが」
「……母さんもおじさんの役目を……」
「もちろん知っていた。お前の父は知らんがな。あいつは我が一族とつながりがないから」
エドは伯父の肩をつかんだ。
「どうして。どうして、おじさんはこんな大事な話を今までぼくにしてくれなかったのです? 隠していい話じゃないでしょう?」
「わかっている……」
トマスの声は苦渋に満ちていた。エドはその声に、はっと感じて手を離した。
「今まで話さなかったのは、私の落ち度だ。本当にすまない。しかし、私もどう言い出せばいいか悩んだのだ。簡単に放棄できるような軽い役目ではない。しかも、いろいろな危険にさらされる。それに……、お前の夢も知っている。私の後継者となることで、お前の夢を壊してしまう……。そうすることが怖かった。言い出すことができなかったんだ……」
エドは、顔を覆ってうつむく伯父を苦悩の表情で見下ろすしかできなかった。伯父が使命感と自身の感情との間で揺れていたこと、それが今回のような矛盾に満ちた行動につながったのだとわかったからだ。伯父はエドの知らないところで苦しんでいたのだ。そう考えると、エドに伯父を責める感情は湧いてこなかった。
「おじさん……。ごめんなさい。おじさんの苦しみをわかってあげられず……、その、責めることを言って……。それに、記憶をなくしていたからと言って、大事なネックレスを簡単に手放したりして……」
「いや、そうすることで、お前は命をつないだのだろう? それ以外に選択するものがなかったのなら仕方のないことだ。私はそのことでお前を責める考えはないよ」
トマスはようやく顔をあげて甥の顔を見上げた。相手を気遣うような、優しい笑みとともに。
「でも、このままにするわけにいかないですよね。どうにか、ここを抜け出し、レンブラントさんからネックレスを買い戻さないと」
「取り戻す、ではなく、買い戻す、か」
「あれは、正当な取引で譲ったものです。取り戻すにしても、不義理な行動はしたくありません」
エドの答えに、トマスの笑みは苦笑に変わった。
「さすがエド。そこはブレないんだね……」
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そのころ、ジェスター中佐は拡声管の蓋を音を立てないようにそっと閉めたところだった。
「実に興味深い話でした。おかげで、次の方針も立てられマス……」




