――捜索――
「本国にはどう報告いたしましょう?」
中佐の部屋に向かいながら、アンヌ少尉はジェスター中佐の背中に話しかけた。ジェスター中佐は渡されたタオルで顔を拭きながら、少し不機嫌な様子だ。
「ありのまま報告しマス。ペーキン代表の指示で、テンゴン少佐がアンバサルを攻めたと」
「付帯情報はつけずに?」
「やつらも赤い竜魂石を探している、ということデスか? それなら、あまり気にすることもないでしょう。やつらが知っている赤い竜魂石の知識に、ワタシたちが知っているものはありませんでしたから。それに……」
ジェスター中佐は立ち止まると振り返った。
「島にある赤い竜魂石は、ワタシたちが探している物とは違いマス」
アンヌ少尉は首をかしげた。「どういうことです?」
「実は、その石をワタシも見てるのデス。大きさ、透明度。ともにワタシたちが求める物とはまるで異なりました。あれぐらいでしたら、ワタシたちが追うほどでもありません」
「では……」
アンヌ少尉は背後に目をやった。「例のものは、まだあの少年の手もとに……」
「それがね、腑に落ちないのデス。彼は集会場や浜辺で赤い竜魂石の話を一緒に聞いているのデスが、反応が鈍いのデス。話題の赤い竜魂石が、自分に関係あると思い至ってないのデス」
「つまり、赤い竜魂石は……」
「彼の手もとになさそうデスね。あれがどういうものか本当に知らなかったのか、あるいは伯父の命令を軽視しているのかはっきりしませんが、無くすか手放すかしたようデス」
ジェスター中佐はくるんと前を向くと、ふたたびスタスタと歩き出した。アンヌ少尉はすぐにその後を追う。「では、あの少年の尋問はどのようにいたしましょう?」
「直接の尋問に意味や効果がないかもしれません。その代わり、伯父に会わせてやりましょう。感動の再会デス。ふたりきりにしてあげるのデス。ただし、彼らの目につかないところに『耳』をつけるのを忘れずに。彼らの会話は一言一句聞き逃さないようにするのデス」
ジェスター中佐の指示する意味を理解したアンヌ少尉はうなずいた。
「承知いたしました」
指示を終えるときには、ジェスター中佐は自室の前に着いた。ドアのノブに手をかけると、アンヌ少尉がまだそばにいることに気づいた。「どうかしましたか?」
アンヌ少尉は、もじもじしながら視線をそらしている。
「あの、その、中佐……」
「何デスか?」
「また、あの道化の扮装に戻られるのですか?」
「もちろんデス。日頃から素顔を隠すことで、今回のような潜入作戦ができるのデス」
「……そうですか……」
アンヌ少尉の声は残念そうだった。実は、彼女はジェスター中佐の素顔『推し』なのだ。しかし、ジェスター中佐の美貌を目にした女性であれば、たいていはそう思うだろう。
「では、またのちほど」
ジェスター中佐はさっさと自室に入ってしまった。閉じられたドアの前で、アンヌ少尉はほんの少し立ち尽くしていたが、切り替えたように素の顔になると、ジェスター中佐の指示を実行するべく歩き出した。
ジェスター中佐が例の道化姿で姿を現したのは、それから間もなくである。どうやったのか、髪もこんもりした形に戻っている。その姿を見たアンヌ少尉は心のなかでため息をついた。
「捜索の応援に5名送りました」
うわべだけは平静に、アンヌ少尉は報告した。
「そうデスか。ま、簡単に捕まえられると思っていませんが、できればこちらに確保しておきたいデスね」
ジェスター中佐は沖の戦列艦に目をやりながら言った。
「中佐は、逃げた人物のことをご存知なのですか?」
「ワタシの目の前で飛んで逃げましたからね。風箏を見事に使いこなす、腕のいい風読み族の少女デス」
「……風読み……族ですか?」
「おや、少尉はご存知ありませんか? この大砂海に点在する島々には、それぞれの少数民族が暮らしていマス。風読み族は、風箏を操り、空を自由に飛びながら生活する、島の民のひとつデス」
「どの島に住んでいるのですか?」
「ここより北、大砂海の一番中心に近い島デス。島の名はたしか、アイオロスでしたか。交易のどの航路からも外れているおかげで、誰も近寄らない辺境の島デス。その島は火山島で、中央の火山には竜が棲んでいる、ということでしたね」
「竜と暮らしているのですか?」
「我が国でたとえれば、熊との関係と同じでしょうね。互いに棲み分けし、互いを干渉しない。共存とは違う生き方。そうすることで同じ島で一緒に暮らしていけるのでしょう。ただ……」
「ただ?」
「あの娘は竜を伴っていました。赤い翼竜デス。間近で見ましたが、種類は見当つきません。娘の言葉がわかるらしく、彼女の指示に従っていました。かなり知能のある竜デス」
「そんなこともあったのですか?」
アンヌ少尉は驚いた表情になった。
「娘が逃げられたのは、竜のおかげなのデス。ワタシはその場で目撃しました。あそこまで人間に尽くす竜を見たのは初めてデス。ワタシたちの17号ちゃんも、あのように育つといいのデスが」
ジェスター中佐はアンヌ少尉に顔を向けた。
「エド君はどうしてマス?」
「さきほど、『耳』を取り付けた船室を用意しました。間もなく、彼とその伯父を部屋に移すところです」
「それはちょうどいいデス。ワタシたちは彼らの会話を聞かせていただきましょう」
「娘と竜の件は?」
「娘の件は、捜索に向かった者たちにしばらく任せましょう。竜の件は放っておくほうが最良デス。あのテンゴンというのは、相当に愚かデスから、あの竜でひと騒動やらかすかもしれません。それは、こちらに好機が来るということを意味しマス。放っておくと言いましたが、監視の目はつけるようにしてください」
「はい」
アンヌ少尉は兵士のひとりを呼ぶと、すばやく指示を出した。兵士が立ち去ると、アンヌ少尉は船の扉のひとつを開けた。「中佐、こちらです」
* * * * * * * * * *
「おおい、見つけたぞ」
シィナ共和国の兵士のひとりが手を大きく振って仲間に報せた。
「どうした?」駆けつける仲間に、さっきの兵士が樹の上を指す。「凧だ」
兵士が指さす先に、三角型の布が樹の枝からぶら下がっていた。ユティーが操る、風箏に間違いない。
数名の兵士が、樹上にライフルの銃口を向けながら上を指す兵士の周囲に集まった。
「どうだ? いるか?」
「いや……、いないな。凧だけを置いて逃げたらしいな」
兵士のひとりが銃口を周囲に向けながら一歩進むと、足もとからガサガサと音が聞こえた。
「何!」
次の瞬間、銀色の平べったいものが森の地面を滑るように駆け出していく。兵士は思わずそれに発砲した。
「おい、よせ。無駄玉になる」
仲間のひとりがその兵士の肩をつかんだ。「あれは船虫だ」
船虫は森に溜まった落ち葉のなかに潜んでいたのだ。兵士が近づいてきたので逃げ出したのだろう。
「船虫ぐらいでビビんなよ」別の兵士が、からかうように言う。「あいつらが森に潜むぐらい、当たり前じゃねぇか」
大砂海に暮らす船虫は、森のある島に上陸する習性をもつ。彼らの主なエサは砂海に棲む小さな虫だが、森の落ち葉もエサにしていた。また、落ち葉の下に潜むことで、外敵から身を隠し、同時に砂海の暑さから逃れる効果も得ていた。大砂海は常夏の世界だが、森の下、特に落ち葉の下は日光がさえぎられ、ひんやりとしているのだ。
「娘も落ち葉の下に隠れてないかな」
別の兵士が足もとをザクザク踏みしめながらつぶやく。
「バカ言え。落ち葉の層はそこまで厚くないだろうが」
さっき仲間をからかった兵士がつっこんだ。
「ところで、さっき逃げた船虫ってどこへ行ったんだ?」
「浜だよ。そのまま砂海のなかへ逃げ込むんだ」
「なるほどね。砂に潜られちゃ探せない」
兵士たちは口々に言い合いながら森へ進んだ。
――砂に潜られちゃ探せない……。
そう。
ユティーは浜からほど近い砂海のなかを進んでいた。砂のなかでは周りを見ることができない。目をつむって手探りで地面を探りながら進んでいる。ユティーは風箏が森につっこむと、それ以上飛ぶことは諦めることにしたのだ。
砂海の砂は小麦の粉末のようにさらさらしているので、かろうじて進むことができる。森であれば樹々に隠れて進むことはできるが、いずれ包囲されてしまうだろう。確実に裏をかく方法は、砂海を潜る以外になかった。砂海のなかは暑い。呼吸もできない。そのことを常識としている兵士たちは、砂海にユティーが潜んでいようとは想像すらできなかった。だからこそ、ユティーはそうしたのだ。
ユティーは周囲の気配を感じ取ることができる。近くにひとがいないと思われるところでは顔を砂から出して進んだ。何者かが迫る気配を感じると砂に潜ってやり過ごした。
この方法では距離は稼げない。しかし、ユティーはこの判断が間違っているとは思わなかった。肝心なのは、自分は決して捕まってはいけないということ。その一点だけを考えているのだ。
――アズちゃん。聞こえる? 今、どこなの?
ユティーは心のなかで問いかけた。
――ユースティティア。聞こえている。だいぶ離れてしまったようだ。お前の声が小さい。
ユティーの頭のなかに竜の声が響き、ユティーはほっと息をはいた。
――アズちゃん、無事だったんだ。良かった。
――私に問題なぞない。お前から縛めを解いてもらえれば、こんな木偶でしかないやつらの船など、今からでも一瞬で焼き滅ぼしてやる。そうだな。問題と言えば、それが問題か……。
――だめ。アズちゃんに人間を傷つけさせたくない。縛めはそのままにする。
――まぁ、いい。私も人間の争いには興味がない。やつらは勝手に殺し合い、勝手に滅べばいいのだ。
――ごめん。そういうわけにいかないの。私はエド君を助けに行く。
――賛成できないな。あの小僧を置いていくいい機会ではないか。お前は私のいる船に合流し、そのまま沖へ出るのだ。アンカーで固定されているが、西へ流される力を感じる。お前がアンカーを外せば、労せずに西へ向かう砂流に乗ることができるぞ。
――どうしたの、アズちゃん? そもそもエド君を見つけたのはアズちゃんだよ。それなのに、どうしてエド君を見捨てるようなことを言うの?
竜から返事はなかった。ユティーは進むのをやめて、砂海から顔を出す。「アズちゃん?」
――正直なところ、私が感じ取ったのは、あの少年の気配ではなかった。私が感じ取ったのは、どうも小僧が首にかけていたネックレスのようなのだ。
「ネックレス? エド君が掃除屋に渡したあれのこと?」
――そうだ。これまで感じたことのない気配に私は反応したのだ。小僧がネックレスを掃除屋に渡したとき、私が感じたのはそれだとわかった。あのネックレスがどういうものか私にはわからぬ。わからぬが、あの小僧がネックレスを手放したことで私の興味は失せた。だから、あの小僧など、どうでもよいのだ。
「アズちゃん、冷たい」
――お前こそ、どうしたのだ、ユースティティア? お前に優しい態度をとるという理由だけで、そこまで小僧に執着するのか?
「勘違いしないで、アズちゃん。わたしはただ、そうしたいからそうするの。わたしが人間だからこそ心に湧き上がるもの。それに従っているだけ」
――人間愛というものか?
「どうだろう。わたしには言葉できちんと理解できていない。でも、あのとき、エド君たちを乗せて船を出そうとしたのは、わたしはそうしたいという覚悟ができたからよ」
――覚悟か……。やれやれ……。仕方がない。小僧については協力しよう。ただ、小僧と一緒に来た男。あいつはダメだ。
竜はひと息つけると続けた。
――あの男は危険だ。




