――アンヌ少尉、テンゴン少佐をやりこめる――
「この少年に仲間がいたのですね?」
アンヌ少尉は無表情のまま少佐に尋ねる。少佐の話を聞いたにしては、まるで感情の動きが見られない。
「ああ、風読み族の小娘だ。風箏を操って島へ逃げたと聞いているから間違いないだろう。現在、島の捜索を行なっている。小さい島だ。すぐ見つかるだろう」
「名前は?」
アンヌ少尉の顔はエドに向けられていた。この質問はエドに向けられたようだ。エドは答えるべきか悩んだが、決心したようにアンヌ少尉の目を見た。
「名前はユティーです。ですが、彼女は盗みはしていません。ぼくから説明したのですが信じてもらえないんです」
「ユティーですね。わかりました」
アンヌ少尉はエドの話に耳を傾ける様子はなく、少佐に向き直った。
「この捜索に我々が加わっても?」
少佐は首を振った。「必要ない。我々だけで対処する」
「そうですか。それは困りましたね」
「何が困る、だ?」
少佐の額から血管が浮き上がってきた。
「少尉。貴様は自分の立場がわかっておらんようだな。貴様はジェスター中佐の指示で来たつもりだろうが、こちらは中佐の指示に従う理由はないのだ。こちらはペーキン代表の指示で動いているからな。そちらの階級は関係ない。それに、まず、管轄外のことに口出し無用であるし、そちらは我が国のしかるべきところへ要望を申し込み、許可を得てから申し出るべきなのだ。ここで手続きの取れていない要望に応えるわけがないだろうが!」
少佐は怒鳴り声で、いかにももっともな理屈を並べ立てる。少佐という立場を利用して少尉を威圧し、手ぶらで追い返そうとしていることは誰の目にもわかった。
「なるほど。少佐がおっしゃるのは、重要参考人2名の引き渡しには応じない。さらに、もうひとりの参考人の確保もさせない。そういうことですね?」
「念を押さんでもわかるだろうが! そう言っている!」
少佐はアンヌ少尉をねめまわす目つきで上下に視線を動かした。エドやトールを苦しめた臭い息を吐きつけているが、アンヌ少尉は動じていない。
「もし、実力で奪おうとするならしてみろ! 武装の貧弱な外輪船で、我が艦隊に勝てるわけがないだろう! こちらは戦列艦3隻なのだ!」
少佐の声はすでに勝ち誇ったものに変わっていた。沖で停泊する外輪船を指さし、「とっとと船に戻って中佐に報告するんだな。貴様たちの任務は終了して帰るだけだと!」
「それはつまり、シィナ共和国は連合から離脱し、連合国と敵対する、と解釈してよろしいのですね?」
「何だと?」
「命令書を改めてご覧ください。指示を出されている方のお名前です」
命令書は少佐の手でくしゃくしゃに握りつぶされていたが、少佐はそれを広げながらもう一度命令書を確認した。
「ヴォーティガン代表……」
「カドワラドル連合国、国家代表のお名前です。この命令書は、我々の任務が国家代表からの直命であることを証明しています」
少佐は命令書から顔をあげ、アンヌ少尉を睨みつける。
「もし、ここで私を拘束、あるいは殺害した場合、ジェスター中佐は、すぐに船をここから離脱させるでしょう。たしかに、外輪船は戦力として心許ありませんが、速力には自信があります。戦列艦の倍のスピードです。戦うのは無理でも、逃げることなら容易いですね」
アンヌ少尉の声には自信があふれ、力がみなぎっていた。その声に気圧されたのか、少佐は一、二歩、後ずさった。
「本国に戻れば、貴国の行動は連合国に加わるすべての国に伝わることでしょう。ペーキン代表はそのとき、どのように釈明されるのでしょうか。少佐をかばっていただけるものでしょうか? それとも、国家存亡をかけて連合諸国と一戦交えるのでしょうか?」
「な、何を極端なことを言っている。我が国が連合と戦うだと? そんなむちゃくちゃな……」
少佐は反論したが、その声に先ほど見せた威圧感は消えていた。表情もうろたえたものに変わっている。
……むちゃくちゃなのは、さっきのお前だ。味方と戦う気まんまんの姿勢を見せておいて、よくそんな口が利ける。
トールはあきれ顔になるのをこらえながら思った。
「たしかに、むちゃくちゃですね」
アンヌ少尉は首をかしげてニコッと笑いかけた。それには、少佐も目を丸くする。「え?」
「もちろん、そんなことになるなんて思っておりません。少佐は快く我々の要望にお応えいただけるのですから。これまでのやりとりは、この命令書のご確認で少々勘違いがあったからのもの、ということですよね?」
「あ、ああ、そういうことだ。単なる勘違い。単なる勘違いだ!」
少佐はくしゃくしゃにした命令書をアンヌ少尉につき返した。
「ここにいるふたりは連れて行くがいい。こちらの任務とは直接的に関係がない」
「ご配慮、感謝申し上げます」
アンヌ少尉は命令書のしわを伸ばし、丁寧に紙挟みに戻した。
「ところで、もうひとりの参考人捜索の件ですが……」
「あ、ああ、貴官にも協力を願おう。ただ、この者には重大な疑いがある。そちらへの引き渡しの前に、こちらで先に尋問させてもらいたい。むろん、そのときの同席は許可する」
「承知いたしました」
目まぐるしい状況の変化だった。息を飲んで事態の推移を見守っていたエドは、正しく状況を理解できているか自信が持てなかった。
「では、我々は一度、参考人2名とともに船へ戻り、ジェスター中佐に報告をいたします。捜索の協力は、私と同行した者から2名を残します。増援は船に戻り次第、手配いたします」
「よ、よろしく頼む……」
少佐は弱々しく敬礼した。
話がついて、アンヌ少尉はエドたちに向き直った。
「では、おふたりは私とともに来ていただきましょう」
ふたりはアンヌ少尉が乗ってきた小舟に乗せられ、沖へと出た。エドはもちろん、トールに抵抗する様子はなかった。
「エド君、つらいだろうが、ここはしばらく我慢しよう。なあに、短銃を振り回す相手より、状況は好転しているよ」
トールはエドの耳もとでささやいた。エドはうなずいたが、不安の表情は晴れない。
「ぼくたち、どうなるのでしょうか?」
「まぁ、すぐ殺されることはないだろう。私も、あの女性士官と交渉するつもりだ」
「どう交渉するのです?」
「もちろん、殺さないように、だよ。人間、死ななければどうにかなるもんさ」
「うまくいきますか?」
「さっきのやつよりは話がわかるはずだ」
外輪船に着くと、小舟にフックがかけられ、エドたちは小舟ごと甲板にあげられた。
「少年は船倉へ」アンヌ少尉は短く指示した。
「私は一緒じゃないのか?」トールはアンヌ少尉に尋ねた。アンヌ少尉はトールをじろりと見上げる。その表情に、トールは顔を強張らせた。
「お前はこっちだ」
アンヌ少尉はトールの腕を取ると、そのまま引っ張っていく。トールは引っ張られるまま歩きながらエドに振り返った。
「エド君。辛抱するんだ。決して軽はずみな考えは起こすなよ」
エドは「はい」と答え、小さくうなずいた。エドは兵士に連れられて船内へと消えた。
エドの姿が見えなくなると、アンヌ少尉は立ち止まった。腰からナイフを取り出すと、トールの身体の向きを変える。トールは無言でされるままだ。
アンヌ少尉も無言でトールを縛るロープを断ち切った。両手が自由になったトールは自分の両腕を検める。そうされることに疑問を感じていない様子だ。
「これに懲りて、単独行動はお控えください、中佐」
アンヌ少尉の声は、いかにも相手を気遣うものだった。これまでの感情のないものとはまるで別物だ。表情にも憂いが見えている。
『中佐』と呼ばれたトールは、そんな憂い顔のアンヌ少尉に振り返った。
「そういうことは言いっこなしデス。このような潜入作戦は、ほかの者に任せられませんからね」
トール・マジェスト――トゥルーザル・ジェスター中佐はアンヌ少尉に苦笑してみせた。




