――真性の……――
放たれた銃弾はエドのこめかみ近くをかすって床に命中した。銃声に驚いて、住民たちから悲鳴があがる。
「今のは脅しだ」
少佐は銃の構えを変えず、冷静な声で言った。
……正確に顔面の脇を狙ったか。思っていたよりいい腕だ。
トールは、ほっとすると同時に、少佐の腕前を見直した。
……バカでも、少佐まで昇るだけのことはあるってことか。
「いくら脅されても、ぼくの答えは変わりません。ユティーは無実です」
「フン」
少佐は鼻を鳴らすと短銃を腰に戻した。納得はしていないが、ここでエドを殺すことはやめたようだ。
……いざというときの人質か。
トールは少佐の考えを推し量った。少佐はユティーがどのような人物かわかっていない。もし、ユティーが脅威と思える行動をするなら、エドを盾に降伏を迫るつもりかもしれなかった。
……ユティー君だけでも逃がした効果はあったな。
トールは赤い竜の機転を褒めたいと思った。決して良い状態ではないが、あの竜の行動が細かい部分で自分たちの生存に役立っている。もちろん、そこまで考えての行動だったとは思えないが。
「島の反対側の森を徹底的に調べろ。身軽に飛んで逃げたのなら、樹の上に潜んでいる可能性もある。決して、島外に逃がすんじゃないぞ!」
少佐は大声で指示を出す。指示を受けて兵士たちがわらわらと外へ飛び出していった。身体検査を終えて、潔白を証明できた兵士たちも後に続く。
「守備隊は引き続き住民どもの監視だ。抵抗を見せたら射殺しろ。全員抵抗するなら皆殺しでもかまわん」
少佐の指示に、トールは『本音を漏らしたな』と思った。名目上は島民を帝国の支配から解放するためのはずだ。それを、『皆殺しでもかまわん』とは本末転倒だ。
「こいつらはどうされます?」
兵士のひとりがライフルの銃口でトールたちを指した。ひとことでも命令があれば、すぐ射殺するつもりのようだ。
「一番艦の独房にそれぞれ放り込んでおけ。そこなら、二度と逃げることなどできん」
「はっ」
数名の兵士がふたりを取り囲むと、力任せに立たされた。そして、そのまま場外へと引きずり出される。
長老は不安そうな顔でエドたちを見送っていた。エドは長老と目が合うと、小さく会釈した。穏やかな笑みを浮かべながら。彼女を安心させるように。トールはその姿を静かな表情で見下ろしていた。
少佐も住民たちに背を向けて、集会場を後にしようとした。さっき話題のあった竜を見ようとしているようで、近くの兵士に竜を乗せた船をどこに停泊させているのか尋ねていた。
「少佐……」
困惑した表情の兵士が現れたのはそのときだ。少佐は、何かしているときに話しかけられるのが特に不快と感じるらしく、不機嫌な表情でその兵士を睨んだ。「何だ?」
「はぁ……、いえ、三番艦よりご報告です! 北より、外輪船が1隻向かっております。旗はエチミア共和国……友軍のものです」
「エチミア共和国?」
少佐は不審を抱いた表情に変わった。「なぜ、やつらがこんなところに?」
少佐にとって、友軍の接近は予想外のことだったのだ。
……我らの行動を察知して首長国が軍を動かした? ありえぬ。早すぎる。事前に察知してなければこれほど早く現れるはずがない。作戦が漏れた? そうであれば、船1隻だけ寄越すだろうか? 我らを押さえるつもりならば、同程度かそれ以上の戦力が必要だ。武装の少ない外輪船1隻では戦力として足りん。足りんのだ……。
少佐はそこまで考えたが結論は出なかった。
「で、友軍からは何と?」
「はっ! エチミア共和国側も独自作戦の実行中につき、島へ上陸する許可を求めております。あちらからは士官1名と数名の兵で向かいたいとのこと」
「通信の主は? 相手は何と名乗っている?」
「はっ。カドワラドル連合国諜報部、トゥルーザル・ジェスター中佐とのことでした」
報告を聞いた少佐の顔つきが変わった。「トゥルーザル・ジェスター中佐だと?」
「はっ。たしかであります」
……来ているのが諜報部で、指揮官がジェスターだと? なぜ? 盟主直下の秘密部隊が、どういう理由でこの海域にいるというのだ?
少佐はジェスター中佐と面識はなかったが、その名前は聞いていた。諜報活動や工作活動で多くの実績を持ち、連合国内でも評判が高い。また、奇抜な道化姿の扮装でも有名であった。
「こちらが作戦行動中であることは伝えてあるのだな?」
「はい。ですが、旗はエチミアのものであっても、あちらが上位にあたります。接近を拒むことは後々、問題になるかと……」
部下が困惑顔で報告に現れたわけだ。この兵士は軍の序列を細かいところまで理解しているようだった。
「たしかに、ここで揉めるのは得策ではないな。わしが相手をしよう。こいつらも一緒に連れていく」
少佐は短銃でエドたちを指した。
「この者たちを……ですか?」
「帝国側の捕虜を見せれば、こちらの説明にも説得力が増す。言う通りにしろ」
少佐は島民に説明した『島民の解放』という大義名分を友軍相手にもするつもりのようだ。トールは、少佐と兵士のやりとりに耳を傾けていたが、それを聞いて状況をかなり理解するようになっていた。
……そうか。やはり、これはシィナ共和国の単独作戦か。諜報部の船が近づいていると聞いて、急に慌てだしたな。
「おい、こっちだ」
エドとトールは、急に行き先を変更されて、ぐいっと引っ張られた。まっすぐ進んでいたふたりは大きくよろめくも、どうにか倒れずに向きを変えた。一番艦ではなく、さっき報告のあった三番艦が停泊する沖に近い浜へ連れて行かれるのだろう。
それは、トールが予想した通りだった。森を抜け、連れていかれた先は、漁師たちの船も見えない少し寂しい印象の浜だ。そこには三番艦から浜へ着けた小舟と、もう1隻、少し形状の異なる小舟が浜に乗りあげていた。沖にはごつごつした戦列艦のほかに、大きな回転輪を左右につけた外輪船が並ぶように停泊している。
小舟の周りには、それぞれ数名ずつの兵士たちが立っている。兵士たちのほとんどは同じ軍服を着こんでいたが、ひとりだけヘルメットではなく、軍帽をかぶった士官らしい人物も立っていた。
少佐たちはエドとトールを引っ立てるように、そこへ引っ張っていった。
エドは不安そうな表情で歩いていたが、士官らしい人物の前に出されると、大きく目を見開いた。その士官は女性だったのだ。女性士官は少佐に敬礼すると、直立不動の姿勢になった。
「諜報部所属のフランカ・アンヌ少尉です」
「シィナ共和国、第一大隊所属、テンゴン少佐だ」
少佐も敬礼して名乗り、「この島へ来た用件は?」と続けた。
「盟主様より特命を受けてこの海域に参りました。この島に、エド・メルリヌスという少年を探しております。どうか、その捜索のご許可を」
アンヌ少尉は、わきに挟んでいた書類挟みを少佐の前に差し出す。少佐は無言でそれを受け取った。
「……この命令書には具体的な指示がない。どういう命令を受けている?」
少佐は書類を見ながら不満そうな声をあげた。
「特命の内容は機密扱いになっております。ご理解を」
アンヌ少尉は無表情に答え、少佐は「ふん」と鼻を鳴らした。
「エドって子どもはそこに立っている。隣の背の高い男と一緒に確保した。こいつらが何者か聞いても?」
少佐は親指で背後を指す。アンヌ少尉は初めて存在に気づいたようにエドを見て、続いて隣のトールに視線を向けた。
「差し支えない範囲までですが。エド・メルリヌスは、連合国側から盗まれたある品を所持している疑いが持たれています。その品は誰かに届けると見込まれており、その受取人も捜索対象です」
アンヌ少尉は少佐に説明すると、ふたたびエドたちに視線を向けた。
「どうも、その受取人も確保できたようですね」
「ある品を所持って何ですか?」
エドは真っ青な顔でつぶやいた。「それに、それを誰かに渡すとか……、意味がわかりません」
「そのことは時間をとって、別室で聞きましょう」アンヌ少尉は冷ややかな視線をエドに向ける。
「で、あなたは?」
アンヌ少尉はトールの顔を見上げた。トールは厳しい顔つきでアンヌ少尉を見下ろす。
「私はトール・マジェスト。島めぐりの商人だ。私とエド君との関係を疑っているようだが、私は彼と、ここで初めて会ったばかりだ。彼とは友人になったが、それ以上の関係はない」
トールの答えに、今度はアンヌ少尉が鼻を鳴らした。「友人?」
アンヌ少尉は少佐に視線を戻した。
「ところで、貴軍はどういう作戦でこの島へ? 我々は軍作戦を共有しているはずですが、この島の占領について我々は何も知らされておりません」
少佐はふたたび鼻を鳴らした。予想通り、つっこんできたか。
「こちらも特命を受けて来ている。機密性の高い作戦だ。そちらにもいずれ作戦の詳細は伝わるだろうが、現時点では共有されていないものだ。貴官が知らないのも当然だ。こちらもそちらの詳細について聞くことは避けよう。そちらもこちらへの詮索は無用に願いたい」
「そうですか」
アンヌ少尉はそれで納得したようにエドたちへ顔を向けた。「では、あちらのふたりを引き渡しいただいても?」
「私も連れて行かれるのか?」
トールは抗議するように言った。「この子とは友人以上の関係はないと言ったはずだ」
「どのようなご友人か聞かせていただきたい」
アンヌ少尉の答えはそっけないものだった。「そのための時間を別室にとっておきます」
それを聞いてトールは天を仰いだ。
「その尋問だが、我が艦で行なわせてもらう」
少佐はアンヌ少尉の前に立ちはだかった。エドたちを簡単に引き渡さないつもりだ。
「この者たちは我々が捕縛したのだ。引き渡しはもちろんだが、尋問の権利はこちらにあるはずだ」
「少佐の任務に、この者たちの捕縛は含まれているのですか?」
「我々は帝国を相手に戦争しているのだぞ。帝国側と疑わしい者を取り調べるのは当然のことだ」
「少佐。お互いに詮索しないと話したばかりじゃないですか。我々は、この島で何が行われようと関知しない。貴軍はこちらの任務に関わらない。そういう話だったと思うのですが」
「それは違う」少佐は苛立った声をあげた。
「こいつらは、こちらが必要とする情報を持っているかもしれん。尋問については、こちらに優先権がある!」
「情報、ですか?」
アンヌ少尉は冷静な様子で聞き返す。階級にかなり差がある相手に、まるで怯む様子もない。
「ええい、くそっ! 石だ。我々は石を探している。この島で盗まれた石を所持していると思われる容疑者と、こいつらがつながっているのだ。その尋問を、我々は行なうつもりだったのだ!」
少佐は怒鳴るように話したが、アンヌ少尉の冷静な態度に変化はなかった。
「……石、ですか?」
冷めた表情でつぶやくだけだ。
「我が軍は炎竜を連れておるのだ。「エ―3号。戦線に配備された3頭のうちの1頭だ。そのことは貴官も知っておろう」
「はい、存じております」
「この島に、赤い竜魂石があるとの情報を得ている。我々は炎竜に与えるためにこの石を欲している」
「赤い、竜魂石、ですか」
「貴官は知らんだろう。竜魂石は竜を育てるのに必要な石なのだ。そして、赤い竜魂石は竜魂石のなかでも希少なもので、竜に対する影響力が計り知れないのだ」
「で、現在、その石が行方不明なのですか?」
「このガキの仲間が盗んだんだっ!」
少佐はエドを指さした。
アンヌ少尉は静かな表情でエドたちに視線を向ける。一方、トールはふたたび天を仰いでいた。
……おいおい……。勢いで全部しゃべっちまいやがった。こいつ本当に……。
トールは仰いだまま両目を閉じる。
……こいつ……、真性の大バカだった!




