――断罪竜の伝承――
長老の最後のひと言は、住民たちをふたたびどよめかせた。
「断罪竜?」
「何? 知ってる?」
住民たちからは戸惑いや混乱の声があがる。
「わしはこう聞いている。あるとき、天より赤い石が降ってくることがあった。その石は赤透明で、どの石よりも硬かった。それが赤い竜魂石じゃ。赤い竜魂石が現れてまもなく、巨大な竜が天より舞い降りて、都市と言わず、村と言わず、人間の住むところをことごとく焼き尽くして回った。この『トロイア大砂海』も、もともとは国家の名前だったそうじゃ。『トロイア帝国』。それがもとの名じゃと。つまり、この大砂海すべてが人びとの暮らす大帝国だったというわけじゃ。しかし、断罪竜によってすべてを焼き尽くされて、そこに焼け焦げた大地しか残らんかった。断罪竜の炎で焼かれた大地に植物は生えず、この地はそのまま不毛の大砂海へと変貌した……。以来、ここは『トロイア大砂海』と呼ばれるようになった……」
このころになると、声を発する住民はひとりもいなかった。誰もが呼吸するのも控えるように長老の話に耳を傾けている。実際、長老の声はそれほど大きいものでなく、静かにしなければ遠くの者まで聞こえなかった。
少佐は短銃をくるくる回しながら話を聞いていた。表情からはそれほど興味を抱いた様子はなかったが、長老の話を妨げようともしなかった。
「わしたちの祖先は、数百年前にこの島で定住することになったと聞く。大砂海の周辺に残った大地は狭い。寸土をめぐって争うのを嫌った者たちが、新天地を求めて砂海へ出たのじゃ。こうして、わしたちの祖先はここアンバサルに至った。『アンバサル』……。古代語で『仕える者』を意味する。神の教えに従い、神に仕える。二度と断罪竜を招くような行ないをせぬという誓いがこもった名前なのじゃ」
長老は背筋を伸ばし、あたりを見渡した。
「皆の者、これから我らに大きな災いがやってくる。断罪竜の裁きじゃ。断罪竜は、罪のある人間とそうでない者を分けたりはせぬ。人間を裁くときは、人間全体がその対象になる。罪を重ねて生きてきた者も、生まれたばかりの赤子も、すべてじゃ。トロイア帝国はそうして滅んだのじゃからの。この災いから逃れられる『すべ』は伝わっておらぬ。もしかすると、わしたちはただ滅びる以外に道は残っておらんのかもしれぬ。じゃが、皆の者、決して諦めることなく生き抜いてくれ。生きて、次に命をつないでおくれ。それが、今回、わしが皆に伝えたいことじゃ……」
長老の話は終わった。終わってもなお、誰も黙り込んだまま、口を開こうとする者はいない。誰もが長老の話に圧倒されていたのだ。圧倒されていたのは島の住民だけではない。一緒に話を聞いていたシィナ共和国の兵士たちさえも息を飲んで話に聞き入っていた。彼らの額から流れる汗は、決してこの集会場が暑いからだけではなかった。
しかし、この話にまるで心が動かない者もいた。
「おとぎ話は終わったか?」
少佐の声はつまらなそうだった。短銃をくるくる回すのもやめていない。
「そろそろ白状してもらおうか。赤い竜魂石はどこにある?」
「あんな石を手に入れてどうなさる? あれは、断罪竜が現れるという兆しにしかすぎんというのに」
少佐は短銃の銃口を長老の頭に押しつけた。
「お前が知る必要はない。お前はただ、俺に教えるだけでいい」
「わしの家じゃ。入口からすぐが居間になっておる。竜魂石は居間のテーブルの上じゃ」
「そうか」
少佐は背後に向かってうなずいてみせた。兵士のひとりが敬礼すると、集会場から走り去る。長老の話が本当か確かめに行ったのだろう。
床では、トールが兵士に押さえつけられた状態で唇を噛みしめていた。このままでは唇を噛み切ってしまいそうだ。
……なんてことだ。赤い竜魂石! あれが、こんな大馬鹿野郎の手に……。
トールは首を動かして、どうにか窓へ視線を向けることができた。そこには相変わらず、集会場をのぞきこむ、炎竜の大きな眼が見える。
……やつはどこまで知っている? 竜に赤い竜魂石。この関係をやつが知っていたら……。
今度は、トールの視線が少佐へ向けられる。
……連合国がアンバサルを攻める作戦は立てられていない。これは、シィナ共和国の独断行動だ。共和国代表ペーキンは、この作戦でほかの連合国首長を出し抜くつもりなのだろう。炎竜を数匹手なずけたところで戦局が大きく変わるわけでもあるまいに……。
トールはぎゅっと両目をつむった。
……ああ! ぶっ殺してやりたいほどのバカっているものだ!
トールがどうすることもできず悶々としているうちに兵士が駆け戻ってきた。少佐にそっと駆け寄ると、小声で何か耳打ちした。
それを聞いた少佐の顔はみるみる赤く変わった。誰の目にも激怒しているとわかる形相だ。
「おい、婆あ!」
少佐はふたたび銃口を長老の頭に押しつけた。「石をどこに隠した?」
少佐の言葉に、長老は初めて困惑した表情を浮かべた。言われた意味がわからないという様子だ。
「だ、か、ら! 竜魂石をどこに隠したと言っている!」
「わしは隠してなどおらぬ! お前さんたちが踏み込んだときにはテーブルの上にあったんじゃ!」
長老はすっと身体を引くとあたりを見渡した。
「あれは一見、美しいものじゃ。宝石のように輝いておる。踏み込んだ兵士のなかに、戦利品として懐に入れた者がおるかもしれん」
「ふざけたことを!」
少佐は長老の頭に狙いを定め、今にも引き金を引こうとしたが、そこは思いとどまった。
「おい」
少佐は兵士たちに振り返った。
「この婆あを連行した兵士を全部集めろ。ここに、今すぐだ!」
場内はふたたび騒がしくなった。住民たちは集会所の奥にかたまり、少佐たちを不安そうな目で見つめていた。アラマおばさんは長老のそばへ行きたいそぶりを見せていたが、周囲の漁師たちに止められている。
トールはひざまずいた姿勢だが、いったん解放された。押さえつけていた兵士がどうも長老の家に入ったひとりらしい。少佐の前で蒼い顔をして直立不動の姿勢を取っていた。
「大丈夫ですか?」
エドがトールの隣にしゃがんで尋ねた。「すみません、ぼくをかばったばっかりに」
「気にしないでくれ」トールはエドに笑顔を向けた。しかし、側頭部に痛みが走り、トールの顔はしかめ面に変わる。
「ケガの手当てを……」
エドのつぶやく声で、トールは側頭部から血を流していることを知った。
「大したことないさ。いずれ血も止まる」
トールは安心させるように言った。「それよりも……」
トールは長老に視線を向ける。「竜魂石のことを喋るなんてな」
「どこから手に入れたんですかね」
エドのつぶやきに、トールは不思議そうな表情を浮かべた。「君は知らないのかい?」
「ええ。竜魂石という名前も、さっき初めて耳にしました」
「そうか……」
トールは考え込むような顔になった。
「トールさん、ぼくたちどうなるのでしょうか……」
エドはトールに身体を寄せるようにして囁き声で尋ねた。右往左往する兵士たちを見ながら不安を隠せないようだ。
「さぁ。テンゴン少佐の関心が、こっちに向かないあいだは無事だろうと思うが」
「……ですよね……」
少佐の前では、数人の兵士が両手をあげて立っている。彼らの背後にはひとりずつ別の兵士がたち、彼らの身体をぱんぱん叩きながら調べている。長老の連行に関わっていない者たちが、疑いをかけられた仲間の身体検査をしているのだ。少佐はその様子を横目で見ながら、別の兵士の報告を聞いている。
報告を聞き終えた少佐は、くるんとエドたちに身体を向けた。
……くそっ。あまり時間稼ぎにもならなかったか。
トールは心のなかで舌打ちした。
……ここあたりが限界か。最悪、自分の正体を明かすしか手は残っていなかったが……。
トールは近寄る少佐を睨まないよう気をつけながら見上げた。
……だが、この大バカは私を殺すかもしれん。それぐらいのバカはやりそうだ……。
トールは身構えたが、少佐が立ったのはエドの正面だった。
「お前、仲間がひとり、逃げているな」
トールはちらりと横目でエドの顔を見た。エドは緊張で蒼ざめている。
……たしか、ユティーって呼んでいたな……。
「風読み族の恰好をした小娘だ。そいつは今どこにいる? どこに隠れている?」
「知りません」
「赤い竜魂石を奪ったのはお前たちではないかと兵士たちは言っているぞ。逃げおおせた娘が盗んだとな」
「ユティーはそんなことしない。いや、できない。不可能です」
エドは蒼ざめたまま言い返す。トールは、『頑張るじゃないか、エド君』と心のうちでつぶやいた。
「不可能とはどういうことだ?」
「彼女は脚が不自由なんです。右脚が義足で……。兵士たちが大勢いる街中を盗みに入ることは無理です。それと……、ぼくもそうですが、ユティーもさっきの石の話を知りませんでした。彼女が知るはずはないんです。彼女は島に来てからずっと、街に立ち入りませんでしたから。石の存在を知らない者が、わざわざ盗みに入るでしょうか?」
……正論だな、エド君。だが、この大バカに正論は通じないぞ……。
トールが思った通り、少佐に納得した様子はなかった。今度はエドの頭に銃口を向ける。
「……そんな与太を信じろと?」
「……ぼくを撃っても、石は見つかりませんよ……」
「ガキが……」
少佐はいまいましそうな声を漏らすと、エドの額に銃口の狙いを定める。
「よせっ!」
トールが叫ぶと同時に、少佐の短銃が火を噴いた。




