――『真実』の性質――
「あんた……、あんたたち、炎竜を手なずけた……と、言うのかえ……」
長老は声を震わせながら少佐の前に進み出た。若者が撃たれたときも前へ出ようとしていたが。そのときはアラマおばさんが肩をつかんで押さえていた。しかし、炎竜を目の当たりにして震えあがってしまい、義母を押さえることができなくなったのだ。
「あんたは?」
「この島で長老を務めておる」
「ハン。未開の島は、こんな婆さんを首長にするのか」
少佐の声はあからさまに馬鹿にしたものだった。
「答えておくれ。あんたたちは、あの竜を、この島の砲台にするつもりかえ?」
「ほう。婆さんでも首長を務めるだけの知恵はあるか。まぁ、その通りだ。連合国は共同で竜の飼育を研究している。はじめから人間に慣れている地竜や砂竜の戦闘力は低くて使えんが、中位種以上となれば、その戦闘能力は跳ね上がる。研究のすえ、我らはついに炎竜を手なずけることに成功した。次は火炎竜を研究中だ。高火力の竜を最前線で戦わせれば、兵の損失は抑えられるし、戦果も大きい。良いことづくめというわけだ」
少佐は機嫌よくしゃべっている。どうやら、このことを自慢したいようだ。
「上位種の竜を人間側に引き込むことはタブーとされてきたことじゃ。そもそも、それを言い出したのは連合国の者たちではなかったかえ?」
「状況が変わった。それだけのこと」
少佐は本当に気にしてないように言い放つ。
「どう状況が変われば、こんなことができるんじゃ? あんたたちは島の者たちよりも竜に手を出すことの危険はわかっておるだろうに!」
「婆さん、あんたが何を言ってるのかさっぱりわからんが」
「本当に知らんのかえ? では、あんたにも聞いてもらえんかの。もともとは島の者たちだけに話そうと思っていたことじゃったんだが……」
「何の話だ?」
しかし、その話はすぐに聞くことはできなかった。兵士のひとりが集会場に現れて、島外へ逃げ出した者を連行したと報告したからだ。
「竜を連れた者だと?」
少佐は兵士の報告でひげの端があがった。「で、その竜はどこに?」
「やつらの船にいます。船は浜辺から離れた、砂海の深いところにアンカーで固定しました。砂竜のような『ひれ』がないので、砂海を泳いで逃げるのは不可能だと思われるのでそのように対処しました」
「そうか、でかした。その竜はあとで俺も確認するとしよう。で、捕らえた者たちとは?」
少佐はますますご機嫌な様子であたりを見渡す。エドとトールはすぐに連れてこられた。ふたりとも後ろ手に縛られたままだ。
「ほう、帝国人か」
ふたりを交互に見て少佐は短銃を指先でくるくる回した。「砂魚のエサが増えそうだな」
「見た目だけで判断するのはやめてもらいたい。連合国にも民族的に近い者は普通にいるじゃないか」
トールは少佐を見上げて言った。「それに、この子は帝国人じゃない。中立のカーマーゼンから来たんだ」
「カーマーゼン!」
少佐はトールに顔をグイッと寄せ、続けてエドにも顔を寄せた。吐く息が臭く、ふたりともそれに顔をしかめた。
「嘘をつくにもましなもの、って聞いたことないのか?」
「信じようが信じまいが、それが真実だ。こんなところで中立国の人間を殺してしまったら国際問題になるぞ」
「真実!」
少佐はふたたび大声をあげた。「『真実』とは、記録され、後世に伝わっているものだ。後世に伝えられないものは、すべて『虚偽』なのだよ。今、ここで、この小僧を撃ち殺しても、死体を砂海に捨ててしまえば、真実は消え、お前たちが勝手に騒ぐ虚偽しか残らん。国際問題になると思うか?」
少佐の物言いに、トールの口のはしが歪んだ。それは捉えようによっては怒りとも笑みともとれた。
「なるほど。『真実』の捉え方としてはそちらの考え方が正しいな。たしかに、たとえここで虐殺が行われても、その事実を知る者がいなければ、ここに虐殺があったという真実は存在しなくなる。あんたの理屈はそういうことだな」
少佐は右足をすっと引くと、思いきりトールの側頭部を蹴りつけた。トールは激しく床に倒れこんだ。エドは思わず抱きとめようと身をかがめたが、後ろ手に縛られていたのでどうすることもできなかった。
「口の利き方に気をつけろ、帝国人。お前の立場が今、どういうものだかわからんのか?」
トールは血の味を口のなかに感じながら歯を食いしばった。
……くそっ! この大馬鹿野郎が! しかし、今、私の正体を知られるのもまずい。ここは自重する以外に手はないのか……。
「あんたは、ここにいる者全員を殺すつもりかえ?」
長老は静かな口調で話しかけた。少佐は『まだいたのか』というような顔を長老に向ける。
「さっき、話したことを皆にも聞かせよう。あんたにすれば、話を聞いた者すべてを殺してしまえばすむかもしれんが、しかし、今、わしが話すのは、あんたにとっても大切な話じゃ。せめて、わしが皆に言い残したいことだけでも話させてもらえんかの」
少佐は鼻を鳴らした。「勝手にくっちゃべってろ。ただ、気に喰わない話だったら、即射殺する」
トールは目だけをあげて長老を見つめた。
……時間稼ぎか? 私が生き延びる時間を稼ぐための……。
長老の意図がつかめないので、トールはそう考えた。
もしかすると、その考えもあったかもしれない。長老はちらりとだけトールを見た。すぐに視線を少佐に戻したが。
「さて、お許しが出たから話すとしよう……。皆の者、もともと、わしはこの集会場で大事な話をするつもりじゃった。この島に大きな災いが迫っていると伝えるためじゃ。しかし、その災いとは、今の状況のことではない。下手をすれば、この世界全体に関わることじゃ」
長老は島の住民に身体を向けて語り始めたが、住民たちの反応は『困惑』のひと言だった。こんな状況で何を話すつもりか、彼らは不安に満ちた表情を長老に向ける。
「すまないの。本当はこんな状況で話したくなかったのじゃが。しかし、もし、今ここでわしが死ぬことになれば、この話は永遠に失われてしまう。『真実』がひとつ、消えてしまうのじゃ。じゃから、わしは今、ここで話す。だから、皆の者も最後だと思って聞いてほしい」
「長老……」
住民のひとりから悲痛の声が漏れる。長老はそちらに一度うなずいてみせてから話を続けた。
「今日、わしはひとつの石を受け取った。親指の爪ほどの小さな石じゃが……。しかし、それはただの石ではない。『竜魂石』と呼ばれるものじゃ」
それを聞いたトールの目が大きく開かれた。床に突っ伏した姿勢のまま長老を見上げる。
「一部の者は『竜魂石』を知っとるじゃろう。黒くて、何よりも硬い石だとな。しかし、その石の本来の色は赤いんじゃ。どういうわけか、割った岩から見つかると、すぐ黒く変色してしまうんじゃよ。その石がなぜ、『りゅうこんせき』と呼ばれるのか、正確には知らん。わしが聞かされていたのは、『赤い竜魂石を見つけたら気をつけろ。世界が滅ぶほどの災いが降りかかる前兆だ』ということじゃった」
「ま、まさか長老……」
住民からふたたび声が漏れ聞こえる。長老もふたたびうなずいた。
「そうじゃ。見つかった石は赤く輝いていた。赤い『竜魂石』じゃったのじゃ」
「赤い竜魂石だと!」
少佐は大声をあげた。「おい、婆あ! その石は今、どこにある? お前が持っているのか!」
長老は片手をあげて首を振る。「今、ここにはない。だが、すぐ見つかるじゃろうて。別に隠したわけじゃないからの。慌てずに最後まで話を聞いてくれんかの。もう、そんなにかからんよ」
長老は住民たちに向かって大声をあげた。
「よく聞いておくれ。わしが聞かされたのは、かつて、この世のすべてを焼き滅ぼし、前世界の真実をすべて灰にしてしまったもののことじゃ。今のわしたちは、前の世界が滅んだあと、わずかに生き残った者たちの末裔だそうじゃ。わしらの祖先は、高い文明を持ち、これまでにないほどの栄華を誇っていたそうじゃ。しかし、それは傲慢と強欲を招き、世界は大きく乱れた。それに怒った神は人間たちを罰し、世界を一度滅ぼすことにしたのじゃ……」
長老はそこでひと息入れた。
「『断罪竜』をこの世界に解き放つことで」




